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ヒキニート異世界人と会う

 飢え死にする訳なんて冗談じゃないので、仕方ないけど泉から出て来た人から受け取った物で狩りをする。イノシシっぽいのを見つけて頭部を斬りつけた後、完全に動かなくなったのを待つ。斬った得物を担いで森を歩く。


 前までならゲームでも倒していたし、ウインドウに


”肉が手に入った!”


と言う文字が出ただけだった。


 しかし今はそうじゃない。現実はただ命を奪って動かなくなった”物”を手に入れた。爽快感は全くない。寧ろその生々しさに吐き気がしそうになっていた。


 段々と日が沈み、突きが森を照らす。とても幻想的な風景だ。それとは真逆に両肩では魂が無くなり体温が低くなっていくという現実を感じていた。生々し過ぎて一刻も早く何とかしたい。


 そう言えば、あの泉の人は 


”貴方の好きな設定になっている”


と話していた。そうなるとチート全開なんだろう。ここまでゆっくり歩いて来たが、走ったらどうなるだろうか。


 試してみるか。


 ダメだったら休めば良いし。兎に角この感覚をどうにかしたい。命を奪った実感を何時までも感じて居たら、可笑しくなりそうだ。


「せーのっ!」


 前屈みになり徒競争の時の姿勢を取った後、自分の掛け声で走り出した。徐々に速度が上がるのかと思いきや、力一杯地面を蹴ったのが不味かった。吹っ飛んだのである。


 森の景色が捕らえられないほど早く、障害物は吹っ飛んでいた。そして気付けば岩の壁に突撃して止まった。物凄い音共に。スゲー痛い! 鼻がツーンとなっている。鼻血出てるだろこれ。


「な、何事だ!」


 あ、人の声が聞こえる。上を見上げると、中世の鎧を着ている人がこちらを覗きこんでいた。


 さてどうしようか。異世界から来ました! なんて事は絶対に言えない。すっごいベタだけど、記憶喪失のフリにしてみよう。


「あ、あの、すいません。ここ何処でしょう」

「何だと?」


「気が付いたら森に居て、怖くなってここまで来ました。途中で寒さ防止に動物の力を借りまして」


 僕は両方の肩に載せたものを見る。


「……そうか。気の毒だな。待っていろ、今中へ入れてやる」

「あ、有難う御座います!」


 あらチョロイ。まんまと巧くいった。暫くそれっぽく呆然と立ち尽くしていると、右の方からバタンと音がした。そして鎧を着た人が駆け寄ってきた。


「……随分苦労したようだな。鼻が折れてる」


 僕の鼻を擦りながらそう言う。え、マジで!? ツーンとしているだけで激痛と言うほどじゃないと思ったんだけど。


「え。本当ですか」

「間違いない。何せ鼻が曲がっている」


 僕は鎧を着た人の手が離れると、自分の鼻を擦る……マジだ。マジで左にくっきり曲がっている。僕は卒倒した。


 それからどれ位時間が経ったのか解らないが、暗転した後目を開けると、板張りの天井が目に入る。


「気付いたか?」


 横から顔が出てきた。見た事のない人の顔だ。


「お前……この世界の人間じゃないな?」


 そう言われて僕は目を見開いてしまった。直球で聞かれたら誰だって驚く、と言うかそれを言うって……。前にもそう言うのが居たのかあるいはこの人もそうか、だ。


前にそういう人が居たかどうか聞くよりも、何故そう思ったか先ず聞くのが安全だろう。


「何故そう思ったんですか?」

「もう曲がった鼻が戻ってる。そんな治癒能力の奴はこの世界には居ない」


 そう言われて鼻を擦ると確かに戻ってた。それに驚きつつもその次の言葉に詰まる。前にも居たからかは誤魔化しようが無いしどうしたものか……。

 

この人は日本人の僕から見て外国人ぽい、彫の深い顔をしている。アメリカやヨーロッパの人かなと思ったけどこの世界はどんなだか解らないからアメリカやヨーロッパの人しか居ないのかもしれないし判断が難しいけどここは一か八かだ。


「この世界に居ないと言う口振りからして貴方もそうじゃないですか?」

「へぇ……中々鋭い。前にも同じような人が居たかどうか尋ねなかったのは正解だ。暗にそれを認めたようなものだからな」


 僕は心の中でガッツポーズをする。何とか正解を引き当てたぞ! と思いながら感情を抑えつつ再確認するべく問う。


「じゃあ」

「そう言う事だな。俺はジャン・ロックウェルだ。宜しく」


 手を差し出して来たので僕も握る。


「僕は久遠康紀って言います」


 髪と同じ茶色の髭を生やしていて、明らかに年上だったので敬語を使ってみた。


「どうやら俺達に言葉の壁は無い様だな」

「ええ、不思議と」


「で、お前は何でここに来たか解るか?」


 その問いに対して僕は考える。勿論来た理由は解らないが、あの泉の人との会話を言っても良いかどうか。


「さっぱり。急に荒野に放り出されて」

「なら俺と同じだ」


「ロックウェルさんも?」


「ジャンで良い。俺も気が付いたらこの世界に居た。で、何とか街に紛れこんで、衛兵の仕事を請け負って生活している」

「凄いですね」


「まぁ一応社会人だからな。まさか物乞いをするような真似は出来ない」

「プライドですか?」


「そんな所だ。それにお前も運が良い」

「と言うと?」


「ここは一番栄えている街だからだ」

「そうなんですか?」


「ああ。ここはシーノ。この世界のシルヴァ大陸という場所の首都の隣、防衛の要の都市だ。

それ故に色々な種が入り乱れていて、少しばかり妙な格好の人間が混じっていてもバレない」


 北欧系の人特有の身振り手振りを付けつつ話す姿を見て、海外ドラマの中にいるような気分になる。


「これで俺とお前、同志と言っても過言では無いな」

「そうですね」


「お前は元の世界に戻りたいか?」


 そう問われて僕はまた考える。ただここは正直に話した方が良いだろう。隠して意味がある問題では無い。


「いいえ、全く。この世界で快適に生きられれば、この世界に居ても良いと思います。快適に生きられればの話ですが」


 どうせ戻った所でヒキニート。ここなら一から出直しも容易い。


「そうか、お前も同じなんだな」

「ジャンさんも?」


「ああ。前の世界では色々あってな。ここなら一からやり直しても文句を言われる相手も居ない」

「僕もそう思います」


「そっか……お前も同じか」


 僕達は微笑み合う。同じように異世界から来たというだけでも親近感が沸くのに、同じように思っていれば更に増す。ただこの人が凶暴で殺戮を好むなら考えなければならない。


僕は動物の命を奪った。それだけでも重苦しいのに、殺戮なんて考えただけでも嫌になる。それなら同志とは言えない。


「俺はアメリカ生まれだ。戦争が嫌でな。だけど軍人の家系だったから、軍隊に入らざるを得なかった。そして戦争に参加した」

「アメリカだと軍人は名誉なことなんですよね」


「そういうスローガンはあるが、お前はそう思うか?」

「いいえ……動物の命を奪っただけでも気が重いのに」


「ああ、お前が肩に載せてたのか。あれはここに置いておくと伝染病などが流行ってしまうから、肉屋に頼んで引き取ってもらった」


「有難う御座います」

「いいや、問題無い。確かにお前の言う通り。人の命を奪うなんて、銃だから楽になる訳じゃない。撃てば撃つだけ人の心が少しずつ削れていく」


「動物の命を剣で奪いましたが、気持ち良くありません」

「だろうな。感触が手に残る。銃は感触は無いが、命を奪った実感が後からじわじわ真綿で首を絞めるように、くる。俺は嫌だったんだ。でも軍人だったからな」


 そうジャンさんは言うと、僕の視界から顔が消える。体を起こして横を見ると、ジャンさんは自分の手を見た。良かった。この人は危ない人じゃない。現段階で百パーセント信じて良いか解らないが、でも信じて見ても良い気がした。


「ジャンさん、今後とも宜しくお願いします」

「……ああ、こちらこそ」


 俺が手を差し出すと、ジャンさんは力強く握り返した。寂しそうな顔をして。


「で、今後どうするつもりだ?」

「最終的には国を作ります」

「マジでか!?」


 ジャンさんは天を仰いで驚いた。オーバーリアクションだが嫌な感じじゃない。


「ええ。その後はどうなるか解りません」

「……何かあるのか?」


「のようです。本当かどうか定かではないですが、ゴールだと言われました」


 ジャンさんは僕の言葉を聞くと、顎に手を当てて天井を見る。


「そうか。まぁ何処か着地点を見つけないと、ただ流れに身を任せるだけだし、そうするか」

「でもゴールで元の世界に戻されても困りますよね」


「確かに。お前もよっぽど嫌なめにあってたんだな」

「ジャンさんよりも小さいですよ」


「人の感じ方それぞれさ。小さくとも大きくとも、感じた本人が嫌だと思えば大きさは関係ない」

「有難う御座います」


「お前は日本人そのものだな。良く礼を言う」

「まぁ荒野に放置されてから初めて人と話したんで、嬉しいと言うか安心と言うか」


「はは、それもそうだな。取り合えずお前はここで休んでいてくれ。夜が明けたら声を掛けるよ」

「ジャンさんは?」


「俺は見張りの仕事がある。まぁ居眠りしつつだから心配ない。お前もしっかり休んでいてくれよ」

「そうさせてもらいます」


「じゃあな」


 手を握ったり開いたりしながら笑顔で去るジャンさん。僕はその言葉に甘えて

体を倒し、ゆっくりと目を閉じた。

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