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暗雲来たりて

 ゴブリンの建物に背中を預け一応寝ないつもりで警戒して休んでいたけど、どんどんどんどん瞼が落ちてくる。力を入れて踏ん張ったんだけど抵抗空しく瞳は閉じた。


「康紀、起きたまえ」


 その声と体の揺れに驚き目を覚ます。地面が右横にあり、左には黒い革靴とそれに噛みつこうとしているフェンとヴィトが見えた。


「あ、すみません瞼に逆らえなくて……」

「いやいいんだそれで。大地に体を預ければ恐らく回復は通常より早い筈だよ」


「そうなんですか?」

「無論だ。筋力を使わないのもそうだが、何より人は大地の属性。その源に近い土から直接気を吸収してるんだから回復は自ずと早くなる。母なる大地っていうだろう?」


「た、確かに。でも右肩が痛い……」

「人の体は弾力のある筋肉で覆われているが、重力と土の間に挟まれれば圧縮されてるようなもんだしね。まぁ緊急の時以外は布団で寝る事をお勧めするよ」


「そうします」

「で、早速で悪いんだけど、さっきのあれ」


「怠惰の結界(スロウスサークレットプレイス)?」

「そうそれ。あれやってもらえないかな」


「え」

「見ての通り囲まれてるんだ私達」


 僕は驚いて立ち上がる。周りを見ると、顔まで覆う銀の鎧を着た集団に囲まれていた。ぱっと見だけでも三十人はくだらない。


「侯爵、困りますな勝手にウロウロされては」


 銀の鎧達の後ろから声がこちらに向かって飛んできた。暫くしてその銀の鎧達は道を開ける。


「おやおや早々と親玉が現れるとはねぇ」

「親玉とは人聞きの悪い。私は村に依頼されて国から出張って来たんですよ?」


「村に依頼されて、ねぇ」

「何もおかしなことは無いでしょう。ここは我々の国であり領土です」


「僕たちも村から依頼を受けていたんだけどねぇ」

「それは妙ですな。ですが安心してください。我々が来たからには後は何とでもしましょう。ご苦労様でした」


 侯爵とは顔見知りらしく丁寧だが親しげに話していた。その人は銀の鎧に身を包み兜を外している。金髪のボブカットで、蒼い瞳の端正な顔立ちをした少女だった。その体に不釣り合いな背丈より少し長い幅広の剣を背負っている。


「悪いけど彼も依頼を受けて来ている。まさか横から獲物を横取りしておいてはいそうですかとは行かないだろう?」

「いいえ。私達が国なのです。そもそもこのような事態になるまで放置しておいた責任が村にはあります。なので苦情は村に。私達は任務をこなすまでの事」


「こなすって言ってももう粗方片付いているんだけど」

「まだ他に集落があると聞いています」


 ……やはりボブゴブリンまで。僕は体が強張ったが勇気を振り絞って意見しようとした。だが侯爵に手で遮られる。


「他の集落が人間を攫ったなんて話は聞いた事が無いけどねぇ」

「そうなってからでは遅いと。奴らがいつそうなるとも限りません」


「じゃあなんでそれを今になってし始めたんだい?」

「端的に言えば国の事情です」


「やったって構わないけど君たちが今後ここを護ってくれるのかい?」

「いずれは」


「いずれって。恨みだけ残して帰られたらその恨みを買うのはここの人間じゃないか」

「ここだけが国ではありませんから」


「だったらその国の一つを預かる身として私が直接この件を預かるよ」

「無理な相談です」


「何故かな?」

「はっきり言ってしまえば貴方の怠惰の結果です侯爵。貴方が隙を見せたからこんな事になった。ですがどうしたのです? 急に張りきられているようだが」


「面白いものを見つけたんでね」

「結構。ならばその面白いものと共に領地にまた引き籠られるがよろしかろう。貴方にやる気を出されては困るものも多い」


「国が管理するのに邪魔だ、と?」

「この際だからはっきり言っておきましょう、イエスだと」


「侯爵!」


 僕の声に侯爵は急ぎ再度屋根に上がった。フェンとヴィトも上がったのを見て


「怠惰の結界(スロウスサークレットプレイス)


 僕は力を発動させる。かなりきついがなんとか発動させられた。銀の鎧達はゴブガンみたいにはいかなかった。が、それでも暫くすると一人二人と地面に膝を着き、やがて全員が地面に寝そべった。


「な、なんだこれは……」


 少女は踏ん張ったものの、最後には皆と同じように地面に突っ伏した。


「驚いたかい? 驚いただろう? 驚いたよねぇ!? 何しろこの私が驚いたんだから驚かない筈がないのさ」


 侯爵は興奮したようにまくし立てた後、はははははと声を挙げて笑った。


「ま、魔術師か……」

「魔術師なんて生易しいもんじゃないのさ。何せ星の力の一部だものねぇ。君たちが出来る事と言えば彼に謝罪する事と金輪際関わらないと誓う事だけだ」


「何を馬鹿な……」

「じゃあ良いのかい? 君たちの国が全てこうなってもさ。ブロウド大陸だってグラディウス国だって黙っちゃいないんじゃないのかい?」


「お、おのれ……」

「サルビア姫、私は教えた筈だよ? 蜂の巣を突くべからず、とねぇ!」


「何時までも師匠面を……!」

「いつまでもだよそんな有様ではね。帰って母君に伝えるが良い。私が黙っているうちに止めるのが賢明だと」


「今更遅い」

「……今更遅いとは?」


「国は軍事国へと舵を切る」

「……また思い切った事を」


「ブロウド大陸で内乱が始まった」

「漁夫の利を得ようってのかい? 惨めにもほどがある」


「プライドで飯は食えない」

「君みたいな豪勢な生活をしている人間が言うと説得力があるね」


 侯爵と少女のやり取りは続いているが、僕は連続使用の影響からか瞼があっさり落ちてブラックアウトしてしまった。

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