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学園ミュージカルディゴ  作者: 多那彼方
8/21

第1章ー6

 人の少ない校舎。始業のベルが鳴る30分前。俺は一人部活倉庫の前で汗を流していた。

「ふうっ。とりあえず全部出せたかな」

 部活倉庫に鍵を掛けて、幾つもある段ボール箱の一つを持ち上げる。痺れる腕を休めながら数々の衣装で埋め尽くされた重い段ボールの箱を部活倉庫から部室まで運んで行く。元演劇部の人達が置き切れなくなって部活倉庫に仕舞った衣装を部室まで運んでいるのだ。意外と重いし、距離が長いからかなりの重労働だ。

「重そうだね。手伝うよ」

 幾度目かの往復で手が痺れ出した頃、唐突に荷物が軽くなる。驚いて顔を上げると、

「えっ二条さん?」

 そこには長髪の凛々しい顔があった。

「あれっ?会った事があったかな?」

「あっいや、この前俺が猿の格好でチラシを配っていた時に少し話して」

「ああっ、あの時の。んん?名乗っていたかな?まあいいか」

 首をかしげる二条さん。当然だろう、あの時軽く話しただけで名乗ってはいなかった。でも、俺はあの後何度か噂で彼女の名前を聞いたから良く知っているのだ。二条(にじょう)(りん)()。全ての運動部から誘いを受けて、それを断った女。噂によると彼女は体力測定で全ての項目に置いて学年トップ10に入る程の実力を見せたそうだ。それも男子を含めてのというから驚愕としか言えない。そんな有名人の正体が彼女だと知って驚いた事を良く覚えている。

「所で君は確かミュージカル部だったかな?だとするとこの荷物は演劇の道具か何かかい」

「あっはい。部室まで運ぶ所でって、ごっごめん」

「んっ?何がだ?」

「いや、部員でもないのに荷物運び手伝わせちゃってる」

 いくら運動が出来ると有名な彼女でも、女だ。力仕事を手伝って貰うのは抵抗があった。

「ふふ。妙な事を気にするんだね、君は。私から勝手に手伝ったんだから。君が気にする必要などどこにもないだろう?」

 爽やかに笑う彼女に目を奪われる。男女共に人気が高いらしいというのも頷ける彼女は凛々しくて、綺麗だった。

「着いたね。中々いい場所にあるんだね。持って行く道具はこれ以外にもあるのかい?」

 他愛もない話しをしていると直ぐに部室に着く。部室の前には運び終えた箱が積まれている。今持ってきた箱の他に後一つ持ってくる箱があったが、

「いや、これで最後なんだ。手伝ってくれてありがとう」

 俺の口は嘘を吐いていた。まだあると言ったらまた手伝うと言ってくれるだろう。それはありがたいし嬉しいけど、それ以上に申し訳ないという気持ちが大きかった。

「そうか、なら一緒に教室へ行こうか」

「えっ?」

 ここで別れて最後の箱を取りに行こうと考えていた俺に、不意撃つように言う。

「なんだいその意外そうな顔は。方向が同じなんだから一緒に行った方が楽しいだろ?」

 一緒に行くのが当然といった風の二条さん。

「二条さんは何組だったっけ」

「4組だ。君は何組なんだい?」

 最後の箱は放課後にでもまた運べばいい。今はただ、彼女との会話を楽しむ事した。



 放課後。掃除当番で少し遅れて部室に入ると、

「あっおそいわよ。さっさと着替えなさい」

 ニワトリの格好をした琴吹が待ちくたびれたかのように言う。その近くには恥ずかしそうな犬の姿の河中さんとロバの姿のザンハイ。視界の隅には今朝運んだブレーメンセット①と書かれている段ボール。どうやら今日の俺は猫らしい。

「あんたは山賊だからね」

 訂正。動物ですら無いらしい。

「俺だけ敵側かよっ」

「しょうがないじゃない。猫がなかったんだから。あったら私だって猫が良かったわ」

「猫が無い?そんなはずないだろ?ちゃんと探したのか?」

「探したわよ。あんたこそちゃんと全部持って来たんでしょうね?」

「俺はちゃんと全部持って……あっ」

 反論しようとして思い出す。朝一箱だけ残したままだった事を。

「……取って来る」

 部活倉庫へ向かおうと踵を返す。だが、最初の一歩を踏み出す前に方を掴まれて振り向かされると同時に頬に手を当てられる。

「なっ何を」

 いきなりのことにドギマギしながら頬を抑えると、そこには何か違和感がある。

「これは……シール?」

「刀傷シールよ。取りに行くのはいいけど、外に出るなら着替えてしっかり宣伝してよね」

 そう言って渡される布の服と段ボールの斧。

「一人でもしっかり宣伝するのよ。あっでも山賊だからって人攫いとかはしないでね」

「しねーよっ。そんなことするわけないだ「……」……まあ宣伝頑張るよ」

河中さんの視線を感じて冷や汗が出る。はっはっは……手を掴んで無理やり連れ回すのって攫うにはいるんでしょうか。

「なんで濁したのよ。まあいいわ。先に校門でチラシ配っているから早く来なさいよね」

 俺は冷や汗に背中を濡らしながら乾いた笑みでみんなが行くのをただ見守っていた。



 薄汚れた土色の服に、うっすら赤く染まった斧。刀傷の付いた顔にぼろいバンダナを巻いたその姿はこれぞ山賊というものだった。

「よしっ。誰もいないよな」

 廊下を確認してこっそりと歩く。宣伝を頼まれているのに人に見つから無いように歩くのは意味がないと知りながらもこっそりと動かずには居られない。何故なら、

「あーくそ。一人だとこんなに恥ずかしいなんて思わなかったぞ」

 恥ずかしくて仕方がないのだ。あれだ。赤信号みんなで渡ればってやつだ。他のメンバーと一緒に行動している時は他の人もやっているという心理と周りへの演劇部ですよという無言のアピールで恥ずかしくなかった。だけど、一人で変装するとなると話しは大きく変わってくる。これじゃあただの痛い奴だと自分で自分に思ってしまうのだ。

「やばっ誰か来るっ」

 人が来るたびに物かげに隠れる自分に、朝通った時とかけ離れているなと自嘲してしまう。何度も通った倉庫質への道。二条さんと一緒だった途中までの道のり。

(格好良かったよな。女性にもモテルってのも納得だよ)

常に凛とした佇まい。張りのある声にピンと伸びた背筋。道場の一人娘である彼女は竹刀を持たせたら大人顔負けの腕らしい。

……時代が時代なら山賊もどきのおれなんか一瞬で成敗されそうだな。

 切り殺される自分を幻視してゾクっとするものを感じながら部活棟を出る。人気のない場所にある倉庫は周り込まなければ行けないのが面倒だと感じながら歩いていると、

「……ゃー。お……い……」

 倉庫の方から微かに人の声が聞こえてきて思わず身を隠す。ここで隠れていても袋小路の場所にある倉庫に用がある俺はどの道倉庫に居る誰かに鉢合わせするんだから無駄だと理性では解っている。だが、恥ずかしいという感情がどうしても隠れさせる。俺は壁にくっつきながらゆっくりと倉庫のある場所を覗きこむ。

「にゃー。うにゃー」

 愛くるしい姿で泣く子猫と、開いた段ボールの箱。そして、

「にゃー大丈夫にゃー。恐くないにゃー」

 ブレーメンで使われたであろう猫を模したもこもこの服。

「美味しいにゃーよ。一緒に食べるにゃー」

 猫耳と付けひげを付けてパンをかじる彼女の背中にはしっぽが揺れている。

「良い子にゃー。可愛いにゃー」

 優しく子猫にパンを与える彼女に俺は思考が停止する。俺は彼女を知っている。俺は彼女を知らない。だって。だってだ。

「……二条……さん……?」

 まるで別人じゃないか。

「ッ!?誰にゃっ!?」

 俺の言葉に激しく反応するにゃあ条さん。振り返って俺の顔を見るなり顔がゆでダコのように真っ赤に染まっていく。

「みっ見てた?」

 絞りだすかのように言う二条さんに、どう返せばいいのかわからなくなる。見てないよ?ばかな。白々し過ぎる。良い趣味だよね?駄目だ、バカにしてるようにしか思えん。

「……かっ可愛かったよ」

 一瞬の沈黙。そして、

「いっいやあああああああ」

 大声で叫びながら蹲る二条さんと、びくっとして逃げていく子猫。そしてそれを茫然と見守る山賊姿の俺。一体何なんだと言いたくなるような状況だ。訳がわからん。

 蹲ったまま恥ずかしさのままに震えている彼女にどう声を掛けていいのかわからないでいると、誰かの話声が聞こえてきた。

「ねえ、今悲鳴が聞こえなかった?」

「こっちの方だったよな?」

 近ずいてくる人の気配に、びくっと身体を震わせる二条さん。倉庫の鍵を持ってない今、ここには隠れられる場所もなければ、着替えるだけの時間もない。

 身体の震えが大きくなる二条さん。こんな格好をしているのを知られるのが恥ずかしくてイメージが変わるのが恐いのだろう。

「ねえ、この角の先だよね?」

「確か倉庫だったよな?」

 まずい、もう時間がない。彼女を守るにはどうすればいい?考えろ!格好が恥ずかしい?なら恥ずかしく無くさせればいい。イメージが変わるのが恐い?なら変えなければいい。そのためにはどうすればいい?そのためには……

「がっはっはっはっ!追い詰めたぞ猫姫!捕まえて奴隷商人に売り飛ばしてやろう」

 突如高笑いする俺を茫然とした目で見つめる二条さんとやって来た二人。彼らに見せつけるように斧を振るう。そうだ、俺には武器がある。イメージを守るための斧が。

「お前の護衛はみんなこの斧で叩き切ってやったぜぇ。絶望にまみれた顔が笑えたな」

 山賊を演じながら必死で目くばせする。この劇に参加してくれと。恥ずかしい格好をした二条さんじゃなく、真面目に練習に取り組む二条さんになってくれと。

「……よくもっ。よくも父上をっ!母上をっ!」

 ゆっくりと立ち上がって俺を糾弾する二条さん。その顔には少し照れが混ざっていたが、そこには、恐怖の色は消えていた。

「なんだ演劇の練習か。紛らわしいな」

「っていうかあれ二条さんじゃない?うっそー絶対運動部だって思ってたのに」

 興味を失ったように去って行く二人。二人の姿が完全に見えなくなり、ようやく一息ついたとばかりに身体の力を抜く俺と二条さん。

「はぁ。意外と誤魔化せるものだな。山賊なのに」

「山賊に猫姫かぁ。ふふっ。突飛なのに違和感を無くせるなんてね」

お互いに顔を合わせると、どちらからとも無く笑ってしまう。

「ふふっ、ありがとう。見られたのが君で良かったよ」

 笑い疲れて地面に腰を降ろした頃、二条さんが笑いかけてくる。その顔には先ほどまでの取り乱した姿は無かった。

「誤魔化せて良かったよ。ところでさ、なんでそんな格好してたんだ?」

 疑問に思っていた事を聞いてみる。

「そっそれなんだけどさ……先生に使わなくなった竹刀を捨てて来るように頼まれて近くを歩いていた時に、子猫の声が聞こえたんだ」

 少し顔を赤らめながら話し始める。子猫というのはきっとさっき逃げた子の事だろう。

「凄く小さくか細い声だったけど、妙に気になってね。その声を辿って行ったんだよ。そうしたらさっきの子猫が木から下りられなくなっているのを見つけてね。しかも鴉に突つかれているじゃないか。思わず助けようと近付いたんだけど……間に合わなくてね」

「間に合わないってどうなったんだ?」

「子猫が落ちたんだよ。いや、落とされたかな」

「そんな、大丈夫だったのか?」

「ああ。急いで駆けつけてね。それでも間に合わなかったからたまたま持っていた竹刀を使って受けとめたんだけど」

「だけど?」

「子猫に恐がられちゃってね。近くに寄らせてくれないし、私の持ってた食べものを食べてくれなかったんだ。直ぐに何か食べないと危険なくらい弱ってたのにね」

「危険な目に合い続けて信じられなくなっちゃたのかもな」

「うん。それで、その時ふたの開いた段ボール箱を見つけてね。猫の衣装があったから思わず同じ猫なら恐がらないで食べてくれるかもってね」

 食べてくれて良かったよと笑う彼女に俺は少し居心地が悪くなる。

「そうか……悪かった」

「えっ?」

「だってあの状況を作ったのって俺だってことだろ?」

 俺が段ボールを忘れなければ着替えるなんて思わず餌を置いて離れるなどしたはずだし、あのタイミングで覗かなければ二条さんは恥ずかしい思いをすることもなかったのだ。

「……なぜ君が謝っているのか解らないな。私は君に感謝しているのに」

「いや、だって俺のせいで恥ずかしい思いを「君のおかげでしなくて済んだの間違いだろう?」」

 俺の言葉を上書きするように言葉を重ねる二条さん。

「それに猫姫を演じた事が恥ずかしいというのなら、今後慣れていかないといけないしね」

「えっ?」

 いたずらっぽく言う二条さん。彼女の言葉には聞き逃せない一言が混ざっていた。

「舞台に立つなら恥ずかしがってなんかいられないからね。3年間よろしく頼むよ」

 笑顔と共に差し出されるその手を俺は力強く握り返した。



 部室の隅にある机を囲むように座り、一枚の紙を見つめる俺達。

「ようやく始められるのね」

 机の上の紙を感慨深げに見つめる琴吹。その紙には部活動申請書の文字が躍っていた。

「後はこれを埋めるだけだな」

 申込用紙の記入欄をすらすらと埋めていく琴吹。最初の5人に顧問の教師。部長と副部長。活動内容に部の名称。

 部活の名称以外の欄は全て埋まっていて、後は名前を決めるだけ……っておい。

「いつのまに俺が副部長になったんだよ」

そんな話は聞いてない。

「今よ。何?嫌だって言うの?」

何を今さらと言わんばかりの琴吹とそれに同調するメンバー達。そんな状況で、俺に返せる言葉は一つしかなかった。

「はあ。まあいいか。よろしく頼むよ代表さん」

俺が副代表に決定した。

「ええ、頼むわ。うん、それじゃあ後はこの劇団の名前ね。なんて名前が良いかしら?」

 名前を考える琴吹に、素朴な疑問をぶつける。

「ミュージカル部じゃ駄目なのか?」

「えーそれじゃあつまらないじゃない。せっかくミュージカルなんてするんだから劇団○○とか○○団とかやりたいじゃない」

「あーシキとかも劇団シキだしな」

 言われてようやく理解する。琴吹は、部活の名前とは別に俺達の名前を付けようと考えているんだと。そう考えるとワクワクしてくる。俺達は自分の劇団を作ろうとしてるんだ。

俺は熱くなる何かを感じながら、考える。劇団○○?いざ考えると成ると中々思い浮かばないものだ。ここはあれだ。よくある名前付けの方法を参考にすべきだ。とりあえず、ふむ。ここは『頭文字をとったらあらやだカッコイイ名前が出来ちゃった』戦法を取るべきか?坂中のS、新庄のS、琴吹でK、河中でK。二条でN……駄目だ子音しかない。何故母なる音が存在しないんだ。これじゃあ意味のある言葉を作れないではないか!SとKが2つ。二条……2……Ⅱん?なんか聞いたことあるような……あっ

「劇団SKⅡってのはどうだ?」

「それは美肌コンテストでも狙うのかしら」

駄目らしい。ならば発想を変えていくか。ふむっ、名は体を表すと言うしどうせなら大きくいきたいな。枕詞にでもでかいのを掲げるか。それでいてミュージカルっぽい名前……それにしてもミュージカルって名前長いよな。そういえばミュージカルと歌劇ってどう違うんだ?とりあえず歌劇ほうが短くて呼びやすいよな。うむ、よし。

「帝国歌劇団は?」

「……魔物とでも戦いそうな名前ですね」

 なんとここで無言だった河中さんが食いついてきた。もしや……

「世界を多いに盛り上げるような凄い劇を作る団。略してSO――」

「そのネタは使い尽くされていますね」

「大舞台という幻影の中で人生を旅する集団。大幻影旅団」

「血みどろの人生が見れそうです」

「その名よ宇宙まで届けっ!ロケット団」

「なんだか悪の組織みたいです」

 これまでに見た事がないほど生き生きとした目の河中さんに確信を抱く。彼女はオタクであると。目を輝かせる彼女に俺も少し嬉しくなってくる。余り表に出さない彼女の内側を見れたような気がして。

「じゃあ「却下」……まだ何も言ってないんだけど」

 続けてネタを振ってみようとする俺を、琴吹が膨れた顔で止める。

「却下よ。何よさっきから変な名前ばっかり。まじめに考えなさいよ」

遊びすぎたか。怒った表情の琴吹に改めて考えてみるが、中々出てこない。

「そうだね、何かこの劇団の目標を名前にするってのはどうだい?」

「あっ、いいわねっそれ」

 二条さんの案に好色を示す琴吹だが直ぐに顔色を変える。

「あっ……そういえばまだ目標を決めてないわね」

 今さら気付いたかのように頭に手をやる琴吹。

「運動系の部活なら大会優勝とかを目標にする事が多いよね。そういうのはないのかな?」

「それなら全国高等学校総合文化祭という文化系のインターハイがあるのさ」

「あっやっぱりあるんだね。ならそれを目標にするのがわかりやすいんじゃないかな」

 二条さんに答えるザンハイ。大会を目標にする。確かに解りやすい目標だ。だけど。

(何か違う気がするんだよな)

 目標としてはそれでいいと思う。でも、名前にするならむしろ……

「なあ、みんなは何がしたくてこの劇団に入ったんだ?」

 動機と目標は違う。この劇団でしたい事。この劇団に入った理由。

「俺はさ。シキに憧れたんだ。こんな世界もあるんだっていうあの衝撃。あの衝撃を俺も誰かに伝えられたらってさ」

 そう。勧誘は強引だったけど、辞めようと思えばいくらでも辞められた。被害者面して気にせず他の部活に入ったり、放課後付き合わずに帰ったり。でも、そうしなかった。つまりはそういう事なんだろう。

「こんな世界もあるんだ、かい。なら私も君と同じかな。あの時感じた価値観の変容をえるというのは楽しそうだ。最も私は見る側ではなく、演じる側で感じたわけだけどね」

 意味深な目で俺を見ながら続く二条さん。その二条さんに続くように皆が口を開く。

「ふむ、中々良い事を言うではないか。僕は中学の時に感じた劇の楽しさを伝えたいと思っているからね。諸君らにもその楽しさを伝えようではないか」

 不敵な笑みで宣言するザンハイに、

「……私は、私は何にもないんです。ただ、物語が好きなだけで、何かをしたいとかは何も……でも、私の作った物語で伝わる何かがあるなら……凄く嬉しいです」

 恐る恐る。だけど想いを込めて語る河中さん。

「私は……最高の劇を作って伝えたいのよ。舞台に立つ私で」

一瞬。本の一瞬だが陰りが見えた琴吹の表情に、『何を伝えたいんだ』なんて軽口をたたく事が出来なかった。

「これで全員ね。それにしても結構恥ずかしいものね。暴露大会みたいで」

先ほど見た顔の事が引っ掛かるが、それをなかったかのように振る舞う琴吹に聞く事は出来ない。だから、俺も見なかった事にする。俺の気のせいかもしれないしな。

「ははは確かにそうだね。私も少し恥ずかしかったよ。でも良かったんじゃないかな。ここまで見事に揃っていると解ったのだしね」

二条さんの言葉に思わず頷く。俺も思ったんだ。なんだみんな同じ考えじゃないかって。

「みんな何かを『伝えたい』ってのが目標なんだな」

「そうね。でも『劇団伝える』じゃ変よね。英語とかにする?」

「英語ね。劇団コンベイとか?……微妙だな」

 しっくり来る名前が見つからないで頭を捻るが、他に良い名前も思いつかず、これでもいいんじゃね?と自分を納得させていると、おもむろに二条さんが口を開いた。

「うーん。じゃあDIGO(ディゴ)なんてどうだい?」

「ディゴ?」

「そう。スペイン語で伝えるという意味でディゴ。劇団ディゴさ」

「はっはっは。良いではないかっ」

「……格好いいです」

 胸にすとんと落ちてくる響き。

「決定ね。私達は劇団ディゴよ!」

その宣言に胸が高鳴る。

『劇団ディゴ』

生涯において忘れる事のない名前。

俺の物語がようやく始まった。


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