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学園ミュージカルディゴ  作者: 多那彼方
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第1章―3


「バカなバカなバカなバカなバカなバカな―――」

「第2中学校の渡辺里佳子です。文芸部に所属していました。よろしくお願いします」

第一次新庄ショックで騒然とした教室も徐々におさまり、自己紹介が再開していた。

……未だに後ろで呟いているバカは今だし注目の的だったが。

渡辺さんで自己紹介も終わり、連絡事項を言われて今日の授業が終わる。

ざわめきと共にみんなが教室から出ていく中、俺は琴吹に話しかける。

「どの部に入りたいとか決めてなかったから別にミュージカル部でもいいけどさ。あのやり方はどうなんだ。せめて事前に言うとかさ」

「言ったじゃない。ミュージカルは好きかって。それに嘘はついてないわよ」

「多大な誤解を与える言い回しではあったがな」

ため息を一つして頭を切り替える。まあ考えてみれば悪い話ではない。入学初日に美女と知り合って二人で新しい部活を作る。青春スメルがぷんぷん漂ってくる状況じゃないか。

「まあ良いじゃない。過ぎた事は言ってもしょうがないし。3年間よろしく頼むわよ」

 笑顔で差し出される右手。

「お前が言うか?まあしょうがないんだけどさ」

ゆっくりと差し出された手を握り返す。柔らかくて温かい。その温かさに心まで温かくなったような気分になる。

「さてと、部活申請は確か5人からだったわよね?」

「ああ、5人で合ってるはずだ」

「じゃあ後3人ね。ミュージカルに興味持ってる知り合いいる?」

「あー一人心当たりはいるけど……」

「けど?けどって何よ?興味あるんだったら問題ないじゃ「ここに3人目が華麗に登場!」」

話を遮るように新庄真司(バカ)がポーズを決めながらやって来る。

「はっはっは、話は聞いたぞ、朋友坂中に琴吹彩音!この僕、新庄真一が3人目になってやろうではな「ごめんなさい」はやっ!断るのはやっ!いやいやいやいや、メンバーを探しているんでしょ?僕なんか「ごめんなさい」君もかいッ!?」

 余りに高いテンションに反射的に断りの言葉を放っていた俺達。いや、だって……

「演劇女子ってどう思う?」

「最高だねっ!いやぁだって演劇部って可愛い子多いじゃないか。可愛い衣装来た可愛い女子を見放題!しかも『演技の練習だ』って言って抱きついたりできるかもしれないって思っ「死ねば良いのに」ごめんなさい!謝るのでその絶対零度の凍える視線を僕に向けないで!」

 一瞬で土下座体勢に移行する新庄。琴吹はそれに冷たい目線を向けた後、俺の方に向き直って言う。

「3人目早く見つかると良いわね」

「……ああ、3人目早く見つかると良いな」

3人目は居なかった。

明日の事を考えながら、教室から出ようとする俺達に新庄は慌てて呼びかける。

「まっ待ってくれ!というか坂中!君は僕が演劇をやっていたと知っているだろう!?」

 すがるように俺を呼びとめる新庄。

「演劇部?今演劇部って言ったわよね」

 その言葉に反応したのは俺ではなく、琴吹の方だった。

「……残念ながら俺の心当たりってのはこいつの事なんだ」

「こいつが?目立ちはしそうだけど、演技なんて出来るの?」

 ちょっと口からこぼれただけのような軽く放たれた琴吹の言葉。だが、その言葉に新庄は大きく反応する。にやりと笑ってその両腕を大きく宙へと広げる。

惹き込むように、魅せるように。一瞬で世界を構築する。

「もちろん演じられるさ!僕はスターだからね」

 それは観客に向かって演じているかのような、身体全体を使って語られる言葉。

その姿が演劇を語っていた。

「……後二人ね」

「……まぁ経験者も必要だしな」

 それだけ言って静かに歩き出す琴吹。扉の近くまで行ってから元気よく振り返る。

「行きましょ。あんまり遅いと先生に怒られるわよ?」

そう言って去っていく彼女の顔は、どことなく微笑んでいた。



「今日の曲は明るいのが多いな」

高校に入学したからと言って毎日の日課が変わるわけでもなく、今日も山でのライブを聞きに行く。

昨日の琴吹との再会やミュージカル部設立を目指すという目標は青春っぽい高校生活を連想させて、自然と顔がにやけてしまう。

そんな気分に合わせたわけでもないだろうが、今日のライブは明るい曲が多い。

聞いていて心が躍りそうなラインナップだ。

「さてと」

ライブの興奮を走ることで発散させながら、家に向かう。

今日からどうやってメンバー集めをしようかなんて考えながら。



朝礼20分前の校舎。建てつけが悪いのか、少し重いドアを開けながら教室に入る。

早く学校に来すぎたのか人も少なく、琴吹も新庄もまだ教室に居ない。

俺の席に座って鞄を置いていると、近付いてくる奴が居る。

「オッス坂中」

「オッス樹山」

樹山(きやま)(じん)。こいつも同じ中学で、新庄と3人で3バカなんて呼ばれた間柄だ。

「お前昨日結構かわいい子相手に仲よく喋ってたよな?いつの間に仲良くなりやがったんだ?裏切り者め」

「仲良くって、喋ったの昨日が初めてだっつーの。まだそんなに仲良いってわけじゃないって」

「『まだ』ってことは仲良くなる気満々じゃねえか。脅してまで彼女を作ろうとするやつは積極性が違うな。なあ、ストーカー君」

「俺はストーカーなんてしてねえっつの。あれは単なる吊るし上げの演技だ」

「いいじゃねえか、吊るし上げ。少なくとも顔と名前は覚えてもらえたぜ。最低男として」

「最低じゃねえか」

「まあいいじゃねえか。劇なんてやるんだ。目立つのには慣れといた方がいいだろ?」

「悪目立ちだけどな。はぁ。まっいいか。それよりさ、今人数足りてないんだけど、お前もミュージカル部に入らねえか?」

「んーたまに手伝う程度なら出来るが、入部は無理だな」

「やっぱりピアノか?」

「おうっ。最近知り合ったミャリカってやつが良い歌詞作るんだ。これで作詞家も揃った!フリーカマーズのメンバーが俺を待ってるんだ、学校に残ってなんかられないぜ!」

「おおっ!ついに作詞家を見つけたか。フリーカマーズもいよいよ本格始動だな」

 フリーカマーズ。ミュージシャンのカマ―ズライブから取って付けられたバンド名。

 樹山は俺の青春行為のきっかけとなった言葉を放ったあの日から、俺と新庄とで一緒にバカみたいな青春行為を繰り返していた。あの文化際の日もそうだ。俺が密かに憧れていた山本さんの出る舞台を見ようとして入って行った体育館。そこで文化際の特別ゲストとして招かれていたのはカマーズライブというミュージシャンだった。

 腰に巻くはずのカマーバンドを腕に巻き付けた彼らは、結束を確かめるかのように腕を重ねた後、覇気を纏った瞳で観客席にアピールする。

 ――俺らはここにいるんだぞ

言葉ではない。身体を使った言葉。

ピアノにギター、ドラムにヴァイオリン。

その演奏は生きていた。音が、想いが音楽と共に伝わってくる。それはまさしくライブだ。その躍動感溢れるライブに樹山は一瞬で魅了された。

 興奮のままに走る樹山に連れられた俺と新庄が向かった先は音楽教室。

「1年だ。来年の文化祭までに俺はピアノを弾けるようになる!お前らも楽器を取ってくれ!俺達が来年あの舞台の主役になる!」

「はっはっは!面白いなそれは。じゃあ僕はヴァイオリンを担当しようではないか。劇があるから余り参加出来ないが、こう見えて小さな頃からやっていたからね。坂中は何にするんだい?」

「……俺が参加する事はもう決定なのかよ」

 笑いながら聞いてくる新庄に、俺は近くに置いてあったギターを取りながら応える。

 樹山のように魅了された訳ではなかったが、格好良いと感じていたのは確かだったし、青春っぽくて面白そうだったからだ。それになにより、

(山本さんこういうの好きそうだったからな)

 好きな人に好かれるためにやる。それは不純だとしても、強い動機になるものだった。

 それからの1年。自分のギターを買うためにお年玉貯金を降ろし、Fコードに苦戦して、曲作りに頭を焦がして、音合わせに時間を掛けた。

 そして、苦労しながらも楽しかったそれらの総決算となる文化際。

 徐々に高まって行く胸の鼓動。熱く弾けるような衝動。それらを全てぶつけたあの瞬間は客席が輝いて見えた。

曲の終わりと共に強い拍手で俺達の1年を認めてくれた観客。その中に彼女の姿もあった。艶のある黒い髪。瞬間、俺の心臓は絶頂に達する。だが、それは俺一人では無かった。

「やっ山本さん!来てくれてありがとう!おっ俺この場で言おうと決めてた事があるんだっ!おっ俺は!俺は山本さんが好きだっ!俺と、俺と付き合ってくれっ!」

「なっ君もかい!?まっ待ちたまえ!僕も山本さんが好きなんだ!」

衝動を吐き出すように山本さんに告白する樹山と新庄。こいつらの想いを知らなかった俺は驚愕と共に焦燥と衝動が胸に溢れた。今だ。今言わなければいつ言うんだ!

「ちょっと待ってくれ!おっ俺もだ!俺も山本さんが好きなんだ!ずっと好きだったんだ!」

 この時俺達は、興奮で頭が湧いていたんだと思う。

じゃなければステージ上で3人同時告白なんてバカはしないだろう。

 興奮する観客に押し出されるようにして俺達の前にやってきた山本さん。

 山本さんは申し訳なさそうに俺たちに返答を返す。

「あの……ごめんなさい。私付き合っている人がいるの」

返ってきた言葉はシンプルな銃弾だった。これが初恋、そして初振られ。

 演奏の直後の興奮が起こした暴走とはいえ、今思い出しても恥ずかしさに1時間は転げ回れる自信がある黒歴史だ。

 この後樹山はこの事を振り切るようにピアノに没頭して、新庄は山本さんの事を忘れるかのように他の女性を追い求めた。そして俺はギターから離れて一人青春行為に没頭した。

 ある意味これが俺達の分岐点だったのかもしれない。

音楽に青春を求めた樹山。女に青春を求めた新庄。そして青春行為などという目的のないまま何かを求める行為を続ける俺。

今になって思うと、音楽から離れられなかった樹山と俺との違いは、きっとどれだけカマーズライブに魅せられたかの違いでしかないのだろう。

 ならば、ならば俺にとってのカマーズライブは何なのだろう。

「ああ。いよいよフリーカマーズも始動だ。ここからだ。ここから俺達の伝説は始まるんだ。最高のクオリティに仕上げて全曲100万再生を叩きだす!」

「ニヤニヤ動画ってやつだよな。会っても無いのに曲って合わせられるものなのか?」

「難しいけど出来なくはないって感じだな。まあデビュー前には一度顔合わせをするつもりだけどな」

「へえ。まっ曲が出来たら聞かせてくれよ」

「おうっ。まっ名曲の余り興奮しすぎて昇天しないようにだけ気をつけろよ」

「どんな曲作るつもりだよ。まあ楽しみにしてるわ。あーにしてもどうやって部員後2人集めようかな。新庄以外の知り合いなんてまだお前くらいだしな」

「んー普通に興味あるやつ探して誘ってくしかないんじゃね?」

「かねー」

「まっ俺も知り合い出来たら誘っといてやるよ。そうだな、何時になるか解らないけどフリーカマーズの顔合わせの時に星平のやついたら宣伝しといてやるよ」

「ありがとな。まあ期待しないで待ってるよ」

 軽く礼を言ってからクラスを見渡す。昨日の自己紹介程度じゃよっぽど印象に残ったやつくらいしか頭に残ってないからほとんどの奴の顔と名前が一致していない。

一致しているのなんて、せいぜいバナナ好きのマッチョマン剛田くらいだ。あいつはあだ名が絶対ゴリラになるだろうな。

「おはよう、朝から元気ね。バカは風邪ひかないって、元気だからひかないって事なのかしら?何話してたの?」

 ――訂正。一番印象深かったやつがいた。

「朝から毒舌だなおいっ!、はぁ。ただのバカ話だよ」

「やっぱり『バカが』話しをしてたのね。友達?」

「『バカな』話だ。中学一緒だった奴で、樹山って奴だ。ちなみに誘ったけど駄目だった」

 樹山に視線を向けると、悪いなとでも言うかのように手を立てている。そんな樹山に琴吹は一瞬だけ視線を移すと、直ぐに俺に視線を向け直して少し不満そうに言う。

「あっさりしてるわね、もうちょっと頑張りなさいよ。ストーカーはしつこさだけが取り柄でしょ?」

「ストーカーはいい加減やめてくれ」

「わかったわ、バカ」

「その2択なのかよ!」

「えっ、気に入らなかった?」

「気に入らないねえ」

話しながら席に着いた琴吹は体勢を変えて椅子の背中に顎を載せながら話し始める。

その顔に不敵な笑みを浮かべながら。

その背に吹き出しそうな樹山を背負いながら。

「まあいいわ。ねえ、私昨日考えたのよ。ミュージカル部を作るには何が必要かって」

「部員五人集まれば出来るんじゃないのか?」

「それだけじゃあ考えが甘いわよ。部を作るには顧問の先生と部室を見つける事も必要だし、提出が必要な書類もあるわ。部室一つにしたって舞台道具を置くためにある程度広くなくちゃ駄目だし更に言うなら歌の練習に音取りのピアノも欲しいわね。それに舞台を作るなら役者の他に脚本、演出、舞台道具、照明、音響に出来ればメイクとかもいるわね」

「……多いな」

「でしょ?だから私は暫く部室と顧問探しに動くからさ、あんたは部員集めを頑張ってよ」

「俺一人でか?ザンハイは?」

「ザンハイ?」

「ああ新庄のあだ名だよ。残念なハイスペックでザンハイ」

「……凄くしっくり来るわね。そうね、ザンハイには書類関係お願いしたり練習計画練ったりして貰ってるわ。せっかくの元演劇部なんだからその経験を活かして貰わないとね」

 ちょっと考える。新庄の役割は変われない。となると、先生との交渉か部員探しのどちらかになるけど、正直上手く交渉できる気も良い部屋を見つけられる気もしない。

「わかった。それじゃあ良い部員を見つけて来てやるよ」

「任せたわよ。私も先生と部屋を見つけたら直ぐに手伝うから

「任せとけ。それまでに5人揃えてやるから」

 そう言って胸を叩く。すると、そこに服とは違った感触を感じた。なんだと思ってそれを取り出して思いだす。

「しまった。忘れてた」

 入学式の日に拾った手帳を持ち主に返す事を。

「表紙には何も書いてないよな?中に名前とか書いてないかな?」

 俺は手帳の持ち主に心の中で謝った後、手帳を開く。

「……これは」

 そこに書いてあったのは――


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