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学園ミュージカルディゴ  作者: 多那彼方
21/21

第6章ー4

最終章です。

沈まない太陽が夏の到来を感じさせる夕暮れ時。

「いよいよ明日ね」

本番前日。

最後の練習を終えて別れ道まで二人で歩く。琴吹の顔には本番への恐怖が混ざっていた。

「最後の練習も終わったからな」

 本番を想定した最後の練習。それは二条さんの道場で行われた。これまで琴吹の歌の練習に付き合ってくれていた門下生達の前で、初めて俺達の劇を見せる。

 緊張は大きかったが、得た物も大きかった。

 自信。経験。観客の反応。

 後は明日どうなるかだけだ。

「ねえ……私が歌えるか心配?」

「いやっ、そんな事は」

「別にいいのよ。実際前の出し物大会の時も歌えなかったし」

「でもあの時とは違うだろ?本番を想定した練習をあれだけしたんだし」

「でも、練習は練習。本番でどうなるかはまだわからないわよね」

「…………」

自嘲する琴吹に俺は言葉を返せなかった。

琴吹が歌えるようになると信じてくれたみんなも、やはりどこかに不安があった。

今度舞台で歌えなかったら、学校のみんなの前で出し物大会の時のようになってしまったら琴吹はどうなるのかと。

「ねえ、舞台には魔物が潜んでいるんだって言葉知ってる?」

「魔物?」

「そう、魔物。舞台では何が起こるかわからないからそう言うのよ……私はその魔物に食べられたまま、胃袋の中で溶かされたくないってもがいてるただの獲物なの」

「それは……」

コンサートから続くトラウマの事を言っているのだろう。

山で琴吹について知ってからその魔物を退治するために様々な特訓をしてきたが、倒せたかなんて分からない。

明日が終わるまで、答えは出ないのだ。

「でも獲物は獲物なりにあがいてるのよ。私はただの獲物じゃないわ。みんなに研いでもらった鋭い剣で胃袋を切り裂いてみせるわ」

「おっかないな」

「おっかないのよ」

そう言って笑いあう。

そのおっかなさが今は頼もしかった。

「それじゃまたね。明日は頑張りましょう」

「ああ、またな」

去っていく琴吹を見守って、家路に着く。

明日に思いをはせながら。



「うわっ!いっぱい来てるよ」

「思ってた以上に来てるね」

「これだけの人が見に来てくれてるのよね」

「はっはっは!スターになるには持ってこいのステージじゃないか!」

「……緊張しますね」

本番15分前の休憩時間。舞台袖から盗み見た観客席は半分以上が埋まっていた。

予想以上に人が来ている事に驚きながらも、俺達は楽屋に戻る。

俺たちに割り当てられた楽屋に出て、小声をやめて普通の声量に戻った俺達は、自然と一ヶ所に集まって手のひらを重ね合わせる。

「先生。一言お願いできますか?」

「いや、俺は何もしてないんだ。頑張って来たお前等の言葉で締めるべきだろ」

 ここまで送ってくれた先生に頭を下げ、琴吹を見る。

「団長。本番前の一言頼む」

俺の言葉にみんなの注目を集めた琴吹は少し目をつぶった後、語りだす。

思いを乗せるように、重いを飛ばすように。

「……ミュージカルの経験も演劇の経験もない私だったけど、みんな着いてきてくれてありがとう。おかげで本番を迎える事が出来たわ。舞台の上では一人でも練習と共に築きあげて来た絆があれば一人じゃないわ。舞台も整ったし練習もいっぱいしてきた。後は今日を最高の一日にするだけよ」

琴吹は一旦言葉を切って、みんなを見渡す。

視線が交差する。想いは一つだった。

「舞台を楽しみましょう!」

「「「「おお!」」」」

言葉と共に高く高く掲げられた手に想いを乗せて叫ぶ。

高らかに、高らかに。

「それじゃ行くわよ!みんな位置について!」

「そんじゃ行くか」

「まっ、気負いすぎないように楽しむとするか」

「はっはっは!僕は今、スターダムへのスタートラインに着くのさ!」

「ボタンを押し間違えないようにしないと……」

それぞれ思い思いの表情で定められた位置へと向かう。

さあ、舞台の幕開けだ。



舞台袖、下手側。

舞台で一人、王女フィアを演じる琴吹を見ながら、登場シーンを待つ。

出番の寸前。

既に限界近くまで緊張は高まっていた。

「そこに居るのは誰なのですか?」

琴吹演じるフィアの誰何を合図に舞台へと歩み出す。


ブワッ


舞台の上へと一歩踏み出した途端、強烈な熱を感じる。客席から押し寄せる人波が生み出す強烈な圧力。その圧力が熱となって俺に襲いかかって来る。

出し物大会の比ではない、強烈な圧力。

それが舞台と言う逃げ場のない場所で一身に降り注いで来る。

体がこわばり心臓が爆発しそうなくらい鼓動する。だが、

「やあっ!君も宴を抜けて来たのかい?」

 積み重ねてきた練習の数が、俺の口を開かせる。

「アレン王子様?何故ここに?」

一言目を声に出せば、後の言葉は自然と口からこぼれおちていた。練習で染みついたセリフだからだろう。練習は裏切らないと言うのはどうやら本当らしい。


喋るうちに緊張は少しずつ減っていく。物語も中盤さしかかり、山賊としてフィアを襲う頃には、早着替えのために何重にも着た服のせいで太って見えないか、なんて考える余裕も出来てきたくらいだ。緊張と言うものは長続きしないらしい。


「私がフィア様になって出て行きます。フィア様はここからお逃げになって下さい」


「私……何も知らなかった……こんな……こんな…………」


「ほうっ高く売れそうな娘じゃねえか」


「冗談じゃないわっ!あんな小娘に人気を奪われてたまるもんですか!」


「おーほっほっほっほ!さあっ、誰でもいいから私を楽しませてちょうだい!」


「はっはっは!呪いはキスで解けるようにしておいてくれ。フィアの奴がこの僕にひざまずいて僕のものになった時に初めて解けるようにね」


「あらっ、それならいい子が一人いますわ。歌がとーっても上手な子が」


「歌えない私が王女様の前に行っても怒らせてしまうだけ……でも行かないわけにもいかない……どうすればいいの?」


「フィア!?君はフィアなのかい!?」


歌い。踊り。演じて、演じて、また演じる。

二条王女の良嬉姫の反応を楽しみ、魔女の魔法を表現した河中さんの照明に称賛を送りながら舞台を進行させる。一瞬一瞬が数え切れないほど演じたシーンの最後のワンシーンとなって過ぎ去っていく。惜しむように、楽しむように。想いを込めて演じ続けて、物語は佳境へと向かって行く。

「フィア!?」

「ッ!?アレン様!?」

琴吹の演じる少女フィア。知らぬまま犯してしまった罪に怯え、苦難の道に捕われて泣いている少女。アレンは、俺はその少女に話しかける。

「フィア!本当にフィアなんだね!?生きていたなんて!ああ、夢のようだ!」

「アレン様……なんでここに?」

「ふふっ、初めて会った時もここで同じように聞かれたね。『君も宴を抜けて来たのかい?』と言うべきなのかな?」

「……あの頃は何も知らぬまま、何も変わることのない明日が訪れると思いこんでいるだけの少女でした。でも……変わってしまった」

「変わった?」

「私はもう王女フィアではありません。苦しめた民に憎まれ、行き場を無くし、価値を持たないただの奴隷でございます。斯様な奴隷と関わられますれば、アレン王子のお目汚しとなられますので、どうぞ捨て置いて下さいませ」

自分を卑下するように言葉を発して俯くフィアに近付き、体を引いて顔を近付ける。

キスシーンに会場が湧く音を聞きながら近くで琴吹の顔を見ると、その顔は緊張で強張っているのが分かる。

……このまま本当にキスをしてやろうかなんて思考が浮かぶ。それでその表情が変わるのなら………………

「なっ!何を!?」

でも、その欲求には全霊の力で歯向かう。

(何を考えてたんだ俺は…………)

「君はどこが変わったんだい?」

「何をおっしゃられているのですか!?私は既に王女ではなくただの奴隷にございます」

「僕は君が好きだ」

「なっ!」

「でもそれは君が王女だから好きなわけじゃない。君が君だから好きなんだ。ほら、何か変わっているかい?」

「そんなっ!でっでも、私は民に憎まれておりますし……それに歌も…………」

「憎まれているって誰が言ったんだい?」

「えっ?それは押し寄せてきた民が……」

「君は憎まれていないよ」

「まさかっ!?そんなはずっ!」

「僕は君の居なくなった国についてずっと調べていた。民が怒りを寄せていたのはこれまでを作って来た者達だ。君が国を思っての案をいくつか出していたのを民は知っていたよ」

「うそっ!」

「本当さ。それに歌の呪いは既に解けている」

「えっ!?」

「呪いはキスで解ける。魔女に解呪の方法を聞いていたんだ。もっとも、そのためにキスをしたんじゃないけどね」

「それって」

「さっきも言っただろう?」

一呼吸置いて想いを伝える言葉を紡ぐ。

「君が好きなんだ」

この言葉は始まりの合図。

アレン王子の告白を受けたフィア王女が、自らの想いを込めた歌を歌う合図。――琴吹が舞台で歌を歌う合図。

ゆっくりと音楽が流れ始める。一度動き出したら、もう止める事は出来ない。

祈るように琴吹の顔を覗き見る。必死で恐怖と戦っているのだろう青ざめた顔は緊張で強張っていた。しかし、それでも。

『深く暗い闇の中を――』

 琴吹の口から飛び出した精霊のような綺麗な歌声。俺が毎日聴いている歌声。

それを耳にした瞬間、俺は叫びだしそうな程の喜びに包まれた。

(琴吹。お前ちゃんと歌えてるよ)

俺達以外には解らないであろうこの喜び。だが、


ドタンッ


突如客席から響いた音。小さな男の子が段差に引っかかって転んだ音。

こけて倒れたまま泣いている子供と慌てて口をふさぐお母さん。

普通なら大して気に掛けないような些細な事。

だけど、琴吹にとっては違っていた。

「ッァ――――」

 突如止まる歌に、慌てて琴吹を見る。

 恐怖で固定された顔。震える身体。

 重ねてしまったのだろう。重なってしまったのだろう。

 トラウマのきっかけとなった出来事が再び琴吹を襲う。

 流れ続ける音楽。

琴吹の口から出てくるのはただ、言葉にならずに出て行く息だけだった。

(琴吹…………)

彼女は舞台の魔物に捕まってしまった。胃袋の中から勇気と言う名の剣を振るう。幾度も幾度も口を開くが、その剣は声に、歌になる前に跳ね返されて消化される。

(また……また同じ事になるってのかっ!?)

出し物大会の時を思い出す。

何もすることの出来なかったまま止まった時間。

道場での練習の時は俺が背中を叩く事で一押しをする事が出来た。

だけど、今回は違う。

離れた俺と琴吹の距離。審査員に選ばれた先生達の厳しい視線。

――迂闊に動く事が出来ない

5秒過ぎ、10秒が過ぎる。

ざわつきだす観客席に焦りを感じ出した頃。俺は『それ』を耳にする。

『罪の意識にさいなまれ前に踏み出せなくなっていた――』

それは道しるべの歌。だけど、その歌は観客席から聞こえてくる。

(これはっ)

 その声はお世辞にも綺麗とは言い難い歌。

 肺の怪我(・・・・)で声を出すのも苦しいのだろう。痛みを我慢しながら歌うその顔は苦痛に歪んでいる。だけど、その姿は。立ちあがり歌う宮島里香の姿はただただ綺麗だった。

 だが、それも長くは続かない。

 無理をして歌ったのだろう宮島さんは、最初の節を歌いきると同時に肺を抑えて座りこんでしまう。

 再び歌い手の居なくなった舞台。このままだとまたあの沈黙が戻ってくる。

(また俺は何も出来ない俺のままなのか?)

俺はふと出し物大会の時の事を思い出す。

あの時最初の一歩が踏み出せなくて止まっていた俺の背中を押した新庄。

昨日の会話を思い出す。

舞台には魔物が住んでいる。だから何が起こるかわからないんだと。

そうだ。舞台は生き物なんだ。脚本にない事をしてはいけない決まりなんてない。

歌詞の続きを思い浮かべる。何度も何度も琴吹と練習してきた曲の歌詞を。


『過去も未来もわからなくなって

広い世界にたった一人

怖いよ!暗いよ!泣いてるだけだった

そんな私を見つけ出してくれた

探し出してくれた

あなたが世界にやって来た』


(リズムが同じなら)

俺は一緒に凍りつくだけの俺から変わるために、琴吹のために、そしてそいつの想いのために―――ゆっくりと口を開いた。


「過去も未来も関係ない

どんなに世界が広くても

怖いよ!暗いよ!と君が泣くのなら

どんなときも見つけ出してやる

探し出してやる

君の世界に踏み込んで」


俺は琴吹でもフィア王女でもない。だから彼女の心を歌う歌は歌えない。

でも、それならば作りかえればいい。

突如歌いだした俺に、宮島さんに行っていた視線が舞台に戻る。だが俺の意識は寄せられた視線ではなく、ただ琴吹にだけ向いていた。

俺が歌うと共に流れ出す音楽。流れる音楽を聞きながら次の歌詞を思い出す。


『弱い私はあなたの事でさえ

 信じ切れずに怯えていた

 自由を求めて泣いていたのに

 自ら檻へと閉じこもる

 そんな私を見せたくなかった

 そんな私を見つけて欲しかった』


音楽に合わせて口を開く。

今の俺はアレンであり、坂中優一だ。


『弱い君は僕の事でさえ

 信じ切れずに怯えていた

 自由を求めて泣いていたのに

 自ら檻へと閉じこもる

 そんな君を見たくなかった

 そんな君を見つけたかった』



俺を見つめる琴吹に向かって全ての想いを歌に乗せて吐き出す。次の歌詞は変える必要がない。それは俺の想いそのものだったから。

負けないでくれとただ願う。剣を持つ琴吹の手に俺の手を添えて再び挑む。Fearという名の魔物へと。


『あなたを失い想いに気付いた

過去も未来も関係ない

今ここに立っている

どんなに世界が広くても

あなたと共ににいれるなら

もう離したくない』


会場の一角を指差す。

歌えなくなった宮島さんが『歌いなさい』と書いた紙を高く高く掲げている姿。

後ろで息を飲む音が聞こえる。流れ続ける音楽。長い間奏が終わり、次の歌詞を歌おうとする俺を静かに遮り、琴吹が立ちあがった。


『深く暗い闇の中で

あなたが光連れて来てくれた

照らされた道を

あなたともう一度歩いて行く』


(琴吹!)

この一瞬を俺は生涯忘れることは無いだろう。

そこに居たのは魔物に怯える少女ではなく―――俺が見つけた妖精だった。


『信じていいのあなたの事を』


この問いかけはフィアのもの。

だから、俺はアレンとして返す。


『僕が君を救い出すから』


歌詞とは離れているかもしれない。

だけど、琴吹を救ったこの少女も俺は、アレンとして救い出したかった。


『あなたと共に生きてゆきたい』


これに返す言葉は一つだ。


『君と共に生きてゆきたい』


俺達を遮る魔物はもうどこにもいない。俺達は万感の思いを歌に乗せて紡いだ。


『『深く暗い闇は晴れ

君と共に歩いて行く

輝きに満ちた世界で

どこまでも二人歩いて行く

いつまでも君と歩いて行く』』


客席から鳴り響く拍手。

歌からセリフに移るまでの1瞬の空白。俺達は劇で表現されることのない喜びをただただ噛みしめていた。



終わりを告げる幕がゆっくりと閉じて行く。

 鳴り響く拍手を聞きながらただただ堪え切れない感情を抑えるのに必死だった。

幕が閉まりきるのを確認した俺達は舞台セットを手に、堪え切れない感情と共に一斉に走り出す。

楽屋へと続く扉の閉まる音と共に感情は爆発した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「私っ、わたしッ!!」

「はっはっはっはっは!最高じゃないか!」

「ああっ!凄い楽しかった!」

「うっ嬉しいです!!」

みんなで抱き付き合って歓喜の咆哮をあげる。そこには喜びだけが溢れていた。

俺は感情の限り叫んだ後、琴吹に近付く。

嬉しさで泣きだしてしまった妖精団長の元へ。

「琴吹っ!お前歌えたじゃん!ちゃんと舞台の上で歌えたじゃん!」

「はっはっは!君の歌はビューティフルだったさ!」

「だね。まぁその前に坂中が歌いだした時にはどうなるのって思ったけど」

「ふっ、二人とも格好よかったです!」

他のみんなも琴吹の元へと集まって来る。

その顔は笑みと祝福に溢れていて、日だまりのような温かさがそこにはあった。

「あっ、ありっ、ありがとうっ!」

涙しながらも、想いを乗せた言葉を紡ぐ。

「わっ私に着いて来てくれて、私を導いてくれて」

言葉を切って俺に向き直る琴吹。そして軽く呼吸して息を整えてから笑顔で

「私に歌わせてくれてありがとう!」

 満面の笑みを向けられて顔が熱くなる。

「いやそれは俺がしたかったからで。そっそれに、俺一人だったら何もできなかったし」

 そう、痛みを我慢してまで歌ってくれた宮島さんの姿があったから、俺も歌えたんだ。だから、俺一人の力じゃ――

「君が頑張ってくれたから私も動いたんだよ。何も出来なかったなんて事はないと思うな」

「あっ!」

 見慣れない顔。聞きなれない声。

 けれど、間違える事は無い。その人の事は良く知っていた。

「宮島さんっ」

「えっ?」

 俺の言葉に反応した琴吹が振り返る。ドアを開けて入って来た彼女は、琴吹の前へとゆっくりと歩いて行く。

「……ひさしぶりだね。彩ちゃん」

「……先輩っ」

「………………」

「………………」

 言葉なく見つめ合う二人。

 宮島先輩が何を思っているのかはわからない。辛い事件があって、2年も会っていなかった二人。言いたい事はたくさんあるんだと思う。だけど、

「綺麗な歌声だったよ。前よりずっと上手くなってた」

「先輩っ。私っ私……」

「ごめんね。あなたが苦しんでいるのに気付いてあげられなくて。あなたは私の命の恩人なのにね」

「そんなっ。でも先輩は私のせいでっ」

 謝罪の言葉を投げようとする琴吹の口をそっと塞ぐ。

「殺されそうになっていた私をあなたが助けてくれた。あの時に起こったのはそれだけよ」

 先輩は笑って「それにね」と続ける。

「歌い手から離れて今作詞とか作曲の勉強をしているんだけどね、すっごく楽しくて毎日が充実しているのよ」

 こちらの方が合ってたのかしらと笑い、

「だからね、」

 ゆっくりと右手を差し出す。

「あなたの曲を私に作らせて。セイレーン復活よ」

 過去の事は関係ないと。これからが重要なのだと。

「せんっ……ぱい……」

 何かを確かめるようにゆっくりと。それでいて、力強く。

 二人の手は重なり合った。

「うっぁああっあああ」

「ほらほら泣かないの。みんなが見ているわよ」

「先輩っぁあああ先輩っ。私っ私――」

 涙で言葉にならない声を上げる琴吹を先輩は優しく抱きしめる。片方の手はもう離さないとばかりに繋がったまま。

 どのくらいそうしていたんだろう。

 抱き合う二人を見守っていた俺に、唐突に先輩が話しかけてくる。

「ねえ、坂中君だっけ」

「あっはい」

 いきなり話しかけられて戸惑う俺に、先輩は爆弾を投下した。

「あなた彩ちゃん付き合っているのよね?」

「はっ!?」

 今なんて言ったんだ?付き合う?誰と誰が?俺と琴吹が?

 混乱する頭に言葉の意味が伝わってくる。と、同時に爆発した。

「いっいやいやいやいや。ちっ違いますっ!付き合ってなんかいません」

「そっそうよっ。なっなんで私がこんなやつと付き合ってるなんてなるんですかっ」

 先輩の腕の中から飛び出た琴吹も加わって先輩に訴える。だけど、先輩は穏やかに笑って不思議そうに刷るだけだ。

「そうなの?お似合いだって思ったのだけど。あっそうだ。これからは名前で呼び合うとかどうかしら」

「なっなんで名前でなんてっ」

「いいじゃないの。先輩命令よ。ほらっ呼んでみなさいな」

 うーっとうねる琴吹。そのまま何かを呟いたかと思うと、唐突に顔を上げて宣言する。

「団則を作る事にするわっ。第一条。劇団ディゴの中では名前で呼び合う事っ」

顔を赤くした琴吹が宣言する。

「だから私の事もこれから彩音って呼ぶのよ。いいわね、凛花ちゃん」

 名前で呼ばれた二条さんは、いや凛花は、ふふっと笑ってそれに応じる。

「ふふっわかったわ。彩音ちゃん」

 その返事に満足したように頷いて河中さんの、静葉の方を向く。

「彩音って呼んでね、静葉ちゃん」

「はっはい。よろしくお願いします。彩音さん」

次にとばかりに彩音が顔を向ける前に、ザンハイが彩音の前に進み出る。

「はっはっは!それは良い案だね彩音!僕のハーレムの一員たる者名前で呼び合うくらいの愛情表現は必要だからね!さあっ!高らかに真一と叫ぶがいい!」

「あんたはあだ名があるんだからそれでいいじゃないザンハイ」

「ノウッ!」

崩れ落ちるザンハイから離れた彩音が俺の元へやって来て手を差し出す。

「これからもよろしくね、優一!」

輝く笑みと共に出されたその手に俺の手を結ばせる。

体温の温かさと共に、温かい『何か』が伝わって来る。

「これからもよろしくな、彩音!」

この温かさがどこから来ているのかはわからない。

でも、大切に繋ぎとめようと、強く強くその手を握り返す。


『ミュージカル・ディゴ』


大切な想いを伝える劇団がそこにはあった。


いちおうこれで完結です。

昔に書いた作品なのでお目ぐるしいところもありましたが、

最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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