第6章ー2
うっそうと生い茂る森林を歩く二つの影があった。
「すまん!一匹逃した!」
「マジかよ!」
狂ったように走りくる巨大な影が鋭いきばをむき出しにして襲いくる。
全てを破壊しながら襲いくるその巨躯を、身を転がす事により避け、無防備となったその背に音の刃を叩きつける
『ドミソドラ』
しかし、その一撃は獣を怒らせる以上の効果を持たず、怒り狂う獣の咆哮に弾き飛ばされる。ゆうゆうと歩く獣が止めとばかりに口を開いて、
『シシラシ』
鋭い音と共にその命を散らした。
「わりっ、通しちまった」
「大丈夫だ。ちょっと押されただけだしな」
謝りながらやってくる鍵盤楽器使いの戦士とゆっくりと起き上がる弦楽器使いの戦士。二人の剣士の名はヒューマとミラー。アバターとなった樹山と俺だった。
「ネクスアまで後どんくらい?」
「んー5分くらいか?」
「おっ、後少しだな。よろしく頼むぜ」
「任せとけ」
ネクスアを目指し、再び歩き始める俺達。
7月1日夜10時。
学校で樹山と話した後、樹山に連絡を取った所、宮島さんがハマっているオンラインゲームの中で会う事になった。まあ知らない相手と話すんだ、いきなり会ったり、アドレス教えたりは出来ないだろうし仕方ない。
ゲームの名前は『ミュージカル・ワールド』。モンスターが出した音を、どの楽器のどの音なのか入力することで攻撃出来る音楽好きに人気のゲームだった。
俺は家に帰った後これの体験版をインストールし、ゲームを開始する。体験版は2時間しかプレイできないので急がねばならない。
樹山に護衛してもらいながら会うと約束した場所ネクスアまで歩く。この街の密会所ではログが残らず他者の入ってこない会話が出来るらしく、その場所を会う場所に指定した。
「おっ、着いたみたいだぜ」
「おおっ!」
ネクスア目指して30分。ようやく目的の場所に到着する。
「密会所はあの建物の2階だな。んじゃ俺はここらで狩りでもしとくから」
「おうっ!サンキューな!」
去っていく樹山に礼を言って密会所へ向かう。
薄暗い廊下を抜けて机と椅子しかない部屋へと入っていく。その場所で待つ事10分。待ち合わせ時間ピッタリに彼女は現れた。
「お待たせしました」
「初めまして坂中優一といいます」
椅子に座って互いに向き合いながら話し始める。
「初めまして。ヒューマさんから私と話したい人がいるって聞いてきたんですけど、どうして私を知ってるんですか?」
まあその疑問はもっともだろう。
俺は、どう返すか悩んだ末、直球で話す事にした。
「いきなり呼び出してすいません。俺は琴吹彩音の友人です。彼女からあなたの事、中学時代の事を聞いてあなたを探してました」
「っ!!」
しばしの沈黙。どういう反応をするか不安に思いながらも返答を待つ。
「彩ちゃんの友達でしたか…………どこまで知ってるんですか?」
「……宮島さんの家が襲われて肺を怪我して歌えなくなり、出るはずだったコンサートに琴吹が代わりに出て、それっきりだと聞いてます」
「……だいたい全部ってとこですね……どうして私と話したいって思ったんですか?」
「琴吹のためです」
「彩ちゃんの?」
不思議がる宮島さん。
その反応は……
「あの……宮島さんは事件の後、琴吹がどうなったか知っていますか?」
「事件の後?あの事件の後は直ぐに実家に引っ越して療養生活を送っていたからよく知らないのよ。彩ちゃんに挨拶出来ないままなのが気にかかってはいたけど」
「琴吹がその後どうなったかは知らないんですか?」
「彩ちゃんが?何かあったの?」
宮島さんの反応から彼女は何も知らないのだと推測する。……彼女は己の涙が見られた事も、琴吹が罪悪感に捕われたままでいる事も知らないままに過ごして来たのだろう。
彼女にとってはその方が良かったのかもしれない。十分な悲劇に見舞われた後なんだ、余計なモノを背負いこまずに新しく人生を始めたって誰にも文句は言われないだろう。
でも、それじゃあ琴吹が救われない。
「……琴吹は舞台で歌が歌えなくなっています」
「えっ?」
「自分が遅れたせいで宮島さんが襲われたんだって、自分がコンサートを奪ったんだって考えに縛られて動けなくなっています」
「っ!そんな……」
酷い事をしている自覚はある。だけど俺は琴吹のために宮島さんの傷を抉る。かさぶたの下に置いてあるものを取り出すために。
「宮島さんは琴吹の事をどう思ってるんですか?」
「それは…………仲の良かった後輩として……」
「恨んだりして無いですよね?」
「それは…………」
返ってこない言葉。
それは何より雄弁に言葉を喋り、宮島さんの感情を代弁していた。
「なんで否定してくれないんですか?」
「……………………」
「否定して下さいよ!応援してるって琴吹に言ってくれたんでしょ?琴吹で良かったって言ってくれたんでしょ!?嘘なんですか?嘘だったん――」
「嘘なんかじゃないわよ!」
言葉を遮ったのは、かさぶたの下から出て来た深い傷跡だった。
「嘘なんかじゃない!彩ちゃんで良かったって思ってた!でも、でもどうしても考えちゃうのよ!『なんで遅れて来たの』って、『なんで私なの』って、『なんで私じゃないの』って!こんな醜い感情嫌なのに!見ないようにしてたのに!なんで……なんで…………」
それは傷から生まれた醜い膿。消えかけていたそれを引きづり出したのは、誰でもない俺だった。
「琴吹は7月10日の地区大会で舞台に立ちます。ミュージカルというあなたがいた舞台とは違う場所です。でも、舞台の上で歌を歌うんです!そこに――」
画面が切り替わり、体験版終了の文字と共に唐突に途切れる会話。
俺の言葉は最後まで綴られることなく返答を得る事は出来なかった。
「せめて後10分よこせよチクショウ!!」
やりきれない思いを机にぶつけて吠える。
再び言葉を交わす機会は訪れなかった。