第6章ー1
※※※
ポカポカと温かい天気に、澄んだ空気。鳥の唄に小川のせせらぎ。
気持ちの良い朝というのはこういう朝の事を言うんだって思う。
いや、
「おおっ今の曲って最近出た椎樹メイの新曲?」
「そうよ。あの声が好きでね。聞いてる内にハマっちゃったの」
気持ちが良いのは天気のせいだけじゃない。
「いいよなメイちゃん。俺も『あの場所で君と』でハマったもん」
「ああっそれ私も大好き。良い曲よね。『出会った頃は気付かなかった――』」
歌う私の心は軽い。
長い時間かけて積もった何かが、歌う時にいつも付きまとっていた何かがゆっくりと取り除かれていくのを感じる。
歌う事への純粋な喜びが溢れる。
ああっなんて気持ちいい。
「やっぱりいいなこの曲。歌詞がぐっとくる」
拍手しながら笑う坂中を見て思う。
どれだけ私は助けられたんだろう。
こみ上げてくる想い。それを抑えることなく口に出す・
「ねえ、坂中」
「んっ?なんだ?」
「ありがとうね」
あの時追いかけて来てくれなかったら。あの時背中を叩いてくれなかったら。私は今の私じゃなかった。
「なっなんだよいきなり」
戸惑う坂中を見て、おかしい気持ちになりながら言葉を重ねる。
「あんたのおかげで人前で歌う事にだいぶ自信がついたわ。おかげであんた一人じゃ何の緊張も沸かないし、観客役もこなせないくらいね。だから、」
坂中の手を引いて木の上のステージに引っ張り上げる。
「たまにはこっちに来なさい」
「おわっ」
よろめきながらステージに上がる坂中。
「『道しるべ』は歌えるわよね」
「何回聴いたと思ってんだ」
山の中に歌声が響く。
一つだった歌声は2つに増えて重なり合う。
私はもう一人じゃない。
「……坂中」
「んっなんだ?」
歌い終わったばかりの高揚の中。自分に誓うように口にする。
「絶対に成功させるわよ」
この誓いに返って来た言葉は一つ。
「当然だっ」
頼りになる笑顔で、そう言いきってくれた。
※※※
「うっす」
「うっす」
早朝のけだるさのままにうつらうつらとしていると、樹山が話しかけてくる。
「もう7月だよな、劇どうよ?」
「あーまあ何とか間に合いそうな感じ」
7月1日。
本番まで10日を切り、緊張と興奮、期待と不安が鍋で煮込んだかのようにぐつぐつと湧きあがる時期。人数不足で舞台作りが間に合うのかどうかかなり際どかったが、部室に置いてあった道具も利用してなんとか間に合わせる事が出来た。
「そういえばお前昨日初めてのオフ会だったよな?どうだった?」
ニヤニヤ動画仲間で結成された『フリーカマーズ』のデビュー曲完成記念としてバンドメンバーでオフ会をしたらしい。『メンバーは男6女6の12人だから合コンみたいなもんだぜ!』などとほざいていた事を思い出しながら聞いてみる。すると、何とも言えない微妙な顔で話し始める。
「あーなんつーか色んな意味で濃い一日だったな。いや、最初に男と女でそれぞれ6人づつで集まってから行く事にしたんだけどよ、まあつってもミャリカのやつが遅れてくるっつってたから女は5人なんだけどな。まあ男6人で@ホームズカフェで女子より先に着いたんで待ってたわけよ。まあみんな長い期間一緒に戦ってきた仲間だし、女子に免疫ないやつらばっかだからテンションは最高潮なわけだ…………女子組が来るまでは」
「あーあんまり可愛くなかったとか変な格好をしていたとかか?よくある話しだな」
「ああ。ゴスロリの格好をしてる」
「おおっ!いいじゃねえか!」
「野郎だった」
「まさかのオカマッ!?」
よくない話だった。
「はっ!?えっ!?文化際の帰りとかギャグとかじゃねえの!?」
「それだったらどれだけ良かった事か。あいつらカマーバンドから取ったフリーカマーズって名前をオカマのカマだと思ってやがってよ……くねくね踊るマッチョにやたらと化粧の上手いおっさん、やたら威厳のある巨漢のオカマに双子のオカマまで居たからな。確かにフリー(自由)なカマーズ(オカマ達)だったけどそれは違うだろっ」
「残念すぎるメンバーなのに何故か豪華な気がするな」
「特に双子の『こすぎ』と『パーコ』はきつかった」
「それ本名なの!?」
「最近の映画を語りだすこすぎに、いきなりファッションチェックを始めるパーコ」
「聞きたいけど聞きたくねえ!?」
「ファッションの悪さをカバーしようと化粧品を取り出してせまるIKKU」
「されてみたいけど近寄られたくねえ!」
「ドンと構えて辛口で男性陣を切っていくマツコ・デトックス」
「治療中!?」
「突然立ち上がりコスパに行こうと言いだす『こす・パ』の双子」
「脈絡ねえな!」
「コスプレで踊るダンスの振り付けを付け始めるGABAちゃん」
「踊るの!?」
「お気に入りの男を攫ってコスパへ向かう5人」
「攫われた!?」
「そして一人選ばれなかった俺」
「やるせねえ!」
喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からない所である。
「まあ、そんな感じで一人残されたんだがよ、ここからが本番なんだよ」
「今までの濃い話が前座かよ!?」
「まあ聞けって。その後遅れて来たミャリカが到着したんだよ」
「ほう、どんなオカマだ?『ラブ注入』とでも言いながらのっぽがやって来たとかか?」
「いや、普通に美人の女が来た」
「逆に意外!?」
「地獄の後にはからずとも美女と二人でデートと言うシチュエーションに気付けば自然に五体投地して神に感謝を捧げていたね」
「気持ちは分かるが場所考えろよ!」
いや、ゴスカマーズの暴れた後だからもう遅いのかも知れんが。
そんな俺の反応を気にせずに樹山は話を続ける。
「いやー本当に可愛かったんだよミャリカは。宮島里香さんっていう年上の美女でさ」
爆弾発言の混ざった話を。
「!?っちょ、ちょっと待て!いま何てった!?」
「可愛かったって」
「その後!」
「宮島里香さんってとこか?」
宮島里香。
山で琴吹の過去を聞いたあの日からずっと探して来た先輩。将来が嘱望されていた被害者として顔写真がネットにアップされていたのを見つけ、それをプリントアウトしたものを使って、ずっと探していた女性だ。
碌な手がかりもなく、まったく進展のなかった捜索だったが、まったく予想もしていなかった所でその名前を耳にする。
「ちょ、ちょっと待て!それってこの人か!?」
俺は慌ててプリントアウトした写真を取り出す。
「そうそう、この人だよ。ん?なんでお前が宮島さんの写真持ってんだ?知り合い?」
不思議そうに尋ねる樹山に俺は真剣な声で頼む。
「宮島さんと話がしたいんだ。連絡お願いできるか?」