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学園ミュージカルディゴ  作者: 多那彼方
14/21

第4章ー1

「精霊の歌声……か…………」

早朝6時。

いつもと同じ山の中、いつもなら歌声が聞こえ始める時間帯。

山の精霊の歌声なんて呼んでありがたがってた早朝ライブ。でも、今頭に思い浮かぶのは存在しない精霊なんかじゃなくって―――

「…………琴吹………………」

毒を吐く事もあるけど、いつだって自信満々に俺達を明るい方へ導いてくれる存在……

そんな奴なんだって思い込んでいた、かよわい少女の顔だった。


――――――――――


ざわめく客席、固まる舞台。

止まった時間の中で、唯一動いていた曲が止まる。

曲の終了と同時に生まれた一瞬の静寂。

「…………ごめ……ん………………」

小さく呟いて駆けだす琴吹。

消え入りそうな、泣き出しそうなその声は、はっきりと俺の耳に、胸に響いて反響する。

曲も、琴吹も無くなった虚無の舞台。

『何故?』

楽しいまま進んでいた劇。楽しいまま終わる筈だった劇。

それが何故―――


トンッ


肩に小さな衝撃が走る。

衝撃波体中に響きまわり、俺の体を、時を再び動かした。

ゆっくりと振り返ると、そこには二条さんの顔があり、そして―――

『ありがとうございました。『機械の故障でBGMが流れるタイミングがずれて終わった後に流れる』というトラブルがあった事をお詫びします。これにて私達の演目は終了です。ありがとうございました』

スピーカーから聞こえて来るザンハイの声。

それは歌自体を『無かった事』に変える言葉。

時をも操る魔法の言葉だった。

「ありがとうございました」

「あっ、ありがとうございました」

二条さんが頭を下げるのを見て、とっさに俺も頭を下げて礼を言う。そのまま、何も考えられず、ただ二条さんの後をついて舞台裏へと退場して行った。

この身に受ける拍手を心苦しく感じながら。



舞台から少し離れた公園のベンチ。

そこに力なく座っていた俺達の間に会話は無かった。

沈黙が場を支配する中、ザンハイが静かに口を開く。

「…………こうなるかもって予想はしてた」

……言葉の意味が理解できない

予想……してた?

「おいっ、どういう意味だよ」

「そのまんまの意味さ。こうなるかも知れなかった。だから対処が出来た」

「こうなるかも知れなかった…………じゃあこうなるって分かってて琴吹に歌わせたのかよ?……なんでだよ?どうしてそんな事したんだよ!!」

怒りのままに襟を掴む。

それでも反応も抵抗もせずに受け入れる姿に、やりきれない思いを感じる。

なんだよ?なんなんだよこれ!?

「ちょっと待って。まずは話しを聞くべきじゃないかな」

熱された脳に割り込んで来る言葉。

俺は掴んでいた手を放し、そのままベンチに叩きつける。

ドン

やりきれない思いは衝撃に返還され、虚しく響き渡った。

「…………悪かった。話を続けてくれ」

「ああ……僕らが中学生の頃告白した山本さんを覚えているかい?」

「……忘れるわけがないだろ」

思い出されるのは苦い記憶。よくよく考えるととんでもない話だ。

 あんな場所で皆で告白とかあり得ない。

その時の事を思い出して顔を少し歪めながら、問いに答える。

「そうかい……実は僕、あの告白の前に話しかけるきっかけを掴めないかって色々と調べていた時期があったんだがね、ちょっとでも興味を惹く話題は無いかって思ってね。彼女彼女声学をしてたろ?だからそういう情報を集めていた時にある記事を見つけてね」

「記事?どんな記事なんだ?」

「……記事のタイトルは確か『セイレーンの悲劇』だったかな。細かい内容までは覚えてないけど、そこに琴吹彩音が歌えなくなったって載っていたのさ」

「えっ」

ザンハイが何を言っているのか解らなかった。

だってそんなはずは無いんだ。だってあいつは―――

「そっ、そんなわけないだろ!だってあいつは、琴吹は練習の時俺達の前で歌ってたじゃないか!」

そうだ。それに山でも毎日俺はあいつの歌を聞いている。

あいつが歌えないなんてわけがないんだ!

「ああ。だから大丈夫だって思っていたのさ。でも、『僕たちの前で歌う』のと『舞台の上で観客に向かって歌う』事は似ているようで全くの別物だろ?」

『舞台の上で観客に向かって歌う』

その言葉に思い出されるのはつい先ほど舞台の上で見た光景。

青く強張った顔で、必死に口を動かそうとしている琴吹の顔。見えない『何か』と戦っているかのような恐怖に彩られた表情。

「…………そんな……事って……」

再び舞い降りる沈黙。

以前琴吹とした会話を思い出す。


『何よ、緊張してるの?』

『……してるよ。悪いか?』

『…………悪くないわよ。だって、私も緊張してるし』

『琴吹でも緊張するんだな』

『……するわよ…………だって私………………』


あの時に見せた暗い表情。あの表情の意味を知る。

「……悪い、後まかせた」

「ああ。行って来るといいさ」

感情のままに駆けだす。

走る走る走る。ただただ走りまわる。

今日通って来た道、学校の部室棟。

どこを探しても見つからず、琴吹の家を知らないって事に気が付くだけの徒労となった。

「どこに居るんだよ、クソッ!」

結局琴吹は見つからないまま、日が落ちていった。


――――――――――


「来てくれよ、琴吹」

5月4日、ゴールデンウィーク2日目。

時計を覗きこむと表示されている時刻は午前6時20分。いつもだったらもう歌が聞こえている時間帯だ。

探せるだけ探しつくした俺に残されていた手掛かりは山の歌声だけだった。

ここで駄目なら8日のゴールデンウィーク終わりまで待つしかない。いや、そこで学校に来るかもわからない。

逸る気持ちを抑えながら耳を澄ませて待つ。どんなかすかな音も聞き逃すまいと耳に意識を集中し、ただひたすらに待つ。そして―――

「聞こえた!」

弱弱しく、小さな声ながらも確かに聞こえてくる。

悲しみの混ざった歌声。俺の良く知る歌声。

声の主を求め、静かに、そして素早く走りだす。俺は、走りながら琴吹と初めて会った時の事を思い出していた。

劇場ホールの中、2つ隣の席の上。琴吹は自分に言い聞かせるように言っていた。

『ここでなら』

『ミュージカルでなら私は―――』

琴吹は探していた。舞台に立つ道を。

琴吹は戦っていた。舞台に立つ恐怖と。

俺はそんなサインを見ていたのに、碌に知ろうともせずに踏み込まない事を選んだ。

踏み込んで、割り行って、ナニカが変わってしまうのを恐れた。けど、今度は――

道なき道。

声の聞こえてくる方へただ真っすぐに進むと、遊歩道のような道が現れる。そしてその道を進んだ奥の広場には――

「やっと見つけた」

山の精霊がいた。

「誰っ!?」

振り向いた山の精霊、琴吹の顔は暗く、赤い目と震える声が内心を物語っていた。

「……よお、昨日ぶり」

俺がこの場に居る事が余りに予想外だったのだろう、驚愕に顔を染める。

「なっ、なんであんたがここにいるのよ」

「いちゃ悪いのかよ?」

「だっ、だってここは山の奥で、今は早朝よ!誰もいるはずないのに……なんで、なんであんたがいるのよ!」

 困惑と羞恥で戸惑う琴吹。

「……聞いたんだ。琴吹が舞台で歌えないって」

彼女への返答の代わりに口から出たのは、踏み込むための最初の一歩。

この言葉に表情を変える琴吹。

「ッ……そう……なんだ…………」

「ああ」

 今にも泣き出しそうな、消え入りそうな表情のまま黙り込む。

「…………ははっ。笑っちゃうわよね。歌えもしない人間がミュージカルをやろうだなんて。一体何を考えてたのかしら」

どこか何かを諦めたような、無くしたような。捨てっぱちな表情を見せた後、崖のある方を向いて話し始める。

「私ね、両親が声学教室で出会ったからかな。小さい頃から歌を一杯聞かされて育ったの。ものごころ付いた時にはもう歌の教室に通ってたかな。そんな風に育ったから歌が大好きでね、ずっと声学教室に行ってたんだ。中学に入ってもずっと行って色んなコンクールに出て、結構良い成績残してたのよ?」

 凄いでしょと乾いた笑みで笑う。そんな顔は見たくもないのに

「……私ね、中学生の時の先輩に宮島里香って人がいたの。同じ教室に行っていた人で、すっごく優しくて綺麗な声で――私と二人でセイレーンなんて呼ばれて結構有名だったのよ」

「だった?」

それじゃまるで……

「坂中はさ、晩餐時殺傷事件って知ってる?」

「えっ?あ、ああ知ってるけど」

晩餐時殺傷事件。3年前から続く事件で、未だに犯人の捕まっていない事件だ。全国各地で起こっていて、犯人は覆面を被った男性1人とされている。夕食時を狙って住宅に押し入り包丁で住民全員を殺傷するという凶悪性から名付けられた事件。

「私、先輩と仲が良くてよく先輩の家に遊びに行ってたの。……先輩の誕生日の日だったわ。先輩を驚かせようってこっそりプレゼントを買ったの。先輩と別れて、私は直ぐにプレゼントを取りに家に帰って……でも、プレゼントをどこに置いたのか忘れて、少し遅れちゃって……遅くならないようにって急いで家に向かったの。それで、チャイムを押して先輩が出てくるのを待って……そしたらね、出て来たのは先輩じゃなくってね」

琴吹の声がだんだん震えてくる。

ああ、そんな……

「覆面を被った人が出て来てね、私を突き飛ばして逃げていったの。何が起きたのか解らなくって……でも、玄関に倒れてる先輩のお母さんを見て……何が起きたのかがわかっちゃって……先輩が……先輩がお腹を抑えて倒れていて……先輩の……先輩のお腹にね……包丁が刺さってたの……私……私…………」

 その事を口に出す事に怯えるように。その罪に向き合うように。

 琴吹は涙で濡れる顔でゆっくりと唇を動かす。

「……私ね……抜かなきゃって思っちゃったの……何も考えられなくて……その包丁を抜いちゃったの……血が一杯出て…………先輩の肺を傷付けるだけなのに…………」

「……………………」

言葉がでてこない。

助けようとして逆に傷を付けてしまう。その時に琴吹は何を思ったのだろう。

自分の手でやったことで生み出される血の海。

「……先輩もお母さんも無事だったわ。でも……でも先輩は」

心臓じゃなくて運が良かったのか悪かったのか

ただ肺の怪我は歌手にとっては最悪過ぎた。歌は肺で歌うのだから。

「……中学1年の2月頃にね、コンサートがあったの。大きな歌のコンサートが。……そのコンサートには先輩が出るはずだったんだけどね、私が代わりに選ばれたの。歌えなくなった先輩の代わりに……代表として。……先輩の部屋にお見舞いに行った時ね、先輩は応援してるって、私で良かったって言ってくれたわ…………でも、私……見ちゃったの。……コンサートの前日、病院でコンサートのパンフレットを見ながら泣いているのを……」

 俺は何も言えないでいた。二人分の想いを背負って挑むコンサート。それは一体どれだけの重圧だったのだろうか。

「私だけのコンサートじゃなかったのに……失敗しちゃいけなかったのに……私ね、歌う事すら出来なかったの……」

誰も助けてくれない舞台の上。葛藤と視線の恐怖に晒された姿。

その姿が脳裏に浮かぶ、昨日の琴吹と姿が被る。

「……歌わないまま、ただ立っているだけの舞台は恐くてね……それからね……どんな舞台に上がっても歌えなくってね……そのうち舞台以外でも歌えなくなって……歌が好きなのに、舞台が好きなのに、歌えないの」

毎日歌を聞いていた俺には、琴吹がどれだけ歌を愛しているのかがわかる。

歌が好きなのに歌えない。それはどれほど辛いのだろうか?

「歌えないでいるとみんなが同情してくれて……でもね、私があの時プレゼントを無くさなかったら、もう少し早く先輩の家に行っていたら先輩は助かったんじゃないかって思ったら……その同情が辛くなっていって……だんだん居づらくなって教室を辞めちゃったの」

感じる必要のないように思える罪悪感。だけど、それが琴吹を苦しめた。

「先輩にね、謝ろうとしたんだ。事件の時の事もコンサートの事も、勝手にやめちゃった事も。でもね……病院に行ったら先輩は引っ越したって言われてね、私謝る事も出来なかったんだ……。教室も行かなくなって先輩もいなくって。放課後に暇な時間があるのは中々新鮮でね、でも何もする気が起こらなくって……私歌が無くなったら空っぽだったの。何もない、空虚の私。歌が全てで、ただ歌いたかった。……歌えないままで気が付けば2年の冬になっていて、私の歌えなくなったそのコンサートがまた開催される時期になってたわ。私ね……見に行ってみたの。私が歌えなくなったその舞台を。……そこで歌ってる人達はね、すっごく楽しそうで……そこに私も立ちたくって、歌いたくって……悲しくなって飛びだして……家で大泣きしたの。……わんわん泣いて、泣き疲れて寝て……早くに寝たからかな、起きるのも早くてね。気分を変えたくって散歩してみたんだ。そしたらこんな良い場所見つけてさ。綺麗な景色見て鳥の鳴き声とかを聞いてたら、自然に歌ってたの。嬉しかったわ。私また歌えるんだって、私まだ歌えるんだって!それから毎日ここで歌ってたのよ」

「中学2年の……2月……」

その日付に内心の動揺が隠せない。

それは俺にとっても大きな意味を持つ日だった。

青春行為と言って毎日バカやってた頃。山の精霊の歌なんて名付けた歌と出会ったのが2月の初日。……つまり、俺は最初から全てのライブを聞いていたという事になる。一曲も残らず全ての感情を……

「ここで歌ってたら、だんだん歌い方を思い出してね。他の場所でも歌えるようになって。……でも、コンサートは、舞台の上で歌うのはどうしても出来なかった。舞台で歌いたいのに、どうしても上がれなくって……そんな時に劇団シキのミュージカルを見てね、ここでなら、ミュージカルでなら私はまた歌えるんじゃないかって思って……あはは。おかしいわよね。結局駄目だった。演技してる時は大丈夫だったのに、歌おうって思ったら体が固まって動けなくなっちゃたもの…………私は歌うなって、歌っちゃ駄目だって事なのかな?…………後から知ったのよ……先輩はあのコンサートに歌手の夢を賭けてたって…………先輩の声を……夢を奪って託された想いまで裏切った私なんかには……もう歌う資格なんてないってこ「そんな事あるわけないだろ!」」

堪え切れずに叫ぶ。

全てのメッセージを受け取っていながら、俺は気が付かなかった、気づこうともしなかった。そんな自分に吐き気がする。

知った以上、踏み込むって決めた以上、

「なんでそんな事分かるのよ!……私は、私はッ!」

こいつのファンな俺は、こいつの部員の俺は、

「その犯人はお前がチャイムを鳴らしたから逃げたんだろう?だったらお前は誇る事はあっても責任を感じる必要なんてないんだ!」

「でもっ私は二人の想いを」

「裏切ってないっ!お前は舞台に立とうとしたんだろ!?悪いのは犯人だけだっ!」

こいつのクラスメイトの俺は、こいつの友達の俺は、

「でっでも、だって……」

そして何より、山のライブの唯一の観客の俺は、

「それに、お前は舞台で既に歌えてるんだよ!」

こんな所で諦めさせはしない。

「どっどういう意味よ!?」

それこそが、毎日ただでライブを聞き続けていた俺のチケット代を、

「俺はお前の山のライブを初日から毎日欠かさず聞いていた!お前の歌に込めた感情も、歌への想いも1つ残さず聞いてたんだ!そんな俺が断言してやる!お前の歌は人を引き付ける魅力があるんだ!そんなお前が歌っちゃ駄目なんて事あるもんか!俺は、俺はお前が舞台で歌う姿を見たいんだ!」

払うってことだから。

「ッ!…………このっ………………ストーカー……………………」

「かもな」

「うっ………………あァ……………………あぁァァアア………………………………」

 涙でぬれる琴吹の顔。それを見た時、俺は衝動的に抱きしめていた。

「……………………あっ…………あり……がとう……………………ありが………………ぅぁあああ………………」

腕の中に確かに感じる温かさ。

静かな山に泣き声だけが響き渡っていった。


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