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学園ミュージカルディゴ  作者: 多那彼方
11/21

第3章ー1

※※※


「ようやくね」

長い間立てなかった舞台に戻る事が出来る。

今まで立った事のない、ミュージカルという舞台。

けれども、歌を歌うという事は同じ。

「私は――」

 震える身体。

 あの時の光景が頭を駆け巡る。

 私は歌いたいんだろうか。歌いたくないんだろうか。

 わからない。

 ただ、今はこの場に留まりたくなかった。

 何かが変わるなら。

 変わりたいから。

 首を振って気持ちを切り替える。

 さあっ。次の曲を歌おうか。


※※※


風のさざめき、木々のざわめき。川のせせらぎ、鳥の唄。

耳を澄ませば聞こえてくる、山が奏でるコンサート。そんなコンサートのメインは――

「琴吹の声なんだよな」

早朝の山中。

いつものように山のライブを聞きに行く。

いつもと同じ綺麗な歌声。

いつもと違うのは俺の心境だった。

「俺は琴吹が歌い手だって知ってどう思ってるんだ……」

わからない。

自分の心なのに自分でわからない。

嬉しいのか悲しいのか。琴吹だと知って良かったのか悪かったのか。

「でも聞きに来ちゃうんだよな」

それでもこの歌声に魅了されているのは確かだ。

中学からの慣習ってだけじゃなく、ただ歌声が聞きたくて、求めずには居られなかった。

「今日のライブはこれで終わりか」

歌が聞こえなくなって数分。埃を払って立ちあがる。

神聖で神秘的だった精霊の歌声は肉付けされ、より俺の心を打つものへと変わっていた事に、俺は気が付いていなかった。



 横に並んで走っているかのように足踏みする俺とザンハイ。そんな俺たちに代わる代わる指示を出す琴吹達。

「樽。枝。樽。大樽。大枝。樽。樽。樽――」

 樽枝と呼ばれる練習方法がある。指示側と演じる側に別れて、演じる側はその場で走りながら樽と言われたら樽が転がってくるかのように、枝と言われたらそこに枝があるかのように演じるのだ。演じる事と走る事を交互に繰り返す事で体力作りと瞬間的な演技力を鍛えるこの練習はだが、別に樽と枝以外を指示しても構わない。

「銃を持った男が乱入っ」

「剣士も出現したよ」

「ゴーレムが樽を転がしてます。」

「そしてその樽が爆発したっ」

「音に曳かれてゾンビがやって来たね」

「武器庫にたどり着きました」

 ってちょっとまて。

「いきなり一斉に来すぎだろうがっ」

 一瞬でアクション映画もびっくりの戦場に立たされる俺達。間に走りを挟むというルールはどこに行ったのだろう。まあ走らない分体力的には楽だが。

「あっ走りながら戦ってね。今度は地雷原で」

 ……戦争とは非常なモノである。

 倒れるまで戦場を走った後。地面に伏しながら呼吸を整えているとおでこにヒヤっとした感覚が走る。

「お疲れ様。ごめんね。ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたいだよ」

 二条さんから渡された水を一気にあおる。一口飲むごとに、失われた体力が戻っていくように感じて気持ちがいい。

「うん。一旦休憩にするわよ。休憩の後は読み合わせの練習何だけど、その前に」

 一旦言葉を切った琴吹は、にやりと笑ってこう言った。

「そろそろ配役を決めましょうか」

 その言葉にトクンと胸が成る。配役。ついに俺の初めての役が決まるんだ。

「いよいよだね。でもどうやって決めるんだい?」

「基本的には話し合いでイメージに合った人を選ぶ感じね。まあ『この役がやりたい!』とかがあったら考慮はするけど」

 独断ではなく話し合いで。実力ではなくイメージで。公平なこの選び方には誰の文句もなかった。ただ、気になる事もある。

「成りたい役が被った時はどうするんだ?」

 話し合いの形をとる以上出てくる問題だろう。

「その時は私が決めるわ。せっかく部長なんだしそれくらいの権利は貰わなくちゃね」

 締める所は締めるらしい。

「役はシンデレラ、意地悪な院長、名家の少年、父親の4人よね。とりあえず一役ずつ決めましょうか」

この中だったらシンデレラと院長が琴吹か二条さんで、少年と父親が俺かザンハイということになるだろう。

少年と父親役……初めての劇だし父親役の方がいいのか?

「私は院長役がいいかな。院長役だったら普段とは違う自分を楽しめそうだしね」

 楽しそうに笑う二条さん。確かに意地悪でねちっこい二条さんは想像出来ない。

ふむ。それにシンデレラ役は歌があるから――

「じゃあ院長二条、シンデレラ琴吹でいいんじゃないか?琴吹歌上手いしシンデレラ役ピッタリだ」

歌のシーンがあるから琴吹デレラはピッタリな配役だろう。

「歌ね……って、あれ?私坂中の前で歌った事なんてあったっけ?」

不思議そうにする琴吹。

……そうだった。いつも聞いてたから忘れてたけど、琴吹は俺が山で歌を聞いてるなんて知らないはずだ。そんな事してるなんてばれたらストーカーがあだ名になり、軽蔑と侮蔑に満ちた3年間を奴隷として過ごす羽目になるだろう……自然と冷や汗が出て来て止まらなくなる。考えろ、考えるんだ俺の脳!このピンチを乗り切る知恵を絞りだしてくれ!

「あっ、あれ?そっそうだっけ?あっ、あははははは。あーえーっと、そっ、そうそう、この前の声だし練習の時に綺麗な声だなって思ってたからそれが歌が上手いなんて思わせたんだな。うん、それだ。そうに違いない。あはははは、いやー勘違いってあるものなんだなー」

はっはっは!汗が止まらないぜ!

「なんでカタコト?……なんか妙な態度ね。何か隠してない?白状なさい。ストーカーの次はどんな犯罪犯すつもりなの?」

『365日密着盗聴ストーキング♪俺とお前の爽やか青春犯罪白書』です。

「なっ何も隠してる事なんてない。そっそれに、自己紹介のあれはストーカーなのか!?っていうかそんなことよりまだ配役決める途中だろ?俺と新庄の役をさ」

訝しげな視線で見つめる琴吹から、目を逸らしながら話題も逸らす。

これ以上はもうやめて!僕の社会的ライフガーダーはもうゼロよ!

「……まあいいわ。確かにまだ残ってるしね。坂中と新庄のどちらが少年役でどちらが父親役をやるかよね」

セーフ!社会の枠からさようならする前に踏みとどまった!

俺は、誰にも見せられない状況の時に突撃してきた『突撃隣の晩御飯』が鳴らしていたのが隣の家のチャイムだった時並みの平穏な心になっていた。ああ、お茶が美味い。

「はっはっは!今回の舞台が練習というなら坂中君を少年役に推すのさ!僕は中学で舞台は経験してるしね。それに、僕はどの役だって輝いて常に主役になってしまうから、役割上の主役級くらいは譲ろうじゃないか!」

「そうねー、まっ練習だしそれが良いわね。じゃあこれで決定ね。今日から基礎練習の後にみっちり練習するわよ!今日は読みながらでもいいけど、明日までにみんな脚本を全部覚えてくる事。短いから出来るわよね?覚えてこなかったら罰ゲームが待ってるわよ!」

あっと言う間に決まった配役。俺の最初の役が主役か……んっ?主役はシンデレラだよな?じゃあなんて言うんだ?……ヒロインか?俺の最初の役はヒロイン役って事なのか?

当惑する俺を横目に琴吹達が練習を開始するために移動して行く。

「……今でも……ミュージカル……だから……」

誰かが何か呟いた気がしたが、その声は小さすぎて聞きとる事が出来なかった。

もしこの言葉が聞こえていたら、俺達の3年間は全く別のモノになっていたかもしれない、そんな呟きを。


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