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言いたかった、こと

作者: 神崎ゆう

「欲しかった、もの」の彼視点です

さよなら、と口を動かす彼女に、目眩がした。




「好きです。付き合ってください」

そう言った5年前の彼女。

俺のせいで上手く動かなくなった右足を持つ彼女をどうして突き放せただろう。


川本小百合は普通の子だった。

いつも少し表情が乏しかったけど、時々優しく笑う人。

入学当初はまったく存在を知らなかったが、サークルが一緒になると少しだけ距離が縮まった。

「川本」

と呼ぶと彼女は少し笑ってこちらを振り返った。

ストレートの黒髪がさらりと揺れて翻るのが綺麗だと思った。

仲良くなりたい、いや、仲良くなれる気がしていた。


そんな時だった。

「南井くん!!!!!!」

彼女の悲鳴にも近い声、細い腕からは想像もできない程の力。

飛ばされる体と、車に弾かれた彼女の体。

「ごめん、本当にーーごめんっ」

病室で頭を下げると彼女はただただ首を振った。

能面みたいな顔で何かを押さえつけているようだった。

そして、退院した翌日に彼女はひたすら真っ直ぐに俺を見て、無表情に言ったのだ。

「好きです。付き合ってください」と。

申し訳なさからーー贖罪のためにそれを受けた。

でも徐々に、気持ちは動いていく。


「南井くん」

と呼ぶ彼女は変わった。

ゆるく巻かれた髪に、ふわりと揺れるスカート。

顔には常に笑みがあり、言葉少なに隣を歩く。

「小百合、あ、その…」

「ん?」

彼女が徐々に変わっていくのが寂しかった。

俺はさらりと揺れる真っ直ぐな黒髪が、ほんのたまに嬉しそうに微笑む彼女が、好きだったのに。

ーーそう、多分、本当は好きだったのだ。

仲良くなりたいと思ったのはただ気が合うからなんて事じゃなくて、きっと。

そう自覚してからはもうダメだった。

彼女を手放せなくて。

離れられるのが怖くて。

好きだ、と一度も言えなかった。

彼女が俺を好きな自信がなかったから、どうしても言えなかったのだ。

あの日無表情で言われた言葉。

あれ以来小百合は一度も好きという言葉を言わなかった。

もしかしたら、これは彼女の復讐なのか。

それなら、贖罪という形を取ればずっと…ずっとこの関係でいられるのではないか。

そう思って、ますます言葉にできなかった。


「お泊まりセット…までは言わないけど、パジャマとか歯ブラシとかだけでも家に置いてったら?」

社会人になり、彼女が泊まる度にそう言った。

彼女が次もここに来るという確証が欲しかったのだ。

けれど小百合はいつも曖昧に笑って誤魔化した。

「うん……じゃあ今度から置いてくね」

俺の部屋には彼女の痕跡が少しもなかった。

まるで彼女が逃げてしまうようで、怖かった。

小百合はいつも何も言わなかった。

わがままを泣き言も。

たまにはいって欲しかった。

仕事が忙しくなり帰りが遅くても、デートに行けなくなっても、彼女は何も言わずにこりと笑った。

できる彼女だと皆が羨ましがるが、俺は彼女が更に遠くなるようで怖かった。

それと同時に、もうこれ以上遠くにいってほしくなかった。

もっと近くに、二人で並んで歩きたかったのだ。


彼女のそばにいる権利が欲しかった。

ずっとそばにいてくれる証が、欲しかったから。

だから、5年目の今日。

俺は柄にもなく指輪を買い、すべてを話し許しを乞い、新たな関係を築こうと決意した。


ありがとうと、ごめんねと、それからーー。



「ごめん、別れたくない」


ポケットの中の箱を握りしめた。

中には、王道だけど給料3ヶ月分の指輪。



小百合、遅くなってごめん。

ずっと言いたかったんだけど、弱くて、言えなくて、ごめん。


「好きだよ、」



だから、どうかずっと一緒にいてくれないか。





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― 新着の感想 ―
[一言]  好き  なかなか、言いづらい言葉  心開いた、主人公におめでとう  それでは
[一言] 良かった…
[一言] ハッピーエンドが沁みました! 最後の「すきだよ、」の句読点が個人的に好きです!
感想一覧
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