だから俺は描きたくない事も描く
埃が舞う部屋であぐらをかきながら、日の眩しさに悩んでいた。端末を持つ手は震えていた。目は、書かれている結果をただ追った。スクロールされる画面の風景はまるで海だった。白を基調とした海。黒い活字の入った海。深くて、抜け出せなくて、悲しい海。
「わかってる。こうなる事なんか予想してた筈だ」
机の上だけ散らかった部屋に、吐き捨てた。その声も震えていた。
見える海はリザルト、即ち結果。実力主義の非情なコンテストの審査結果に、俺の名前は一文字も表れなかった。
逆に、親しいあいつは大賞を取っていた。年下のあいつは俺の事をおおいに慕っていた。と同時に、俺もあいつの文章を純粋にすごいと思っていた。すごいとしか表現できない自分を嫌いながらも。
海を見つめ直すと感想を書いてもらえるようだった。俺は感想は依頼しなかった。自分の、あれだけ楽しんで書いた筈の、あれだけ命を注いだ筈の、あれだけわくわくした作品は……そのコンテストにおいては紙くず同然だった。数週間磨きあげて、自分でも満足する程綺麗になった宝石を叩き割られたように胸が苦しくて。自信というか、自分というか、そんなものを全て否定された気分だった。
もちろん悪いのは俺だった。俺の存在が場違いだった。あんなコンテストに参加する資格なんて、もともと俺には無かったんだ。
約2ヶ月前、大規模なコンテストが催されるという事で海を覗いた。確かに、海では開かれていた。俺は本当に軽い気持ちで参加してしまった。そこに一体どういった作品が集まるのかも考えずただ参加してしまった。
それから、本当に楽しい数週間を過ごした。どんな作品がくるのか、どれだけ参加者が集まるのか、俺はどこまでいけるのか、想像するだけで笑みがこぼれてしまい、幸せだった。作品作りにも時間をかけ、必死になって書き上げ、推敲し、時には破り捨て、時には自分の書けるスピードの遅さにイライラし、それでも楽しくて仕方がなくて。投稿後の審査が待ち遠しかった。
ところが、だ。後続の作品は俺のそれが霞んで見えるくらい、素晴らしいものたちだった。俺のレベルが低すぎたのかも知れないが。
ここまで回想して、ふとあいつが大賞だった事を思いだし、見にいった。あいつの作品を。あまり気は乗らなかったが、祝いの一言を言う為に。操作に慣れた指は無機質に働いた。
「……」
あいつの作品。純粋にいつものようにすごいと感じた。流れていく綺麗な文章にただただ見とれた。しかし、読み進む内に恐くなっていた。
「っ……」
このまま読み進めていったら、今自分が必死になってしがみついているものを根こそぎ持っていかれそうで。そんなプライドなど捨てればいいと言う人もいるかも知れない。だがそんなものは意図的には消せない。ひたすら、ボロボロになったプライドにしがみついた。しがみつくしかなかった。手は焼けるように痛いが、手離せる訳がない。そんな自分に今まで何度腹をたてたのか俺は何を学んできたのか結局何も成長もせずただ歩んで来たのか醜くプライドにすがりついてうじ虫みたいな生き方をして俺は、俺は……。
端末の電源を切った。気持ち悪い嗚咽が、自分のものだと気づくのにはそうかからなかった。
「俺は……結局一歩も進んでないじゃないか」
小説においても、自分の未熟さにおいても、まだまだスタート地点に近かった。からの誉め言葉に自惚れていた。変に傲っていた。そんな俺に対する天罰だったのだろう。
その日は久々に声をあげて泣いた。ただでさえ自信の無い顔は、もっと酷い事になっていたのだろう。
下手なんだ。結局。何もかも。人付き合いも下手だ。だからネットを使う。勉強が下手だ。だから成績は悪い。運動が下手だ。だからよく怪我をする。芸術が下手だ。だから共感されない。全部下手だ。だから俺は屑なんだ。あるはずもない名声にすがるだけの、醜いうじ虫。
__だから、俺は努力する。ネットでは人と仲良くしようと。一日一単語だけでも覚えようと。柔軟だけでもしっかりやろうと。ただ、思ったものを描こうと。批評は気にしないと。屑でも輝ける屑であろうと。うじ虫ならハエにでもなって自由に飛び回ってやろうと。
だけど、俺は努力が下手だ。だから意味が無い。うわべの付き合いしかできない。覚えられない。柔らかくならない。今こうして気にして落ち込んでいる。結局屑なんだ。
塞ぎ込むな。自分で無理と決めつけるなとよく言われたものだ。そして言う方もよく俺なんかに言えたものだ。それは逃げだとも言われた。逃げて何が悪い。俺には立ち向かえない。敵が強すぎる。
じゃあやめちまえよ。その程度のものだったんだろ。
その言葉は大嫌いだった。自分でも、本当に馬鹿馬鹿しくてしょうがない事だったが。
どうしてそうなる。お前に俺の何がわかる。俺がどれだけ下手な努力を続けて苦しんで喜んで落ち込んで楽しんできた事を、なぜそんな24文字で片付けられる。ふざけるな。
だから自分のコントロールも下手な俺は自分に呟く。
「じゃあやめちまえよ。その程度のものだったんだろ」
否定されるのは嫌だったから、再び端末の電源を入れた。海は、ゆっくり襲いかかった。
俺がそれに耐えられるかどうかは、まだわからない。