DAY 7
更新遅れてすみません!謝罪がわりに冷たいシャワーを滝に見立てて浴びてきました!気持ち良かったです!
幼女がにっこりと俺に微笑んで手を差し出してくる。幼女の柔らかそうなほっぺには笑窪が浮かび、こっちだよと言いながら走っていく。
「まったく仕方ないなぁ」
俺はそう呟いて手を伸ばしたのだが、幼女の手に触れる前に硬い物に触れて止まってしまった。
止まってしまった手を一度引き戻して、もう一度手を伸ばしてみるが先ほどと同じように止まってしまう。幼女はまだ俺のことを呼んでいる。もう一度手を伸ばすがやはりまた止まってしまう。
何度も繰り返していて、はっと気づいたら俺の手ではない手が幼女の手を掴んでいた。そして俺は思い出した。そうだ、これはパソコンのディスプレイじゃないか、掴めるはずなんて無い。
ああ、そうだった。この幼女の笑顔も俺に向けられているものじゃなくて、この動画を撮影している父親へのものだ。
触れることの出来ない柔らかほっぺをに悲しみを感じつつ、笑顔の可愛い幼女に喜びを感じて、泣きながら笑っていた。
「今朝はそんな朝だった」
「……」
哀愁を漂わせながら若葉に今朝の俺の悲しみを語るととても言葉では言い表せないというような表情をされた。
……まぁドン引きされることは分かってて言ったんだけどね。
「それで、俺は考えたんだけどな。ARってあるじゃないか?拡張現実ってやつなんだが……」
「もうその先の話は読めましたから話さなくてもいいです!」
「話したいんだよ!画期的じゃないかAR幼女!」
「なんなんですか、AR幼女って!天崎くんの頭はいったいどうなってるんですか?」
「もちろん俺の頭の中は幼女のことだらけに決まってるだろう?1に幼女2に幼女3、4も幼女で5も幼女だ。どうだ、聞いたことを後悔しただろう?」
若葉は頭を押さえて「ええ……」と弱々しく呟いた。
若葉をロリコンにしよう計画を推進する俺はまたまた考えていた。そして考えて考えて考えた末にロリコンにするという目標を達成するために、あえて他の成功事例から持ってくることが一番効率的なやり方なんじゃないかという結論に至った。
ロリコンはロリコンにするというよりもロリコンになってしまうものであって、他人からロリコンになろうぜ!と勧められてロリコンになれるものじゃないんですよ!
他人をロリコンにするというのは難しい。自分自身がロリコンだからといって他人もすぐにロリコンになると思ったら大間違いだ。
だからこそ他の成功事例を参考にするべきなんじゃないかという結論を出したわけだ。
他の成功事例。商業で成功したものの中から今回は参考にさせてもらった。
ほらよくあるじゃないか、最初に超高額なものを見せておいて、その後に普段なら高いと思うようなものを出してもなんだか安く見えたりすること。
ディスプレイの中の幼女と手を繋ごうとして手を伸ばすとか、拡張現実の世界に幼女を召喚したらなんか同じディスプレイの中に居るような感じがしてちょっと幸せとかさ!いつも考えてるけど他人に聞かせたらドン引きされるだろうなぁっていうことをあえて先に出した上で、その後にロリコン的な行動をしたとしてもきっとそのぐらいならまぁいいかぁ程度にはなると思うんだ!
うむ、我ながらすごくいい考えだな。よし、そろそろいいか。
「ところで、若葉。今日の帰りは公園にでも寄って幼女観察しよかと思うんだけどどうかな?」
「通報しますよ?」
若葉は真顔だった。
「ごめんなさい」
あっれ~?あれれ~?なんかおかしくない?俺の計画だと、「はぁ、まぁ仕方ないですね」って少し怪訝そうな顔をして言ってくると思ってたのに、全然表示に変化がないままで通報ってどうなの?そんなのってないよ。これは成功すると思ってたのに、おっかしいなぁ。なんでだろう。なんで、45度に頭を下げて謝るような事態になるんだ?
「ちくしょう!」
「何か言いました?」
手にある携帯をちらちらとこちらに見せながら若葉はそう言ってくる。
「何でもないよ!馬鹿!」
くそう!俺の計画に穴はなかったはずなのにどこで間違えたんだ!
「若葉ちゃん。そんなにヒロくんをいじめないで、たまには公園に行ってもいいじゃない」
「お、リンいいこといった!そうだよ。たまにはいいじゃないか、何もしないよ。ただ見てるだけだから、ちょっとだけだから……」
「はぁ……。リンさん、それは優しさじゃないですよ。甘やかさないで下さい。一度甘やかすと付け上がって犯罪者になりますよ。ロリコンというのはそういう人種なんです」
「それは言い過ぎだぞ!全国のロリコンに謝れ!」
「謝りませんよ。子供に発情するような人にどうして私が謝らなきゃいけないんですか?」
「う……。でもな。ロリコンだからって別に迷惑かけてるわけじゃないんだぞ?ただそこにいるだけで、ロリコンというだけで迫害するってのはどうなんだ。それは差別になるんじゃないか?」
若葉は深い溜息を吐いた。
「天崎くんは私がきつくあたり過ぎだと思います?でも、世間はもっと私よりも酷いと思いますよ。それこそ子供を持つ親だったら天崎くんのことを平気で犯罪者扱いするでしょうね。だって、自分自身の子どもに何かあったら嫌でしょう?
社会に出て勤務態度も良くて誰からでも好かれるような性格だったとしても、ロリコンというだけで社会的な地位は一瞬で無くなりますよ。差別されているというのはある意味では正しいんでしょうね。
でも、事実差別されるんですよ?これは絶対なんです。どんなに正当性を訴えたとしてもロリコンというだけで人は差別するんです。
だから、今のうちに治しましょうよ。別に小さい子じゃなくてもいいじゃないですか、子供じゃなくても魅力的な女性は沢山いますよ」
憐れなものを見るような目をして見られてしまった。まぁ言ってることは正しいと思うよ。実際そうなんだろうさ。
「でも、無理。俺幼女が好きだから!」
沈黙が支配する中で、リンだけはくすくすと笑っている。
「リンさん……。貴方は天崎くんがこんなでいいんですか?」
笑っているリンに呆れたように若葉がそう言うが、リンの表所は変わらない。
「いいんじゃないかな?ロリコンだからって何か困るっていうわけじゃないし、ヒロくんは何も出来ないよ。ちっちゃな子とあんなことしたいとかこんなことしたいとかそういうこと言うけど、本当に言うだけだもん」
俺のことが良くわかっていらっしゃるようで、お近づきになりたいし触れたいとは思うが、強制したりということはしたくない。紳士だからな。
「違いますよ。さっきも言いましたけど、言うだけでもダメなんです。周囲から白い目で見られるようになるんですよ?」
「うん、だからいいんだよ。ヒロくんには誰も近づいてこないっていうことでしょ?」
俺はにっこりと笑うリンの顔に恐怖を感じた。若葉は絶句している。ロリ絶句している。思わずスマホで写真を撮ったら頭を殴られてデータを消されてしまった。酷い。
学校に着いてまず思ったのは久しぶりだなぁという気持ちだった。考えてみれば病院に行ったり、倒れたり、その前は休みだったし、来るのは久しぶりだ。
教室に入るとクラスメイトから大丈夫だったかとかなんで休んだのかと聞かれて若葉にやられたと正直に答えようかと思ったが、幼稚園にカメラを持って撮影に行く途中に殴られたなどと言えないので黙っておいた。
学校を休むと面倒なのが授業をまるまる聞いてないことだ。俺の場合、授業中に全部終わらせてしまいたいというのがあるので、休んで分からない部分があると非常に困る。
ノートを見せてもらうという手もあるにはあるのだが、授業を聞いて、書いて指で覚えて、宿題で実践して、次の授業で補強するというローテーションがずれてしまうとどうにも理解が追い付かない形になってしまう。
かと言って質問をしに行ったり自主的に勉強するというのも面倒だ。
「若葉、いっちょ俺の先生になってみないか?」
放課後になって若葉にとりあえずそう言ってみた。
「……意味が分かりません」
さすがに心の声までは聞こえていないようだ。
「休んでる間のノートをリンから見せてもらったんだが、それだけじゃよく分からんから若葉がかいつまんで教えてくれ」
「勉強したいっていうことですか!?」
物凄く驚かれて心外だったが教わらなければいけないので、ぐっと堪える。
「まぁそうなんだが、いいか?」
「いいですよ。私にも責任が無いとは言えないですし……」
まだ気にしていたようだ。こりゃ本当に朝にネタにしなくて良かったな。この調子だと本気で落ち込んだかもしれない。普段は俺のことをゴミのように言ってくるがこういう所は気にするらしい。
「ヒロくん、ねぇ、ヒロくん、私が教えてあげるよ?」
「ん?リンは今日もバイトあるだろう?」
「で、でも、若葉ちゃんと二人きりになっちゃうよ?」
「それが何か?」
「ヒロくんが若葉ちゃんを襲っちゃうかもしれないじゃない!」
「朝言ってたことと違ってるよね!?優しい嘘だったの!?」
「帰っていいですか?」
「待てよ!ちょっと待ってくれよ!俺はただ勉強を教えて欲しいだけだ!」
「私が教えてあげるよ」
「お前はケーキ屋のバイトに行けよ!」
「二人きりになったら何するつもりなんですか?」
「いや、だから勉強したいだけだって!ちゃんと勉強してないとついていけなくなるだろう?赤点なんてとりたくないんだよ。本当にそれなだけなんだよ!
若葉がジト目を披露してくれたのでとりあえずスマホに撮ってみたがまた殴られたが、しぶしぶ勉強には付き合ってもらうことが出来るということになった。
「あ、そうだ。ヒロくん。今日の夜は帰りに迎えに来てくれなくても大丈夫だよ。帰りに寄るところがあって何時に帰る事が出来るように分からないの」
「そういうことだったら着いて行って待っててもいいぞ?」
「ん~~~!ありがとう!でも、ごめんね。あんまり人には話したくないことだからせっかくの申し出だけど、ごめんさせてもらうね」
断れると思っていなかったので動揺してしまう。リンが俺の迎えを断るなんていうことがあるなんて思いもしなかった。俺から自立するという良い方向に進んでいるという証拠かもしれないが、夜に一人きりでというのが心配だ。昼にということだったら人もいるから気にしないのだが、ケーキ屋から俺の家の隣のリンの家まではどうしても人通りが少ない場所を何カ所か通ることになる。もしも、変態野郎がリンに近づいて誘拐されるようなことがあったりしたら大変だ。
しかし、リンは俺には話したくないことだと言う。それなのについて行くと言っても困ってしまうだけだろう。こっそりつけて行けばいいか。まるでストーカーのようだが仕方ない。
「ん。分かった」
とりあえずここは了解の返事をしておく。
「ヒロくん、また明日。若葉ちゃん……ヒロくんに何かあったら殺すからね」
「天崎くんが何かしない限りは何もしませんよ!自然に殺すという言葉を出さないで下さい。学校の中ですよ?」
「あはは。冗談だよ。若葉ちゃんってば冗談通じないんだから~」
笑ってそう呟いて出ていった。目が全然笑ってはいなかったがな。
「まぁはじめるか」
「そうですね」
いつも通りと言えばいつも通りなので気分を切り替えて、若葉に勉強を教えてもらった。若葉は要点をまとめるのが上手く、クラスメイトの女子に良く勉強を聞かれていることもあって教えるのが上手かったので、1時間ほどで若葉の個人授業が終わり帰ることになった。
「なぁ、若葉。今日は遅くなったからそのまま帰れよ。俺は公園にも行かないし、幼女を探してふらふら歩いたりしないから安心しろ」
「分かりました」
意外とあっさりと引き下がったことに疑問を抱く。その表情に若葉も気づいたのだろう、俺の顔を見て微笑する。
「リンさんのところに行くんでしょ?」
ばれていた。まぁ、別に隠すことでも無かったので素直に頷く。ただ、こっ恥ずかしいので目線をそらしてしまった。そんな俺を見て若葉は噴き出した。
「笑うこたないだろ。心配なんだよ」
「まるで親子みたいですね」
言われて気付く。俺とリンが親子のように見られるというのを嫌っていたのに、俺の方がリンの方をそういう風に見ていたらしい。だから、リンはそうであろうとしてカルガモの親子のように後ろからついて行くような性格になってしまったんだろうか?
中学の時から少し距離を放そうとはしていたが、それは守ってやらなきゃいけないというのが物理的なものから俺に依存しないように、そして周囲におかしく見られないようにという精神的なものに変わっただけで、根本的な部分は変わっていない。
「なぁ、若葉。リンがあんな風になったのは俺のせいだと思うか?」
若葉はきょとんとした顔をして、俺が真面目に聞いているのを読み取ったようで、「そうですね……」と少し考え込むように視線を下に向けて話し始めた。
「人間が成長する上で身近な人の影響を受けるという話だったらそれはそうだと思いますよ。その存在が大きい程にですね」
俺だって両親から影響を受けていることは多くあるだろう。でも、リンは背が低くて力も弱く、体力もあまりない。そういう人間を放っておけるか?出来ないよな。俺と同じように幼馴染がいるような奴はどうしてるんだろうか?過保護という程に世話を焼いている自覚は俺自身にはない。だが、なまじ一緒に居る期間が長いから、子供の頃の調子で他人から見たら過保護とも受け取られるようなことをしているのかもしれない。
「でも、結局どういう風になっていくかは自分次第ですよ。他人が何をしたって我を通す人はそうします。私はそうですよ。別に誰に何を言われたからというわけじゃありません。今の自分が嫌だから変えようと思う。もう高校生になったんですから、自分自身で考えますしその通りに行動しますよ。リンさんがああなのはリンさん自身の問題であって、天崎くんの責任じゃないと思います」
若葉はそうなんだろう。でも、リンはどうなんだろうか?近くに俺が居ない方がいいんじゃないだろうか?依存してるのは俺の方なのか?
世話を焼いて、そういうポジションで居る自分に安心しているのかもしれない。
「しかしまぁ、若葉はしっかりしてるよな」
「どうなんでしょうね。私自身は私の思うままに発言するし行動する。ただそれだけの事です。難しく考えることなんてないんですよ。まったく天崎くんらしくないですね」
若葉は苦笑した。
「ですよねー。思うままにか……。そうだな。分かったぜ。俺も思うままに振る舞うことにするよ。世界中の幼女を我が手に……!」
「すみません、さっきの私の意見撤回してもいいですか?」
「ははは。まぁこういう俺の方が俺にあってるな。それじゃまた明日な」
「はい。リンさんによろしくお願いします。何もしてないからって言っておいて下さいね。それじゃまた明日」
「おうそれじゃな」
若葉と別れてケーキ屋へと歩く。リンのバイトの時間が終わるにはまだ時間があるのでペースはゆっくりだ。駅までの道のりの途中には自販機とコンビニぐらいしかない。適当に時間を潰していける場所があるならいいんだが、そうでもないのでてれてれたらたら歩くしかない。
人通りはそれなりだが、どちらかというと俺とは反対方面に向かう人が大半だ。すれ違う人たちを見ながらなんとはなしにどういう人間なんだろうと想像してみる。
サラリーマン風のスーツの男性。無表情で何を考えているのか分からない。でも、手に持っているコンビニの袋の弁当を見るときっとこれから一人で夕食なんだろう。俺にわかるのはそこまでだ。それ以上は想像しか出来ない。
ああ、ロリメイドさんが毎日夕食作ってくれたらこんな寂しい夕食じゃなくても良いのに。
うん、たぶん違うね。俺の願望だね。
やっぱり人の考えてることなんてそうそう分かるもんじゃない。傍に居ても分からないことが多いのに、他人なんてもっと分かるはずがない。姿、持ち物、行動からわかることなんてたかが知れてる。頭の中で考えていることが分かればもっと理解しあえるんだろうか?
いや、でも考えてみたら頭の中で考えてることが分かったとしてどうなんだろうか?相手が今何を考えているかということを知ったとして、それで全てを理解したと言えるか?考えなんてすぐにぶれるもんだ。理由もなく断ったりすることもあるだろうし、面倒だなぁと思いつつも同意してることなんてかなりあるだろう。そういうのを知ることが出来たとしても、溝が出来るだけなんじゃないだろうか?知らない方が良かったなぁと思うんじゃないだろうか?
なんて、頭の中で遊びながら時間を潰して歩いていると100mぐらい先の交差点をミリアちゃんが曲がって行ったのが見えた。今日もまた遅い時間にお散歩をしているようだ。あの子の母親は放任主義のようだから困ったものだ。また家に送っていってそれからリンを迎えに行っても良いだろう。
そう思って交差点まで急ぐ。
べ、べつにミリアちゃんとお話ししたいから追いかけてるわけじゃないんだからね!
はぁ、それにしても考えてみれば今日はリンから迎えに来るなと言われているんだった。用事があると言っていたし、もしかしたら俺が行くと嫌な顔をされるかもしれない。来るなと言われたのは初めてだからな。嬉しいと言われることはあっても来るなとは言われない。もしも、拒絶されたら俺はどう思うんだろうか?
いや、考えるのは止めよう。このもやもやな気持ちのままでミリアちゃんに声をかけるわけにはいかないだろう。
交差点を曲がってミリアちゃんを探す。まだあまり先には行っていなかったのだが、そこにはミリアちゃんだけではなく、リンも居た。
どういうことだろうか?リンはこの時間はまだバイトのはずだ。今日はバイトだと言っていたのに、何をしているんだろうか?幼女と遊びたかったんだろうか?ああ、それは俺か。
ともかく、理由が知りたくなったので、二人に気づかれないように隠れた。
ミリアちゃんとリンは向かい合って立っている。リンはバイトには直接行ったはずなのに着替えている。それにミリアちゃんが入りそうなぐらい大きなスポーツバックを抱えている。
ミリアちゃんは普段通りにゴスロリファッションだ。女神様だ。
「……お姉ちゃん。どうしたの?」
「……」
「何も言わないと分からないよ」
「……」
「だんまりね。何?私、早く帰りたいんだけど」
目をそらして溜息を吐く普段とは違うミリアちゃんの大人びた言葉使いに少しだけ違和感を感じる。
「どうして戻ってきたのかな?」
リンの言葉にミリアちゃんは気だるそうにリンに視線を向けた。
「戻って来るって言ったでしょ?あの時に言った通り。別にリンには関係ないでしょ?」
ミリアちゃんは髪の毛を弄りながらそういう。あまり仲が良いようには見えない。出ていった方がいいかもしれない。
「ヒロくんに近づかないで」
突然自分の名前が出てきて、出ていくのを躊躇してしまう。しかし、今の言葉からするとリンはミリアちゃんに嫉妬していたということなんだろうか?
今までこんなことは無かった。いや、逐一俺はリンの行動を見ているわけじゃない。もしかしたら、今までもそういうことがあったんだろうか、そう考えてショックで動けなくなってしまう。
「どうしてリンちゃんにそんなこと言われなくちゃいけないのかしら?関係ないでしょ。ヒーくんは私のことが好きなんだから」
「そう……。話を聞いてくれないんだね。そうだよね。そうだろうなぁって思ってたの。化け物に人間の言葉が通じるはずなんてないよね」
「うるさい」
「化け物の傍に居たらヒロくんがまた目を覚まさなくなっちゃう。だから」
そう言ってリンはスポーツバッグのチャックを開けて中からロープを取り出した。
「ヒロくんの傍に居られないようにしてあげる」
リンの顔を見て俺は全身の毛がぞわぞわと立ち上がるのを感じた。俺の知ってるリンじゃない。狂気に支配された顔、笑顔の裏の顔。
あのままじゃないけない。ミリアちゃんが危ない。リンはおかしい。俺が考えていた以上にリンはおかしかったんだ。
あれはリンじゃない。
そう考えた途端に体が動いた。すぐにかけつけてミリアちゃんを引き寄せて後ろに庇う。
「何をやってるんだ!」
俺のシャツを握るミリアちゃんの手の震えが伝わってきた。怖かったんだろう。それはそうだ。俺だって怖い。子供だったらもっと怖いだろう。
リンは驚いた顔をしている。
「違うの」
「何が違うんだ!お前、何考えてるんだよ!」
リンはロープを取り落して、そのロープに追従するかのように膝を落とした。だが、そんなことは関係ない。リンが俺の想像通りのことをしようとしていたとしたら、許すことは出来ない。
いくら幼馴染だったとしても、いくら俺のことが好きだったとしても、どんな理由があったとしてもやっちゃいけないことはやっちゃいけないんだ。
行動することと想像することは違う。想像したことが現実に起こらないように、行動したことは現実になる。当たり前のことだが、その領域を越えてしまった人間はおかしい。
「ヒロくんのため……なんだよ?」
リンの言葉に頭を鈍器で殴られたような気がした。
「ヒロくんのためにやってることなんだよ……?」
俺のせいなのか?俺がリンをおかしくしてしまったのか?若葉と話をしていた時のことを思い出す。若葉はああ言ったが、根底の部分はどうなんだ?
「ミリアちゃん。行こう」
逃げ出したかった。リンの前に居たくなかった。リンがやったことは許されるようなことじゃない。その行為をさせてしまったのが俺自身なのだと気づかされた。どうしたらいいのか分からない。どうしたら良かったのか分からない。
だから、逃げ出すしかなかった。
ミリアちゃんの手を握って歩いて行く。俺の手は汗ばんでいて気持ち悪いことだろう。だが、ミリアちゃんはそれを気にする風もなかった。
「ヒーくん。ありがとう」
ミリアちゃんはそう言ってぎこちなく笑ってくれたが、俺は曖昧に返事をすることしかできなかった。
何故感謝されているんだろう。怖い思いをさせてしまった責任は俺にある。リンがあんなことをするなんて思っていなかったと言って逃げることは出来ない。想像の範囲外の出来事だ。ありえないことだ。でも、起きてしまった。
俺のためだと言ったリンの言葉が耳から離れない。俺のため。俺のせい。俺の責任だ。どうしたらいい?どこで間違った?俺がはっきりと気持ちを伝えないからか?
リンのことが分からない。幼馴染で良く知っているはずなのに、どんな人間か分かっていると思っていたはずなのに、なのに今の俺にはリンのことが全く分からない。
これからどうしよう。これからどう接したらいい?警察に行くべきだろうか?そんなことはしたくない。責任があるのは俺だ。責任を取らなければいけないのは俺だ。
「着いたよ」
ミリアちゃんの言葉にはっとする。いつの間にかミリアちゃんの家の前まで来ていたらしい。
「大丈夫?」
ミリアちゃんに心配されてしまった。腰を屈めてミリアちゃんの視線に合わせる。
「ああ大丈夫だよ。ミリアちゃんの方こそ大丈夫?もう大丈夫だからね。今日のことは忘れようね」
こんな時、どんな言葉をかけたらいいのか分からなかった。そして、俺自身情緒が不安定な状態で上手い言葉が出てくるはずも無かった。
「ヒーくん。あなたのせいじゃないのよ」
そう言ったミリアちゃんの小さな手が俺の頭を撫でた。
「あなたが悪いわけじゃないの」
気持ちが落ち着いている自分自身に気づいて情けなくなった。それは俺が一番かけてほしい言葉だった。だからこそ情けなかった。俺のせいじゃないという責任転嫁こそが俺が望んでいる言葉だと分かった。最低だ。
「予定より少し早くなってしまったけれど、良いタイミングだったのかもしれないわ」
「……」
「言ひ契る」
俺の意識はそこで途切れた。
リンさんの部屋
引っ越してきて、はじめて会った時に怖かったことを覚えている。私は人見知りだったし、前に住んでいた所では良く男の子にいじめられ居た。だから、近所に男の子が住んでいるというだけで怖かった。またいじめられるんじゃないかってそう思っていたから。
一緒に遊ぼうと言われた。お母さんは行ってきなさいと言う。でも、私は嫌だった。行きたくなかった。行きたくないと言ったのに、人見知りはいけないからと言って外に出された。
憂鬱だった。男の子と二人で一緒にいなければいけないということに。子供のことが分からない母に。どちらにも憤りを感じていた。
本当は泣きたかったけれど、泣いたらもっといじめられることを子供ながらに学んでいた。だから必死に耐えて、なんでもないふりをしていた。
いじめられるのは嫌だ。好きな人はいないだろう。
ヒロと言って自己紹介をしたその子は私の手をとって公園に連れて行った。ヘリコプターのジャングルジムのある公園。何人かの子供たちも居て、その子たちにヒロくんはようと手をあげて挨拶をしていた。皆もそれに返していた。男の子も女の子もいたけれど、皆知らない子だ。
居心地がとても悪い。楽しそうに遊んでいるその子たちの輪にどうしても入ることが出来なくて、私は砂場で山を作っては崩してを繰り返していた。
「楽しいか?」
ヒロくんだった。私はうんとだけ言って頷く。きっと楽しそうには見えなかっただろう。でも、あまり構って欲しくはなかった。一人でこうして砂場で山を作って壊してをしているだけで良かった。いついじめられるんだろうと思ってびくびくしていた。
「じゃあ、俺も楽しい!」
私の言葉を聞いてヒロくんはにこにこと満面の笑みでそう言った。私には良く分からなかった。どうして私が楽しかったらこの子が楽しくなるんだろう?
ヒロくんは私の隣に座って私と同じように山を作って壊していた。一緒に山を作って壊してということを何度も繰り返して、私に何度も楽しいか?と聞いてきた。私はその度にうんとだけ頷いて返した。そしてにっこり笑って俺も楽しいってそう言ってくる。
不思議だった。楽しいはずなんてなかったはずなのに、いつの間にか楽しい気持ちになっていた。ただ山を作って壊すだけ。時間が早く過ぎるようにと思ってやっているだけのことだったのに。どうしてだろう。楽しい気持ちになっていた。
何度目だっただろうか?楽しいか?と聞いて来られて私がうんと返事をした。その後もいつも通りだろうと思っていた。
「それじゃ一緒に作ろう!そしたらもっと楽しいよ!」
そう言ってヒロくんはにっこりと笑顔で笑った。
ヒロくんと一緒に山を作った。一人で作るよりももっと大きな山が出来た。なんとなくそれだけ誇らしい気持ちになって、楽しい気持ちになって、大きくなった山をヒロくんと一緒に眺めて、顔を見合わせてにっこりと笑った。
もうヒロくんのことが怖くなくなっていた。いつの間にか怖いという気持ちは無くなっていた。
「帰ろっか!」
ヒロくんがそう言って私の手を握ってきた。私はなんだかドキドキしていた。この子と一緒に居ると楽しい。
「また明日!」
家の前でヒロくんがそう言ってきた。ヒロくんとまた明日も遊べると思うととても嬉しい気持ちになった。
大切な思い出。ヒロくんと一緒に居ると私はとても楽しい気持ちになる。ドキドキして嬉しい気持ちになる。ずっとずっと変わらない。これからもずっと変わらない気持ち。
でも――――――
コメディー?コメディー……。