DAY 4
目を覚ますと8時半だった。深夜のシミュレーションのせいで昨夜はなかなか寝付けなかったが、集合時間の1時間前なら十分だろう。
本当は早く行っても良いのだが、一人で行くと自制心を抑えられるかどうか不安だからな!
昨夜準備しておいた服に着替えて身だしなみを整えてから、冷蔵庫の中から卵を取り出して、ごはんにかけて一気に流し込み食器を洗えばもう準備は完了だ。
外に出る。空に向かって顔を向けると太陽が俺を照らしていた。
「さて行くか!」
「うん、行こっか!」
「うわっ!」
いきなり背後から声をかけられて振り向くと満面の笑顔のリンが立っていた。
「いきなり後ろに立つなよ。びっくりするだろ」
「ごめんなさい、でもそんなに驚かなくてもいいじゃない……」
「ま、まぁ、いいや。とりあえず行こうぜ!」
花柄ワンピにジーンズを着たリンと一緒にデパートへ向かう。
とりあえず向かう場所は駅前のデパートの1階のインフォメーションカウンターだ。待ち合わせの場所としてはちょうど良い。
「リンは今日からバイトだな。頑張れよ」
「うん!美味しいケーキを作ってヒロくんのことびっくりさせてあげるね」
こんな風に前向きなリンを見るのは久しぶりで、その笑顔になんとなく見惚れてしまう。
「どうかしたの?」
「い、いや何でもない。それより、バイトは初めてだったよな?失敗することもあると思うが、落ち込むなよ。最初から何でも出来るような人間はいないってことは雇ってる側もわかってるんだ。次は失敗しないようにするにはどうしたらいいのかちゃんと考えてやるんだぞ」
我ながら少し過保護すぎるような事を言ってしまったと思う。
「うん、わかった」
リンは真面目な顔をして頷いて、にっこりと笑う。
「ありがとう、ヒロくん。やっぱりヒロくんは優しいね」
そんな風に昔みたいに可愛いことを言うものだから、昔の自分に戻ってしまったのかもしれない。いつの間にかリンの頭を撫でていて、顔を真っ赤にしているリンがぽ~っとした顔で俺を見つめていた。
「ヒ、ロくん?」
何してるんだ俺は!こんなことをしたらリンが調子に乗ってしまうだけじゃないか、これ以上悪化しないようにと思って距離を置いてたというのに……。そうだ!
「こ、この右手が勝手に暴走しただけなんだからね!」
「…………」
「リン?」
リンはまだぼーっとしていて何も言わない。冗談で終わらせようと思ったのに手遅れだったのかもしれない。
顔の前で手を振ってみるが反応がない。
「お~い。リンさん?」
「…………………………………………………………………………えへへ」
突然にへら~っと表情が崩れて顔を真っ赤にしたままにこにこしはじめる。
「リ、リン。大丈夫か?」
「リンはだいじょーぶ。げんきいっぱいらよ~」
若干呂律が回っていないような気がする。舌足らずなところが子供っぽくてかわ……はっ!いかんいかんいかんいかん!
「リン、大丈夫ならそろそろ行こう!若葉も待っていることだしな!」
「うん、わかた~」
相変わらずにやけたままで、話に聞く酔っ払いのようにふらふらしていて危なっかしいので、手を引いて歩く。
「えへへへへへへ~」
「楽しそうで何よりだがちゃんと歩いてくれよ!」
リンが俺に手を引かれているせいで、後ろに倒れるような形で前方斜め上に顔を向けてえへえへいっていて、周囲から注目を浴びてしまった。
「おはようござ……あのリンさんどうかされたんですか?」
もう既に待ち合わせ場所にいた若葉は俺を見て挨拶をしようとしてくれたのだが、その後ろにいるリンの姿に驚いて尋ねてくる。
「いや、これは……」
俺が状況を説明しようとしてリンの方を見ると突然エビ反っていったリンがぐわ~っと効果音が出そうな勢いで、身体を起こした。
「わかばちゃんだ~!おっはよ~!リンだよ!」
そういってぶんぶんと若葉に向かって手をふりはじめる。
「え、ええ。おはようございます。リンさん。お元気そうで……あの、お元気ですか?」
若葉は状況がわからず良くわからないことを言った。
「リンはげんきらよ~。わかばちゃんもげんきいっぱい?」
「え?は、はい。元気ですよ――ちょっと天崎くんどうなってるんですか!?」
「これはその……」
なんだろう?考えてみたら状況を説明しようにも自分自身にもよくわからない。
「頭を撫でたらこうなった」
「え?」
「どういったらいいのか自分でもわからないが、とりあえず頭を撫でてみたらこうなったっていうことだよ」
「はぁ……そうですか、それでどうしますか?」
リンは俺の腕にまとわりついている。
「もちろん、このままヒーローショーを観に行く!」
「あなたはこんな状況でもいつも通りなんですね……」
あきれ顔の若葉と腕にまとわりついてえへえへ言っているリンを引き連れてヒーローショーが行われる8階までたどり着いた。
「こ、ここはユートピアなのか!?」
エレベーターを降りてから、俺はその光景に目を奪われてしまった。
小さい子供たちがたくさんいる!親もいるが今の俺には160cm以上の人間が映らないフィルターがかかっている。
「なんということだ!なんということだ!幼女たちが俺を待ってるぜ!ひゃっほー!」
と駈け出そうとすると腕を掴まれて止められる。
「天崎くん、ダメですからね。犯罪行為はダメですからね。ちゃんと常識人としてふるまって下さい」
「放してくれ若葉!俺はいかなきゃいけないんだ!幼女たちが俺を待ってるんだ!」
「それは妄想ですよ天崎くん。あの子たちはあなたを待っているんじゃなくてヒーローたちを待ってるんです」
「違う!そんなことはない!こんなに俺が愛してるんだからあの子たちもきっと俺を愛してくれているに違いない!」
「違います。愛しているから愛されるなんてストーカーの考え方ですよ。それも不特定多数の人に愛を向けて愛を向けられるなんていうことがあるはずがないでしょう」
「いやだー!俺は愛されてるんだー!この世の全ての幼女は俺のものなんだー!」
「ちょっと!叫ぶのはやめて下さい!周りから私まで変な目で見られるじゃないですか!ほ、ほらリンさんもなんとか言って下さい!」
「ヒロくん愛してるよー!」
「違いますよ!今はそんなことを言う時ではありませんよ!天崎くんを止めて下さい!」
「我思う、ゆえにロリあり」
「ちょっとやめて下さいよ!デカルトを穢さないでください!」
「ええい、放せ!行かねばならんのだ!」
しばらくの間エレベーターの前であーだこーだとやっていると警備員さんから止められてしまって一気に気分が覚めていった。
「まったく……、若葉が大声で叫ぶから注意されてしまったじゃないか?」
「……誰のせいだと思ってるんですか?」
顔を手で抑えてふるふると怒りを鎮めるように震えているロリっこも可愛いものだ。
「ヒロくん、はやくいこ~。ヒーローショーはじまっちゃうよ!」
リンはまだ朝のままにへらにへらとしながら俺の腕に絡まっていた。
「なんでこんな所に来ちゃったんだろう……」
若葉が何か言っているようだがそんな声は聞こえない!
「高ロリ反応感知!」
「!?」
「作戦行動に入る!」
「さ、作戦!?」
「ヒロくんまって~!」
背後からリンの声が聞こえるが知ったことか!そんなものは俺の覇道の前には路傍の石に等しい。
歩く、早歩きで歩く。目標はすでに視認している。自分と同じ考えの人間の空気を複数感じる。
「やはり本物か……」
周囲の同族を牽制しつつ目標を正面からとらえられるポジションへと移動する。
「むっ」
同族と思われる人間たちから囲まれた。どうやら俺が接触を試みようとしていることに気づいたようだ。
「なんのつもりだ?」
リーダー格と思われる人物が声をかけてくる。
「突然なんですか~?」
俺は何もわからない風にそうつぶやいた。
「お前の魂胆は分かっている。これから彼女に接触するつもりだろう?」
隠し通せるものではなかったらしい。
「だったら?」
そこで俺は開き直った。
「ここから先へは行かせん!」
男たちは身構えたが、俺に危機感はない。
「いいのか?ここで問題を起こしてしまえば、ヒーローショーは中止になるかもしれないぞ?」
「くっ!」
ふふふ……。中止になれば俺も困るがこいつらにとってもそうだ。
「しかし、接触はさせん。このまま俺たちが囲んでいればお前は動けまい」
なかなか引き下がってくれない。それだけ目標は上物ということか……おっと涎が。
「ははっ、それじゃお前たちも堪能することが出来ないだろう?それにこの辺りで引いておかなければ、命の保証は出来んぞ」
「脅しなんて効かんぞ」
「脅しではない。これは善意からの忠告だ」
「何をばか……ぐぼぁぁぁ!!」
男の中の一人が腹を抑えて倒れ込んだ。残された二人は何が起こったのか分からずに蹲った仲間が見ている。
「ヒロくんをいじめるなー!!!」
声が聞こえた次の瞬間残りの二人もうめき声をあげて倒れた。
「ヒロくんのことをいじめちゃだめ!!」
その声の主――リンは男たちを踏みつけている!
「ヒロくんをいじめる人は壊して塵にしてゴミにしてぐちゃぐちゃにして細切れにして切り刻んで土に返してあげるからねぇぇ!!」
「や、やめ……ぐはお!」
「だから俺は忠告したんだ。ロリに植え付けられた恐怖はお前たちはこれからもロリを愛することが出来るかな?おっともう聞こえていないようだな」
俺はリンの肩に手を置くとにっこりとほほ笑んでこう言った。
「怖いからもうやめて下さい」
作戦として利用をするところまでは良かったものの、このままでは血を見ることになりそうだった。
「ロリ怖いロリ怖いロリ怖い……」
男たちはもうロリコンではいられないだろう。
「悲しい事件だった」
「何やってるんですか!」
若葉の叫び声が聞こえた。
「ちっ!もう来たのか!こうしちゃいられない」
俺はリンの手をとってその場を離れて、目標の元に向かった。
「や、やぁお嬢ちゃん一人かい?」
目標の前に周りこみ声をかける。
「?」
目標は俺の方を見て小首を傾げている。その姿がどれだけ愛らしいことか!流れるような長い金髪に碧眼の瞳に赤いゴシック調の服にクマのぬいぐるみ。
そこには本物のロリがいた。
ぼ~っとしていた俺の服の袖を何かが引っ張るような感覚があり、現実が戻ってくる。
誰が?と思い振り向くと、リンが怯えた顔で目の前の少女を見つめている。
「ヒロくん、あの子はダメだよ……。あの子は絶対にダメ」
意味が分からなかった。どうしてそんなことを言う?この子は完璧に完成されている。髪型、顔だち、服装、靴に至るまで全てが俺の思う……いや、老若男女の全てが等しく同じ言葉を思い浮かべる程のロリだった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
お兄ちゃんという声の響きが同じ幼女の舞ちゃんとは違う。たどたどしくはないのに、 幼さが滲み出ている。可愛くもあり、少しだけおませさんな声は耳に届くと容易に俺の事を魅了した。
「天崎くん、どうしたんですかそんな所に突っ立って……。あれ、その子は?」
若葉はその幼女をみるとぱっと顔を明るくした。
「ミリアちゃんじゃないですか!元気にしてましたか?」
「若葉はこの幼女と知り合いなのか!?」
俺の剣幕に押されて、若葉は後ずさった。まさか、若葉がこんな女神のような幼女を隠しているとは思わなかった。
「え、ええ……。知り合いですけれど……」
「どうして紹介してくれなかったんだよ!こんな、こんな幼女を隠しているなんて、お前はこの子を独り占めするつもりだったのか!?」
若葉は呆れた顔をして嘆息した。
「天崎くんじゃないんですから、そんな事考えてもいませんよ……。それに私がミリアちゃんを紹介するなんて、狼のいる森に羊を放すような事をすると思いますか?」
一理ある。確かに俺のような人間はこの子に近寄るべきじゃないだろう。純粋なままでいられるようにその時まで、見守ることにした方が良いと感じていた。それは恐怖という感情から来るものに近い。自分自身がこの完成された幼女を壊してしまう事にとてつもない恐怖を感じた。
「?」
幼女、ミリアちゃんは俺に向かって不思議そうな顔を向けている。
そうだ!このまま何も話をしないままだなんていうのは腰抜けだ!
「はじめまして、ミリアちゃん。俺の名前は天崎浩っていうんだ。今日はご両親と一緒に来たのかな?」
無難にまずは話をしてみよう。だが、子供というのは難しい存在だ。何もなくとも人見知りをする性格ということだったら、ただ話しかけただけで泣かれてしまうということもある。
「うん。ミリアはお母さんと来たの。でも、今はお母さんはお買い物に行ってるからミリア一人でヒーローショーをみているの」
どうやら近くに親御さんはいないらしい。
「若葉の知り合いみたいだし、お兄ちゃんたちと一緒にヒーローショーを観ようか?」
ミリアちゃんはん~~と考えるようにして俺と若葉の顔を交互に見る。
「うん、いいよ」
「よしっ!」
「どうかしたの?」
「何でもないよ。いやぁ、若葉と知り合いでよかったなぁ」
「天崎くんが変なことをしようとしたら警察に突き出すのでそのつもりでちゃんと大人としての対応をしてくださいね」
「ちっ!」
「ねぇ、ヒロくん。やめようよ。この子はよくないと思うの」
「さっきからどうしたんだよ。何がいけないっていうんだ?こんな可愛い子を一人にしておく方が危ないと思うんだが……」
「そうじゃなくて、この子が危ないっていってるの……」
「?何が危ないんだよ」
「だって、この子って昔……」
リンは話を途中で止めてしまう。
「どうした?」
「ううん。そんなはずないよね。なんでもないよ。ごめんね、私ちょっと冷たい飲み物買ってくるね……」
リンは小走りで行ってしまう。
「あいつどうしたんだ?」
「何でしょうね。昔って言ってましたけれど、以前に会ったことがあったんでしょうか?」
「ミリアちゃんはリンに……さっき走っていったお姉ちゃんに見覚えあるかい?」
ミリアちゃんはわからないという風に首を傾げる。超可愛くてペロペロしたい。
「……天崎くん、涎が出ているように見えるんですが、良ければ警察呼びましょうか?」
「いえ、結構です。間に合ってます」
ミリアちゃんは大人しい子だった。というよりもあまり笑わないんだ。周りの子供たちがヒーローショーを見ながら一喜一憂しているのに、彼女はただじーっとヒーローたちを見つめているだけで、本当に見ているのかどうかわからない。
まぁそういう俺もヒーローショーなんて全く興味はなく、ただミリアちゃんをじっと見つめていた。隣の小さなお姉さんが牽制のためか間に入っていて、時折前に乗り出そうとする俺をチョップをして止めている。間違いなく牽制のためだね!
ヒーローショーが終わったあたりで、リンが申し訳なさそうな顔をして俺の服を引っ張った。
「ヒロくん、ごめん。私、もうそろそろ行かなきゃいけないの」
「おう。気を付けて行けよ。ちなみに今日は何時ぐらいに終わるんだ?」
「たぶん、5時ぐらいになると思うけど……どうして?」
「せっかくだから迎えに行ってやるよ。リンが頑張ってるところも見たいしな」
「本当に?ありがとう、ヒロくん!」
リンが嬉しそうに笑っているのを見て少し気恥ずかしくなった。
「まぁ、ちゃんとやってるかどうか見ておかないとな。お前がちゃんとしてないと俺が行きにくくなるからな」
リンはおかしそうに笑っている。
「なんだよ?」
「ううん。なんでもないよ。それじゃ行くね。若葉ちゃんもまたね」
手を振ってリンは去って行った。
今日のリンはなんというか普通だった。変に消極的でもなかったし、いつもこうなら良いのにと思う。失敗したりしなきゃいいがな。すぐ落ち込むからな。
「リンさんのこと心配みたいですね」
去っていくリンの後ろ姿を見ていた俺が声の方に目をやるとにやにやとしながら若葉が俺のことを見ていた。
「まぁ、心配にもなるだろう。いつものあいつを見てたらな」
「思っていたよりも反応がドライですね」
「別に俺が心配したからって悪いわけじゃないだろう?」
「そうなんですけど、なんだかそれじゃ親御さんみたいですよ」
「親御さんっていうのとはちょっと違うぞ。兄妹みたいなものだからな」
「リンさんの前ではそういうことは言わない方がいいと思いますよ」
溜息をつきながら若葉がそう言ってくる。あれだろ、俺がそんな風に思ってることをリンが知ったらってやつだろう。別にそんなことはどうでもいい。兄妹みたいに思っているというのは本当のことだし、今は恋愛対象としてどうしても見れない。
「あのお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きなの?」
急にミリアちゃんがそんなことを言ってきた。
「そうだよ。あのお姉ちゃんは俺のことが大好きなのさ。お兄ちゃんはイケメンだからね!ミリアちゃんも俺に惚れてもいいんだよ。むしろ好きになって下さい!」
「ちょっと天崎くん何を言ってるんですか!」
「え、だって俺ってイケメンだろ?」
「どうやら天崎くんの家の鏡は歪んでいるようですね」
「酷い言われようだなぁ……。ん?」
ミリアちゃんを見るとおかしそうに笑っていた。やっと年相応の笑顔を見ることが出来て安心する。
「やっと笑ったね。可愛いんだからもっと笑った方がいいよ」
そう言ってミリアちゃんの頭を自然に撫でようとすると若葉に手を叩かれた。
「ちっ」
若葉はじとーっとこちらを見ている。はっ!?もしかして嫉妬?
「そうかそうか、若葉よ。嫉妬しなくてもいいんだぞ。俺は若葉のことも好きだからな」
「私は大嫌いですよ」
ミリアちゃんはまだくすくすと笑っている。こういう顔をされるとつい調子に乗ってしまう。
「はいはい。まったくもう、若葉だって撫でてほしかったんだよな」
若葉の頭を撫で撫でしてみる。すぐにふり払われると思っていたのだが、若葉は少し悲しそうな顔をしていた。
「どうしたんだ?」
いつもとは違う反応に困惑してしまい。撫でるのをやめて頭から手を浮かす。
「あ……。い、いえなんでもないです」
若葉は顔を真っ赤にしている。
「まさか本当に嫉妬していたというのか!!いつの間にかフラグが立っているとは予想外だ!」
「ち、違いますよ!ただちょっと思い出していただけです!」
若葉の頭の上で手持無沙汰になっていた俺の手は払いのけられた。
「思い出したって何を?」
「何でもありません!ほら、それよりもうお昼ですし、何か食べにいきませんか?ミリアちゃんはどうします?お母さんからはなんて言われているんですか?」
話はうやむやになってしまった。うーむどうしたんだろうか?
「ミリアはお弁当を食べるの」
ミリアちゃんはそう言って小さなバッグの中をごそごそと漁って中からピンク色のお弁当箱を取り出した。
「お弁当か、それにしても母親は何をしてるんだ?こんなに小さな子を一人にしておくなんてよくないと思うんだが……」
「そうですね、天崎くんみたいな人がいますからね」
「……おい!」
「まぁその。ミリアちゃんのお母さんは大らかというか放任主義というか……」
「なんかはっきりしないな。ミリアちゃん、お母さんは今どこにいるのかな?」
さすがにこんなに長い時間子供を一人にしておくというのは親としてどうかと思う。俺だったら片時も離れたくないだろうに。
「ミリアのお母さんはお買いものしてるの」
「どこでお買い物してるのかな?」
「ここでお買い物してるの」
ミリアちゃんは地面を指さす。まぁここが屋上だからデパートの中でということなんだろう。
「ここのどこにいるのかわかるかい?」
ミリアちゃんは首を傾げた。分からないらしい。行先がわかっていればこの子を連れていって文句の一つでも言うんだが……それにさすがに連れまわすわけにもいかない。行き違いになってしまったらいけない。
「お昼どうしようか?」
「そうですね。ここでミリアちゃんをどちらかが見ていてもう一人が何かを買いに行くということにしませんか?」
「そうか!それじゃ若葉いってらっしゃい!俺はミリアちゃんと二人きりで待ってるから!」
「私がミリアちゃんを見てますから、天崎くん買ってきなさい」
「ちっ」
悪態をつきながら若葉と俺の昼飯を買いに行った。
お昼を食べ終えてから後半の魔法少女ショーがはじまった。子供が男の子よりも女の子の方が多くなっているのだが、それ以上に大きなお兄さんたちが増えている。
「まったくもうアニオタには困ったもんだぜ。リアル幼女には興味を示さない癖にこういうアニメになると幼女最高とか言い出すんだからな」
「アニメだけにとどめておいてくれた方がましだと思いますよ」
「はっ!俺だってあのアニメは好きだけどな。でも、本物の幼女たちは思いもつかないようなことをするんだよ。本当の意味での無邪気を愛せない人間にロリコンを名乗る資格なんてないんだよ!」
「そんな恥ずかしいことを真顔で言わないでくれませんか……」
「まぁいいさ。ところでミリアちゃんはこのアニメ好きかい?」
「うん、好き」
「そうかそうか、将来は魔法少女になりたいと思うかい?」
「うん、なりたい」
俺は若葉の方を見る。
「なんですか?」
「わからないのか?これが幼女なんだ!」
「全く意味が分からないです」
「そうか、まだまだ甘いな」
「甘いままで結構ですよ。わかりたくもありませんから」
はぁと若葉が溜息をついている。この幼女の無邪気さがわからないというのは悲しい限りだ。あざとくもなく素直に魔法少女になりたいと言えるところが素晴らしいというのに……!
「このお姉ちゃんは本当にダメな人だよね」
「ちょっと止めてくださいよ。ダメな人は天崎くんでしょう!」
「ははは。すぐ怒っちゃうのはダメだよね。ミリアちゃんはこんな大人になっちゃダメだよ?」
「ぐぬぬぬ」
おお!!若葉がぐぬぬといいながら悔しそうに涙をためている。この顔はありだな!
「お姉ちゃんは魔法少女好きじゃないの?」
「え?う~ん、私はこのアニメを見たことがありませんからね。可愛い衣装だなぁとは思いますよ」
「ふ~ん。じゃあお姉ちゃんはどうしてここにいるの?」
「ん~……それはですね……」
ちらっと俺の方を見る。さすがにロリコンの俺の監視をするためだとは言えないからだろう。ここは助け舟を出してやるか!
「それはね。口ではこう言ってるけど、実はお姉ちゃんは魔法少女なんだ!この町の平和を日夜守っているんだよ!」
「ちょ、ちょっと!」
「へぇ~!そうなんだ!お姉ちゃんって魔法少女なんだね。それじゃ敵の吸血鬼をやっつけたりするの?」
「え!?えっとその……」
若葉の目が泳いでいる。子供の夢を壊したくないという気持ちと自分自身のプライドを壊したくないという気持ちがせめぎ合っているのだろう。
「え、ええ、もちろんですよ。吸血鬼をステッキでふるぼっこして倒してるんです!」
「いや、あのステッキは物理的なもんじゃなくて魔法を使う触媒って設定なんだよ……。ふるぼっこってお前……」
耳元でとりあえず設定だけでも教えてやる。
「あ、え、う……。そうです。そのステッキからその……素敵な光線みたいな星がたのアレがビームみたいにですね」
あわあわとしながミリアちゃんに身振り手振りで説明をしている。
ミリアちゃんといえば真顔でまるで笑っていない。あまり笑わない子だからだろうか?それとも若葉の言葉を嘘と見ぬいているからだろうか?
「そうなんだね。お姉ちゃんすごーい。それじゃ魔法使ってみて?ミリア見てみたいな」
「はえ!?魔法ですか!?」
若葉がこちらを向いてくる。しょうがないやつだな。子供一人もあやすことが出来ないなんて。
「今ここでは見せることは出来ない。魔法を使っているところを見られてしまったら、魔法の世界に帰らなくちゃいけないくなるから」
また耳元でぼそぼそと呟いてやる。
「えっとその。今ここでは見せることは出来ないんですよ。魔法を使っているところを見られてしまったら証拠隠滅のために見た人を殺しちゃわなくちゃいけなくなっちゃいますからね!」
ミリアちゃんが顔面蒼白になった。
「ごめんなさい。やっぱり魔法は見せなくていいよ。ミリアはまだ生きていたいよ」
「おい」
「あ、ああごめんねミリアちゃん。そういうわけだから魔法は見せられないんです」
そのまま押し通すのかよ!
「若葉にはがっかりだよ……」
「ごめんなさい……」
ミリアちゃはそんな俺たちを見て、なぜかくすくすと笑っていた。
「まぁ、ミリアちゃんが面白がっているみたいだからいいけどな」
案外今のは本気で怯えていたんじゃないのかもしれない。もしそうなら遊ばれたのは若葉ということになる。なかなか侮れない幼女だ。
そうこうしているうちにいつの間にかショーは終わってしまっていた。
「そろそろ帰る時間だが、親御さんは本当に何をやってるのかねぇ」
正直少し切れていた。子供ほほったらかしにする親は許せない。今日は俺たちがいたからよかったものの、一人にしておいて何かあったらどうするつもりなんだ。
「ごめんなさい、ミリア」
後ろからそんな声が聞こえて振り向いた。その先にはミリアちゃんと同じ金髪の女性が立っていた。ロリコンな俺もはっと目を見張ってしまうほどの美人だった。
「あら?あなたは若葉さん。もしかして、ミリアのことを見ていてくれたのかしら?」
「はい。あ、見つけたのは私じゃなくてこの人なんですけど、一人でいるみたいだったので一緒に居ました」
「ありがとうございます。ごめんなさいね。本当はもっと早くに迎えに来るつもりだったんですけれど……」
イラっとしてしまった。それは事情はあるだろうけれど、子供にそれは通じない。
「ちょっといいですか?どんな事情があったのかはわかりませんが、子供を一人にするのはよくないと思いますよ。何かあったらどうするんですか?」
目を向けられて少しぞっとした。瞳の色のせいだろうか?冷たい印象を受ける。
「あなたは?」
「あ、彼は私と同じ学校のクラスメイトで天崎くんって言います」
「そう……。ええ、そうね。あなたの言う通りだわ。ミリア、ごめんなさいね」
「お母さん、大丈夫だよ。お兄ちゃんたちと一緒で楽しかったもん」
「そう……。本当にありがとうございます。それじゃミリア、行きましょう?」
「うん。それじゃまたね、お姉ちゃん。お兄ちゃん」
ミリアちゃんは手を振りながら去っていった。本当にミリアちゃんとしては何でもないという顔をしている。慣れているからだろうか?どちらにしても一人にしても良い理由にはならない。
「私たちも行きませんか?」
「……なぁ若葉。俺って言ってること間違ってたか?」
「いえ、そうは思いませんよ。でも、私が子供の頃も同じでしたよ。一人でいることなんていつも通りで、いつの間にか同年代の子供たちと遊んでいて、帰るときはもっと一人にしてくれていたら良かったのにってそう思ったものです。でも、今は何かと事件がありますからね」
そうだったかもしれない。俺は一人でデパートの中を走り回って呼び出しをされたりしていたっけ?子供としては放っておいてもらいたいものなのか?
でも、何かあったらいけないしちゃんと見ていなくちゃいけないんじゃないのか?
「ちゃんとミリアちゃんはお母さんと一緒に帰ったんだからいいじゃないですか?」
「ん。んー……。そうだなぁ」
納得したような、でもなんとなくもやもやとしたものを残しながらリンが初バイトをしている喫茶店へと向かった。
「いらっしゃいませ!」
リンの元気な声が聞こえてくる。
「よう。やってるみたいだな」
「あ、ヒロくんに若葉ちゃん。来てくれたんだね!」
本当に嬉しそうな顔をしてリンが俺たちの方に来る。お店には特に衣装があるわけではなくて、お店の名前のロゴの入ったエプロンをしている。
「お店の中に入ってるのかと思ったが接客もしてるんだな」
「う、うん。ちょっと恥ずかしいけど、ケーキの作り方を教えてもらってそれだけでお金をもらうっていうわけにはいかないから……」
真面目なやつだな。まぁいいか。
「ウエイトレスさん。俺はチーズケーキとコーヒーな。若葉はどうする?」
手近な席に座って注文する。
「私もチーズケーキと紅茶でお願いします」
「かしこまりました」
元気にそう言ってリンはパタパタとマスターの方に走っていった。転びそうで危なっかしくみえる。
「リンさん、頑張っているみたいですね」
「ああ、そうだな。それにしてもミリアちゃん、可愛かったな」
ぼけ~っとしながら今日あったミリアちゃんのことを考える。幼女……というよりもロリータを体現したような姿だった。しかし、どうにも引っかかっているところがある。あまり笑わないところと少し大人びたところだ。
「そうですか。まぁミリアちゃんのことは可愛いとは思いますけれど、何かしようとしたら……」
若葉がバックからおもむろに携帯を取り出していた。
「ちっ」
「今日は舌打ちが多いですね。天崎くん」
「若葉のせいだけどな」
「お待たせしました。特性ベークドチーズケーキと紅茶とコーヒーです!」
元気にリンが言ってくる。こういうのもいいものだな。
「ありがとうございます」
「うむ、苦しゅうない」
「もう、ヒロくんったら、どこのお殿様なの?」
「はっはっはっ」
「うざ……」
「若葉、何か言ったか?」
「いえ何も言ってません」
「それじゃゆっくりしていってね。えっとたぶん、あと30分ぐらいで上がれるから」
「おう。ゆっくりさせてもらうぞ」
「頑張って下さいね」
リンはそのまま他の客の所へ注文を取りにいっていた。
「舞ちゃんがいないのが残念だなぁ」
「本当にあなたはダメな人ですよね」
「愛する人のことを思って何が悪い!」
「年の差が無ければ悪いとは言いませんよ……」
俺が舞ちゃんへの熱い思いを語っているうちに30分はすぐに過ぎてしまった。
「待たせちゃってごめんね」
もう上がれるからと言ってきたので先に会計を済ませて外で待っていた俺たちにリンがそう声をかけたきた。
「いや、今日は初日だからな。話があるかもしれないって若葉と話していたところだったんだよ」
「そうだったんだね」
「それで、どうだったんだ?頑張れそうか?」
「うん、頑張れそうだよ。マスターも頑張ってたねって毎日来てほしいぐらいだよっていってくれたよ」
「そうか、それなら良かったよ。ケーキ屋さんになれるといいな」
「うん!!」
思い切りリンが頷くものだから驚いてしまった。
「あ、ああ。リンの夢だったからな」
「ヒロくんが応援してくれてうれしいよ!一緒に夢を叶えようね!」
一緒にという言葉が気にはなったがたまに応援に来てほしいという意味だろう。
「おう、頑張ろうな」
「若葉ちゃんもありがとう」
「私は何もしていませんよ」
「ああ、本当に何もしてないな」
「あなたに言われたくはありませんけど」
笑いあいながら帰路につく。今日も一日良い日だった。ミリアちゃんという極上の幼女に会うことも出来たしな。
「思うんだが、俺の家の前で別れることないんじゃないか?」
家の前について提案してみる。リンはまだしも若葉の家はここからそこそこ遠い。
「私の目的は天崎くんの監視なんですからね」
「はいはい……。まぁ気を付けて帰れよ」
「ちゃんと私が見てるから大丈夫なのに……」
リンが拗ねて何かつぶやいている。
「それじゃまた明日な」
「はい。それじゃまた明日。リンさんもまた明日」
若葉はそう言って手を振って去っていった。
「リン。今日は頑張ったな」
俺がそういうとリンは恥ずかしそうな顔をした。
「だってヒロくんとの約束のためだもん」
「ん?約束?」
「うん、あの約束。ずっとずっと私覚えてたんだよ。ヒロくんも覚えてくれてたんだね」
ケーキ屋になりたいっていう夢の話を言ってるんだろうか?
「そりゃな。リンのケーキは美味しいからな。もっと上手になって俺に毎日食いたいって言わせてくれ」
「まい……にち?」
何かリンの頭から湯気のようなものが出ているような気がするほど顔が赤くなっている。
「リン?」
「ん…ううん。なんでもないよ。それじゃまた明日ね、ヒロくん」
「あ、ああ。また明日な」
リンは逃げるように去っていった。何かおかしなことを言っただろうか?と考えてみるが思い当たるものはない。
「まぁいっか」
俺は今日の晩飯、入るかなぁとチーズケーキで少し膨れたお腹をさすりながら家の中に入った。
リンさんの部屋
毎日一緒だよ。毎日ずっとずっとずっと一緒に居てほしいってそう言ってくれたのヒロくんがそう言ってくれたの。嬉しいよ。嬉しいよ。本当に嬉しいよ。私のことずっと嫌いなのかもって思ってたけどそんなことなかったんだね。ヒロくんのことを誤解してたよ。ロリコンみたいなこと言ってたのもきっと違うんだよね。照れ隠しだったんだよね。毎日、一緒にいたら私ヒロくんのことずっとずっと見ていられるんだよね。ヒロくんが喋るところもヒロくんが笑うところもヒロくんが悲しむところもヒロくんが泣くところもヒロくんが照れてるところもヒロくんがヒロくんがヒロくんが……あ、鼻血吹かなきゃ。
でも、あの子。ミリアっていったっけ。あの子どうしてずっと”あのまま時のまま”なのかな?もう10年は経ってるはずなのに、あの時のままだったよ。私だって大きくなったのに、まだ小さいままなのにあの子はどうしてずっとあのままなのかな?他人だったのかな?でも、違うよね。あの子はあの子のままだったもん。あの子の声を忘れたりなんてしないもん。おかしいよね。ヒロくんに近づかないように言わなくちゃ。あの子、きっと良くないよ。ヒロくんに何かあったらいけないもの。
運動しないのにスポーツドリンク飲むのってあんまりよくなかったりするんでしょうか?栄養配分的に。なんてんことを思いながらスポーツドリンクを飲んだ時のすっきり感が病みつきになっている今日この頃です。