DAY 3'
なんかこう書きたくなったので書きましたが、コメディーっぽくないので、それじゃ読みたくないという人は飛ばしてください。
特に今後の展開にかかわってくるようなことはありませんです。
僕らははじめ、一つの存在だった。
それが二つに別れ、やがて四つに別れて、数え切れないほどの存在になった。
かつては一つの存在だったそれは別れるごとに別々の経験を経て、個性を持つようになった。
個性を持った存在は理性を持ち、欲望を持つ、アンバランスなものになった。
最初の一つの存在が持っていたものは自身の拡張という欲望しかなかったが、数え切れないほどに増えた個性に哀しみを知る。
自身の子とも言うべき存在の欲望の少なさに哀しみ、そして自身の拡張が進まない苛立ちに、個性を持った一つ一つの子らに欲望の因子を植え付けようと考えはじめた。
尽きることのない自身の拡張という欲望に満足するその日を目指して――
その日もいつも通りの日でした。天崎くんを迎えに行って、リンさんと合流して学校に行って、天崎くんが馬鹿みたいなことを言っていたけれど、それだっていつものことだったんです。
私はこの日常がいつまでも続いていくと思っていました。天崎くんは変態ですが、だからと言って人に危害を加えるような人じゃないし、馬鹿みたいなことを彼が言って、私がそれに突っ込みを入れて、リンさんが彼を慰めようとして……。疲れてしまいますが、でもそれでも楽しい日常でした。
その日常を壊したのは天崎くんの一言からはじまりました。
「まさか?まだ早いと思っていたんだがな。思ったよりも時間はなかったようだ……。リン!行くぞ。”アイツ”が動きはじめた。」
「もう……これまでなんだね。ヒロくん、私、もっとこの生活を続けていきたかったよ……」
「泣くな、リン。分かっていたことだろう。俺だってこの生活をもっと続けていきたかったさ。でもな、もう終わりなんだ。そして、この楽しさを知ったからこそ守りたいと思えるんじゃないか?」
天崎くんが真面目な顔をして、リンさんを慰めています。私には何が起こっているのかわかりませんでした。
「天崎くん、どうしたんですか?」
私はそう聞きましたが、天崎くんは何も言わずにただ私の方を見て眩しそうに目を細めて笑顔を見せるだけでした。
「リンさん、何があったんですか?」
天崎くんが何も話してくれないので、私はリンさんに聞きました。
リンさんは口を開きかけて、私に何か告げようとしましたが、ぎゅっと手を握り、顔を背けてしまいました。
不安になりました。
”アイツ”というのは何なのか私には分かりませんが、何か重大なことが起こっているということは私にも分かります。でも、二人は何も話をしてくれないんです。今まで馬鹿話をして笑いあっていたのに、私だけ除け者になってしまったような気がしました。
「若葉。悪いな。俺達は必ず帰ってくる。だから……だから信じて待っていてくれないか?」
「ずるいです。そんなこと言われたらもう私、何も聞けなくなってしまうじゃないですか!」
「悪いな」
天崎くんは笑顔で私の頭を撫でてきました。いつもだったらすぐに払い落とすはずなのに、今日の私には何も出来ませんでした。
「ヒロくん、そろそろ……」
リンさんが私と天崎くんを見て悲しそうな顔をしてそう言いました。
「ああ、分かってる」
天崎くんの手が頭から離れた瞬間、私はあっと声をあげてしまいました。名残惜しくてその手を掴もうとしたのですが、私の手は天崎くんの手をすり抜けてしまいました。
「すまない。帰ってきたらまたあの喫茶店に行こう。そして、いつもみたいに若葉が俺のロリコンを治してやるって言ってくれよ」
「若葉ちゃん、ごめんね。私……たくさんたくさん、若葉ちゃんから素敵なものをもらったよ。温かくて、熱くて……それで、そえで……」
リンさんは涙を流して、嗚咽で上手く話しが出来なくなっていました。
私も同じようなものでした。
何も分からなくても、これが最後のお別れになる。そんな予感がしていました。
「若葉」
「若葉ちゃん」
二人が私を見ています。
「二人とも……わたし、わたし……」
何かを言わなければとそう思ってもなかなか良い言葉が思いつかず、ただ私は口を開けたり閉じたりを繰り返していました。
「またな、俺達の親友!」
天崎くんがそう言った途端に、二人はまるで最初からそこに居なかったように消えてしまいました。
「待って!待ってよ……どうして私を一人きりにするの……」
私はその場に崩れ落ちてしまいました。
立ち上がる気力もなくて、二人が居た空間をただただ見つめていました。
何秒、何分、何時間たったでしょうか?
突然空に光が走りました。
「な、なに?」
私は光の方を向きました。校庭に、今までは存在しなかった大きな何かがあります。
それは球状をした緑色の物体で、上部に花のようなものが咲いているようでした。
私は直感的にそれが天崎くんの言っていた”アイツ”だと思いました。
何故なのかは分かりません。でも、きっとそうなんだと確信しました。
世界の終わり
そんな言葉が頭の中に浮かびました。
私は恐怖で、驚愕で、ごちゃまぜになった感情を制御できなくなって叫びたくなりましたが、必死に耐えました。
ここで声を出してしまったら、もしかしたら気づかれてしまうかもしれない。
そう思って必死に耐えていました。
ですが、そんな私のささやかな抵抗をあざ笑うかのように、緑色の物体から触手がまるで私のことが最初から分かっていたように伸びてきました。
「っ……」
この先にある衝撃に耐えようと目を瞑り、頭を抱えて蹲ります。
こんなことをしても無駄なことは分かっていました。
でも、私にはそれに耐えていることしか出来ません。
私は何も出来ずにただ蹲っていることしか出来ない高校生でしかないんです。
またな
天崎くんの言葉が浮かんできました。私はもう二人には会えないかもしれない。
次の瞬間、耳を劈くような爆発音が聞こえました。
耳鳴りがして、周囲の音がくぐもって聞こえる。恐怖に目を開けることも出来ずに、ただ手探りの感覚で右手で左腕を思い切りつねっていました。
私はまだ生きています。運が良かったのでしょうか?
目を開けて周囲を見るとそこには、先ほどの植物の小さいものが浮かんでいました。丸い形で気持ちの悪いそれは、大きな植物の触手からまるで私のことを守るように目の前に陣取っていました。
最初に思い浮かんだのは疑問。そして気づいた時に全身に鳥肌が立って。そして否定した。否定したかった。涙が止まらず溢れてきて止まらなくなりました。
今までの彼との記憶、声、表情、仕草があふれ出てきます。
「天崎くん……なんですか?」
私はそう呟いていました。
「天崎くんなんでしょ!」
私はそう叫んでいました。
気持ちの悪い植物は私の言葉に答えるようにこの世のものとは思えない鳴き声のようなものをあげます。
私にはその声が、彼の声が「お前のことは守ってやる」とそう言っているように感じました。
その声を聞いてこんな意味の分からない状況なのに、私の不安は消えていました。
彼が守ってくれるんだったら大丈夫だと安心していました。
少し余裕の出来た私は大きな植物の方を見て驚きました。彼と同じもう一つの小さな植物が懸命に大きな植物に体当たりをしていました。
何度も、何度もそうしていました。
大きな植物は傷を負ってうめき声をあげていましたが、小さな植物も無事ではありません。
私は思わず叫びました。
「もう止めてリンさん!そんなことをしたら、そんなことをしたらリンさんが……」
途中で私の言葉は止められてしまいました。
私の頭の上に彼の……手ともいえない緑色のそれが頭の上にゆっくりと伸びてきました。
あの時、彼が消える前に私の頭を撫でた時と同じように温もりを感じました。
ただ、私は悲しくて、どうにもならないことなのだろうかと必死に頭の中から一番の解答を見つけ出そうとしました。
勉強してきたこと、本を読んで貯め込んだ知識、生きてきて経験してきた全てを費やして元の日常に戻ることが出来る道を探しました。
でも、見つけることが出来ないんです。たった一つさえも答えを見つけることが出来ません。
「天崎くん……。私、どうしたらいいの?」
彼は何も答えてはくれませんでした。
私の声が、もしかしたら届いていないのかもしれません。
彼女はどれだけ自分の体に傷がついても大きな植物に体当たりをすることをやめません。
私には何も出来ない。
絶望が私の体のすべてを埋め尽くそうとしますが、頭の上の彼の”手”の温もりが私を守ってくれていました。 縋るように、私はその”手”を握りしめました。
大きくて、両手でも掴み切れない彼の”手”はそっと私の頭の上から離れていきます。
「いかないで……」
それでも彼は私から離れていってしまいます。
「お願いです……」
私の両手では彼を止めることは出来ませんでした。
彼は泣いていました。
嘆いていました。
私には聞き取れない鳴き声をあげて、遠吠えのように声を上げて、私から離れていきました。
私には見ていることしかできません。
「絶対……帰ってきて下さい……」
嗚咽まじりの私の声は小さくて、彼には届くとは思えませんでしたが、そう願うことしか私には出来ません。
彼はまるで私の声に応えたかのように、一際大きく鳴いて、大きな植物へと向かっていきました。
そして、大きな植物に取りつくと、めいっぱい”腕”を伸ばして、大きな植物を羽交い絞めにしました。
それを待っていたかのように彼女も大きな植物へと取りつきました。
嫌な予感。とても嫌な予感がしました。
「一緒に喫茶店に行くんですよね……あなた達が居ないと、私は……私は……」
いつの間にか二人が掛け替えのない存在になっていたことを思い知りました。
彼の腕が千切れ飛びました。
彼女の花が大きな植物にもがれました。
それでも二人は放しません。
「ああ……ぁぁぁ……」
私は走りました。
彼らと最後まで一緒にいたかったから、彼らとずっと一緒にいたかったから。
「う……」
目が覚めても何が起こったのかわかりませんでした。自分がいつ気を失ってしまったのか分からなくて、ただぼーっと周囲を見回していました。
瓦礫ばかりが散乱していて、よくも私は助かったものだなとまるで他人事のように考えていました。
ふと、私は自分の体が影の中にあることに気づきました。
”運良く”何かが私の盾になってくれたようでした。
ゆっくりと無造作に顔をあげました。ただ、私を守ってくれた存在を見ておこうと単純に思っただけでした。
そこには私を包み込むように覆っている大きな葉っぱがありました。
彼と彼女が私を守ってくれた。
それだけは分かりました。
泣きそうになるのを必死にこらえて私は立ち上がりました。そして欠けていた葉っぱの一部を拾い上げました。
「ありがとう。でも、でも、私これから一人でやっていけるのかな……」
誰も私の言葉を聞いてくれる人はいません。
「あなたたちが居ない世界で、ちゃんとやっていけるのかな……」
私の言葉は誰にも届くことはありません。
ふと、私は手にした葉っぱの欠片に目をやるとそこに何か文字のようなものが記されているのに気づきました。
涙でぼやけた視界を確保するために汚れていることも気にせずに腕で目を擦って記されている文字をしっかりと目にしました。
そうそこにはこう書かれていました。
幼女最高!!
若葉さんの部屋
「なんでですか!」
「そこはもっと感動的にさよならとかそういうことを言うところじゃないんですか!」
「なんで天崎くんはいつもそうなんですか!」
「あれ?もしかして……夢ですか?」
顔がかぁっと熱くなってきました。なんて夢を見ているんでしょう。
夢はあまり見ない方だというのに、よりにもよってこんな夢を見るなんてどうかしています。
「天崎くんのせいですよ……」
おでこに手を当てると顔が熱くなっているのがよく分かりました。
少し外の空気を吸いたいと思って立ち上がるとその拍子に何かがベッドの下に落ちました。
「なんでしょう?」
まだ暗いのでよく見えません。ベッドから降りて手さぐりで落ちたものを探します。
「んっと……ありました」
拾い上げてみるとそれは一枚の葉っぱでした。
私の部屋には植物を置いていないので不思議に思いましたが、帰ってくるときに服につけていたのかもしれません。
落ち着くために窓を少しだけ開けてベッドに戻って腰を下ろし、電気スタンドの明かりをつけて、大きなためいきをつきました。
明かりに葉っぱを掲げると光に透けて葉脈が見えます。
「あ……れ?」
何か違和感を感じました。ただの葉脈ではるはずなのに何か文字のように見えました。
「よ……う……じ……よ……さ……い……こ……う?」
こんな馬鹿なことあるはずありません。
「まだ私、夢を見てるんでしょうか……」
私はそのまま背中からベッドに倒れ込んで気絶するように眠ってしまいました。
翌朝起きた時、昨日見かけた葉っぱは部屋のどこを探しても見つけることは出来ませんでした。