DAY 10
俺は突然自由を失った。そして、今はどこかも分からない場所にいる。突然とは言ってもそれを行った人間のことは分かっている。幼馴染のリンだ。目が覚めた時に一度来たが、学校に行くのか出ていってしまった。
手足は縛られていて自由はない。こんな状況なのにトイレはどうしたらいいんだと考える俺の頭はまだ少しおかしい。少し頭痛がしているが耐えられないほどでは無かった。
明かりがついていて、中の状況は分かる。倉庫のような場所で、段ボール箱が置いてあるぐらいだ。だが、リンの家にはこんな倉庫のような場所は無かったはずだ。駐車スペース兼庭はあるが、倉庫などは見たことがない。リンの家ではないということは確かだ。だが、俺はあの時リンの家にいた。それから移動したというのだろうか?どうやってという疑問を一番最初に思い浮かべる。もしかして、協力者がいるのかもしれない。
だが、その前に考えなければいけないのは今のこの状況をどうにか打開して、外に出なければいけないということだ。場所がどうというのはこの鎖をどうにかしてからにすれば良い。
思い切り出て引っ張ってみるが効果はない。ただ痛いだけで何の進展もない。既にお手上げだ。
誰かが助けに来てくれないかなと思う。そこで一番最初に浮かんだのがリンだった。いや、犯人そいつだからダメだろ俺と冷静に突っ込んで、落ち込む。
リンがこういう風になってしまったのは俺のせいなんだろうか?俺がはっきりしないせいでこんな風になってしまったんだろうか?監禁されるなんて思ってもみなかった。いや、考えたことはあったが、現実にそれが起こるなんていうことは万に一つも無いと思っていた。そうじゃないな。0だと思っていたわけじゃない。少しは可能性があると思っていなければそんな発想が出てくるはずがない。
これは俺にとっては予想出来たことなんだろう。でも、その対策まで考えるほど危機感を感じていたかといえば無いと言える。信用もあったし、それ以上に自分自身の日常が崩れるという予想をしなければいけないほど、危機感を感じる生活を送っていたわけじゃない。
どうしてと考えても意味がないのかもしれないな。結局俺はリンの気持ちなんて分からないし、リンがどういう風に行動するかなんていうのは今まで蓄積された経験から導き出すしかない。
でも、考えてみれば、もしかしたらここにはミリアちゃんが閉じ込められることになっていたのかもしれない。そう考えれば俺がこうしているというのは良かったのかもしれない。
最後に見た写真のことを思い出す。あの写真に写っていた俺とリンとそして、今と変わらない姿のミリアちゃん。加工して作ったとは思えなかった。ミリアちゃんはあの姿のまま昔から今までずっと生きてきたんだろうか?
そう考えて、永遠の幼女じゃないか最高だね。という言葉が頭に浮かぶ俺はどうかしてるな。はは。まぁでも、そういう風に楽しいことを考えられるっていうのは良いことじゃないか。人によっては逃げだというかもしれないが、結局のところ真剣に考えていてもどうしようもないことだってあるんだ。
叫んだら誰か来てくれるだろうかと思ったが、物音一つしない中で叫んでも意味がないだろう。だから、まずは音がするまで待っていようと思う。やるべきことは決まった俺に出来るのはそれぐらいだ。
俺はその時を待ってただじっと他の事を考える。リンはきっと若葉には俺のことを知らないというだろう。若葉は心配するだろうな。ミリアちゃんはどうだろうか?あの子は良く分からないな。お袋や親父は警察に通報したかもしれないな。いや、どうだろう。俺は昔から奇行が目立つお子様だったから、心配はしていてもまだ何もしていない可能性もある。
時間が経つのが遅いな。何も出来ないというのは結構つらいものがある。さっきから同じ姿勢のままだ。声は出せし歌ってみるか、なんて考えはしてもそういう気分でもない。
明かりがあるから暗いわけじゃない。周りの物を見て気晴らしでもしよう。段ボールがある。終わった。ここにはほかに俺ぐらいしかない。これで気晴らしが出来るなんて人間はいないだろうさ。
1、2、3、4、5……。
白い場所にいた。床も白い。目の前も白い。ふわふわの床の上をただ歩く。ここは夢の中だろう。前にもこんな夢を見た気がする。周りには誰もいない。俺しかいない。現実の俺と変わらないな。夢の中にも夢がないとは、かなり凹んでるらしいな。
「ねぇ、ヒーくん。今どこにいるの?」
何も無いと思っていた場所にミリアちゃんが居た。いつも通りに可愛いな。しかしまぁ、どこに居るのという質問をされてもな。
「夢の中かな?」
「そうじゃないの!今ヒーくんがどこにいるのか聞いてるの。目を覚ました時にいる貴方のいる場所のことよ」
変なことを聞いてくる夢だ。それが分かったとして何になるというんだろうか。助けに来てくれるんだろうか?まぁ、どちらにしても意味がない。
「分からないな。倉庫のような場所だ。段ボールが一つある。まぁそれぐらいだ」
ミリアちゃんは「倉庫……」とそう呟いて考えるような顔をする。
「それよりも、ミリアちゃん。君が無事で良かったよ。ごめんね。でも、リンを責めないでやってくれないか。あれは、俺のせいなんだ」
ミリアちゃんは俺の言葉に睨むような目を向けた。
「ヒーくんのせい?違うわよ。あの子が勝手にやったことなのになんでヒーくんが悪くなるの?」
両手をばっとしたに下ろして俺を睨みながらそう言ってくる。目は俺を見ているというよりもリンを見ているんだろう。
「いや、あいつは悪くないんだ。俺がはっきりしなかったから、アイツの気持ちに応えてやらなかったからそれであいつがこんな風になっちまったんだよ。だから俺が悪い」
「違うわよ!何言ってるの。それを言うんだったら私のせいよ!」
ミリアちゃんはその可愛い唇を噛んで血が滲んでいるように見える。
「そういえば、写真を見たよ。昔、俺とミリアちゃんはあったことがあるんだってね。ごめんね。俺は忘れてるみたいだ。でも、リンはそれを覚えていたみたいでさ。リンはミリアちゃんに俺をとられてしまうと思ったみたいで、それで……」
「知ってるわ」
「……」
ミリアちゃんは申し訳なさそうな顔をする。どう返していいものやら。忘れていた俺の方が悪いんじゃないかと思うんだけどな。
「忘れていてごめんね」
ミリアちゃんは悲しそうな顔をした。やっぱり忘れていたことが悲しいんだろう。まぁ、これは夢だから現実に戻ったらもう一度謝らなくちゃいけないな。
「私は人間じゃないの」
「そうなんだ」
「あの子……リンは私のことを化け物と言っていたけど、それは間違いじゃないのよ」
「……」
「私は人間を操ることが出来て、だから私はヒロくんに約束させたの」
「……」
「前にも話んだけど、きっともう忘れているのよね」
「ああ」
「私はずっと変わらずに小さな私のことを好きでいて欲しいってそう願ったの」
「そうなんだ」
「嫌われたくなかったの。ずっと好きでいてほしかった。本当だったら傍にずっと居たかったけど、でも、私はずっとこのままだから、同じ場所に居るわけにはいかないの」
「……」
「だから、あの日約束してもらったの。あの時ヒーくんだって私と別れたく無いって言ったのよ」
「……ミリアちゃん泣かないで」
「ごめんなさい。私が悪いのに泣いちゃうなんて卑怯よね。ヒーくんは優しいものね。ごめんなさい」
「……」
「でも、もう大丈夫。私にはヒーくんの魔法があるものね!」
「え?」
「ヒーくんの魔法で私はもう大人になれるんだもの!そんな約束必要ないわよね!」
妙な汗が噴き出してきた。これはやばい。かなりやばい。早めに誤解をとかなければいけない事態じゃないだろうか?
「ちょ、ちょっと待ってくれミリアちゃん」
「何?」
「あー。その魔法なんだが、実は嘘なんだ」
「は?」
「だからその、俺が魔法使いとかそういう話は全くの嘘なんだよ」
「へ?でも、私のリボン……」
「いや、まぁはじめから俺持ってたし」
「……」
「ミリアちゃん?」
「ヒーくんの馬鹿!!!」
突然視界が歪む、歪んでそして――――――
目を覚ました。時間は何時ぐらいだろうか、時計が無いから確認出来ない。何か夢を見ていたような気がするのだが、内容が思い出せない。その時に何かヤッチャッタ!的なことをやっちゃってた気がしたんが、思い出せない。まぁ思い出せないんだから仕方ないだろう。
状況は何も変わっていない。外は物音一つしない。ということはたぶん道路沿いには無いんだろう。倉庫の壁がいくら厚いと言っても外の音が聞こえないなんていうことはないはずだ……たぶん。
今頃リンは何をしているんだろうか?早く帰ってこないかな。と考えて、俺はリンに依存し始めているのではないかと思い、不安になる。結局どうしようもないと諦めて、リンとずっとここで過ごすことにするのか?……そんなのは嫌だ。そんなに好きでもない学校にそんなに好きでもない町並み。でも、そこには自由があった。やりたいことが出来たし、思いついた時に大抵のことは出来た。その自由がこれからずっと無くなるかもしれないのにそれでいいのか?答えは否だ。このままで良いはずがない。
考えているとゴンゴンと何かを叩くような音がした。
「助けてくれ!」
思い切り声を出すと音は消える。
「誰かいるなら助けてくれ!閉じ込められてるんだ!」
思い切り声を張り上げる。聞こえているんだろうか?
「聞こえているならもう一度叩いてくれ!」
そこでゴンともう一度あちらから叩く音が鳴った。これで助かる。俺はそう安堵した。
そして、”扉の鍵が外されて”引きずるような音で開かれた。
「うふふふふふ……あはは…あははは!あははははは……」
そこにはコンビニのビニール袋を持ったリンが可笑しそうにお腹を抱えて立っていた。
「ヒ、ヒロくん面白いよ。そんな冗談……なに言って……あはは。もう笑わせないでよ」
全然面白くない。面白いわけがない。
「私だよ。わ た し。リンだよ」
知ってるよ。だからなんだ。
「それなのに助けてなんて。私にそんなこと言ってどうするの?」
うるさい。
「ヒロくんってば。本当に救いようがないほど馬鹿だよね」
……。
「でも、私そんなヒロくんのことが好きなの。ちょっと抜けてるっていうのかな。鈍感っていうのかもしれないけど、そういうところが好きかな。それに優しいもん」
「もうやめてくれ……」
「やめないよ。これからずっと一緒なんだから、やめない。ヒロくんのことずっと私は好き。大好き」
「俺はリンのことが分からないよ」
「別に分からなくてもいいよ。でも、私はヒロくんのことが好きだっていうことは知っておいてね。こんなことをするのもヒロくんが好きだからだよ。ね?だから一緒にご飯食べよ。コンビニのご飯でごめんね。家にはお母さんが居るから作ってたら怪しまれちゃうかもしれないでしょ。だからコンビニで買ってきたの」
「食べたくない」
「食べないと死んじゃうよ?」
「このままずっとここに居るぐらいなら死んだ方がましだ」
「あはっ。ヒロくん恰好いいね。私、そういうところも好きだよ」
話が通じない。いつものリンじゃない。いや、これがリンだったのかもしれない。俺は表層だけを見てリンだと思っていたのかもしれない。途端にこの場に二人きりで居るということが怖くなる。今までリンを怖いだなんて思ったことは無かったのに。
「そういえば、若葉ちゃんがヒロくんのこと心配してたよ」
「……」
「それに私のことも心配してたの。大丈夫ですか?寂しくないですか?って。おかしいよね。あはは。私はずっとヒロくんと一緒にいるんだから寂しいわけないじゃない?それなのに私のことずっと心配してるの。あはは……。若葉ちゃんには悪いことしちゃったなぁ。でも、しょうがないよね。私はヒロくんと一緒にずっと居たいんだもん。こうしてなきゃヒロくんはきっとあの化け物と一緒にどこかに行っちゃう。ヒロくんが居なくなったら私死んじゃうよ。ヒロくんとずっと一緒に居たいの。居たいの!」
リンは叫んで俺のことをまるで敵を見るような目で睨む。
俺は怯んでしまったが、同時に気づく。こうして自分の思い通りになっているというのに、リンには余裕が感じられない。俺を鎖で繋いで閉じ込めたというのに、まだ何か不安なことがあるというんだろうか?
もしかしたら俺がここを逃げた出してしまうかもしれないから?それとも若葉やミリアちゃんが俺のことを助けに来るとでも思っているんだろうか?
どちらも可能性が無いわけじゃないのか?いや、考えてみれば、さっきみたいに俺が叫んで誰かに気づいてもらえれば助けてもらえる可能性はあるか。
……そうじゃないな。悪いことをしたんだ。だからこそ落ち着かないんだろう。そんなの考えてみれば当たり前のことだったな。
そう考えればまだ、リンには戻れる余地があるのかもしれない。なんとかできないだろうか?
「リン。聞いてくれるか?」
「なに、ヒロくん?」
「リンは俺をここに閉じ込めてどうしたいんだ?」
「何言ってるの?そんなのヒロくんとずっと一緒にいるために決まってるじゃない」
「他には?」
「私はヒロくんが一緒にいてくれたらそれでいいの。他には何もいらないよ」
「そうか、じゃあ一緒にいてやるよ」
「……ありがとう?」
訝しげな目をして俺を見ている。信用していないな。まぁそうだろうさ、酷いことをしたと思ってるんだ。俺が納得出来ていると思っていないんだ。それってつまりは精神的にはそんなにおかしくなっているわけじゃないってことなんじゃないのか?そういう振りをしているっていうことなんじゃないのか?
「それで一つお願いがあるんだが……」
「絶対に鎖は外さないよ」
「それじゃトイレどうしたらいいんだ?」
リンは俺の方を睨みつけながら少しだけ顔が赤くなっている。何を想像してるんだか。
「トイレに行きたくなった時に垂れ流しするなんて嫌だぞ。それに風呂にも入れないってのはどうなんだ?」
「そ、そんなの私が体拭いてあげるし、トイレも……その……」
リンは俯いて小声で何かを言う。
「ん?なんだ。はっきり言ってくれないとわからないぞ?」
「わ、私がヒロくんの下のお世話をしてあげるから大丈夫だよ!」
リンは真っ赤な顔で俺の方を睨みつけた。
「ふーん。分かった。それじゃ、俺今トイレに行きたいんだけど、どうにかしてくれないか?」
「え?」
リンは目を見開いて、びっくりとした顔をして、それから目を泳がせて、何かを探そうとしている。
「……リン」
「な、なに?」
「……俺、もう本当に我慢出来そうにないんだ……。早くしてくれないか?」
リンは再び周りを見渡して、そしてコンビニのビニール袋の前で目を止めて、しばらくそれをじっと見つめていた。
「リン……」
「わ、わかった」
リンはビニール袋を手に掴んで、それから俺の方にいそいそと走ってきて、そして再び止まる。
「リン?」
「……どうしたら、いいの?」
困ったような顔で、顔を真っ赤にしながら俺の方を見てくる。
「……」
こんな時だというのに嗜虐的な気持ちが生まれてくるのは男の性というものなんだろうな
「ヒロくん?」
「なぁリン。そんなことも分からないのか?俺と一緒にいたいんだったら、こうして俺を鎖で縛りつけておきたいんだったら、ちゃんとしてくれないと困る」
呆れたようにそういう俺に、リンは俺のズボンに手を伸ばそうとして……そこで動きが止まる。
「リン、もう漏れそうだ」
「え?あ、うぅ……」
リンは泣きそうな顔をして、それから意を決したように俺のズボンへと手を伸ばす。
「待った」
びくりと震えてリンはその動作を止めた。まぁこのままやられてしまったらこの手段が使えなくなるからな。一度きりのチャンスなわけだし。でも、ここからは賭けになる。リンを納得させることが出来るかどうかだ。思い出せ、リンだったらどうなるのかを考えればいい。
「ごめんな。やっぱりこんなことをリンにはさせられないよ」
「そ、そんなことないよ。大丈夫だよ」
「でも、リン。本当は嫌なんだろう?」
「嫌じゃないよ。恥ずかしいだけだもん。ちゃんと出来るよ」
「リン……優しいな」
リンは困った顔で俺の目をじっと見つめる。俺は言葉を止めるつもりはない。
「俺のわがままをいつもリンは聞いてくれてたんだよな。それなのに、俺はいつもリンに迷惑ばかりかけていて、ごめんな」
「……そんなことないよ。私はヒロくんのこと迷惑だなんて思ったことない」
「いや、そんなことはないよ。いつもリンは俺のことを考えていてくれたのに、それなのに俺はリンの気持ちをちっとも考えてあげられなくて……本当にごめん」
「ヒロくん……」
「こんな風に俺をここに閉じ込めたのも、俺のことを考えてくれてたんだよな。俺はそれに気づかなくて、リンに酷いこと言っちまったよな。すまん」
「ヒロくん、そんなことないよ。それは……最初はヒロくん、どうしてわかってくれないんだろうって思ったけど、ヒロくんが悪いんだってそう思ったけど、違うの。あの子が悪いの。だから私があの子のことなんとかするからね。そうしたらまたいつもみたいに戻れるよ。だから、大丈夫だよ、ヒロくん。ヒロくんのことは私が守ってあげるからね」
「っ……」
優しい笑顔。そして決意を秘めた瞳。たぶん、これがリンの本音なんだろう。俺のためか。結局、今こうしているのは俺のせい。心が折れそうになる。
「リン。分かってる。俺はリンのこと信じてるからな」
言うのか?本当にいいのか?俺はリンを騙したことになる。それでもいいのか?そう考えるが、今の事態をどうにかするにはこうするしかない。
「リン。今まで待たせてごめんな。俺、今気づいたよ。自分の気持ちに。俺はリンのことが好きだ」
リンは俺の目をじっとみつめたままで、無表情のままで瞳から涙を溢れさせて、そして顔をくしゃくしゃにして、上を向いて子供のようにわんわんと泣き始める。
余程嬉しかったんだろう。俺はそのリンの姿を見守ることしか出来ない。俺は俺自身がここから抜け出すためだけにリンに好きだと言っただけなんだ。最低なやつだろう。最低だろう。本当に好きかどうかも分からないのに好きだなんていう俺は地獄に落ちるだろうさ。
でもな、でも、俺はここでじっとしているわけにはいかないんだよ。これはリンのためでもあるんだ。ここで俺が普通に戻って、両親に、学校に俺が怒られるだけで済むならその方がいい。
もしも、リンがミリアちゃんに何かをしてしまったら?
俺はリンのことを今まで通りのリンとして見ることが出来なくなってしまうだろう。
もしも、リンが俺を監禁しているとばれてしまったら?
リンはもうこの社会の中で居場所はなくなってしまうだろう。
「リン。泣かないでくれ。俺はいつでもリンの傍にいるよ」
「ヒロく……ん……」
目は真っ赤でくしゃくしゃの顔で、それでも俺の方を見ようとするリンに俺は申し訳ないという気持ちしか浮かばない。だから、俺はリンのため、ミリアちゃんのためだとそんなことは後から考えればいいと押し付ける。
「なぁ、リン。ミリアちゃんのことどうして俺に話してくれなかったんだ?」
「それは……話してもヒロくんは信じてくれるとは思ってなかった……から……」
「俺はリンの言葉を信じるよ。好きな人のことを信じられないわけないじゃないか」
「ヒロくん……」
リンはまた涙を溢れさせる。こうもスラスラと言葉が出てくるなんて、どうしたんだろうと自分自身でも驚いているが、それを表情に出すことはない。もう大丈夫だろうか?もういいだろうか?タイミングが肝心だ。間違えば気づかれて、今までの事がすべて嘘だとばれてしまう。
「リン。ミリアちゃんを俺と一緒に追い出そう」
「え?」
「俺はリンが心配なんだ。俺一人でもミリアちゃんには叶わない。リンが一人の時にリンにもしものことがあったら、俺は悲しいよ……」
ミリアちゃんがリンに何かをするなんて考えてもいない。それにリンが見せてくれた写真に関しても半信半疑だ。でも、今この状況をどうにかするにはこれしかない。もしかしたら、他にも何か良い方法があるのかもしれないが、俺には思いつかないんだから仕方ない。
「でも、私だってヒロくんに何かあったら……悲しい。前にもあったんだよ。前もずっとヒロくんが目を覚まさなかった時、私、何も出来なかった。何かしてあげたかったのに、私には何もできなかったから、だから今度は私がヒロくんのことちゃんと守るの」
「リン。俺だって悲しいんだ。リンに何かあったら、もしも目を覚まさなかったら、その時に俺はただここに、リンに守られてここに居るだけだったら、きっともう俺はリンの傍には居られない」
「やだよ。私、ヒロくんにずっと傍に居てほしい」
「だったら、一緒に行こう」
リンは俺の目をじっと見る。その目は真っ赤な目をしているが、泣いてはいない。俺の気持ちを確かめているようだった。だから俺はその目を受け止めなければいけない。目を逸らしたりはしない。
「……分かった」
リンはそういって鍵を取り出し、鎖を外し始める。まだ、俺は緊張を解いてはいない。気を抜けば、やっぱり私一人で行くと、リンが言うかもしれない。
だが、その考えは杞憂だったようで、リンは俺の鎖をすべて外した。
「ごめんなさい……」
リンのその言葉は俺の心を抉る。リンをこういう行動に急き立ててしまったのは俺のせいなんだ。それにこうしてリンの好意を利用して、ここを脱出して、きっとリンとは違う俺にとっての最善策を取るつもりなのだから。
「謝るなよ、リン」
そう言ってリンの頭を撫でてやるのが俺には精一杯だった。
??????
若葉に聞いて、私はヒーくんが行方不明になっていることを知った。誰にも連絡をしていないらしい。リンも知らないと言っていたようだ。
でも、私は若葉から聞いたリンの言葉を信用していない。リンは私が見つけられないようにヒーくんを隠したのかもしれないと思った。
そして私はヒーくんを探した。運良く、ヒーくんは眠っていて、彼の意識を見付けることが出来た。でも、そこで私は知ってしまった。
ヒーくんは魔法使いじゃなかった。私は本気で信じていた。ヒーくんには魔法が使えるんだと思った。だって、私みたいな化け物がいるんだから、魔法使いだっているかもしれないってそう思えた。
だけど、それは嘘で、私はやっぱり化け物のままでずっと居なくちゃいけない。
絶望した。大人になれないこともそうだけれど、それ以上にヒーくんに嘘をつかれたことに。だからすぐにヒーくんを私の空間から追い出してしまった。いや、私が逃げ出したんだ。
ベッドの中でしばらく不貞腐れていた。でも、ヒーくんに悪気があったわけじゃないということに気づく。私がお願いしたからだ。ヒーくんだって困ったに違いない。私が言わなければヒーくんはあんなことしなかっただろう。
ベッドから降りて、脱ぎ散らかしてある服を足で蹴飛ばし、クローゼットから新しい服を取り出し、すぐに着替えてから外に出る。
倉庫だけだったら見つけられるわけがない。でも、私にはどの方角かということまでは分かっている。だからその方向に歩いていけばいい。そんなに遠くにあるはずはない。あまり遠すぎたら私の力は働かない。
そして、私は見つけた。貸出しているコンテナ倉庫だった。見た限りでは人はほとんど居なかった。ここだろうと思う。はっきりは分からない。もう一度ヒーくんの意識を探してみたけれど、出来なかった。眠っていないからだろう。
ともかく、一つ一つ調べていく。耳を当てて、中で物音がしないかどうか調べていく。
そして、私は見付けた。
リンの声とヒーくんの声。やっぱりリンがヒーくんを隠していたんだ。すぐに出て行こうかと思ったけれど、私一人だとどうしようもない。
本当はだれにも頼りたくないのだけれど、仕方がない。誰かを操ってここを開けてもらおうと考えていた。
そんな風に考えている間にも中の声を聞いていた。中の状況がどうなっているのか知りたかったからだ。
ヒーくんに何かあってはいけないし、私だって怪我をするのはごめんだ。だからずっと聞き耳を立てていた。
そして、私はヒーくんがリンに好きだと言っているのを聞いた。そして、私を一緒に追い出そうと言うのも聞いてしまった。
ああ、私は何を期待していたんだろう。化け物の私と人間が一緒に楽しく過ごすなんていうことがありえないということを知っていたはずだったのに、どうして期待してしまったんだろう。
怒りはなかった。悲しみも無かった。ただ空虚だけがあった。昔から私の中にあった小さな虚無は残っていた大好きだった男の子の思い出を刹那に同じ色に塗り潰して私の心の色を塗り替える。
その色は私の体も蝕むらしい。足の先から、指の先から私の色は虚無に染まっていく。私は消えてしまうらしい。化け物はやっぱり化け物だったらしい。自分のことさえ良く知らなかった私にはそんな考えしか思い浮かばない。
もう残すところは顔と胸だけになってしまった。これで終わりと思うと無感動なはずの私には安堵の気持ちが溢れて来る。
まだ感情が残っていたからだろうか、叫び声が聞こえて、私はそちらをふと見つめてしまった。
叫び声の主を私は知っていた。でも、知っているだけで私にとってどういう人物だったのか思い出せない。
その人物は手を伸ばして、私に何かを叫んでいた。
一粒だけ私の瞳から涙が落ちる。
その涙の落ちる先を無感動に眺めてからもう一度叫び声の主の顔を見る。一つだけ思い出した。私はその人物に会った時に”笑顔”を見せる。
どうしてかは分からない。でも、きっと私だったらそうしている。だから私は半分虚無に染まった顔で”笑顔”を浮かべた。
これが私が知っている。私の最期になった。




