二
室内は、見慣れた遊郭の一室であるかのように
艶やかな屏風、そして装飾が凝った壁にどこからともなく三味の音が聞こえた。
何故か和洋折衷整った室内に驚きながらも不安感を抱いていた絹は、通された部屋の隅に座らされて、正面にだらりと寝そべった美しい男を見つめた。
側にいた少女達はいそいそと男の側に駆け寄ると、そのだらしなく寝転がった男に侍った。
絹は思わず眉を寄せた。
「いらっしゃいませ、ようこそ夢亭へいらっしゃいました」
男は穏やかな声で告げながら少女の頭を撫で、お構い無しにその陶器のように滑らかな頬を舐めて接吻する。その様は絹が見てきた卑しい男達からすればとてもいやらしく、美しかった。
絹はそれ以上顔色を変えず、ただ黙って男を眺める。
男は少女の着物をそっと解きながらくすくすと笑った。
「貴女様のようなお美しいお客は初めてですね。」
「…そりゃあ、どうも」
「くく、私も…たまに遊郭通いしてるんですがねえ…貴女のような方は初めてです」
「ここは一体何処なんだい?妙な真似してアタシをどうしようってんだ」
「特に何も。貴女様はあくまで、お客様ですから、私が客ではありませんのでね」
少女の着物を解いた男、戒樹はその白いうなじに顔を埋めた。
絹はそんな戒樹を軽蔑した眼差しで見つめていたが、やがて胸元から扇子を取り出して
ぴしゃりと戒樹の手を叩いた。
「アタシが客だっていうなら、アンタの態度はなってないね。」
「おや、これは失敬致しました」
戒樹は起き上がると、改めて絹に向き合った。
絹は自分の店に取り入れたいほど端整な男の顔をまじまじ眺めた。
戒樹はしばらく笑顔でいたが、やがて袖口で口元を覆ってまるで恥ずかしがるように首を振った。
「そんなにじっと見つめないで下さいませ、美人に見つめられるのは慣れませんので」
「…アンタ、何の商売してんだい?」
「わたくしめは、貴女様の心から望む願い事、夢を叶えて差し上げる代わりに、あるものを頂いております」
「あるもの?」
「ろうそく…を一本だけ。それだけ頂ければ叶えて差し上げましょう、貴女様の夢を…」
絹は胡散臭げにくつくつ笑う戒樹を見つめた。しかし、胸には遊郭で生きていく為、永遠の美しさを求める己が、すがり付いてしまうように訴えていた。
絹は静かに尋ねる。
「それは、病気にだって罹らなくなるのかい?この美貌が、ずっと続くってのかい?」
「それは心の底からの願い次第でございます。そう望まれるのであれば、どれだけでも欲を張った望みでも叶えて差し上げましょう」
戒樹は反対側で解かれた着物を直していた堰に声を掛けた。
堰は崩れた着物もそのままに、さっと立ち上がると部屋の奥へ一旦姿を消して戻ってきた。
そしてその手に握られていた黄金のランプを手渡すとすぐにまた着物を直して正座する。
「こちらに、もし貴女様が本当に私を必要としたならばろうそくを刺してくださいまし」
「………。」
「それでは、ご契約、お待ちしております」
戒樹が深々と頭を下げた瞬間、猛烈な眠気に苛まれた絹は、ぼやける頭でしっかりと手にランプが握られていることに気がついた。
そうだ、何か言わなくては、そう考えていると、絹の口からようやくこの一言が発しられた。
「耐えなね」
それを聞いた堰と海は顔を見合わせ、眠りについた絹に恭しく礼をするのだった。