橋の下で拾われたらしい。
私は橋の下で拾われたらしい。
夜中のリビングは、扉一枚隔てているだけなのに遠く感じられた。トイレへ行く道すがら、父と母の声を聞いて立ち止まったのだ。父はいつものように口数が多く、それでいて、妙に現実的な話ばかりしていた。目が覚めたのはほんの偶然だったろうが、何か運命的な導きとも思われた。
「宮内橋は今日も補修工事中か。あのことを光宇宙には言うべきか……いや、いつかはあそこに連れてって、ちゃんと伝えなきゃならんが」
母は答えた。
「まだ高校生だし、早いでしょう。光宇宙にはもう少し時間が必要よ」
言葉の端々に、私の存在についての秘密が隠されていることはわかった。しかし、両親は感情を伴わず、まるで行政報告を読んでいるかのように淡々としていた。
結局、トイレへは行かずに寝室へ戻ってきた。私は布団の中で、今日までの違和感を反芻した。兄の名前は一郎、弟は進二。なぜ自分だけ「光宇宙」という宇宙規模の名前なのか。七五三の時、神主は私を二度見した。家族アルバムの赤ん坊の私の写真だけ、どこか画質と背景が違っていた。親戚も私の名前を呼ぶとき、毎回二度聞き返した。
違和感は感情の揺れではなく、もどかしい論理のズレとして積み上がっていた。そうして、私は一つの結論に達した。自分は橋の下で拾われた存在なのだと。
その瞬間、私は橋の構造を思い浮かべた。上を人が渡る。下には水が流れる。その間で拾われるとは、私が人間と水の間の存在であることを意味するのかもしれない。橋も水も、何かを渡し、受け取るものだ。どうやら私はバゲージ――渡される存在だったらしい。
次第に夜明けが近づき、空が薄紫色に染まっていく。ふと、私はこっそり布団を抜け出し、橋へ向かうことにした。便利な言葉だが、何かに背を押される気がしたのだ。心臓は特段高鳴らなかった。嫌に冷静で、それが嫌に歯がゆかった。
橋に着くと、案の定、工事用の柵が立ちはだかっていた。「宮内橋」は私の存在を拒むようだった。けれど不思議と落胆はなく、私は橋脚をじっと見つめた。朝日に照らされ、金属が微かに光を反射する。霧が河川敷を漂い、川面に細かい波紋を描く。その淡々とした景色には普遍性が感じられた。きっと橋が私を抱いていた日も、こんな風景が見てとれたはずだ。
河川敷から橋の下に降りていくと、私は自分の存在を想像した。水面に反射された、無数の波のような光に浮かぶ、赤ん坊の私。無言の両親が見守る中、空気が揺れ、世界は淡く震えたのだろう。
……そうか。
光る宇宙みたいだ。
やがて、家へ戻る時間になった。朝の光が窓を満たし、母は卵を焼き、父は新聞をめくっていた。兄と弟はまだ寝ている。私はテーブルに座り、黙って味噌汁を受け取った。
光宇宙という名前の存在は、原点の橋を超え、日常に取り込まれていた。違和感は完全には消えない。しかし、重要なことは、自ら橋に行って確かめたことだ。自分が拾われたその瞬間、その場所。そう考えれば、全ては整う。
私は味噌汁を口に運びながら思った。私は橋ではなく、味噌汁を渡ることにしたのだと。
そして日常は何事もなかったかのように流れた。牛乳が冷蔵庫で揺れる音、箸が皿に触れる微かな金属音。世界は些細な音に満ち、私の存在もまた、その音に溶け込んでいる。
橋の下で拾われたという事実は、私の中で静かに輝き、しかし決して主張しすぎることはなかった。私は光宇宙として、家族の間に、朝の食卓の端に、今も浮かび続けている。




