上流(遊水地からの流れは速く)
長い和尚との会話を終え、叔父の家に帰る途中、叔父はいきなり家電量販店に立ち寄った。「叔父は少し待ってろ。」と言って店内へと入っていった。15分くらいすると戻ってきて細長い段ボールをもって入った。「お前にとっては大きなお世話かもしれねぇが...俺の気持ちだ」と言って再び車動かした。叔父の家について恐る恐る開けて見ると出てきたのは電子ピアノであった。
「これって...」
「あぁ、姉貴が一昔使っていた鍵盤と似たような型の電子ピアノだ。これでピアノの練習ができるな。」「お父さん。ありがとう。でもここアパートだよ。」
「....申し訳ないけど練習するときはイヤホンつけながらでよろしく..」
叔父は少し照れくさそうにして語っていた。
試しに電子ピアノを弾いてみるとイメージとは異なっていた。自分なりに手回しオルガンで流れた曲(BWV645)を弾いてみたがどの鍵盤を押せば良いのか全く分からなかった。さらに、ぎこちない響きが、私の両耳に流れていた。まるで、あの世にいる母が「軽い気持ちで音楽をやるんじゃない」と私に叱っているようにも聞こえた。
当時の気持ちをどう表現すれば良いのだろうか?曖昧な記憶の中で表現できる言葉があるとすれば「悔しい」でしょうか?どちらにせよ。鍵盤に夢中になり、叔父に「おっ、そんなに気に入ってくれたのか嬉しいな。ご飯できたから食べるぞ。」と言われた。私はその時、人生で初めて「夢中になること」を知った。
それからと言うもの私は音楽に夢中になり始めた。相変わらずピアノは弾けないままであったが、母が好きであったクラシック音楽を聴くようになった。そのためか?頭の中で不思議とオーケストラの音色が響くようになった。
当時、クラシック音楽にハマっていることは皆に隠していた。しかし、社会の授業でそのことがバレてしまった。世界史の授業である時、ドイツの3B政策について教師から問われたことがある。最初に刺された人はふざけて「バンドマン、美容師、バーテンダー」と答えた。先生は「おい、おい、お前スマホの見過ぎだぞ!」と言われて少し怒られていた。その人は私の前に座っていたため順番で私に回ってきた。
自信を持って私は「ヨハン・セバスティアン・バッハ、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、ヨハネス・ブラームスです。」と回答した。その時、決め顔をしていたので少し、場がしらけた。先生は「たっ、確かに全員ドイツにゆかりのある作曲家の3Bですが、不正解です。」と先生は私の圧に震えながら言った。
結局正解は「ベルリン、ビザンティウム、バグダッド」の3Bであった。普段陰キャである私が急に目をキラキラさせて誤った回答を話したことはクラス中に広まった。