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流亡した聖職者と捨てられた少女  作者: 藹仁
堕落した聖職者と呪われた少女
31/32

31.酔いどれの反差

ミレイアの酒量は……というより、まったく飲めないに等しい。


たった一口飲んだだけで、彼女の頬は潮が満ちるように赤く染まり、耳の先まで異常なほどの紅潮が広がっていく。まるで酒気にすっかり包まれたかのように見え、普段の冷静で無表情な眼差しも、次第にぼんやりと霞んでいくようだった。


「お、おい、ミレイア、大丈夫か?」


カスタは、彼女の顔色が一気に赤くなるのを見て焦り、思わず身を乗り出した。その表情には明らかな動揺が浮かんでいる。「お前、もう酔ってるだろ? それ以上飲むなって!」


「そうよ、ミレイア。このお酒、牛乳じゃないのよ? 今のあなた、どう見ても普通じゃないわよ?」

リヴィアンも手を伸ばし、彼女の手から酒杯を取り上げようとする。だが、その声にはどこか好奇心が混ざっていた。彼女は、ミレイアの酔った姿がどのように変化するのか、密かに観察しているようだった。


しかし――ミレイアはまったく意に介さず、むしろ眉をひそめ、口元をわずかに歪めながら、はっきりとした不機嫌な表情を見せる。まるで「余計なお世話だ」と言わんばかりに。


「……うるさい。」

かすかにぼやいた彼女は、酒気を帯びたままゆっくりと顔を上げた。その視線が、テーブルに座る全員を順に舐めるように動く。そして――


ついに、ひとりの人物でぴたりと止まる。

すると、ミレイアはどこかふわふわした口調で、まるで結論を出すように言い放った。


「……カスタ、お前は大バカ者だ。」


「はぁっ?!」

カスタの目が一気に見開かれ、飲んでいた酒を喉に詰まらせそうになり、激しく咳き込む。なんとか落ち着きを取り戻したものの、呆然とした表情でミレイアを見つめる。


「お、俺、何かしたか?!」


「うるさい。」


その言葉は淡々としていたが、嫌悪感と明らかな苛立ちが滲んでいた。


ミレイアは不機嫌そうに軽く鼻を鳴らし、腕を組みながら椅子の背もたれに寄りかかった。まるで自分の存在を椅子の中に埋めてしまいたいかのように。そして、気だるげに頭を揺らし、長い髪がふわりと揺れ、ほのかに酒の匂いが漂った。


「いつもくだらないことばっかり言ってるし……それに、私の戦術にいちいちケチをつける……。」

彼女はぼんやりとした声で不満をこぼし、さらにぼそっと付け加える。「……あと、お前の射撃、そんなに正確か?」


「ま、待て待て! それと俺の射撃になんの関係があるんだ?!」

カスタは混乱したように目を見開き、話の流れについていけない様子で叫んだ。「酔っ払ってるのか、それとも根に持ってるのか?!」


「根に持ってる。」


ミレイアは何の迷いもなく即答し、少し睨むような目つきでカスタを見据えた。その瞳には、ほんのりとした酔いの色が宿りつつも、どこか揺るぎない「確信」があった。


カスタはショックを受けたように口元を引きつらせ、そのまま椅子の背もたれに深くもたれかかる。そして、まるで人生の敗北者のような表情で、ぽつりと呟いた。


「……お前、ずっと前からそれ言いたかっただろ?」


「うん。」


ミレイアは何の迷いもなく、静かに頷いた。その真剣さは、まるで重要な事実を述べるかのようだった。


この瞬間、カスタは完全に沈黙した。口を半開きにしたまま、何か反論しようとする素振りを見せるが、結局諦めたように唇を閉じる。そして、やりきれない表情を浮かべながら、ゆっくりと深いため息をついた。


――一体、俺は何をやらかしたんだ……?

隣で様子を見ていたリヴィアンは、くすっと笑いながら、興味深そうな視線をミレイアへと向けた。まるでこの酔いによる"本音大会"を楽しんでいるかのように、その目には揶揄と好奇心が滲んでいた。


だが、ミレイアはまだ終わらない。

彼女の少し霞んだ視線は、ゆっくりと動き、今度はリヴィアンの方へと向けられた。


「……それと、リヴィアン……お前はいつも、人を心配させる。」


リヴィアンの微笑みが、一瞬止まった。

どうやら自分に話が及ぶとは思っていなかったらしく、意外そうに瞬きをする。


それでも彼女はすぐに平静を取り戻し、手元のグラスを軽く揺らしながら、中の酒をゆったりと回す。そして、そのまま一口飲み、相変わらずの落ち着いた口調で応じた。


「まあ、それは光栄なことなのかしら?」


「違う。」


ミレイアは眉をひそめ、いつもよりわずかに苛立ちを滲ませた声で言い返す。

酒のせいで頬はさらに赤みを増していたが、それでも彼女の言葉は妙に明瞭で、どこか押し殺した不満が感じられた。


「何もかも自分で決めて……全部、心に隠して……。」

「そういうの、かっこいいと思ってるのかもしれないけど……正直、すごく腹が立つ。」


リヴィアンの笑顔が、今度こそほんのわずかに揺らぐ。

それはいつもの茶化すような表情ではなく、彼女にとっては珍しく、ほんの一瞬だけ虚を突かれたような反応だった。


彼女は瞬きをして、少し首を傾げながら、探るような声で言った。


「……まあ、ミレイア。もしかして、私に怒ってるの?」


「怒ってない。」

ミレイアはむすっとしたまま、目の前のグラスを見つめる。

指先でグラスの縁をなぞるように動かしながら、ぽつりとこぼした。


「ただ……お前のそういうところ、すごく面倒くさい。」


その言葉に、リヴィアンはほんの一瞬黙り込んだ。

彼女の口元にはまだ微笑が残っていたが、その瞳の奥には、わずかに言葉にできない感情が揺れていた。


「……ふふ、珍しいわね。」

彼女は静かにそう呟き、まるで何かを考えるように、もう一度ゆっくりとグラスを傾けた。


そして、それ以上は何も言わなかった。

そして、その瞬間——


ミレイアの酔いでぼんやりとした視線が、俺の方へと向けられた。


「……それから、お前。」


——嫌な予感がする。


「ロイ、お前って本当にタチの悪い男だな。」


「……」


その瞬間、食卓の空気が一変した。


カスタとリヴィアンは揃って「これは面白くなってきた」という表情を浮かべ、ルティシアは驚いたようにミレイアを見つめている。まるで、彼女が俺に向かってそんなことを言うとは思ってもいなかったかのように。


「ただの旅仲間だって言ってるけどさ、本当か? どこに行くにもルティシアのことばっかり気にかけてるし、まるで普通の旅仲間とは思えないんだけど?」


「……」


俺は一瞬、何も言えなくなった。


なぜなら——それはまぎれもない事実だからだ。


「ぷははははっ!!!」


カスタが腹を抱えて笑い出し、テーブルを叩きながら大爆笑している。


「タチの悪い男! いやぁ、これはピッタリな表現だな!」


リヴィアンも満足そうにワイングラスを傾け、くすくすと笑みを浮かべながら楽しんでいる。


「ふふっ、これはなかなか興味深い評価ですねぇ、ロイ殿?」


俺はかつてない危機に陥った。


この状況、どうやって切り抜ける? 俺たちは本当に旅仲間なだけだと説明すべきか? だが、確かに俺は無意識のうちにルティシアを気にかけて行動していた。


否定すること自体が、逆に怪しく思われそうだ。


「……酔ってるだけだろ。」


最終的に、俺はただそう呟くことしかできなかった。

しかし、ミレイアは止まらない。


今度はゆっくりとルティシアの方へ視線を向け、酔いで少しぼやけながらも、その目は鋭く光っていた。


「……そして、お前。」


「え? わ、私?」


突如として話を振られたルティシアは驚きに目を見開き、手に持っていたミルクのカップを危うく落としそうになった。しかし、何とか持ち直したものの、液体がわずかに揺れる。


「お前、無理しすぎ。」


その一言には、先ほどまでの酔っ払いの戯言とは違う、はっきりとした非難の色が含まれていた。


「具合が悪くても、何か思ってても、全部隠して何も言わない。もう旅に出て一ヶ月近く経つのに、一度だってちゃんと感情を出したことなんてないだろ。」


ルティシアは口を開きかけたが、すぐに言葉を詰まらせた。


何かを否定しようとしたはずなのに、その目は揺らぎ、普段の冷静な表情には明らかな戸惑いが浮かんでいた。


「そ……そんなことは……ない……」


慌てたように首を横に振るが、その声には自信がなく、スカートの裾をぎゅっと握りしめる指先が、その動揺を物語っていた。


「そう、それよ。」


ミレイアは低い声でそう呟きながら、肘をテーブルにつき、じっとルティシアを見据える。


「そうやって、本当の気持ちを言わないのが、一番よくない。」

ミレイアは深く息を吸い込むと、自分の胸元を見下ろし、そっと手を当てた。


そして、一瞬の沈黙の後――


幽かな声で、ぼそりとつぶやいた。


「……それにしても、なんでお前はそんなにスタイルがいいんだ? 私はこんなに……ぺたんこなのに……」


――テーブル全体が、一瞬で静まり返った。


まるで周囲の音がすべて消え去ったかのように、食堂のざわめきも、食器が触れ合う音も、さらには揺れるロウソクの炎すらも、まるで凍りついたかのような沈黙に包まれる。


「……は?」


カスタは何度か瞬きを繰り返し、聞き間違いではないかとばかりに耳を軽く擦った。


「え……?」


ルティシアは、一瞬にして顔を真っ赤に染めた。いや、顔だけではない。首筋から耳の先まで、見る見るうちに紅潮し、まるで酒に当てられたかのように体をわずかに後ろへ引く。


「えっと……そ、それは……生まれつきの……もの、じゃないのか?」


カスタが恐る恐る口を開き、慎重な言葉選びでフォローを試みる。


「はぁ? じゃあなんで私はこんなにぺたんこなんだ?!」


ミレイアは声を荒げ、心底納得できない様子で、もう一度自分の胸を触る。そして、すぐさまルティシアへと視線を向け、その差を確かめるかのようにじっくりと見比べた。


――その瞬間、彼女の表情はさらに複雑なものへと変化する。


「……納得いかん……」


「……いや、うーん……」


カスタは言葉を詰まらせ、視線を宙に彷徨わせる。どう答えても地雷を踏む気しかしない。

「胸のことなんだけど――」


リヴィアンは柔らかな口調で、混乱した雰囲気を和らげようとした。


しかし——


酔ったミレイアの行動は、誰もが予想を超えるものだった。


次の瞬間、彼女は勢いよくリヴィアンの方へ向き直り——


ためらいもなく、両手で彼女の胸をがっちりと掴んだ。


「こんなにあるくせに、私の気持ちが分かるわけないでしょ!?」


リヴィアン:「……!?!?」


――場の空気が、一瞬で凍りついた。


リヴィアンの瞳が激しく揺れ、まるで思考が吹き飛んだかのように硬直する。


そして次の瞬間――


瞳孔が大きく開き、驚愕と混乱が一気に押し寄せたように、彼女の顔がみるみる赤く染まっていった。紅潮は首元まで広がり、表情は完全に崩壊寸前。


口を開きかけるも、声が出ない。何かを言おうとするが、脳が処理しきれないのか、言葉にならない。


「え……えええええええええええええっ!?」


リヴィアンの声が、ありえないほどの高音を発した。


「ミ、ミレイア!? ちょっ……ちょっと待って!? な、なにやってるの!?」


普段の優雅な彼女の姿はどこにもなく、羞恥と動揺に満ちた表情で、信じられないものを見るようにミレイアを凝視した。

ミレイアはまるで当然のような顔をして、酔っ払ったままぱちりと瞬きをした。その口調はどこか悪戯っぽく、軽く笑みを浮かべながら言う。


「どうしたの? いつも自信満々じゃなかった? さぁさぁ、大きい胸の感想を聞かせてよ?」


そう言いながら、彼女の手は遠慮なくふわりと動き、いくつか確かめるように揉んでみせる。その様子はまるで未知なる領域を探求する学者のように真剣で、研究熱心な目つきをしていた。


「ひゃっ……!」


リヴィアンの顔は一瞬で真っ赤になり、熱が首筋まで伝わり、鎖骨までもほんのりと朱に染まる。彼女の体はわずかに震え、最初は驚いて逃れようとしたものの、声には羞恥と戸惑いが滲んでいた。しかし——


「ミ、ミレイア……こんなの……だめ……っ!」


次第に声が甘く掠れ、呼吸は乱れ始め、抗議の力も弱まっていく。


そんな混乱の最中、私の視線は自然とルティシアの方へと向いた。


彼女の瞳はわずかに見開かれ、手に持ったミルクのカップをぎゅっと握りしめている。その指はほんのりと震え、カップの縁がわずかに揺れた。背もたれに身を押し付けるように小さく縮こまり、落ち着かない様子で視線をさまよわせるが、最後には俯いてカップの縁を唇に寄せた。まるで、何かを誤魔化そうとしているかのように。


しかし、彼女の動きはぎこちなく、普段の優雅さとはかけ離れていた。耳の先までほんのりと染まり、その不自然さは誰の目にも明らかだった。


そんな中、再びミレイアの酔った声が響く。


「ん〜? でもさ、リヴィアンの反応、なんか変じゃない?」


彼女はまばたきをしながら、ふとした違和感を覚えたのか、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべる。そして——


「……もしかして、弱点発見?」


そう言うなり、手を動かしてさらに数回、確かめるように揉む。


「……っ!? ひゃ……や、やめ……!」


リヴィアンの声がひときわ甘く響き、体がビクンと跳ねる。


——正直、これはもう止めるべきだろうか?


しかし、どう言葉を挟むべきか考えるより先に、ルティシアの手がほんのわずかに動いたのが見えた。


指先がカップをぎゅっと握り直し、耳まで真っ赤に染まったまま、じっと視線を落としている。


——……うん、ルティシアが一番大変そうだ。

「そ、そこはダメぇ……!」


リヴィアンの瞳がかすかに揺れ、声には明らかな恥じらいが滲んでいた。震えるような語調は、まるで自分でも制御できない戸惑いをそのまま漏らしてしまっているかのようだった。


「ひゃ……!」


小さく悲鳴を上げ、顔を真っ赤に染めながら、リヴィアンは反射的に身を捩る。しかし、ミレイアの力は想像以上に強く、簡単には振りほどけなかった。


「は、放して……!」


彼女は必死に手を押し返そうとするものの、力加減を知らない酔っ払いにはまるで通じない。後ずさるたびに肩が震え、まるで逃げ場を失った小動物のように追い詰められていく。


一方で、ミレイアはそんなことは気にも留めず、酒に酔ったまま呑気にぼやく。


「うーん……やっぱり重いねぇ……」


ただの感想のつもりなのか、彼女の言葉には悪気はない。それどころか、納得したように頷きながら、さらに「研究結果」を確認しようとする始末だった。


「そ、そんなこと言わなくていいのっ……!」


リヴィアンは羞恥に耐えられず、声を絞り出す。


頬は赤く染まり、呼吸は乱れ、何より長い耳が力なく垂れ下がるその様子は、彼女がすでに限界に達していることを物語っていた。


……これは、いったい何の場面なんだ?


思わず視線を横へ逸らすと、そこには露緹希亞がいた。


彼女はというと、手に持ったミルクのカップに顔を埋めるようにし、肩を小さくすくめている。その指はカップをぎゅっと握りしめ、かすかに震えていた。


耳まで真っ赤に染まり、湯気が立ちそうなほどの熱気が伝わってくる。


……いや、待て。これはもう完全に「過熱状態」では?


まるで蒸発しそうな勢いで縮こまっている彼女の様子を見ていると、こちらまで変な気分になりそうだった。


……この茶番、そろそろ止めるべきだろうか?


「も、もうやめてぇええっ!!」


ついにリヴィアンが限界に達し、涙目で叫びながらミレイアを押し返そうとする。


しかし、酔っ払いの力は妙に強く、まったく振りほどけない。


「や、やめろぉ……!」


椅子の上で必死にもがきながら、まるで怯えた小動物のように耳をピクピクと動かしているリヴィアン。


もはや、どちらが加害者でどちらが被害者なのかすら分からない状況だった。

俺とカスタは、その場に立ち尽くしながら、目の前の理解を超えた混沌にただ呆然としていた。


「えーっと……」


カスタが乾いた咳を一つ漏らしながら、必死に視線を逸らそうとする。しかし、どうしてもチラチラとリヴィアンの方へと目が引かれてしまい、表情は非常に微妙だった。


「この光景……俺、見てていいのか?」


「……俺たち、止めるべきか?」


俺もまた、複雑な気持ちで問いかける。理性では介入すべきだと理解しているものの、この状況でどう止めればいいのか、まったく想像がつかない。


「止めるべきだろ……!」


カスタは口元を引きつらせながらも、わずかにためらいが滲む。


「でも正直、近づくのがちょっと怖い……」


俺たちは互いに顔を見合わせ、「どうやって止めるんだ?」と目で会話する。


俺は思わずため息をついた。このままでは、この騒ぎが終わる前に、露緹希亞が羞恥のあまり意識を飛ばしかねない。


彼女はすでに顔をカップに埋め、全身をこわばらせながら小刻みに震えていた。耳まで真っ赤になり、今にも蒸気が噴き出しそうな勢いだ。


これはもう、限界が近い……!


そう思ったその瞬間、ますます空気が混沌としそうになったその刹那——


「……っ?」


ミレイアがぴたりと動きを止めた。


さっきまで酔っ払って陽気に動いていた彼女が、突然、まるで何かに操られたかのように静止する。


そして、その目は……


まるで魂が抜けたように、虚ろだった。

そして、ミレイアの身体がふらりと傾いた。


まるで突然、すべての力を奪われたかのように——何の前触れもなく、そのまま崩れ落ちた。


「えっ——ちょっ!?」


リヴィアンが気づいた時にはすでに遅く、彼女の手が届く前に、ミレイアは椅子の上へと倒れ込んだ。


ぽふん——


彼女の頭がクッションに沈み込み、腕も足もだらりと脱力する。


……寝た?


「……」


一瞬前まで大騒ぎだった食卓が、一転して静まり返る。


誰もがミレイアを見つめ、事態を飲み込めないまま言葉を失った。


俺もまた、椅子にぐったりと横たわる彼女を見下ろしながら、複雑な気分を抱えていた。


これは……騒動の終焉なのか? それとも、ただの幕間に過ぎないのか?


リヴィアンも困惑しながらしばらく呆然としていたが、やがて、ふと自分の状態に気づく。


彼女の頬に再び熱が昇り、瞳が戸惑いに揺れた。


そして、慌てて視線をそらしながら、乱れた衣襟をぎゅっと手で押さえる。


指先は白くなるほど強く布を握りしめ、かすかに震えていた。


「……っ」


そっと息を吐き、平静を装おうとしているが、その仕草すらどこか危うい。


「……」


そんな彼女の様子に、さすがのカスタも気まずそうに視線を逸らす。


普段なら茶化す彼ですら、この場ではさすがに慎重にならざるを得ないらしい。


一方で——


俺もまた、聖職者としての自制心が、試される瞬間だった。


「……」


いや、何も考えるな。冷静になれ。


「と、とりあえず……」


カスタがわざとらしく咳払いをしながら、硬い声で言う。


「俺、ミレイアを部屋まで運んでくるわ。このままじゃ、床に落ちそうだし……」


「……俺は何も見なかったことにする。」


極力平静を装いながら、そう返した。


俺の言葉に、リヴィアンの肩がびくりと震える。


そして、そっと俺の方を窺うように目を向けると、その視線にはどこか警戒の色が滲んでいた。


……大丈夫だ。俺は聖職者だ。


何も見ていないし、何も聞いていない。


……たぶん

少しして、リヴィアンはようやく落ち着いたのか、肩の力を抜いた。


だが、それでも完全に平静を取り戻したわけではなく、口元をわずかに噛みながら、どこか所在なさげに視線をさまよわせる。


明らかに俺とは目を合わせないようにしているのが、見て取れた。


「……はぁ、もう……」


最後に小さく息をつき、まるで自分に呆れたように呟く。


その声には、ほんのりとした照れが滲んでいた。


一方、カスタはというと、特に気にした様子もなく、ぐったりとしたミレイアをひょいっと担ぎ上げる。


その動きは妙に慣れたもので、どうやらこの状況に対しては何度か経験があるらしい。


「とりあえず、こいつを部屋に運んでくるわ。」


そう言いながら、ふとリヴィアンの方へ視線を向ける。


「お前も来るか? それとも……まだクールダウンが必要か?」


「……後で様子を見に行くわ。」


リヴィアンは服の襟をそっと引き寄せながら、わずかに震える声で答えた。


まだ完全には落ち着いていないのだろうが、どうにか平静を装おうとしているのが伝わる。


「了解、じゃあ先に行く。」


そう言って、カスタはミレイアを肩に担いだまま、軽やかに歩き出した。


そして彼が去った後、テーブルの周囲にはようやく静寂が戻る。


……もっとも、まだどこか微妙な空気が漂っていたが。

――しかし。


俺の視線は、無意識のうちにルティシアへと向いていた。


先ほどの騒ぎをどう収めるべきか考えていたが、ふと気づく。


彼女の様子が……どこかおかしい。


視線を落とし、指先でカップの縁をそっとなぞっている。


その動作はまるで、自分を落ち着かせようとしているかのように、慎重で静かだった。


さっきの慌てふためいた姿に比べれば、いくらか平静を取り戻しているように見える。


……しかし、耳の赤みはまだ残り、指先のかすかな震えが、彼女の内心を物語っていた。


表情は努めて淡々と装っているものの、ほんのわずかに肩がこわばっている。


そして、異様なほど正しい姿勢で座っていた。


――彼女が、まだ混乱の余韻に囚われている証拠だった。


そのとき、彼女の睫毛がかすかに揺れる。


俺の視線に気づいたのか、ルティシアは一瞬、ためらうように動きを止めた。


それから、躊躇いがちに、ゆっくりと顔を上げる。


目が合った。


その瞬間――


彼女は完全に固まった。


瞳がわずかに見開かれ、まるで雷に打たれたかのように、さっきまでの平静が一気に崩れ去る。


頬に浮かんでいた赤みが、一気に耳まで広がり、首筋まで染め上げていく。


姿勢がぎこちなくなり、呼吸がわずかに乱れる。


だが――俺を困惑させたのは、その次の瞬間だった。


ルティシアは、まるで警戒信号を受け取ったかのように、すっと両手を持ち上げた。


それを胸元に添え、肘を軽く内側へと引き寄せる。


――守るような姿勢。


しかし、どこか不確かで、「本当にこの動作をすべきか?」と迷っているような仕草だった。


……待て。


この反応、何かおかしくないか?


頭の中で、さっきまでの出来事を急速に振り返る。


何か、俺の行動に誤解を生むような要素があったか?


――いや。


いやいやいや。


このポーズ、この表情、この明らかに身構えた防御態勢――


まさか……ミレイアと同じことをされるとでも思ってるのか!?


「ち、違う!」


慌てて否定しようとした、しかし――


「わ、わたし、先に部屋に戻る……!」


ルティシアは何かを決意したように、一気に立ち上がる。


披風をぎゅっと握りしめ、そのまま勢いよく駆け出した。


振り返ることもなく、一直線に自室へと消えていく。


「……」


俺はただ、彼女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。


言い訳する間もなく、すべての可能性を断たれた。


俺は、彼女の目には、一体どんな存在に映っているんだ!?

——這一天,到底是怎麼變成這樣的?

ChatGPT 說:

その時、傍らで成り行きを見守っていたリヴィアンが、ゆっくりと瞬きをした。


そして——


ふっと、どこか微妙な笑みを浮かべる。


「……ふふっ。」


控えめな笑い声がこぼれ、その瞳には、どこか意地悪な光が宿っていた。


「ロイ様、今のルティシア様の様子……」


「……もしかして、何かしました?」


「何もしてない!」


即座に反論するも、リヴィアンの笑みはますます深まるばかりだった。


「まあ、それは残念ですね。」


そう言いながら、彼女はそっと額に手を添え、優雅な仕草で微笑む。


「とはいえ、そろそろ私もミレイアの様子を見に行きますので……ロイ様、どうぞ良い夜を。」


くすくすと楽しげな笑みを残し、彼女は軽やかな足取りでその場を後にした。


——そして。


最後に残ったのは、俺ひとり。


テーブルには、半分ほど残った酒杯が、ぽつんと取り残されている。


俺はそれをじっと見つめ、そして——


深く、長い溜息をついた。


額に手を当て、目を閉じる。


——一体、どうしてこんなことになった?


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