30.聖都
聖都・聖者教会
広々とした聖堂の中、夜の帳が静かに降りる。
いくつかの常夜灯が仄暗い光を投げかけ、大理石の床に淡い輝きを落としていた。
彩色ガラスは昼間の輝きを失い、辺り一面には静寂と厳粛な空気が漂っている。
時折、燭火が揺らめき、壁に淡い影を映し出すのみだった。
エロウェンは堂の中央に立ち、手にしたばかりの報告書を強く握りしめていた。
その眉間には深い皺が寄り、表情は異常なほど険しい。
——「アイキンソン」と名乗った異端審問官。
表面上、彼には何の不審な点もなかった。
振る舞い、装備、聖具の扱い、そのすべてが本物の審問官と寸分違わぬものだった。
しかし、あの時感じた違和感だけは、どうしても拭い去ることができなかった。
そこで彼女は、聖都へ戻るや否や、すぐさま関係者に調査を依頼した。
そして、彼女の手元に届いたこの報告——
そこに記された内容を目にした瞬間、胸の奥に鋭い戦慄が走った。
「……そんなはずはない……」
指先が微かに震える。
目は、報告書の記述に釘付けになったまま動かない。
——検問所で「アイキンソン」として通過した男の三日前、
審問官の一団がグラントの郊外で襲撃を受け、全員死亡。
その中の一人。
「アイキンソン」 は、すでに「死亡」が確認されている審問官だった。
エロウェンの呼吸が、一瞬止まった。
彼女の脳裏で、最悪の可能性が浮かび上がる。
——もし、あの「アイキンソン」が偽者だったのなら?
彼は、一体誰なのか?
なぜ、わざわざ審問官を殺し、その身分を騙る必要があったのか?
記憶を遡るうち、彼女の脳裏に一つの名前がよぎる。
「アイキンソン」——
彼女は、どこかでこの名を聞いたことがある。
いや、間違いなく、知っている名前だ。
そして、その瞬間——
彼女の全身が凍りついた。
「アイキンソン」は、かつて「背信者」ケントソン・ロドムスに仕えていた審問官の一人——!
血の気が引いた。
背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
もし、もしもこの推測が正しいのなら——
彼女は自らの手で、「極めて危険な異端者」を見逃してしまったことになる。
それどころか、審問官殺害の首謀者を、聖都の監視の目から逃してしまった可能性すらある——!
エロウェンは息を深く吸い込み、震える手を強く握りしめた。
混乱する思考を整理し、心を無理やり落ち着かせる。
——この件は、ただちに上層部に報告しなければならない。
エロウェンが踵を返し、足早に動き出そうとしたその瞬間——
背後から、聞き慣れた声が静かに響いた。
「……エロウェン様。珍しく、平静を欠いているようですね。」
その言葉に、彼女は僅かに動きを止め、振り返る。
そこには、聖堂の扉の前に佇む金髪の聖職者の姿があった。
彼は眼鏡の位置をわずかに直しながら、いつものように冷静な表情でこちらへ歩み寄る——
ヴィセアン。
純白の聖職者の法衣を纏い、飾り気のないその姿は、他の聖職者たちと何ら変わりない。
だが、彼には他の聖職者とは決定的に異なる点がある。
それは——
信仰に染まらない瞳。
敬虔な信者が持つべき神聖さもなければ、畏れもない。
ただ、機械的に職務を遂行するかのような冷徹な雰囲気が漂っていた。
感情を表に出さない男。
それがヴィセアンという人物だった。
そんな彼が、静かに眼鏡を押し上げながら口を開く。
「エロウェン様。ご機嫌斜めのようですが?」
その淡々とした声音には、皮肉の色はない。
ただの観察者としての冷静な指摘——
エロウェンは、心のざわめきを押し殺し、抑揚のない声で返す。
「……少し、情報整理に手間取っていただけよ。」
すると、ヴィセアンは瞬きを一つし、軽く首を傾げた。
「なるほど。しかし、それだけではないのでしょう?」
彼の視線が、エロウェンの手に握られた報告書へと向けられる。
その鋭い目の動きからは、すでに彼が状況の異常を察していることが窺えた。
「何があったのです?」
彼の問いは、あくまで平静。
だが、その奥には確かな探求の意志が滲んでいた。
エロウェンは、短い沈黙の後、低く息を吐き出し——
「……私は、国境検問で“危険人物”を逃した可能性がある。」
そう言いながら、彼女は報告書をヴィセアンへと手渡した。
ヴィセアンは受け取ると、指先で紙を捲り、流れるように内容へと目を走らせる。
その読み方は速く、だが決して雑ではない。
慎重に、しかし無駄なく情報を把握していく。
そして——
ある一文を目にした瞬間、彼の指先が一瞬、ぴたりと止まった。
瞳が僅かに収縮し——
しかし、その変化はほんの一瞬のもので、すぐに元の冷静な表情へと戻る。
「……」
眼鏡を押し上げながら、彼は静かに言葉を継いだ。
「その者と共に行動していた者は?」
エロウェンはその問いに、正確な記憶を呼び起こしながら答える。
「……精霊族の商人、一人。」
「護衛、二名。」
「そして……一人の少女。」
「精霊族の商人、ですか……」
ヴィセアンの眉がわずかに動く。
精霊族が聖都に接触することは珍しくない。
しかし、国境付近で、しかも護衛付きとなると、何かしらの目的がある可能性が高い。
「その少女は? 特徴は?」
彼は続けて尋ねた。
エロウェンは、一瞬、少女の姿を思い出し、正確に言葉を紡ぐ。
「……地味な見た目だった。茶色の髪、特に目立つところはない。ただ——」
「彼女は、護符を身につけていた。」
彼女は、一瞬、考え込むように沈黙し、記憶を辿るように目を伏せた。そして、低い声で付け加える。
「……けれど、あの少女からは、どこか不吉な気配を感じました。」
ヴィセアンはその言葉を聞いた瞬間、指先で報告書の端を軽く叩いた。
すでに、彼の中でひとつの結論は出ていた。
——ロイと、その少女。
どうやら、本当に聖都の国境を抜けたらしい。
彼は視線を落とし、報告書をめくる動作を続ける。だが、すでに頭の中では別の考えを巡らせていた。
ロイ、やはり生きていたか。
しかし、その確信を表に出すことはしない。代わりに、別の話題を切り出す。
「エロウェン様、あなたは“本物の”アイキンソンをご存知ですか?」
エロウェンは少しだけ考え、ゆっくりと頷く。
「ケントソン様の側近の一人、という話は聞いています。ただ、実際に会ったことはありません。」
そして、少し間を置いて付け加える。
「狂信的なまでにケントソン様を崇拝し、“罪人論”を徹底する人物だと聞いています。」
ヴィセアンの目が、わずかに細まる。
——なるほど、やはりな。
彼は報告書を閉じ、表情を変えることなく、冷静な口調で告げる。
「アイキンソンという名前は、審問官や聖職者の中でも珍しくはありません。」
「この報告書によると、国境検問を通過した“アイキンソン”は、名前しか記録されていない。個人の識別情報は不足しています。」
「それだけでは、“死んだはずのアイキンソン”と同一人物であるとは断定できません。」
エロウェンの眉が、わずかに寄る。
「……ですが、もし——」
「考えすぎる必要はありません。」
ヴィセアンは、彼女の言葉を穏やかに遮った。
「むしろ、今は国境や市内でさらなる捜査を進めた方が有益でしょう。もっと確かな証拠が見つかるかもしれません。」
そして、わずかに間を置いた後、静かに言葉を紡ぐ。
「通常、審問官の精鋭部隊を全滅させるような相手なら、単独犯ではなく組織的な犯行の可能性が高い。」
「ですが、今回あなたが報告した組み合わせは——
“精霊族の商人”、
“護衛二名”、
“一人の少女”、
そして“正体不明の聖職者” ——**。」
ヴィセアンは一度、報告書から視線を外し、ゆっくりとエロウェンを見つめた。
「この五人で、果たしてそれが可能でしょうか?」
エロウェンは、一瞬、言葉を失う。
「たとえ実力があったとしても、国境を越えるのにわざわざ偽装する必要があるでしょうか?」
「もし本当に審問官部隊を壊滅させるほどの力があるなら、正面突破も可能なはずです。」
ヴィセアンは、淡々とした口調で続ける。
「となると、やはり彼らが“その実力者”である可能性は低いと考えられます。」
エロウェンは、反論しようとしたが、論理的には彼の指摘に矛盾はなかった。
彼女の中の違和感と直感は、確信には至っていない。
そして、証拠のない疑念を持ち続けることは、聖職者として許されることではない。
彼女は、静かに息を吐き出し——
「……わかりました。」
そう、微かに頷いた。
ヴィセアンは、眼鏡を押し上げながら目を細める。
彼の唇が、ほんの僅かに弧を描いた。
——ロイ、お前はなかなか興味深い仲間を得たようだな。
「……なるほど。」
ヴィセアンは静かに息を吐き、冷静な表情のまま、情報を整理するように指先で軽く眼鏡のブリッジを押し上げた。
——一個人、もしくは小規模な集団で、審問官部隊を壊滅できる精霊族。
その戦力がどれほど異常なものかは、説明するまでもない。
そんな存在がロイの旅路に絡んでくるとは……なるほど、ますます面白くなってきたな。
エロウェンは報告書を閉じ、手際よく書類を整えると、いつもの落ち着いた調子で言った。
「私はこれから別件の処理があるので、失礼します。」
そう言って、聖堂の扉へ向かい、規則正しい足取りで歩き出す。
しかし、扉の前でふと立ち止まり、まるで何かを思い出したかのように、軽く振り返った。
「そういえば……【背信】ケントソンが、近々聖都へ戻るそうです。」
その言葉に、ヴィセアンの目がわずかに細められる。
表情は変えないままだったが、その情報は確かに予想外だった。
「……審問官が数名死んだくらいで、彼を動かす理由になるのか?」
何気ない口調で問いかける。
エロウェンは淡々とした表情のまま、一瞥して静かに答える。
「彼が動く理由は、ただの審問官の死ではない。殺されたのが、彼の直轄の部下だったから。」
ヴィセアンは軽く頷き、続きを促す。
「調査によれば、ケントソンから直接“聖具”を授かった部下の一人が、今回の犠牲者だ。」
エロウェンの声には、わずかに緊張感が混じっていた。
「発見された時、彼の片手の指はすべて切り落とされていた。」
「傷口は驚くほど整っており、明らかに拷問を受けた跡があった。」
ヴィセアンは微かに眉をひそめる。
「……そして?」
エロウェンは、わずかに目を伏せ、さらに慎重な口調で続ける。
「何よりも重要なのは——」
「彼の“聖具”が完全に破壊されていたこと。」
ヴィセアンは一瞬、息を止めた。
その情報の意味を、瞬時に理解する。
「なるほど……」
これは、単なる襲撃ではない。
聖都にとって、それは明確な「意思」を持った攻撃。
そして、ケントソンにとっては……「挑発」 だ。
エロウェンはヴィセアンの横顔を見ながら、静かに言葉を紡ぐ。
「襲撃者は、証拠を残さないよう慎重に行動していた。現場には決定的な痕跡が一切なかった。」
「だからこそ、ケントソンは聖都へ戻る。自らの目で確認するために。」
ヴィセアンは、軽く目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
表情こそ変わらないが、彼の思考は既に次の段階へ進んでいる。
ロイの旅路は、もはや単なる逃亡ではなくなった。
彼が関わる存在が増えるごとに、物事はさらに複雑になっていく。
「……これは、ますます興味深いな。」
ヴィセアンは、誰にも聞こえないほどの声で、そう呟いた。
「……なるほど。そういうことか。」
ヴィセアンは相変わらず淡々とした口調で呟いた。
エロウェンは彼の反応を一瞥し、特に驚いた様子も見せずに続ける。
「ケントソンは、元々“信仰の狂信者”とも言われているわ。」
ヴィセアンは小さく笑い、静かな声で返す。
「それは知っている。」
「表面上は冷静に見えるけど……」
エロウェンは一瞬言葉を切り、微かに声を落とした。
「彼の信仰への執着は、すでに“理性の範疇”を超えているそうよ。」
ヴィセアンはそれを否定も肯定もせず、ただ黙って聞いていた。
エロウェンは彼の様子を確認することなく、静かに踵を返し、扉へと向かう。
そして、足を止めることなく、最後に淡々とした声で告げた。
「……今回、彼が戻ってくる時は、できるだけ距離を取った方がいいわよ。」
その言葉に、ヴィセアンはしばし無言のまま彼女の背中を見つめた。
そして、数秒後——
「……考えておくよ。」
平静な口調のまま、短くそう返した。
エロウェンはそれ以上何も言わず、一定の歩調で聖者教会を後にする。
ヴィセアンは彼女を見送るように、その場に静かに立ち尽くしていた。
——だが、彼の内心は、すでに次の一手を計算し始めていた。
「まあまあ、細かいことは気にしないの。」
リヴィアンはいたずらっぽく微笑みながら、軽くワインのグラスを傾けた。
ロイはため息をつきつつ、手元のカップを軽く回しながら答える。
「情報収集自体は順調だった。浮遊書庫に行くための方法も分かったし、魔導具に関しても有益な情報が得られた。」
「へえ、それはなかなか良い成果じゃない?」
リヴィアンは満足そうに微笑みながら、視線をルティシアへと移した。
「で?ルティシアちゃんは?」
突然話を振られたルティシアは、一瞬だけまばたきをしてから、静かにカップを置き、淡々と答えた。
「……本を読める場所を見つけた。」
「うんうん、それは良いことね。でも、ロイと一緒に街を回った感想は?」
「……?」
リヴィアンの質問の意図が読めず、ルティシアはわずかに首を傾げる。
それを見たリヴィアンは、「ふふっ」と笑い、ロイの方を見た。
「ねえ、大人しく報告してるけど、本当はデート気分だったんじゃないの?」
「……」
ロイはピクリと眉を動かしつつも、何も言わずに淡々とワインを飲んだ。
「ふむ、無言ってことは、図星?」
「違う。」
即答するロイに、リヴィアンは「そう?」と楽しそうに笑う。
その横で、カスタが肩をすくめながらぼそっと呟いた。
「まあまあ、リヴィアン。そんなにからかってやるなよ。」
「だって、面白いんだもの。」
リヴィアンは悪戯っぽくウィンクしながら、再びグラスを傾けた。
その場の雰囲気は、いつものように賑やかで和やかだった。
ロイは深くため息をつきながら、話を本題に戻そうとした。
「とにかく、魔道具の件はうまくいかなかった。予想以上に値が張る。」
しかし、彼が話を続けようとした瞬間、リヴィアンが突然話題を変えた。
「それより、ルティシアちゃん、今日はどうだった?」
突然の問いかけに、ルティシアは一瞬動きを止めた。握っていたミルクのカップの指がわずかに強くなる。銀色の瞳がかすかに揺れ、話題が自分に向けられたことに驚いている様子だった。
彼女は少し考えた後、落ち着いた声で答えた。
「……街の景色は、興味深かった。」
その言葉には、まだ少しのぎこちなさが混じっていた。彼女は視線を伏せ、今日の出来事を思い返すように、少し間を置いてから続けた。
「今までいた場所とは、まったく違う……魔法の気配が、街全体に行き渡っていて……それと……スウィートボール焼きがおいしかった。」
最後の一言だけ、わずかに口調が柔らかくなった。その小さな変化にロイは気づいたが、リヴィアンの方もまた、鋭く察知していた。
「スウィートボール焼き?」
リヴィアンはその単語を繰り返すと、ゆっくりと視線をロイへと向けた。そこには明らかに興味深そうな光が宿り、まるで『ほら、やっぱりデートじゃない?』と言わんばかりの表情だった。
その意味ありげな視線に、ロイはすぐさま察し、無表情を保ちながらも、内心で面倒なことになったと悟る。
「……ただのついでだ。」
彼は平静を装いながら答えたが、リヴィアンの微笑みは消えるどころか、さらに深まるばかりだった。
「ふふっ、うんうん、わかるわかる。」
頷きながら、リヴィアンはあくまで「信じている風」を装っていたが、その目はまったく信用していない光を帯びていた。
――こいつ、完全にからかってる。
ロイはもう一度、今度はより深くため息をつき、この話題から手を引くことを決めた。
ちょうどその時、向かい側ではカスタとミレイアの会話が熱を帯び、珍しく手振りを交えてのやり取りが始まっていた。
「はいはい、そこまで。」
リヴィアンが軽く手を振り、二人の言い合いを遮った。
「楽しい議論はいいけど、今夜の食事は戦術会議じゃないわよ?」
彼女はくすくすと笑いながら、ワイングラスを揺らし、琥珀色の液体が優雅に波打つ。
「まったく……戦士と射手の言い争いなんて、どの時代でも変わらないわね。」
「事実を言ったまでだ。」ミレイアは冷静に言い、カップを置く。
「俺の戦術が正しいことは、実戦で証明されてるからな。」カスタは腕を組み、誇らしげに言った。
「はいはい、それなら、いずれどこかで実戦形式で試してみれば?」リヴィアンは肩をすくめ、軽く笑う。
「……言われなくても、いずれな。」ミレイアが静かに答えると、カスタの目が期待に輝いた。
「よし、覚えておけよ? ちゃんと本気でやるからな!」
「言ったな。」
二人の間に一瞬の静寂が流れたが、その後すぐに、また普通の食事の雰囲気へと戻った。
ロイはそんな二人の様子を横目で見ながら、ため息をついた。
「……ほんと、騒がしいな。」
だが、どこか悪くない雰囲気だった。
ミレイアの動きが一瞬止まった。
ロイは彼女の微妙な表情の変化を捉えた。眉がわずかに寄り、飲み込んだ液体を慎重に分析しているような仕草だった。
そして、次の瞬間——
「……おい、それ、俺の酒……」
カスタが驚き混じりに口を開く。
リヴィアンも目を丸くし、何かを言いかけたが、ミレイアの反応を見て、そのまま口を閉じた。
静寂が一瞬、場を包む。
ミレイアはゆっくりと杯を置き、何もなかったかのように姿勢を正した。
「……そうか。」
たった一言だけ呟くと、彼女は特に気にした様子もなく、そのままロイたちの方を向く。
だが、カスタは唖然とした表情のまま、彼女を指さしながら言った。
「……なあ、ミレイア、お前、酒、飲んだよな?」
「……だから?」
「だからって……お前、普段絶対に酒飲まないだろ!?」
リヴィアンがくすくすと笑いながら肩をすくめた。
「これは、珍しいものを見せてもらったわね。」
ミレイアは淡々とした表情のまま、改めてロイの方を見た。
「何?」
「いや……別に。」
ロイは少し考えた後、それ以上何も言わず、ただ静かにミレイアを見つめた。
確かに、彼女は普段絶対に酒を口にしない。それは周囲もよく知っている事実だった。
——だが、今は違う。
何のためらいもなく飲み込んだのは、単なる間違いか、それとも……?