24.取引と誓約
宿の空気には、ほんのりとした木の香りと、料理の芳ばしい匂いが混ざり合っていた。
昼時の食堂には、旅人や商人たちが三々五々と集まり、賑わいを見せながらも、騒がしすぎることはない。
俺とルティシア が食堂へ足を踏み入れると、すでにリヴィアン たちは窓際の席に陣取っていた。
琥珀色の瞳が真っ先に俺を捉え、すぐに意味深な笑みが浮かぶ。
彼女は手にした酒杯を優雅に揺らしながら、杯越しに俺たちを見つめた。
「ロイ大人、ちょうどいいところに。」
微笑を浮かべながら、軽やかに言葉を紡ぐ。
「これは私たちの協力関係に関わる大事な時間ですからね。あなたの答えが、私をがっかりさせるようなものでないことを願っています。」
「何せ――」
彼女はくすりと笑い、杯を軽く傾けた。
「私の取引は、まだ終わっていませんもの。」
軽やかな口調。
だが、その奥には、確かな期待が滲んでいた。
俺はすぐに答えず、一度ルティシア と視線を交わす。
彼女は無言のまま隣に腰を下ろし、表情こそ変わらないものの、偽装魔法に隠された瞳の奥には、わずかに警戒の色が見えた。
椅子を引き、俺も席に着く。
そして、落ち着いた声で口を開いた。
「その提案に答える前に――」
視線をまっすぐリヴィアン に向ける。
「確認しておきたいことがある。」
リヴィアン は微かに眉を上げ、その琥珀色の瞳に興味深そうな光を宿した。
「どうぞ、お聞かせください。」
「まず、助けてくれたことには感謝している。」
俺はまっすぐに彼女を見据え、平静な声で言った。
「だが、なぜ俺たちをつけていた?」
リヴィアン はふっと笑みを漏らす。
即答することなく、視線を軽く横へ流した。
隣に座るカスタ へ。
カスタ は肩をすくめ、どこか面白がるような笑みを浮かべる。
「さて……その話をしようとすると、ちょっと長くなるんだが……」
まるで話を引き伸ばすような口ぶり。
しかし、リヴィアン は指先で軽くテーブルを叩き、さらりと話を戻した。
「いずれ説明しましょう。でも、その前に……まだ他にも質問があるのでしょう?」
「……第二に。」
俺は視線を戻し、続ける。
「なぜ精神支配の魔法が、お前たちには効かなかった?」
その問いに、リヴィアン は唇をかすかに弧にし、笑う。
「それについては……多少、『先天的な強み』がありましてね。」
意味深な言葉。
だが、それ以上の説明はすぐには続かなかった。
俺は彼女の曖昧な態度を深追いせず、淡々と次の質問へ移る。
「それともう一つ。お前たちの実力を考えれば、単なる商隊でないのは明らかだ。」
「なぜ、そこまでして俺を同行させたがる?」
この問いに、リヴィアン はゆっくりと片眉を上げた。
余裕を感じさせる仕草のまま、椅子の背に体を預け、俺から目を逸らさない。
「あなたが信用に足る人物だから……この理由では、不十分でしょうか?」
俺は短く答えを繰り返す。
「信用に足る、か。」
感情を込めない声音で。
リヴィアン はふふっと微笑みながら、少し酒杯を傾ける。
「少なくとも、私たちにとってはね。あなたは『取引』する価値のあるお方ですよ。」
その言葉はどこまでも軽やかで、遊び心すら感じられる。
だが――その奥にある真意は、未だに見えないままだった。
俺は指先でテーブルを軽く叩きながら、ゆっくりと口を開いた。
「最後の質問だ……」
そう前置きしてから、俺はふと横を見る。
ルティシア は一瞬動きを止めたが、すぐに小さく頷いた。
「聞いていい」と無言で示しているのが分かる。
その意思を確認し、俺は再びリヴィアン に視線を戻した。
琥珀色の瞳を真っ直ぐに見据えながら、低く問いかける。
「お前たちは……暗裔族 を知っているか?」
その瞬間――
リヴィアン の睫毛が、わずかに揺れた。
彼女は相変わらず余裕の笑みを浮かべていたが、ほんの一瞬だけ、その仕草にわずかな間が生じた。
それは、俺の問いが彼女の核心に触れた証拠。
リヴィアン はすぐには答えず、ゆっくりと酒杯を持ち上げると、軽く一口含む。
喉を鳴らして飲み干し、慎重にグラスをテーブルへと戻した。
「……やはり、ロイ大人 は率直な方ですね。」
彼女は微笑みながら、軽く首を傾げる。
その瞳には、どこか愉快そうな色が滲んでいたが――その裏にある感情は読めない。
「そんなに踏み込んで聞かれると、私もきちんと順を追って答えなければいけませんね。」
そう言いながら、リヴィアン は細い指を一本立てる。
「まず、私があなた方に興味を持っているのは事実。それは完全に個人的な理由です。もし、そのせいで不快に思われたのなら……どうか、ご容赦を。」
唇の端が、わずかに持ち上がる。
「もっとも、私はそんな無謀なことをするほど愚かではありませんからね。ただの商業的な価値以上に、私が惹かれたのは――」
彼女は指先を滑らせるように宙で円を描くと、軽やかに笑った。
「あなた方二人の『関係性』ですよ?」
まるで、その先に何かを見通しているかのように。
リヴィアン の口調には、どこか茶化すような響きが混ざっていた。
琥珀色の瞳が、俺とルティシア を順に見やる。
「まあ、ミレイアに盗み聞きをさせるわけにもいきませんしね。彼女にそんな暇はないでしょう? というわけで――この大事な役目は、カスタ に任せました。」
そう言いながら、リヴィアン は意味ありげに隣のカスタ を一瞥する。
カスタ は特に否定も肯定もせず、ただ肩をすくめるだけだった。
しかし、その口元には、どこか含みを持たせたような笑みが浮かんでいる。
それを見て、ルティシア はわずかに眉を寄せたが、言葉を挟むことはなかった。
俺もまた、余計な反応はせず、ただリヴィアン を見据え、続きを促した。
「さて、次の話ですが……」
リヴィアン は細い指を少し持ち上げ、手元の酒杯を軽く回す。
グラスの中の液体がゆるやかに揺れ、光を反射した。
「精神支配の魔法がなぜ私たちに効かなかったのか……それは単純な話です。」
彼女はくすりと笑い、どこか楽しそうな調子で続ける。
「私たちには、多少なりとも精霊族 の血が流れているんですよ。あるいは、精霊の祝福 を受けた存在、と言ってもいいかもしれませんね。」
「その祝福が、ある程度の精神耐性をもたらしている。だから、あの程度の精神支配では、私たちにはほとんど影響がなかった……というわけです。」
俺は目を細める。
なるほど。
精霊族 は古来より、精神力の強さに長けた種族だ。
祝福の加護を受けている者なら、確かに精神干渉をある程度無効化できるだろう。
だが、それだけでは説明しきれない。
彼女たちの戦闘能力は、どう考えても普通の商隊のものではない。
「それなら……お前たちの正体は?」
俺が問いを向けると、リヴィアン はわざとらしく肩をすくめ、微笑を深めた。
「さあ……どうでしょうね?」
「ある程度の秘密があったほうが、物事は面白いと思いません?」
彼女はあえて核心に触れようとせず、どこまでも軽やかに言葉を紡ぐ。
「でも――」
その琥珀色の瞳が、じっと俺を見つめた。
「私たちを普通の商隊 と思っていただいて構いませんよ?」
言葉の端々に、確信的な含みが滲んでいる。
その場を繕うかのような軽快な調子。
だが、その裏には決して軽視できない何かがある――そう感じさせる返答だった。
俺はそれを追求しなかった。
今、彼女たちの真の目的を詮索するつもりはない。
何より――まだ、彼女の話の続きを聞く必要がある。
リヴィアン は、それまでの軽やかな態度をほんの少し引き締める。
笑みはそのままだが、口調にはどこか真剣な色が混じり始めていた。
「言っても問題ありませんがね。最初、私はあなたの立場を利用しようと思っていました。あなたの存在があれば、私たちの行動をより円滑に進められると考えたからです。」
率直な言葉。
彼女のことだ、ここに多少の誇張や駆け引きが含まれている可能性はある。
だが――次に続いた言葉は、それまでの印象とは少し違った。
「でも、昨夜の戦いを経て、考えが変わりました。」
彼女は酒杯を指でなぞりながら、ふっと息を吐く。
「今、私はあなたたちを信用できる仲間だと思っています。だからこそ、一緒に行動しないかと改めて提案しているんですよ。」
「……そうか。」
俺は短く返しながら、その言葉の真偽を考える。
彼女は最初、俺たちの動向を探り、試すような行動を取っていた。
そして、あの夜、確かに手を貸してくれた。
今、この申し出が本当に純粋なものなのか――それを見極める必要がある。
「さて、次は私の魔法についてですね。」
リヴィアン はさらりと話題を切り替え、再び微笑を浮かべた。
「精神干渉系の能力は、意志の強い相手には効果が薄い。これは私自身も理解しています。」
さらりと言うが、裏を返せば、それでも効く相手には絶大な効果を発揮するということだろう。
「だからこそ、私は他の手段と組み合わせて使うのが常なんですよ。」
リヴィアン は指を一本立て、優雅にくるりと回す。
「例えば――お酒を嗜んでもらう、精神的に疲れた状態にする、あるいは……」
彼女は少し唇を吊り上げ、どこか楽しげな口調で続けた。
「昨夜のように、痛みを与えて意識の隙を作る。そうすれば、私の力は最大限に引き出されるのです。」
まるで何気ない雑談をするかのような調子。
しかし、その裏には確かな計算がある。
精神干渉の能力を持つ者が、この手法を使えば――情報を引き出すことにおいては、極めて有利に立ち回れる。
単なる商人というには、あまりにも巧妙な話だ。
「そして、最後に……」
リヴィアン は少し間を置き、俺をまっすぐ見つめた。
先ほどまでの遊び心を含んだ視線とは違う、慎重さを帯びた瞳。
「暗裔族について、ですね。」
俺の質問を、確かに彼女は覚えていた。
彼女はゆっくりと身を乗り出し、声を落とす。
「確かに――私たちは、それについて知っています。」
「精霊族の記録には、暗裔族に関する情報が完全に存在しないわけではありません。」
彼女は軽く言ったが、その中に込められた計算はあまりにも明白だった。
私たちを同行させるのは、決して慈善ではない。慎重に天秤をかけ、取引として価値があると判断したからこその選択だ。
そして、それは私も同じだった。
リヴィアン たちと同行することで、私たちの行動は確実に円滑になる。
特にルティシア にとって、この旅は真実へと近づくための重要な機会 になり得る。
私は横目でルティシア を見た。
彼女は口を開くことなく、静かに話を聞いている。
だが――
リヴィアン が精霊の国の暗裔族 に関する記録について言及した瞬間、
その銀色の瞳が、わずかに揺れた。
彼女がどれほど冷静を装っても、その反応は隠しきれなかった。
この答えが、彼女にとってどれほど重要なのか――それは一目瞭然だった。
「……行こう。」
私はそう告げた。
はっきりと、迷いなく。
だが、次の瞬間、私は続けて言う。
「ただし、いくつか先に確認しておきたいことがある。」
リヴィアン は私の言葉を遮ることなく、軽く微笑みながら手を動かした。
「どうぞ?」
「第一に。」
私はリヴィアン 、そしてミレイア を見渡し、慎重に言葉を選ぶ。
「俺たちは、ルミナスの件を片付けた後も、必ずしも同行を続けるとは限らない。」
「俺たちには俺たちの目的がある。同行するからといって、俺たちはお前たちの随行者でもなければ、契約による協力者でもない。ただの取引関係だ。」
リヴィアン は微かに眉を上げたが、驚くことなく頷いた。
「当然のことですね。」
「取引は、互いの合意があってこそ成立するもの。もしあなたがこの旅に価値を感じなくなったのなら、その時は自由に去ればいい。」
私は一拍置き、続ける。
「第二に。」
声を落とし、確実に伝える。
「俺の身元が、昨夜のように暴かれる可能性は十分にある。もし審問官のような連中に再び狙われたら、お前たちにも確実に影響が出る。」
「それを理解した上で、同行すると?」
「リスク、ね……」
カスタ が肩をすくめ、軽く鼻を鳴らした。
「そんなもん、最初から付き物だろ?」
彼は腕を組み、飄々とした口調で続ける。
「俺たちの旅は、元から安泰なもんじゃない。お前が加わったところで、大して変わらねえよ。」
「そういうこと。」
リヴィアン も同調するように言った。
「それに、取引というのは、そういうリスク込みで成り立つものよ。」
私はしばらく彼女を見つめた後、頷いた。
「……なら、最後の確認だ。」
再びリヴィアン に視線を向け、はっきりと言う。
「精霊の国の記録。希望するのは、確かな情報 だ。」
この言葉に、私はルティシア がわずかに視線を寄せるのを感じた。
そしてリヴィアン は、眉を上げ、口元に薄く笑みを浮かべた。
「ロイ殿……そんなに私たちを信用できませんか?」
リヴィアン は小さく首を傾げ、口調こそ軽やかだったが、その琥珀色の瞳には一瞬、鋭い光が宿った。
「信用しないわけじゃない。」
俺はまっすぐに彼女を見据え、揺るぎのない声で答える。
「ただ、確認しておきたいだけだ。」
その瞬間、低く冷ややかな声が場を満たした。
「リヴィアン様。」
ミレイア が静かに口を開いた。
「この聖職者を迎え入れるだけでも相応のリスクを負っているというのに……これ以上疑われる筋合いはないのでは?」
彼女はリヴィアン の背後に立ち、腕を組みながらこちらを見下ろしていた。
その声には感情の起伏はなかったが、鋭い視線には明確な不満が滲んでいる。
特に声を荒げたわけでもない。
しかし、その冷淡な響きが、場の空気を瞬時に重くする。
「おいおい、そんなに堅くなるなよ、ミレイア。」
カスタ が軽く笑い、頬杖をつきながら肩をすくめる。
「取引ってのは、まず条件を詰めるもんだろ?
片方だけがリスクを背負って、もう片方が何の保証もなしに受け入れるなんて、そんな不公平な話があるかよ?」
ミレイア は彼をちらりと見たが、言葉を返すことはなかった。
だが、その視線は明らかに俺に向けられており、その奥には**「この取引に見合う価値があるのか?」**という疑念がはっきりと読み取れた。
俺のような、聖都からの異端者に対して。
「ミレイア、落ち着いて。」
リヴィアン は穏やかに微笑みながら、片手を軽く上げて彼女を制した。
「確かに、私たちには今すぐに彼らを納得させる証拠はない。
この手の情報は、実際に精霊の国へ足を踏み入れなければ、その真偽を確かめることは難しいでしょう。」
ミレイア は不満げに息を吐き、視線を逸らした。
それ以上、反論はしなかったものの、納得しているわけではないのは明らかだった。
リヴィアン は再び俺へと目を向ける。
その目には、どこか愉悦さえ感じられるような光が浮かんでいた。
「さて、最後の件ですが……」
彼女はゆっくりと指を組み、軽く微笑んだ。
「今すぐ証明できる確固たる証拠はありません。」
「ですが――」
琥珀色の瞳が、じっと俺を捉える。
「私自身の名誉と信用にかけて誓いましょう。」
「もし提供する情報が虚偽だった場合、あるいは意図的な欺瞞が含まれていた場合――」
「この取引は、その時点で破棄してくださって構いません。」
彼女の声はどこまでも淡々としていた。
まるで、自分の言葉が覆されることなどあり得ないとでも言うように。
だが、俺は知っている。
この発言が、決して軽いものではないことを。
俺はすぐには答えなかった。
ふと横に視線を向ける。
ルティシア は静かに俯き、スカートの裾を指先で微かに握りしめていた。
その表情は穏やかだったが、その内側で思考を巡らせていることは明らかだった。
彼女にとって、これは――自身の血に関わる真実へと近づく、初めての機会 かもしれない。
だからこそ、俺は彼女の選択を尊重するつもりだった。
その時、リヴィアン が懐から何かを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
小さな銀の指輪。
紫色の水晶がはめ込まれたその表面は、淡く光を反射し、上品ながらも控えめな輝きを放っていた。
「これは聚魔の指輪 です。」
軽やかな口調でそう告げると、リヴィアン は指先でテーブルを軽く叩いた。
まるで単なる商談でも持ちかけるような、気軽な仕草だった。
「魔力を蓄積し、必要なときに解放できる便利な代物ですよ。
これを身につければ、毎回魔法を直接発動する手間が省ける。
長旅には悪くない解決策でしょう?」
俺はわずかに眉をひそめながら、その指輪を見つめた。
「……そんな貴重なものを、こうもあっさりと?」
「貴重なもの?」
リヴィアン は小さく瞬きをし、唇に笑みを浮かべた。
「ロイ大人、誤解しないでくださいな。」
「これは――取引 の一部ですよ?」
「私がこんなに寛大なのだから、当然、それに見合う誠意 をお見せいただきたいですね?」
言葉の調子こそ柔らかいが、その裏に隠された計算は明白だった。
単なる善意ではなく、確実に見返りを求める意図がある。
ルティシア は視線を指輪へと向けたまま、沈黙を保った。
その瞳が、微かに揺れる。
指先が無意識に袖口を握りしめたのを、俺は見逃さなかった。
彼女は理解しているはずだ。
この指輪があれば、長旅の間、偽装魔法を維持するための負担を軽減できる ということを。
しかし――
同時に、この取引が持つ意味の重さ も、また理解しているのだろう。
彼女の心が揺れているのが、手に取るように分かった。
リヴィアン は、ルティシア の迷いに気づいたようだった。
わずかに身を乗り出しながら、軽やかな口調で言う。
「もちろん、この指輪も万能ではありませんよ?」
「魔力の貯蔵量には限界がありますし、あまりにも強力な魔法や特殊な魔法を格納することはできません。」
「ですが――」
紫水晶に光が反射し、わずかに輝く。
「偽装魔法を維持する程度なら、十分に役立つはずです。」
「……なるほど。」
俺は低く呟きながら、指輪を見つめる。
それが確かに便利な道具であることに疑いはない。
だが――
俺はすぐに手を伸ばさず、ゆっくりと視線を上げてリヴィアン を見る。
「だが、どう考えても俺たちにとって好条件すぎる 取引に思えるな。」
「ほう?」
リヴィアン は興味深そうに眉を上げた。
「ロイ大人、お得すぎる話 はお嫌いですか?」
「そういうわけじゃない。」
俺はテーブルを軽く指で叩きながら、静かに言う。
「ただ、俺たちにとって利益が大きすぎる取引 は、裏があるように思えてしまう。」
「ふふっ……」
リヴィアン は笑みを深める。
すぐ隣では、カスタ が腕を組みながら、まるでこれから面白い展開を期待しているかのように、薄く笑っている。
「では、こうしましょう。」
リヴィアン は首を軽く傾け、遊ぶような目つきをする。
「ロイ大人が気が咎めるのでしたら、私たちにも何かお返しをいただきたいですね?」
「……お返し?」
俺は眉をひそめる。
「例えば?」
リヴィアン の唇が、わずかに持ち上がった。
「そうですね……聖術に関する協力 なんて、いかがでしょう?」
「この世に自由に聖術を使いこなせる異端者 は、そう多くはありませんから。」
その言葉に、俺は少し考え込み、静かに息を吐いた。
「……それなら、取引としては公平かもしれないな。」
俺がそう答えると、リヴィアン の笑みはさらに深まった。
優雅に酒杯を持ち上げ、軽く傾ける。
「では、交渉成立ですね?」
俺は無言で頷く。
その瞬間、視線が横へと向く。
ルティシア 。
彼女はまだ指輪を見つめたままだった。
だが、その瞳には、ただの道具として見る以上の感情が宿っている。
――これは単なる便利な魔法具 ではない。
彼女にとって、それは未知へと踏み出すための「鍵」だった。
この道を進むかどうかは、彼女自身が決めるべきこと。
静寂が流れる中、彼女の指がそっと動く。
慎重に、指輪に触れる。
触れた瞬間、まるで何かを確かめるように、その感触を確かめながら、指先でゆっくりと回す。
そして――
彼女は、迷いを振り払うように、それを指にはめた。
小さく、だが確かに。
その様子を見届けたリヴィアン は、満足げに微笑んだ。
「素晴らしい。」
彼女は軽く手を叩き、優雅に言う。
「では、ロイ大人、改めてようこそ 。私たちの旅へ。」
こうして、五人の旅が、正式に始まった。