アホとホラーも使いよう
『合同で書くでござる。』
──開口一番、それである。
アホが電話口で突飛なことを言ってきたのは、ちょうど三年前の十月半ばのことだった。
このアホは、誠に遺憾ながら僕と同じく売れないWebライター、つまり無職だ。
違いを挙げるなら、僕はオカルト担当、アホは非オカルト担当。超常現象を科学的に否定する記事を書いている──まあ、大抵は支離滅裂だが。
共通点は、どちらもオカルトを信じていないことと、やはり無職なところ。
ペンネームは「月」と書いて「ライト」と読ませるらしい。本名は知らないし、知りたくもない。以降の表記はアホで統一する。夜神さんに失礼だからね。
「……で、何を書くんだ?」
アホの相手をしてあげている僕は、ガンジーも顔負けの博愛主義者だと思う。普通なら着信拒否している。
『以前やったコンビ記事だよ。君の記事に最近ついたコメントを見て、ビビッと来たね』
「これはアドバイスなんだけど、他人の記事のコメント欄からネタをパクるのはやめた方がいいよ」
『アドバイスだなんて他人行儀はやめなよ。俺たちはソウルフレンドだろ?』
──時間を無駄にした。アホに言葉は通じない。
『というか、君は見てないでござるか?』
「どの記事?」
『あれだよ、“迷子の子助けて荒れたやつ”』
ああ、あれか……絶対見てないな、あれは。
──一年前、都市伝説系の取材で地方を回っていたとき、たまたま迷子の子どもを見つけて、家まで送り届けたことがある。ちょっといい話だと思って、そのことを記事のついでに書いたらコメント欄がプチ荒。
「ちょっと良いことしたくらいで偉そうにするな」とか、「偽善者無職」「不審者無職」「承認欲求無職」など、散々な言われようだった。図星だったので抗議もできず、その記事は封印した。無職関係ないだろ……。
「お前、僕に黒歴史を再認識させて遊びたいだけじゃないのか?」
『いや、本当に面白いから! 騙されたと思って見てみて。最新のコメントね』
「……しょうがないなぁ」
アホの言葉でも、そこまで言われると少し気になるのも事実だ。該当記事を開き、コメント欄をスクロールする。
──すると、目に飛び込んできたのは:
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MoonLight1223 : 14 Aug 2018, 12:35
>コイツ絶対無職だろ、草w
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絶対これじゃない。そして草にwを生やすな。
さらにマウスホイールを回すと、もう一件、新しいコメントが表示された。
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(account blank error) : 3 Oct 2018, 18:01
>怪談好き?○○○に来て
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たぶんこっちだな。まるで子供のような文体に、ガッツリ住所が書いてある。ネットリテラシーどうなってるんだ。
『見つけたかい? そこ、航空写真で見たんだけど、とんでもない山奥の集落って感じで、ネットとかなさそうなんだよね』
「“ネット無い”はさすがに言い過ぎだろ」
今どきネットがない場所なんて──……あるのか?
『さらに不思議なことがあってさ、IDがバグってるでござるよ』
言われて確認すると、サイト登録時に必ず表示されるID欄が「ブランクエラー」になっていた。
「このサイトって、登録しないとコメントできない仕様だったよな?」
『その通り。しかもアカウントを削除しても「Account Deleted」って表示される。ソレみたいにはならない!』
つまり──整理すると:
『田舎住みで怪談好き、ネットリテラシー皆無のハッカー小学生ってことでござるな』
「オカルト要素を排除しすぎて、逆にオカルトみたいになってるぞ……」
でも、たしかにライターを直接呼びつける、存在しないアカウント。面白いネタだ。
『君が“オカルト視点”で記事を書く。俺が“非オカルト視点”で否定する。面白くなると思わないでござるか?』
「乗った。」
──だがその前に、確認しなければならないことがある。
「ちなみに、なんで一年前の炎上記事のコメント欄なんて見てたんだ?」
『ハハ、あれ見てると心が安らぐんでござる。自分も捨てたもんじゃないなって』
──いつか絶対に殺して、その記事を僕が書こう。