熊とデート
全ては我が天使の一言から始まった。
「どこか楽しいところに行きたい」
「楽しいところ?」
朝ご飯を用意しながら、漠然としたお願いに思わず聞き返す。
今日の朝食はスーパー産の半額パンと、プライベートブランドのまずいコーヒー。まさに質素倹約、というか、単に金がないだけとも言う。
「別にお金がかかる場所じゃなくていいの。無職の甲斐性には期待してないし」
「無職じゃありませーん! WEBライターでーす!」
「どこが違うのよ……」
「今、全国のWEBライターを敵に回したな!?」
というか、「甲斐性」なんて言葉どこで覚えたんだ……? 漫画を自由に読ませてるのは教育的にどうなんだろう。
「うーん、大丈夫かなぁ。またいつもみたいに……」
「クマちゃんも、ネットで聞きかじった浅~い記事ばかりじゃなくて、たまには外に出て取材でもしたら?」
なかなか痛いところを突いてくる。
ちなみに彼女は僕のことを「クマちゃん」と呼ぶ。由来は、名前の“態”を“熊”と読み間違えたところから。四亜態志、この名字もなかなかクセが強いけど、あだ名はもっと適当だ。
「でもそれって、片田舎での聞き込みとかになるよ?」
僕が普段書いているのは、田舎の因習や都市伝説を題材にしたホラー記事が多い。これにはいろいろ理由があるが、一番は“怪談のピント”の問題だ。
都会の怪談はピントが合っていない。関わる人間が多すぎて、話がボケてしまうんだ。
ノイズが多ければ多いほど、話の信憑性は下がる。僕はそう考えている。
僕自身、善良な小市民なので、自分が信じてないもので読者を騙すなんて器用なことはできない。
登場人物全員が「AといえばB」と言うような、明確で筋の通った話でないと、僕は怪談に没入できない。――持論だけどね。
そういえば少し前にこの話をモモちゃんにした時、
「あながち間違いじゃないわね」
というお言葉を頂いた。
オカルトの権化みたいな天使が言うんだから、僕の考えもまんざらじゃないんだろう。
(……正確には「順序が逆だけどね」って前置きがついてたけど)
「どこでもいいわよ」
でもなぁ……。2人で出かけると、いつも散々な目に遭うんだよなぁ……。
「デートよ」
「行こう!」
――行こう。
――行くことになった。
……僕は、ロリコンなのだ。