30歳の幸福(4)
俺たちの前で、小さなカードを見せながら白夜がほほ笑む。
「お二人だけの式と伺いましたが、今回のようにパートナーシップを結んだ記念の式を挙げる中には、高校とか大学とかの友だちや恩師を招待される方もいらっしゃいますよ。無理にとは言いませんが、検討してみてはいかがですか? 」
少し気まずい。というのも、俺の場合は良くても玄輝の高校と専門学校時代の知り合いは、そっくりそのまま白夜の知り合いでもあるからだ。
「それに関してはごめんなさい。自宅でじっくり考えさせていただきますね。誰か招待するヒトが決まったら、招待状のデザインなど相談させてくださいね。」
折角の一生に一度の機会、誰かに祝福される中挙げてみたいものだが、難しそうだ。
「何を考えているのだ、白夜さんは! 」
ベッドに転がりながら玄輝が喚く。
「専門学校は途中でやめてしまったから同級生なんて呼ぶわけないし! 高校時代の知り合いで呼びたいヒトもいないよ! 貴方は呼ぶヒトがいるなら招待して、でも恥ずかしながら私側の招待客は誰もいないから! そんなの白夜さんが一番わかっているのに! 」
「いやだから、白夜は記憶飛んでいるのだから、一番わかっているのにとか言ってもさあ……」
本人の語りたがらない事を敢えて聞き出そうとはしないが、どうも俺が知らない玄輝には辛い時代がありそうだ。専門学校を覗きに行った時目にした、玄輝の生き生きとした様子を思い出した。過呼吸を起こした玄輝を見るのが耐えられなくて退学を強いてしまったが、それ以来玄輝は俺以外のコミュニティを一切断ってしまったという事実を目の当たりにしてしまい、ひそかに罪悪感を抱いた。
「玄輝に疎外感を与えたくはないし、俺も招待客は呼べないな……」
俺達の前の机で、大きな紙を広げながら白夜が切れ長の目をキョロキョロ動かす。
「今回はムービーを作ろうと思います。お二人の色々なこと、気恥ずかしさとかは忘れて教えてください。」
気まずい、非常に気まずい。二人して固い表情のまま黙りこくってしまった。
「いきなり言われたら誰でもそうなりますよね。想定済みですよ、安心してください。具体的にお伺いしたい項目をリストアップして来たのです。」
何を質問してくる気だろうか?
「緊張しないで良いですよ。常識から外れたようなことはお伺いしません。そうですね、まずはお二人の出会いの瞬間を聞かせてください。素敵な思い出だと思いますし。お二人が昔ながらのお知り合いであるのならば、初めて相手に心がときめいた瞬間でも良いです。」
どれも目の前の人物が絡んでくる、出会うきっかけなんて特に。何も語らない俺の横で、沈黙に耐えかねた玄輝が語り始めた。
「お察しの通り色々と偶然が重なって、私たちは長い間知り合いでした。しかし友人の友人といった間柄で、それ以上の関係に進展することは初めありませんでした。蒼波さんはカメラマンなのですが、実は私も写真を撮るのが好きで、ある夏の日に富良野へ一人旅をして撮影をしていたのです。初めて行く場所だったのでツアー旅行にしていました。そうしたら偶然蒼波さんも、勿論プライベートで同じツアーで旅行をしていたのです。丁度被写体が欲しかったからと、蒼波さんは何枚もの私の写真を満開の花畑を背景に撮ってくれました。どうしていきなり私を被写体に選んでくれたのか、少々不思議にも思いましたが。それをきっかけに距離が縮まっていったので、それが私にとって大切な思い出です。以降二人きりで会話する時はいつも、胸が高鳴りましたね、懐かしいなあ。蒼波さん、次は貴方の番ですよ。」
俺は重い口を開いた。しかしいざ話し始めると、思い出は驚くほど滑らかに、文章として紡がれた。
「そうだな。あの後二人で色々なところに行ったけれど、その頃はまだ俺たちは恋人関係ではなかった。玄輝といると心地よかったしずっと一緒にいたかったけれど、俺の方に色々と問題が残っていて、中々一歩を踏み出せなかった。あまり詳しく話すと良くない印象を内藤さんに持たれそうだから省くけれど、その時の俺は玄輝を含め色々なヒトを不安にさせた、酷い奴だったと思う。そんなこんなで一年経った頃かな。セクシャルマイノリティの方々が集まるイベントがあって。自分は仕事関係の撮影だったのだけれど、被写体となる人物が欲しくて玄輝を連れて行った。その頃には玄輝は俺のことを好きなのかもしれないという予感はしていたのだけれど。イベントでは自画自賛になってしまうけれどとても良い写真を撮ることができて。ファインダー越しの玄輝を見た瞬間に、ああ俺も玄輝のことが好きだとふと気が付いて。その年の秋くらいに俺から半ば強引に告白した、懐かしい。」
「聞いているだけでお腹いっぱい……いえ幸せいっぱいのお話を聞かせて頂いてありがとうございます。ムービーを作る上でのキーワードになるかもしれないので、何か言って貰って嬉しかった言葉があったら教えてください。」
少し皮肉めいた言葉をかけられた気がするが、気にしないことにした。
「嬉しかった言葉はたくさんあるな、玄輝は本当に心が綺麗だから。たまに口から花でも出てきているのではないかと思うほど、甘いセリフをくれてこちらが照れてしまうよ。」
「童話の登場人物にでもさせるつもりですか、口から花なぞ出ませんよ。でも私も貴方がくれる言葉にいつも安心と励ましを貰っていますよ。」
聞いていた白夜が、先輩のコンサルタントが慌てて飛んでくるくらい大きなゲップをした。
「おっと失礼。たくさんの情熱溢れるお話をありがとうございました。」
「いやー、話すのは照れますけれど、何だか気持ちの良い時間でしたね。」
ベッドで俺の隣に寝そべる玄輝が満足気に微笑む。
「俺も最初は気まずかったけれど、式の前に今までを振り返ることができて良かったな。思えばさ、同じ国に生まれて同じ時代を生きて、お互い出会って好きになってこれからの人生を一緒に歩むことを決めるなんて奇跡みたいなものだ。運命と偶然が重なりに重なってここまで来られたこと自体神様に感謝だ。」
打ち合わせの名残か、俺の口から飛び出る言葉は自分でも痛く感じるほどに甘い。
「……ところで白夜さんのことですが、やはり記憶はもう戻っているのではないでしょうか? 」
この会話も恒例になってきているような。いつも玄輝は着眼点が面白い。
「今回は何だ? 白夜の記憶がもし戻ってきているとしたら、黙っていられないような話を俺たちはしていたぞ。二人共無傷なのが、記憶が戻っていない証拠だろう。」
「そんなに攻撃的な方でしたっけ? 手より口で勝つタイプだったような。気づきました? 私たちちょっと嫌味を言われていましたよ。しかもわざとでないかと思うほどゲップを繰り返すし。」
すぐ言い直してはいたし、悪気はなさそうだったが、はっきり口に出てはいた。
「お腹いっぱいって言葉だろう。流石の俺でも気づいたよ。まあ赤の他人の惚気話を浴びるように聞いたら、誰でも言いたくなる言葉だろうけれど。ゲップについては、単にランチでも食べ過ぎたのでないか? まあ心配はいらないだろう。どんなムービーに仕上がるか楽しみだな。少しずつ式も近づいてきたな。お休みなさい。」