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30歳の幸福(1)

「幸せすぎて、馬鹿になってしまう。」

 三十年生きて、初めて大切なヒトの心からの笑顔を貰った時の感想だ。

 

 俺と玄輝は、付き合って三年の月日を経て、正式にパートナーシップを結んだ。 

 役所で貰った証明書が、二人の間の固い絆の証拠のようで輝かしい。

 玄輝は俺の被写体として、俺はカメラマンとして、私生活だけでなく仕事の時もずっと一緒にいる。まさに人生のパートナーと言っても過言ではないだろう。

 結婚してありきたりな家庭を作っている夫婦よりもっと、固い絆で結ばれている。密かにそう思っていた。

 

「本当にごめんなさい。一緒に暮らして

から何もかも私は貴方に頼りきりになっ

てしまっていて。」

 夜一緒に寝ようとする時、たまに言われることがある。直接的に生活費を稼いでいるのが俺だけである事に、どうも後ろめたさを感じているようだ。俺は玄輝がいなければ、仕事を続けられないほど心の支えと思っているのに。

 玄輝がいつも近くにいてくれる、俺だけを見ていてくれる。存在してくれているだけで愛おしさが止まらない。それほど俺は玄輝を愛していた。

 それに実際問題、二年前に事務所を独立してから、一人では手が回りきらない事務処理もやってくれたりしていて、精神的な面以外でも結構助けられていた。

 

 玄輝は元々、ブライダルコンサルタントを目指して専門学校に通っていた。卒業まであと少しとなった冬の日の昼間、号泣した玄輝からの電話が入った。

「事情は言えないです。頭の整理がつかないです。でも力が抜けてしまって前も見えなくなって動けない。仕事中に申し訳ないけれど迎えに来てほしいです。」

 過呼吸を起こしてしまっていた玄輝を、仕事など放り出して迎えに行った。付き合い始めてから数回、玄輝の目指す世界を知りたくて、迎えに行くという口実で校舎内を探索したことが役立った。

 顔に当たる直射日光を避けもせずに倒れこんでいた玄輝を抱えて連れ出したあの日の夜、俺は学校をやめるよう執拗に迫ってしまった。校舎内で以前見かけた玄輝の生き生きとした様子を思い浮かべると抵抗がなかったとは言えないが、それよりも俺の大切な宝物が知らないところで傷つけられ、壊されたという事実が耐えられなかったのだ。

 

「これからは今までと比べたら貴方のお役に立てるかもしれないですね。夫婦のようにはいかなくても、ほら緊急事態の時とかに。嬉しいな。」

 夕方食卓を囲みながら、ぽつりと玄輝が言った。

「俺を勝手に緊急事態に追いやらないでくれ。まだ病院送りとかにはして欲しくない年齢だからな。うーん、何かイマイチ実感が湧かないな。二人だけでいいから節目となるイベントをしてみたいものだな。」

「おー、いいですね。どこか素敵な場所にデートに出かけます? お揃いの指輪を作って交換しちゃいます? はたまた教会で式を挙げます? なんてね。貴方とするならどんな計画でも私にとって大切な思い出になりそうですね。」

 キラキラと眩しいその笑顔を、俺は一生独占するつもりだ。


 休日の日課。契約先の案件などは関係なく、二人で散歩がてら撮影場所を探しに行く。最近流行りのスポットを調べて遠出をすることもあったが、主に撮影は近所で行っていた。何気ない道、どこにでもある公園、ありきたりな河原。そんな風景も季節によって、時間帯によって、ここだけの話被写体によっても、見せる表情を変えてくるのだ。

「あら、誰かが結婚式をしている。晴れてよかったですね。」

 ある日の午後、散歩中。玄輝の視線の先には多くの歓声に包まれて、教会の階段を下りてくる新郎新婦の姿があった。

 元々目指していた職業からしても、あの現実離れした独特な雰囲気がきっと好きなのだろう。ただ夢を諦めた負い目からなのか、少し複雑な表情をしていた。

「……ねえ。俺たちもやっちゃう? 冗談抜きに。」

 過去の思い出を塗り替えることはできなくても、それを忘れてしまうくらい素晴らしい思い出を作ってやりたい。振り向いた玄輝の顔は嬉しさ半分、驚き半分。

「いや、できますかね?! 」


 玄輝がスタジオの掃除をしている間に、全国の結婚式場とそのプランを素早く調べ上げる事にした。

 新しい家庭への門出に、夫婦としての一歩に乾杯を……。たくさんのキャッチフレーズがパソコンの画面上に踊っている。

 でもどれもしっくりこない。いっそ式場とかにこだわらずに、二人で思い出の土地に行って指輪を交換するのも良いのかもしれない。

 目が疲れて画面を閉じようとした時に、ある文章が目に飛び込んだ。

「素敵な日を、全てのカップルに」

??これだ。俺は早速式場の所在地をメモに取る。幸いここからそう遠くはない場所だ。

「何ですか? ニヤニヤして。私の知らない間に良いことがありましたか? それとも良からぬことを企んでいますか? 」

「秘密。ところで、今度二人で丸一日の休みがとれるのはいつだっけ? 一緒に出掛けたいところがあるのだけれど。来てくれる? 」

「貴方と一緒なら、何処にでも喜んで。」


 式の相談の予約を入れた日。玄輝に行き先は内緒で家を出た。

「伝えたくないのなら無理にとは言わないけれど、何となく教えてくれてもいいじゃないですか。良くわからないからスニーカーとデニムにシャツで来てしまいましたけれど。」

「うんうん。とても似合っているね。そのシャツの色、絶対ぴったりだと思っていたよ。」

 本当なら目隠しをして連れていきたいところだが、そうはいかない。電車移動中に不審者として注目を浴びるなんてとんでもない。あいにく俺の自家用車はメンテナンスに出していた。

「あと少しで……ほら着いた。俺が探した式場だよ。」

 真っ白な教会の壁が輝いて、これからの俺達の未来を今から祝福してくれているようだ。玄輝の顔も光を受けて、いつものことながら眩しかった。

「ではこれからプランについて説明させて頂きます。当式場では『素敵な日を、全てのカップルに』をコンセプトに様々な形の式をこれまでも企画させて頂いています。」

 隣から息を飲む音がしたような。いや通されている部屋の窓が開いているから風の音か。

「今回はパートナーシップを結んだ記念と伺っております。本当におめでとうございます。必ずお二人の人生の印象に残る素敵な式を企画させて頂きます。」

 説明を聞いていると、遠くから元気な笑い声が近づいて来た。それと共に車輪の音も。段々こちらに向かってくるが何事だろう。

「こらー! 休み時間だからといって備品で遊ばない! すみませんお客様。当式場のコンサルタントの若手、と言いつつ社会人三年目なのですが、仲良し二人組がお騒がせいたしました。」

 うん。花を運ぶカートにヒトを乗せたら危ないだろう。

「今日お客様この時間いらっしゃるって言わなかったっけ。ああ聞いていなかったか。ところでお客様。この男性の方のコンサルタントは、当式場コンセプトの考案者なのですよ。卒業制作のテーマにしていたらしくて。頭のネジが数本抜けているところもありますが、腕は確かです。お客様の式の担当者にいかがでしょうか? 」

「初めまして。先ほどは大変失礼致しました。こちらの式場で三年働かせて頂いております内藤です。こうしてお会いできたのも何かのご縁。是非とも宜しくお願い致します。」

 俺と玄輝は思わず顔を見合わせた。まさかの人物が登場してしまった。


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