19歳の決心、20歳の最近(5)
「ちょっと、話をする時間はある? 」
昼時に朱音とラージサイズのチーズピザをつまんでいると、急に後ろから声をかけられた。玄輝だった。朱音が玄輝を睨みつける。
浮気相手については頑張ってぼかしてみたものの、最近の蒼波と玄輝の行動で朱音どころか同級生に二人の関係はばれてしまっていた。自分と蒼波が校舎内で一緒にいたことはあまりなかったので、玄輝が蒼波を略奪したという噂が流れることはなかったが、レインボープライドパレードの写真の件もあって、朱音には全てが露呈してしまっていた。
入学以来三人で仲良くやっていたのに、朱音と玄輝の関係まで壊れてしまったのは残念だった。防ぎようはなかったが。
更に言えば玄輝は同性愛者だと、心無い同級生に揶揄されているのも少し可哀想だ。これも自業自得だが。
食事を終えるまで待ってもらい、気分が悪くなってしまったのか四分の一も食べられなかった朱音の残りを全て美味しくいただいた後、玄輝に連れられて昼の日差しに照らされた空き教室へと入った。
「まず謝らせてください。本当にごめんなさい。」
「何に対して謝っているの? 蒼波と浮気したことに対して? 恋人を奪われた哀れな奴と慰められるのはごめんだよ。」
ああ自分は酷い奴だ。意地悪な言葉しか出てこない。
「友だちの恋人だからって、最初私は断ったのです。でも……」
「知っているわよ、初めて家に連れ込まれた時でしょう。居合わせているのよ、偶然ね。空気を読んで隠れたけれど。……でも、貴様らそれ以前にも何回か会っていただろ? 」
顔が火照っているのがわかる。今自分は怒りに支配されている。ダメだ、落ち着かなくては。
「どうしてそれを? 」
「蒼波の腕前を憎みな。ネット記事で蒼波撮影の貴様が載っていたよ。パレードの時のな。」
「あの時は、偶然会ってそれで……」
「嘘をつきとおせると思うなよ。それならなぜ同じ日の朝の、同じ服を着た貴様の写真を蒼波が撮っている? それより前の、蒼波が仕事のスケジュールが詰まっていると言っていた期間にも、貴様はたくさんの写真を撮られている。」
「……白夜さん。蒼波さんの机の写真、全部見ましたね。」
「悪いか? でも、もう蒼波の全ては貴様のモノだ。というか心離れした蒼波をこちらに返されても困ってしまう。僕に悪い事をしたと思うのなら、せいぜい幸せに二人で暮らしてくれ。そしてもうこちらの人生には関わらないでくれ。じゃあな。」
しまった、玄輝が泣いてしまった。白い頬に光る涙。冬の太陽の光を受けて輝くそれはとても美しかった。
夜になり帰宅したら、その傷ついた心は暖かい腕の中で癒されるのだろう。前は自分のモノだったのに。手放したくなかったのに。悔しいし、嫉妬で覆われた自分がつくづく嫌いだった。
「大丈夫だった? 今一番話したくない相手だったでしょうに。」
心配した朱音が声をかけてくれて、感情の高ぶりが少し治まった。
「大丈夫。ところで今夜時間ある? 夜少し、走りに行かない? 」
最近自分たちは、二人乗りバイクのツーリングをするのにハマっていた。冬の夜の澄んだ空気に、煌めく工場地帯の魅惑的な明かり。愛用のピンヒールと明るい色のスカートをその時ばかりは脱ぎ捨てて、昔映画で見たギャングスターのような服装になると、少年だった頃の自分を思い出して何だか胸がときめいた。
スピードを上げて、切り裂く風に乗って、自分の闇も吹き飛んで行って欲しかった。
ツーリングの事で頭がいっぱいになっていた丁度その時、先ほどの空き教室から、迎えに来たであろう蒼波に肩を支えられ、玄輝が抱かれるようにして出てきた。
「あー家まで持たなかったか。ますます蒼波に嫌われちゃうな。」
一瞬睨まれた気がするが、もう知らない。今日の午後は大事な講義があったような気がするけれど、それも知らない。
そっちで何とかしなさいね、お大事に。
今夜の予定を楽しみに、ノートを開き講師の到着を待った。
「あー明日で専門学校生も終わりだね。早いなあ。」
卒業式を次の日に控えた夜、例のごとく朱音とツーリングに出かけようとしていた。夜の冷たい風もどこか春めいて、今夜も素敵な時間になりそうだ。
「色々あったね。早いなあ。」
「白夜は特に色々あったね。ありすぎたね。でも卒業制作、良いモノが作れて良かったね。おめでとう。」
失恋真只中に仕上げた卒業制作は、全校生の作品の中で何と最高評価を得ることができた。自分の寿命がすり減るのでないかと思うくらいに熱量を注いだモノだったのでとても嬉しかったし、最高評価を取ってしまったことには素直に驚いた。
「朱音様のサポートのお陰でございますよ。こちらの痴話喧嘩にも巻き込んでしまい大変申し訳ございませんでした。あの時は助けてくれて嬉しかった。ありがとう。」
「いえいえ。でも白夜の卒業制作はテーマ聞いた時から凄いものができ上がると予感はしていたわね。その後でほら、アタシたちの学年でもセクシャルマイノリティについてひと騒ぎあった……ごめん。白夜にとってはタブーな話題だったわ。」
玄輝は卒業間近であったにも関わらず、学校をやめてしまった。自分が彼を傷つけたからなのか、同級生から揶揄されたからなのか、大事な講義を受けそびれたからなのか、そもそも原因は一つなのか。
とにかくそれ以降、蒼波を目にする機会はばったりとなくなったのが幸いだった。
「それでは、よき門出を祝って! 今日も走っていきましょう。」
最近使い込んだせいかフルフェイスのヘルメットが少し緩くなっている。早めに修理に出そうかなと考えながら、元気いっぱいの朱音を後ろに乗せ、今夜もバイクはスピードを上げた。
流れていく空気、遠くに瞬く光。少しずつ咲いてきている桜の花が浮かぶ闇。
全てが最高だった。気分が良くなり、無意識にスピードを上げていた。
いつも通る道は決まっていて身体で覚えている。ここの角は右に曲がり、塀を沿って次は左に曲がり、その次は……
「危ない!! 」
突然後ろから朱音の悲鳴が響いた。何だ? そう思った瞬間目の前にコンクリートの壁が出現した。
新しく建ったのか? いつもの道を間違えたか? 精一杯の力でブレーキをかけたが、こんな時に限って右掌が吊って間に合わなかった。考える間もないうちに頭へ衝撃が走った。
「ヘルメット、修理に出さなきゃ……」
ここで、自分の話はおしまい。遠くから響くサイレンが聞こえたのを最後に、意識はぷつんと途切れてしまった。