それからのこと(3)
名刺入れを手に入れた次の日の打ち合わせがどんな内容であったか、もう覚えていない。特に嫌な思い出は残っていないから、きっと上手くいったのだろう。
その年は確か蒼波の個展を開くことが決まり、過去のモノから現在のモノまで写真を掻き集めることとなってやはり忙しい年であった。過去の作品として、女神の服装をした白夜さんの写真を出すことを私は勧めた。現像したモノはいつの間にかどこかに消えてしまったが、高校生の時に蒼波のスタジオで見た写真の中で気に入ったモノの一つだったからだ。
蒼波は最初反対したが、私の強い勧めで最終的に折れた。
肖像権の問題があり白夜さんに蒼波は連絡を取る必要があったが、何しろその方法については悩む他なかった。蒼波には既にあちらの記憶が戻っている可能性について伝えていたが、本人に直接言われたわけではなくどうにも確証が持てなかったのだ。もしかしたらまだ記憶がないかもしれない人間に忘れられた時代に撮られた写真の肖像権の相談など、ややこしいことはあまりしたくはなかった。
最終的に表情がほぼ陰で占められ、個人を特定しにくい一枚を女神の服装をした時のネガフィルムを引っ張り出して見つけ、それを個展に置くことになった。来場客からの評価もそれなりのモノであった。
四年目の記念日には、お互いに花束を贈り合った。蒼波からは赤い薔薇、私からはオレンジ色のチューリップ。しばらく玄関に飾っていた花々をいつまでも楽しみたくて、初めてのドライフラワー作りに挑戦した結果見事に失敗し、ベッド周りは数日黴臭くなった。
たくさんの仕事を任されて忙しい蒼波を私なりに支えたつもりではあったが、その年に彼の身体は一度限界を迎えたらしい。秋の晴れた日の朝、おはようと言おうとした蒼波の口から黒い液体が大量に吐き出され、白い顔をしたまま私の前で倒れてしまった。救急車を呼び病院に運ばれた結果、大事には至らなかったが絶食安静のため数日間蒼波は入院することになった。
その間に私は彼のスケジュールを見直し、直後に控えた撮影の日取りを調整すると同時に、数人のアシスタントを募集した。決して若くはなくなってきた蒼波に、今の仕事量はいささか多すぎると判断したのだ。少し仕事量が減った蒼波はどうにか身体の調子を取り戻したが、私は数カ月の間弱った彼の胃のために、お粥を煮続ける職人となった。
五年目の記念日には、二人でお金を出し合って大きなモンステラの鉢植えを迎えた。アシスタントたちのいるスタジオは賑やかで、それぞれが仕事の合間に個性あふれる写真を撮影しては、お互いに意見を言い合っていた。彼らの姿は出会ったばかりの頃の蒼波を、会話の絶えないスタジオは遠い昔に通っていた専門学校の雰囲気を思い出させた。
その年、蒼波は自分の母校である専門学校に講師として呼ばれた。三十代も半ばとなった彼は、カメラマンとしてキャリアを重ねる一方で、自分の後輩にその技術を教える立場にも足を踏み入れたようだ。後ろで資料を仕分けつつ、専門用語はあまりわからない状態で彼の講義を聞いていたが、モノの息遣いや空気の温度感まで瞬間的に切り取るあの技術は、言葉で説明されても実現しがたいだろうと感じた。というのも、内容があまりにも難解で机に突っ伏す学生が続出していたのだ。お陰で大変見晴らしが良く、後ろの席でもマイクを持つ彼の顔が良く見えた。コーヒーの香りが漂う中、朝起きたばかりの十八歳の私に目を輝かせてカメラの話を一生懸命してくれた、あの日の青年のままだった。
そして今日私たちは六年目の記念日を迎えた。休日にも関わらず外はあいにくの雨が降っていて、前日遅くまで作業をしていた蒼波は今、私の膝に頭を預けて眠っている。強くも弱くもない雨音が、私たちの居る部屋の静けさを際立たせる。
チャックの空いた仕事鞄から見える名刺入れ。中に入っているのは相変わらず私の左手を映し出したデザインで、この間追加で印刷を頼んだ名刺たち。ソファの横で少し首を傾けて居座るモンステラ。
サイドテーブルに置かれた少し冷たい飲みかけの二つの紅茶のカップ。
規則正しく聞こえてくる時計の秒針の音。規則正しく揺れる蒼波の筋肉質な胸。
少し皺が増えた目尻、目の前の頭にちらほら混じって来た白髪。
ずっとこのゆったりとした時間が続けば良い。でもいずれ蒼波は目を開き、休日が明けた後は慌ただしい日常が再来し、感情は上へ下へとジェットコースターに乗せられたように揺さぶられ続ける。
それでも私は貴方の傍なら安心してこれからも過ごすことができる。だからどうかこれからも永遠に一緒にいてください。
微かに膨らんで音を立てる、膝の上にいるヒトの鼻の頭に、私は唇を寄せた。
ここで、私の話もおしまい。たくさんの偶然を経て絡み合った四人の人生が、今日もこの地球上のどこかで、穏やかに続いていきますように。




