それからのこと(1)
「人生には何が待ち受けているかはわからないけれど、ある程度上手くいくようにできている。」
三十年生きて、愛しいヒトの頭を膝に乗せながら、紅茶を飲みつつ思い浮かんだ感想だ。
専門学校に入ってからも私の人生は結局順風満帆に行かなかった。足元から続くコースはこれまで以上に荒れ果てて、進むどころかどうにか立つのに全力を尽くす状態だった。
白夜さんと蒼波の同棲生活は長く続かず、別れる原因の種は私が蒔いた。過去に軽蔑したポールダンサーとほぼ同じやり方で私は蒼波を白夜さんから奪ってしまったのだ。蒼波が白夜さんと別れたのは女性としての白夜さんを蒼波が好きになれなかったから、私が蒼波と付き合えたのはその時に偶然出会ってしまったから。白夜さんに謝罪の言葉をかけたのも表面上で、どこかでこれは私のせいじゃないと呟いていた。でも、この結末を全く予想できなかったかと言われると嘘になる。
失恋の痛手を忘れたくてバイクを飛ばした白夜さんは事故に遭って記憶を失ってしまった。私は初めてできた友だちの人生を変えてしまったのだ。
高校卒業前夜に聞いた白夜さんの理想の式を、専門学校卒業後の本人に私自身の式で実現してもらうなんて誰が予想しただろうか。社会的悪者にならずに蒼波を手に入れた私へ天罰が下ったのだ。自分の罪を忘れるな。蒼波に説得されてという形ではあったが、専門学校をやめるだけではその罪を償えなかったようだ。
それでも白夜さんは精一杯力を貸してくれて、最高の式を迎えることができた。
辛かったろうに、実は記憶が戻っているのを必死に隠して。
「幸せになってくれ。そして目の前からは消えてくれ。」
教会を後にする時、中から吹いてきた風に乗って小さく聞こえた白夜さんの言葉通り、私たちはもうこれから永遠に会わない方が良いのかもしれない。大切な思い出をありがとう。
そして、専門学校時代の友だちの朱音さん。机を並べて、たくさんのことを一緒に勉強したのが懐かしい。正義感の強い彼女は蒼波の件の時、私のずるさを見抜いてかなり怒っていたが、それでも感情は内輪にとどめて悪い噂を流さないでいてくれた。
式の時はやっぱり協力してくれた。蒼波が遠慮せずに招待状を送ることができるようにと言いながらも、結局式でより多く祝福を得たいから、招待できる仲間がいるという中身のない安心感を得たいから、私は朱音さんに助けを求めた。彼女もそれを分かっていただろうに、そんな私を受け入れた上で話を聞いてくれたのだろう。ちなみに彼女は未だに私たちを許してはいないようだ。式の後にお礼の電話を入れようとしたところ、再び着信拒否にされていた。
白夜さんが事故に遭った後も彼女は傍で支え、助け合いながら社会人生活を過ごしていた。白夜さんの一番の友だちという立場は、昔は自分のモノだったが今は彼女のモノだ。そこにもう未練を感じる資格もないのだが。
社会人十年目を迎えた彼らは今、元々いた式場から独立し二人で事業を立ち上げ、より理想に近づけた結婚式を企画するためにこの国を飛び出して活躍している。
白夜さんと朱音さんは今でも一緒に、お互い支え合って暮らしているのだろうか。それは前と変わらずビジネスパートナーという形だろうか。私は知る由もないが、今日もどこかの国の空の下で、彼らは元気に生きているのだろう。私たちが式を挙げたのは、もう六年前だ。
高校生の時にお墓の中まで持って行こうとした秘密は、式を挙げて三年目の記念日に蒼波に打ち明けた。私のことは何でもお見通しの彼でも、私とロッキーが同一人物だとは全く気付いていなかったようだ。
「色々と偶然が重なって、長い間知り合いだったと確かに言っていたけれど、俺の知らない偶然もあったのかよ。」
記念にお揃いの名刺入れを買いに行った帰りに立ち寄った、思い出の港町のレストランで蒼波は頭を抱えていた。
「そうは言っても、貴方はあのバーを覚えていますか? 結局二回くらいしか来なかったでしょう? 」
「確かに実際行ったのは二回だった。三回目の時は捕まって止められたからね。」
誰に、と敢えて名前を出さないでくれている蒼波は優しい。でも、かつてガラスよりも簡単に傷つき砕かれた私の心も、年を重ねて強化ガラスくらいには頑丈になっていた。
「そういえば、あの時貴方がゲイバーに来たきっかけは何だったのですか? 当時、まあ今もですが男性として生きていた白夜さんとお付き合いをしていた時点で、貴方は既にあの店の大半の方と同じセクシャリティではあったのでしょうが。最初来た時は確か、取材か何かと思って身構えてしまったのですよ。」
私が動じもせずに白夜さんの名前を口から出したのに蒼波は少し驚いていたが、質問には真面目に答えてくれた。
「俺は、白夜の時が男性と付き合う初めての機会だった。白夜が難しい問題を抱えているのは知っていたけれど、小さい時から男性として過ごしていたと聞いていたから、これからも男性として過ごすのだと思い込んでいて。ああいう店には男性カップルの人生の先輩がいると思ったから、話を色々聞いておきたいなと思ったのだよ。でもそれは最初の来店の理由で、次の時はバーテンダーをしている、イジメを受けていた少年の様子を伺うのが目的だったけれど。」
そうか、あれは玄輝だったのかと笑いながら蒼波はグラスを空けた。蒼波がいつも選ぶのは、最初に出会った時作ったカクテル。ミッドナイト・サンだ。
「お店自体が暗くて良く見えなかったのだけれど、髪をきちんと撫でつけて、薄く化粧をした幼いバーテンダーさんに、既に恋人がいたにも関わらず俺は一目惚れしていましたよ。」
「私も、暗くて良く見えなかったけれど、背の高い、黒いポロシャツの似合う青年に一目惚れしていました。」
初夏の夜風とともに運ばれてきた新しいグラスを受け取り、緑色の煌めく液体を揺らしながら私たちは何となく乾杯をした。
「今日でミッドナイト・サンを卒業しませんか? アルコールが飲めるようになった大人のロッキーさんに新しくカクテルを紹介させて頂けませんか? 」
バーテンダーのアルバイトは、蒼波と一緒に住み始めた辺りで手を引いた。勤めていたゲイバーは、港町の開発と共に無くなった。懐かしいマスター、色々な事を話に来ていた常連客たち。
バーテンダーをやめて以来会っていないが、きっと彼らも知らない場所で楽しく、アルコールを楽しみながら空を眺めているかもしれない。
「寂れた港町での思い出として、一生飲み続ける気だったけれど。あの日俺にカクテルを作ってくれた少年が言うのであれば、喜んで。」
二つのグラスが同時に空になったタイミングで、私はウェイターを呼んだ。妖しくカシスの香る白ワインが運ばれ、しばらくして前菜が運ばれてきた。食事中は二人で紡いできた愛しい日々の話に華が咲いた。




