18歳の憂鬱(5)
「最近どうだい? 学校生活は。」
夏季休暇も中盤を迎えたある日の夜、再び例のカメラマンが客としてやって来た。注文したのは前回勧めたミッドナイト・サンで、またしても首からカメラを下げていた。
「おかげさまで。この前話していた同級生が結局いつでも一緒に居てくれるようになって、そこからイジメはほぼなくなりました。お互いに腹を割って話したり、悩みがあれば相談したり。いつまで一緒にいても飽きなくて、そして向こうもどう思っているか知らないけれど、どこにいても必ず私を見つけて近寄ってくるのです。」
「もしかしてその子、君が好きなのではないかい? 勿論君も友だちとしてその子を気に入ってはいると思うけれど。それとは違う、恋愛的な意味で。」
私は慌てて否定した。
「あの子は恋人がいると言っていたので、もし好意を持たれているとしても友だちとしてだと思います。」
そうなのか、と口に笑みを浮かべながら言うカメラマンに、ふと質問してみた。
「なぜそう思ったのですか? 恋愛感情については無知なものでして。」
「その子の様子が、俺自身の好きなヒトに対する態度と似通っていたからさ。」
遠くを見つめて、カメラマンはうっとりとしながら後を続けた。
「好きだからこそ、俺の知らない世界に居て欲しくなくて、目の届く範囲に閉じ込めてしまう。そのヒトを傷つける全てのモノから守りたくて。普通のヒトからは煩わしく思われそうだけれど、幸い今の相方は俺と同じようなタイプらしくて、関係はそれなりに長く続いている。そいつには今ここにいるのも内緒なのだけれどね。でもそろそろ帰らなきゃ。」
このバーの中は薄暗くてあまりモノがはっきり見えない。それでもカウンターに背を向けて帰っていくカメラマンの姿を、私はドアが閉まるまで見つめてしまった。好きなヒト、いるのですね。始まってもいなかったのに、私は勝手に失恋をした気分になっていた。初めての恋愛をあのヒトと、経験してみたかった。
カメラマンはそれきり、二度とこのバーへ訪れることはなかった。
「……気分悪いと思わないか? おい、ヒトの話をちゃんと聞けよ、玄輝! 」
「ごめんなさい、最近妙に頭がボーっとしてしまって。秋だからですかね? 」
「まだ夏休み終わったばかりだぞ。」
放課後いつものように、私は白夜さんと紅茶を楽しんでいた。勝手に片想いをして、勝手に失恋をした私は、初め少し落ち込んだものの立ち直りは早かった。
元々手に入れていないモノに、ぐずぐず執着をしても仕方がないのだ。
「すみません。何の話でしたっけ? 」
「僕の恋人の話だよ。たまに帰りの遅い日があると思って。勿論連絡はあるのだけれど。昨日も遅くなると連絡があってさ、何かおかしいと思って、職場の最寄り駅で待ち伏せしていたのさ。そうしたら案の定、反対方面の電車に乗ろうとしているのを見つけてさ。その場で連行してどうにか口を割らせたよ。」
いつか聞いた話の通り、白夜さんは怒らせると確かに怖そうだ。
「お相手さんはどこに行こうとしていたのです? たまには一人でゆっくりしたかったのかもしれません、束縛しすぎて嫌われたりはしませんか? 」
「綺麗な色のカクテルを飲みに行こうとしたのだって、ナイトクラブかな? 結局教えてくれなかったけれど。本当にヒトを振り回す奴だよ、僕を閉じ込めたがるし干渉したがるくせに。暇を見つけては膨大な連絡を入れてくるし、休日はほぼずっと一緒にいたがるし。勿論ここに玄輝を良く連れ込んでいるのも知っていてさ。友だち同士だって伝えたら特に何も言われなかったけれど。」
改めて、白夜さんが私を友だちと思ってくれている事実が嬉しかった。
「ところでお前、本当に今日は顔色が悪いぞ。アルバイトも大切かもしれないけれど自分の身体はもっと大切だぞ。もし都合悪くなければ泊まっていっても良いから、今日はしっかり休め。」
夏の暑さによる疲れに負けて、多少風邪気味なのは確かだった。お言葉に甘えて私はバーに連絡を入れた。白夜さんが適当に買ってきてくれた、消化に良さそうなモノをどうにか食べて、暗くなる前に眠ってしまった。
日付が変わる頃に、物音で目を覚ました。白夜さんの恋人が帰ってきたようだ。前から薄々察していたが、白夜さんは不定期でこのスタジオに泊まっているようだ。今回は体調の悪い私を気遣って都合を合わせてくれたようだが。無断でクラブに行こうとした件について少しの間言い合いをしていたようだが、それもやがて終わり再び静かな夜がやって来た。暗闇に時折響く落ち着いた男性の声に、私は聞き覚えがあった。……男性の声?
大きな窓から溢れる太陽の光が、私を翌日の朝へと導いた。週末だったため授業はなく、ノロノロと洗面台に辿り着き顔を洗って、髪を整えた。
ソファに丸めっぱなしのブランケットを畳みに行こうと部屋に戻った瞬間に、私は一人の黒いポロシャツを着た青年とすれ違った。
??彼だった。あの夏の日にほろ苦い思い出を残していった、カメラマンの彼だった。
「玄輝起きた? 体調はどう? あ、二人は初対面か。紹介するね。こちらは蒼波、僕の恋人だ。前も話したけれどカメラマンをしている。で。こちらが僕の友だちの玄輝。」
「紹介すると言われても、今知る情報の量が多すぎる。しかも私は寝起きで、頭が働いていないのに。」
「また後で詳しく説明するから。とりあえず朝のコーヒー淹れてくる。」
こうして気まずい雰囲気のまま、いつの間にか二人きりで取り残されてしまった。
「初めまして、玄輝君。いつも白夜と仲良くしてくれてありがとう。」
さらっと言われた言葉を聞いて、私は衝撃を受けた。このヒトは今目の前にいる私を、バーテンダーのロッキーと同一人物と認識していない。薄暗い照明と整えた髪と薄化粧が功を奏したようだ。
一瞬目の前が暗くなったような気がした。私は冷静に考えた。このまま初対面として通そう、そして片想いで終わった初恋はお墓の中まで隠して持っていこう。
「こちらこそ初めまして。白夜さんにはいつもお世話になっています。スタジオではこっそりお写真も拝見させて頂いていました。私は蒼波さんが撮る写真が好きです。」
「嬉しい言葉をありがとう。写真に興味があるの? こういうモノトーンの写真はミラーレスの一眼レフが撮りやすくてね……」
朝のコーヒーを白夜さんが淹れ終わるまで、蒼波さんは私にカメラのことを色々語ってくれた。私の声を聞いても蒼波さんの頭の中ではバーテンダーのロッキーとは結び付かなかったようだ。そして蒼波さんの口から語られるカメラの種類や構造は、中々に興味深かった。
朝食の席で何から説明しようか悩む白夜さんを前に、私は言った。
「そもそも私は白夜さんの恋人の性別から知りませんでしたよ。まあ今のこの国では色眼鏡を持たれる心配もあったのかもしれませんが。白夜さんは秘密主義者ですね。」




