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18歳の憂鬱(4)

そのスタジオにはたくさんの写真が良く散らばっていた。景色の写真、静物の写真、人物の写真など種類は様々で、白夜さんがモデルになっているモノも多かった。

「ところでどこでアルバイトをしているのさ? ほぼ毎日じゃないか。しかも夜だけ。」

 手に取って写真を眺めていると、紅茶を淹れ終わった白夜さんが不意に後ろから話しかけてきた。季節が巡って、紅茶は湯気の立つカップではなく、水滴のついたグラスで渡されるようになった。

「いつもわざわざありがとうございます。初めは暇な時間をなるべく作りたくなくて始めたアルバイトなのですが。あまり同じ年代がいない職場でして、馴染むのに時間がかかりましたね。」

「質問の答えになってないなあ。別に僕たちの高校でアルバイトが禁止されているわけではないし、教えてくれても良いじゃないか。……あ、そうだ。」

 白夜さんは何かをひらめいたようだった。

「僕の秘密を一つ教えてやる。だからそっちも教えろよ。」

 夜の世界の私の居場所。少しだけ逡巡し私は答えた。

「分かりました。バーで働いています。私はアルコールをまだ楽しめませんが、バーテンダーとして働いています。夜の四時間だけ。」

「何だか大人の世界でカッコいい! お店は遠いの? 今度行ってもいい? 」

「絶対ダメです! 場所も教えません。」

 白夜さんは口をヘの字に曲げた。

「ケチだなあ。まあでもこちらも一つだけ教えるという取引だから仕方がないな。じゃあ僕の番。」

 口元を私の耳に寄せ、白夜さんは小さな声で囁いた。

「このスタジオの持ち主。知り合いというのは、僕の年上の恋人だよ。」

 直接関わりのないことなのに、私は顔が熱くなった。熱を冷ますように吹いてきた夕方の風が、アルバイトの時間が迫ってきていることを教えてくれた。


 白夜さんと一緒に過ごすようになってから、私の周りでは平和な時間が流れるようになった。ちょっとした用事で一人廊下を歩く時も、悪意のある絡みや攻撃を受けることがなくなった。

 どうも白夜さんも私以外に友だちはいないようだ。イジメを受けているということはなさそうだったが、私以外のヒトとめったに話さず、いわゆる一匹狼のような生活を過ごしていた。

 担任の教師に依頼され夏季休暇の課題を運んでいたある日、通りがかった別のクラスの教室から私は初めて白夜さんの噂話を聞いた。

「中学の頃とすっかり変わったよな。どっちかというと皆とワイワイやっているタイプだったのに。高校に入ってからは友だちも作らず放課後は真っ直ぐ家に帰るようになって少しびっくり。今はあのちょっと陰気臭い奴とつるんでいるみたいだけれど。」

「中学校の時同じサッカークラブに所属していた奴に聞いたのだけどさ。結構サッカー上手だったらしくて、中学校最後の夏に大きな試合でのスタートメンバーに選抜されたらしい。物凄く身を入れて練習していたらしくて。でも結局試合の前日、練習の時に予想外の方向から飛んできたボールに頭をぶつけて病院送りになってしまったらしい。性格が変わったのもその辺りからだってさ。」

「昔は大の喧嘩好きで、勝気な目立つ奴だったのに。サッカーボールで頭のどこかの電源がオフになったのかね? 今も怒らせたら怖そうだけれど。」

 知らなかった白夜さんの過去を、知らないヒトたちの口から聞いてしまって、私は少し罪悪感を覚えた。


「あー、サッカーね。やっていたし頑張っていたよ。」

 何かの拍子で口から滑ってしまうよりはと、放課後スタジオに寄った時、私は中学時代のことについて直接本人に聞いてみた。たまたま誰かが話していたのを聞いてしまったというのも前置きにつけて。

「そうそう、試合の前日に怪我してしまってさ。」

「それは、悔しかったでしょうに。残念でしたね。」

「と、思うだろう? でも、違うのだよ。」

 ひと呼吸置いて、白夜さんは話し始めた。

「頭に衝撃が走って、そこから数日記憶が飛んでしまって。目が覚めて退院する時には試合は全て終わり、チームも解散していた。僕だけ取り残されていた、右手の痛みとともに。」

「手も怪我してしまったのですか? 」

 白夜さんは右手を握ったり開いたりする。

「手の細かい骨の二つくらいにヒビが入っただけらしくて、もう全然動きに支障はない。でもその時、とても虚しくなってしまった。自分が熱中していたイベントが、終わった後は余韻もなくて。出場できなかったからなのだけれどね。あと僕がいなくても、世界が回ったということ。具体的に言えば僕の代わりに別のメンバーを入れてチームは出場したのだけれど、皆メダルを首にかけて戻って来たそうだ。」

 太陽に置いて行かれた夏の暑さが、もうすぐ来る夜の気配の中アスファルトに残されていた。

「僕の秘密、一つばれてしまったね。今度はお前の秘密を何か教えろよ。いつでも待っているからな。」

 アルバイトへ行こうとする私の背中に、白夜さんはそう声をかけてきた。

 こうして私と白夜さんはお互いの秘密を色々と共有していった。自分のこと、家族のこと、今までのこと、将来のこと。

 白夜さんは私をどう思っているかは知らなかったが、私たちの今の関係みたいなモノを友だちと呼ぶのかなと考えたりもした。

 ただ私は絶対に、白夜さんに自分の仕事場がゲイバーであるとは話さなかった。


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