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18歳の憂鬱(2)

「色々とすみません。今回は打ちどころが悪かったみたいで……お騒がせしてしまいました。こんなに優しく頂いているのに、私はあなたの名前が分かりません。」

 新しくはないがキチンと洗濯されたワイシャツを私に羽織らせ、できてしまった痣にしばらく保冷剤を当てた後で、丁寧な手つきで軟膏を塗りながら、相手は口元を歪ませた。

「打ちどころねえ、正確に言うと殴られどころかな? 予想できるモノでもないから仕方ないけれど、何だかなあ。ところでお前は今年度の始業式を欠席していたのか? 自己紹介をしたと思うのだけれど。クラスメートの名前なんて覚えたくもないか。ちなみに僕は内藤白夜、改めてよろしく。」

 白夜さん。高校の近所に住んでいる切れ長な目が特徴的な、儚げな中途半端に荒い言葉を使う同級生。久しぶりに私の頭の中にインプットされた、新しい魅力的な情報だった。

「そんなに見つめないでよ。ほら処置が終わったよ、頭の方は瘤になっていないから様子見かな。ここに飛び込んできた時は脳震盪を起こしていたかもしれないけれど。今日はあまり激しい運動をしないで、ゆっくり過ごすのだよ。うーむ、一人でいさせるのが心配なのだけれど、親御さん呼ぶ? 」

 私は慌てて携帯電話をポケットにしまい込んだ。

「絶対に呼ばないで! 」

 こんな恥ずかしい姿を見られたら、両親は呆れてみっともない息子を隠すべく今度こそ家に私を閉じ込めてしまうかもしれない。

「そっか、わかった。午後の授業を全部サボることになってしまうけれど、これから人目を気にせずに、ゆっくり休めるところに連れて行くから。ついでに今しまい込んだ携帯電話で連絡先を交換しない? 大丈夫、家には連絡しないよ。あと、同級生なのだから敬語使うのは止めないかね? 」

 連絡先を知ろうとしてくれた。そんなことをするヒトに出会うのは、高校に入学してから初めてだ。いや、もしかしたら今まででも初めてかもしれない。倒れこんだコースの沿道から手渡された一杯の水のようであった。

「敬語については、ごめんなさい。相手によって使い分けるのが面倒で。ならば失礼のないようにと、昔から誰にでもこの言葉遣いなのです。気にしないでください。」

「珍しいね。それがお前にとって自然ならば、気にしないことにする。じゃあ、僕について来て、ゆっくりでいいよ。」


 向かった先は、高校の近くを流れる川のすぐ傍に建つ、モダンで無機質な造りの一軒家であった。

「白夜さんはずいぶんと現代的な所に住んでおられるのですね。」

 案内された黒く柔らかい布張りのソファベッドに横たわり、私は言った。アイランドキッチンで慣れた手つきで紅茶を淹れていた白夜さんは無表情でこちらを見た。

「ここは知り合いのカメラマンが所有しているスタジオだ。こんな立派な建物を個人的に持っているとは驚きだろう。お金持ちなのだろうな、僕も良く知らないけれど。そのヒトの居住スペースも兼ねているから、家といえば家だけれど残念ながら僕の家ではないな。」

 湯気の立つカップを二つ持ち、白夜さんは近づいてきた。縁に添えられたレモンの色が、モノトーンでまとめられた空間の中で際立った。それと同時に感情もなく過ごしていた日々に、ほんの少し色がついた、気がした。

 大きめなリビングの窓から差し込む光が、徐々に弱くなってきた。腕時計に目をやると、いつの間にか夕方と呼べる時間帯だ。あと一時間ほどしたら、アルバイトが始まってしまう。

「ごめんなさい。これから用事があって、一旦失礼しますね。同級生の家を訪ねるのは初めての経験で、とても嬉しかったです。あ、失礼。ここは白夜さんの家ではなく、知り合いの方のスタジオなのでしたね。」

「高校からも近いしいつでも来てよ。お前に鍵を渡したらさすがに怒られてしまうけれど。そのヒト、日中は別のスタジオでアシスタントの仕事をしているからめったにここには来ないし。あとこれは余計なお世話かもしれないけれど、今回みたいなイジメ、というか傷害事件だと思うけれど、遭うのが初めてではないだろう? 僕も大抵一人でいるから、もし何かあったら傍に居れば良いよ。休み時間は先ほどの教室にいることが多いよ。それに……」

 白夜さんはいたずらっ子のように切れ長の目をキョロキョロ動かしながら顔を近づけてきた。

「お前といるとなんか落ち着く気がしてさ。初めての会話をしたのが数時間前だというのに、僕は何を言っているのだろうね。」

 借りた服を後日返すと約束し、私は居心地の良いスタジオを後にした。


 午後六時から十時。先ほどいたスタジオからは大分離れた港町。商店街のバーが私の仕事場であった。

「ロッキー、今夜も宜しく。着替えたらカウンターに来てね、そろそろお客様が来る頃よ。」

 物腰柔らかなマスターに声をかけられる。制服から店員としてのユニフォームに着替え、ワックスで髪を整え軽く化粧を顔に施し薄暗いカウンターに足を踏み出す。私はこれから数時間だけ夜の世界の住人ロッキーになるのだ。

 このバーには色々な客が来る。アルコールを楽しみに来るのは勿論、マスターとの会話を楽しみに来るヒトも多い。片想いの話、失恋の話、人生の話、その他も私の知らない世界について色々と聞くことができる。そして決まって客は男性だ。

 そう、ここはいわゆるゲイバーなのだ。



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