24歳の困惑(5)
式場には既にヒトが集まっていた。白夜一押しの黒いタキシードを着こなした蒼波さんは、確かにファンタジーの世界から飛び出してきたのかと思うほど恰好良かったが、その隣でオフホワイトのやや柔らかい生地のタキシードにオリーブグリーンのポケットチーフを合わせた玄輝が醸し出す優しい雰囲気もアタシは中々気に入った。
玄輝側の招待客である専門学校の同級生たち。会うのは四年ぶりだ。アタシたちと同じくどこかの式場で頑張っているヒト、家庭を築いて子育てに奮闘しているヒト。みんなそれぞれの人生という戦場で何だかんだもがき続けている。懐かしくなってわいわいはしゃいでいたら、飾りつけをしていた白夜に見つかった。
「やっぱり知り合い同士か。まあ披露宴のテーブル表を作っていた時点で察してはいたのだけれど。言ってくれれば相談したいことたくさんあったのに。水臭いなあ。」
別に嫌な顔はせずに、朗らかに白夜は言った。
「ごめん。ほらアンタの記憶が飛んでいる期間の話だから。アンタもいつも忙しいのに余計に頭を混乱させたくなかったからさ。」
「そうか、お気遣いありがとう。でもそういう話を聞くのがきっかけで記憶が戻ってくるかもしれないし。これからはあまり遠慮しなくて良いからね。まあもうずいぶん経ってしまったから思い出す可能性は少ないけれど。……もしかして。僕と玄輝さんも、ここにいらっしゃる招待客の方々も、知り合いだったりするのかな。だとすると、多分玄輝さんはかなり僕に気を使って話してくれていたのかもしれないね。申し訳なかったなあ。こんなにたくさんのヒトたちに囲まれていて、きっと記憶を失う前の僕も楽しく過ごしていたのだろうね。ああ、いつか本当に全てを思い出せますように。なんてね。」
遠くで仲良く何やら話している本日の主役たちを、白夜は目を細めながら眺めた。
「一応伝えておくね。アタシはアンタの過去について、かなり隠している部分もある。でもそれは言ったところで今の生活に大きく影響はないと考えているから、アタシはアンタにこれからも敢えて教える気はないよ。」
「僕にとってはあまり良い思い出ではない部分もあるのだろうね。でもそれすらも思い出して、あの頃は若かったなあと笑い飛ばしてみたいのだよ。さあ、主役の準備がそろそろできそうだ。」
そっちも何か隠しているだろ。駆けていく白夜の後ろ姿をアタシはジロッと睨みつけた。全てを忘れた、何もかも覚えていない。そのフリにも限界が来ているのだよ。
今朝の真っ赤な目が単なる寝不足で済まされると思うのか。朝方の雨に紛れて微かに聞こえる嗚咽に、隣部屋のアタシが気づかなかったとでも思うのか。自分のサイズの女性用の靴を一足残している理由は何なのか。いつか絶対尻尾を掴んでやるからな。問い詰めて言い訳もできなくなった時、どんな顔をしてアタシを見つめるのだろう。
式は順調に進んだ。ガラス窓から注ぎ込む初夏の陽の中を、これから共に歩む二人は腕を組みながら真っすぐに進んでいった。準備中に玄輝の左手の薬指に付けられていた緑の石は式直前にいなくなり、青空にいつの間にか掛かった虹を背景に唱えられた誓いの言葉の後、同じ場所に金色の輪が装着された。玄輝もまた愛しいヒトの左手の薬指に、永遠に離れる事がないようによく似たデザインの輪をかけた。……たくさんのシャッター音が鳴らされた。
色とりどりの花びらに祝福され、淡い青空の中をピンクのマーガレットやチューリップ、薔薇でできた花束が円を描いて舞った。大きな歓声が上がる。アタシが当初心配したように、このお祝いの席で二人を揶揄するヒトは誰もいなかった。
勿論参加者が全員常識人だったことも理由であるが、幸福で溢れた、本当に素晴らしい式だったのだ。
輝きを帯びた夢の国の二人の王子たちは、披露宴会場に移動するべく教会から一度旅立っていった。大きな拍手で見送られる。さてはて、胃薬とブラックコーヒーをお供にしながら完成させたムービーの出来はいかに。披露宴も楽しみだ。
「おめでとう。永遠にお幸せに。仲睦まじい人生を! 」
その時、たまたまアタシの近くで軽く片づけを進めていたスーツ姿の魔法使いが、小さな声で呟いた、気がした。
「幸せになってくれ……そして……目の……前からは……消えてくれ。」
風のいたずらが言葉をかき消していった。何も知らずに王子たちは、次の会場へと消えていった。扉を開け放していた騒がしい中での出来事だった。
ここで、アタシの話はおしまい。蒼波に玄輝、二人の進む未来への道が、明るい光に包まれたモノでありますように。
アタシは遠くから見守っているよ、壊れた白夜と一緒にね。




