24歳の困惑(3)
ぶうぶう言いながらシャワーを浴びに行く白夜を見送った後、アタシは一人で大きくため息をついた。事故の後、あんなに目を輝かせて多くを語る白夜を、アタシは見たことがなかった。
記憶があってもなくても、好きなタイプって変わらないものなのか。まあ中身の本質は変わってないからな。
お願いだから何も問題を起こさず、式を終わらせてくれ。空に浮かぶクリーム色の美味しそうな満月に向かって、無意識にアタシは手を合わせていた。
「ねえ、仕事中にごめんなさい。今話しても大丈夫でしょうか? 」
社会人四年目に突入した矢先、急に式場へアタシあての玄輝からの電話が入った。
「何よ。アタシはキミたちの担当じゃないわよ。何か失礼なことでもありました? そしてなぜ職場の電話を私用で使うのよ。」
四年ぶりの会話だが、相手が相手だけに口調が鋭くなってしまう。先輩たちが偶然不在の時間帯だったのが幸いだ。
「だって朱音さんの電話、私の方からはいくらかけても通じないのです。私の電話、おかしくなってしまったのでしょうか? 」
そういえば、事故のことを伝えた日、そのまま玄輝を着信拒否にしたのを思い出した。
「こっちに何か変な設定がかかっているのかもしれない。頭ごなしに怒ってごめん。でも担当でもないアタシに本当に何の御用? 」
「私たちの式の招待客のことなのです。ご存じの通り、私は専門学校を途中でやめてしまっているから、その時の同級生は誘いにくいですし。高校時代も友だちは白夜さん以外いなかったのです。でも蒼波さんは私との関係を割とオープンにしているから、契約先の方たちとか同業仲間とかも式のことを知らせていて、招待したいのに私に気を使って遠慮しているみたいで。」
確か数日前に、白夜が招待状についての打ち合わせをすると言っていた気がする。しびれを切らしたアタシは尋ねた。
「そしてキミはアタシに何をして欲しいの? 」
「おこがましいのは重々承知なのですが、朱音さんを式へ招待させてくれませんか? 」
「なるほど、わかった。白夜にバレないように思い切りメイクをして派手な衣装を着て行ってあげるわ。一緒に卒業はできなかったけれど、キミは専門学校時代の友だちだったもの。何なら、グループワークを一緒にしたことのあるヒトたちとか、面倒見てくれた先生とかにも声をかけてみようか? からかうヒトもいたけれどキミの式を祝ってくれるヒトも多いと思うよ、まかせて。」
それだけ言ってアタシは電話を切った。相変わらず玄輝は話し相手をイラつかせるなと思いつつ、玄輝の番号の着信拒否設定を解除した。予想はついていたが、今回もアタシは白夜に振り回されることになりそうだ。
「うーん、胃がムカムカする。胃薬ないかな? 」
ムービーの打ち合わせをした日の夜、少し顔色が悪い白夜が帰宅早々ソファに倒れこんだ。
「気合いを入れなきゃと、昼休みに牛丼大盛りを平らげたアンタが悪いでしょ。」
いくつかの錠剤と水を渡しながらアタシは言った。
「それもそうなのだけれどね。ムービーを作るにあたって、由良さんのところの話をたくさん聞いたわけよ。もうヌテラをマシュマロにたっぷりつけてメープルシロップを大量に染みこませたクラッカーに大量のチョコレートと挟んで、炙ったお菓子のように甘いお話が胸焼けするくらいに頭に放り込まれて何だか具合が悪くなった。」
「うわあ、聞くだけで口の中が疼き出すわね。虫歯になりそうなそのお菓子、甘すぎてきっと火にかざした時点で焦げるわよ。詳細は話さなくて良いからね。頭の中にまでお菓子の家が建ちそうだから。」
どうやら白夜に今必要なものは、胃薬よりブラックコーヒーかもしれない。アタシは豆を挽き始めた。
「最初はどのカップルも黙り込むのよ。惚気話を人前でするなんて恥ずかしいからさ。今回もそうだったのだけれど、連れの男性が話し始めた瞬間色々思い出したのかもしれないな。何か隠したい事情もありそうだったけれど、もう聞いていたらこの二人どれだけお互い愛し合っているのですか、とツッコミをいれたくなるほど、どんどんエピソードを由良さんも語っていて。あーもう、御馳走様です! と、ちょっと話半ばで切り上げてしまった。」
「そのご馳走様です! のお話を、アンタは上手くムービーに編集しないといけないのよ、頑張って。」
仕事で疲れて帰って来る白夜を見ると、いつも羨ましく感じるアタシがいた。白夜は残業が多く、大抵帰って来るのが遅いのだが、それだけたくさんのことを任されるというのは、先輩からの信頼も厚いということを意味するだろう。アタシも精一杯頑張っているのだけれど足元にも及ばないのかもしれない。
「由良さんのところみたいに、僕をどこまでも好きでいてくれる恋人と、安心できる温かい毎日を送ってみたかったなあ。」
アンタはそういうヒトに愛されていたのだよ! 過去形で語るなよ! そう叫びたかったが話が混乱するので、必死で喉の奥に言葉を閉じ込めてアタシは言った。
「特に安心感も温かさもない、アタシの家で毎日過ごさせちゃって申し訳ありませんね。」
嫌味に気づいた白夜が必死にご機嫌取りを試みるのが可愛かった。コーヒーの香ばしい香りが漂ってきた。
アタシはアタシで玄輝に依頼されていた件について、白夜にばれないよう準備するべく方々に連絡を取り始めた。白夜は専門学校内で恋人の存在をおおっぴらにしたことはなかった。だから実質玄輝に白夜が恋人を取られた、という事実を知るのはアタシくらいだ。式について連絡したところで、倫理的な観点で玄輝を批判するヒトはいなかったが、参加の有無に関わらず、反応は良くも悪くもそれぞれだった。
「専門学校をやめてしまってから、どうしているのかと心配していた。好きなヒトができて幸せを掴むことができてよかったね。おめでとう、是非とも参加します。」
「若い頃は好きなヒトとずっといられるのを幸せと思うかもしれないけれど、感情って時を重ねて変化していくモノだからね。将来をもう少し長い目で見て、現実的に考えるべきだと思うよ。お祝いできそうにないから、参加しません。」
「玄輝ね、覚えているわ! 昔から可愛かったけれど、今はもっと大人っぽくて更に素敵になっているのかな? タキシード姿を見てみたかったけれど、日時が合わないな。残念! 」
「同性婚の結婚式? あ、公式な結婚ではないのか。セクシャルマイノリティのヒトが近くにいないとこんなイベントも見られないしね。別に玄輝と仲が良かったわけではないけれど、時間も空いているし、興味もあるし。参加します。」
参加の意を表明してくれた同級生には、玄輝から改めて招待状が届くことの他に、重大なことを一つ念押した。
「今回の式のコンサルタントは白夜です。白夜は結局記憶を取り戻していません。みんなの顔を見ても分かりません。そして詳しい事情はアタシの口からは言えないけれど、今は男性の恰好をしています。」
でも、本当に白夜は記憶を全く取り戻せていないのだろうか?




