19歳の決心、20歳の最近(1)
「何だか心もとない。」
十九年生きて、初めて女性としての一日を終えた時の感想だ。
中途半端な存在として生まれてしまったのだ、外見も内面も性別も。でも白か黒かに染まりきらない、そんな生き方が心地良かった。可愛い、かっこいい、はしたない、女々しい。自分を形容する様々な言葉は、その時の服装や態度でどこまででも裏返す事ができた。元来の病気とも言える体質を自慢するつもりはないが、何万人に一人のこの状態を何だかんだ楽しんでいたのだ。
そんな立場を良い様に利用して過ごしやすいように過ごしていた自分が、専門学校入学を機に女性として生きる事を決めた。自分をどこまでも好きでいてくれる恋人と同棲を始めたことがきっかけだった。
「白夜の存在自体が俺にとって眩しいのさ。」
フラフラと生きていた当時十六歳の少年に、その真っ直ぐな言葉はいとも簡単に突き刺さった。自分自身の事を色々な色眼鏡抜きで見てくれるヒトなんて初めてだった。
そこから思いを伝えられて、特別な関係になるまで一瞬だった。
以降、恋人はいつも自分を繊細なガラスでも扱うように大切に愛してくれた。
手放したくない宝物を手元にいつでも置いておきたいと願うのは、どうやら世のヒトの常らしい。専門学校への入学が決まったと同時に一緒に住む話を持ち掛けられた。もちろん断る理由はない。そして自分も恋人を彩るにふさわしい宝石となりたいと願った。
いたずらに女装をする事はあったが、小さい頃から男性として育てられた。性別だけで異なってくる信頼感、将来への道。この国でそれがどんなに生きるに便利か知ってしまったがゆえに抵抗はあったが、今の時代素敵な花婿の隣にいるのは麗しい花嫁なのだ。男性としての鎧を外してもこれからは一人じゃない。きっと隣にいる恋人と一緒に乗り越えられるはずだ。
こうして慣れないピンヒールとスカートを纏い、ふらつく身体をどうにか支えて新生活へと足を踏み出した。
「……白夜? 白夜! どうしたの? もうすぐ講義が始まるよ。」
「ごめん。居眠りしていたら何か色々と走馬灯みたいに思い出してしまって。」
「卒業制作の準備も詰まっているのに余裕ですな。走馬灯を回すのはもう少し先でも良いのでない? とりあえず起きて! 」
声を掛けて来た友人は、至極まっとうな事を言っていた。確かに今、時間の余裕は皆無なのだ。校舎に泊まり込みで課題を進める事も多く、あれやこれやで大好きな恋人の顔を見たのはもはや何日前の事だろうか。
取り急ぎバタバタとノートを開いて、講師の到着を待った。
一度回り始めた走馬灯は、そう簡単に止まらない。講師の話に耳を傾けつつも寝不足の頭は思い出のページを次々とめくり続けた。
「ああ、何て綺麗なのだろう。」
幼い頃に初めて親戚の披露宴に出席した時の感想だ。漆黒のタキシードに純白のドレス。花びらが舞い散る中、荘厳な音を奏でる教会の鐘。対照的な披露宴で流れたオルゴール調にアレンジされたまさかのヘビーメタル。新郎の一番好きな曲だった。
その日だけは凡人の二人が夢の国の王子と姫のように輝きを帯びるのだ。皆の祝福を受ける幸福で溢れる時間。傍らでたたずむスーツ姿の人物は一日で溶ける魔法の力を持っているようだ。
いつか自分も魔法使いになりたい。その思いは巡り巡って、ブライダルコンサルタントを目指し学ぶ日々へとつながったのだ。
ぼんやりと、しかしながらメモを取る手は止めずに代わり映えのないヒトコマが過ぎると、また騒がしい休憩時間がやって来た。
「で、白夜のテーマはあれだよね。素敵な日を、全てのカップルに。最近セクシャルマイノティに社会も注目しているし、タイムリーだよね。まあ、素敵な彼氏を持つ可愛い女の子が、ずいぶんと重めなモノ持ってきたわねーという感じだけれど。」
朱音は専門学校で知り合った、一番の女友だちだ。歯に衣着せぬ物言いをする性格で、一緒にいて心地良いのだ。そんな彼女にも、自分が女性として生き始めたのは、つい最近というのは伝えていない、というより伝える必要性を感じていなかった。伝えたところで特に彼女にとって得なこともないだろう。
「これから求められてくるテーマだと思いますね、流石です。蒼波さんもそう言ってませんか? 前にレインボープライドパレードへ撮影に出かけていたくらいだし、割と関心がありそうな気がします。」
「わざわざ恋人に自分の卒業制作のテーマまで伝えていないな。ていうか、そんな所に出かけていたなんて初めて知ったよ。玄輝は一緒に行ったの? 」
「いやいや、行かないです。私は行っていないです。」
玄輝は高校時代からの男友だちで、専門学校内では昔の自分を知っている唯一の人物だ。普段その事を口にしないよう気を配ってくれているのはありがたい。
「それでは、卒業に向けて。健闘していきましょう! 」