X回目のイセカイテンセイ 第009話 魔王
対四天王戦第四回、続きです。
それではどうぞ。
「……それは、どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。私はこの世界に来て、それを知っています」
「転移か? それとも転生か?」
「転生です。死にましたので」
「なら、俺とは違うか……」
マントンは風雅から話を聞くと、小さくブツブツと何かを呟き始める。
その口からは召喚や聖剣、女神といった言葉が漏れていた。
そして、しばらくしてからハッとしたように顔を上げて風雅の方を見やる。
「知っていると言ったな? 世界はいつからだ?」
「まだ、一日も経っていません」
風雅のその一言を聞いたマントンの変化は劇的だった。
マントンは驚いたように目を大きく見開き、そのまま一歩、二歩と後退る。
その様子は尋常ではなく、口は半開きのままわなわなと震えていた。
「……は?」
信じられないと言った様子で、マントンは小さく声を漏らした。
そして打ち上げられた魚のように浅い呼吸を数度繰り返した後、マントンは叫ぶようにして風雅に尋ねた。
「っ、じ、事実かそれはよぉっ!? おいっ!? えぇっ!? 出まかせじゃねぇだろうな!?」
「事実ですよ。証拠は少し難しいですが」
「な」
「なんだそりゃ? やっぱお前、おちょくってるんだな? でしょうか?」
風雅はマントンの言葉に被せるようにそう言った。
その短い文は、まさしくマントンが風雅に言おうとしていた内容だった。
風雅の言葉を聞いて、マントンの表情が凍る。
「私も貴方と会うのは初めてではありません。マントン。貴方が覚えていないのは当然ですが、貴方の本名は貴方自身から伺いました」
「……」
「貴方が魔王を復活させたい理由も知っています。故郷へ帰りたいんですよね? これもマントン、貴方自身からから聞きました。貴方ならばこの意味は分かりますね?」
「……」
マントンは無言のまま力なく、よろよろとした足取りで風雅に近づく。
そのまま風雅に縋るようにぶつかると、そのまま膝から崩れ落ちた。
「なぁ、嘘だろ? おい、なぁ。嘘なんだろ? そんなのありかよ?」
「……」
「そんな、馬鹿な話があるかよ。えぇ? 俺、家に帰るんだよ。転移なんだぜ? 死んだんじゃない。向こうじゃきっとまだ探してるはずだ。そうだろ? 何年経ったと思ってんだよ、早く帰らねぇと」
「……残念ですが」
風雅はそう言うと、崩れ落ちたマントンの肩に両手を置いた。
「仮に魔王を復活させても高い確率で勇者に倒されます。そして仮に勇者を倒せたとしても、貴方をこの世界へと呼んだはずの女神ユイはアクションを起こしません。私は既に知っています」
「何、言ってんだよ、なぁ? あり得ないだろそんな事よぉ。俺は、俺はなぁ」
「――――――真島東助」
風雅は腰を下ろして、マントンと目の高さを合わせた。
そこには最早狂人と呼ばれた四天王の面影は無く、絶望を必死に遠ざけようとしている憐れな青年の顔があった。
「貴方はそうした配役だったのでしょう。貴方の家族も、故郷も、何なら居た世界とやらも」
「っ!」
「存在しないんでしょう、きっと。過去に成し遂げた貴方は、そう言っていました」
「そんな、そんな」
「もう一度言います、マントン。この世界は、まだ、一日も経っていません。貴方の過ごした年月は貴方の記憶の中にしか存在しないんです」
そこまで聞くとマントンはガックリと項垂れ、同時に仮面が落ちた。
露わになった十代後半と思しき青年の顔には、ただただ虚無が広がっていた。
「……」
「……」
「……裏切り、だったんだよ」
しばしの静寂の後、マントンはポツポツと話し始めた。
「仲間がさ、負けそうだからって後ろから刺されてよ。俺を差し出すから、見逃してくれって」
「……」
「でもみんな死んで……俺だけなんでかは知らねぇが魔王のお眼鏡に適って、四天王に……って、知ってんだったか」
「はい。そのお話ももう既に何度も伺いました」
風雅の言葉に、マントンは項垂れたまま自嘲気味に笑った。
「はは、どれもこれも全部嘘、全部嘘か。はは、んじゃあ俺が帰るところも、この記憶も、全部全部、全部嘘かよ」
「……」
「はは、はははは、はは、はぁ」
マントンの声は次第に小さく、そして力が無くなっていく。
弱々しかった様子が更にやつれ、より小さくより頼りないものになっていく。
「……帰りたかったなぁ、俺ん家」
「この後は、どうなさるおつもりですか?」
「……知ってんだろ?」
顔を少しだけ上げ、マントンは風雅を見やる。
マントンのその目には、風雅と同じような暗い濁りが宿っていた。
「いえ、場合によりますので正確には知りません」
「……そっか」
マントンはそう言うと、吹っ切れたようにゆっくりと立ち上がる。
風雅も合わせて立ち上がると、マントンは膝を払いながら風雅にこう言った。
「俺が死んだら、ラグはあるだろうが十中八九魔王の封印が解ける。一応先代の勇者らしいし、自分がした封印にそういう細工は出来た。お前が他の四天王を倒したから、魔王の肉が戻ろうとしてんだ。それを利用させてもらったわけなんだが、封印も脆くなってるし予定よりも大分早まったから……」
「……」
「本来は俺が死ぬ予定はなかったんだがなぁ……って、これも配役だからかね? ああ、いやだいやだ。どこまで行っても、俺の人生はクソ女神の手のひらの上ってか」
やるせないようにマントンは小さく頭を振る。
その姿勢には、最早風雅に対する敵意は微塵も残っていなかった。
「一応、礼は言っとく。ついでに注意もな。ここから出来るだけ離れた方がいいぜ。なんせ、御伽噺の魔王が蘇るからな」
「それには及びません」
おどけた風に言うマントンに、風雅は手で制する。
「私は、魔王を倒しに来ましたから」
「……マジで言ってる? ああ、お前ひょっとして勇者か。聖剣も持ってねぇし、気付かなかったが」
「いえ、違います。今代は安井康生さんです」
風雅の否定を聞いて、マントンは顔を顰めた。
「はぁ、んじゃ聖剣は無しか。無謀だと思うけどな」
「根拠も無しに挑戦はしません。倒せるから倒しに来たんです」
「ああ、成程。それも知ってるからか。ああ、いやだいやだ」
マントンはそう言うと、風雅に背を向けて一歩、二歩と進む。
五歩目を踏み出す寸前で、マントンはあっと芝居がかったような小さな声を上げてもう一度振り向いた。
「そういや、名前聞いてなかったな。俺は真島東助。お前の名前は?」
「草壁風雅と申します」
「ああ、そっか。風雅ね」
口の中で反芻するようにしてマントンは何度か呟いた後、不意に足の勢いだけで大きな跳躍を見せる。
そのまま封魔の石碑へと、片手で逆立ちするように着地して風雅へと向き直る。
「最期に、良い話が聞けて良かったぜ。じゃあな、風雅」
「さようなら、真島東助」
まるで、コンビニにでも行くかのような気軽さでマントンはそう言った。
風雅が言葉を返すと、マントンは満足そうに頷いた。
その直後、マントンの身体が溶けた。
「……」
人型の水風船が弾けたかのように、或いは粘土細工の人型が雨に打たれて崩れるかのように。
マントンの身体は粘度の高い黒い液体となって、真っ白い封魔の石碑を汚すかのように降りかかる。
時間にすれば、ほんの数秒程度の出来事であろう。
そんな短い時間で、マントンは死んだ。完全に息絶えたのだ。
風雅はマントンの死に様を、少しだけ悲し気に見つめていた。
「……慣れませんね。では、次は魔王ですか」
風雅はそう言って、封魔の石碑に近寄った。
黒い液体が掛かった封魔の石碑は、その白い岩塊を小さく震わせていた。
これがマントンの言う封印が解けるという事だと、風雅は知っていた。
故に風雅はその震える石碑に手のひらを向けた。
「マントンの仕掛けに頼れば労力も少なく済みますね。感謝しなくては」
風雅はそう言って今は亡きマントンの事を少しだけ思い返す。
マントンが居なかった場合、或いは何らかの不具合でマントンの細工が上手くいかなかった場合には風雅は単独で封印をこじ開けねばならなかったのだ。
一般的な魔術師なら単独での封印解除はほぼ不可能なのだが、その場合であっても今の風雅の腕ならば問題無く可能な事ではあった。
だがその分魔力の消費は激しくなるため、こうしてマントンの策に便乗する方がずっと効率が良かったのだ。
「……では。《風よ動きだせ》」
風雅が魔術を唱える。
これは魔術的な封印や物理的な施錠を解く事が出来る他、弱いながらも多くの魔術を無効化する《魔術破り》としての側面も持つ風属性の魔術である。
本来の強度の封印であればこの魔術では完全にはその封印を解く事は出来ず、消費魔力を大幅に増やすかもう少し上位の魔術を使う必要があった。
しかしマントンの細工と古くなった状態の封印という事を加味すれば、封印を解くにはこの程度で十分であった。
「……」
魔術を受けた石碑の振動は次第に大きくなり、石碑が左右に揺れ始める。
風雅はその状態の石碑を見て、十分に距離を取れるようゆっくりと後ろに下がった。
風雅が下がり切ってなお石碑の振動と動きは続き、その姿が激しくブレる程になる。
そして同時に石碑を中心に甲高い金属音が鳴り響き始める。
「……来ましたね」
風雅がそう呟くと同時に、不意に石碑の挙動と金属音が止まる。
そして、石碑が天辺から下にかけて徐々に罅割れ始める。
全体に罅が行き渡ると剥がれ落ちるようにして、石碑だった破片がポロポロと石畳の上に落ちる。
完全に破片が落ち切り、その中から現れたのは黒く艶のある楕円形の物体だった。
それはゆっくりと形を変えて人型になった。
その瞬間。
「《風の縛糸を》」
風雅が魔術を唱えた。
《風の縛糸を》は風属性の魔術で、名の通り対象を魔力で作り出した風を用いて縛り付けるものである。
その魔術が効力を発揮した瞬間、その黒い人型は五体投地するかのように地面に叩きつけられる。
更に間を置かず風雅は魔術を唱える。
「《風よ止まれ》」
その魔術を唱えると同時に、黒い人型の動きがぴたりと不自然に止まる。
それは、風雅がこの異世界に来て最初に魔物へと使った時と全く同じ形であった。
この世界における魔術師の常識として、複数の属性に適性のある者は属性の得意分野に合わせて使い分ける事が一般的である。
風以外に存在する属性、土、水、火も勿論風雅は使える。
水と土は風に勝るとも劣らない程度の適性があり、また火は苦手であったが努力し鍛えたためだ。
一番得意な属性は風属性であったため咄嗟に使う時には風属性を選んでいる風雅であったが、本来は各属性が得意なものを生かした方が、効率面でも労力もずっと楽にかつ消耗も少ないのだ。
しかし現在の風雅の魔力量や魔力操作の技術等から言えばその程度は誤差にすらならない。
故に、ここまで単一の属性の魔術のみを使い続けるという芸当が可能であったのだ。
「……さて」
地に伏した姿勢のままで動かなくなった黒い人型を一瞥し、風雅は少し思案した。
この地に伏せる黒い人型こそが、四天王の待ち望んだ魔王そのものである。
マントンとの会話からこの魔王の復活に至るまでおおよそ三十分と少し。
現時刻は午前五時過ぎであった。
空はうっすらと明るく、僅かながら日がその顔を覗かせ始めていた。
「……一時間前後に、かつ出来るだけ遅く終わらせなくてはいけません。到着に少し遅れるぐらいが一番良いですね。後は少し周囲を散らかして……《突風を》」
風雅はそう言うと魔王はそのままに少し離れ、風属性の魔術《突風を》を周囲の地面や木々に次々と撃ち始める。
《突風を》はその名の通り強力かつ瞬間的な風を相手に叩きつける魔術であり、戦闘に使いやすい風属性の魔術の一つである。
《突風を》によって石畳は陥没し大地は抉れ、木々はへし折れていった。
風雅が魔術を撃ち終わった頃には、辺りはまるで激しい戦いの跡地かのように荒れ果ててしまった
それに満足したのか、風雅は再度魔王の方へとゆっくりと近づく。
魔王は風雅に気付いているのか、それとも気付いていないのかは風雅にも分からなかった。
風雅の魔術によって僅かな挙動すらも許されないために、反応も何も分からないためである。
そのまま風雅は魔王の周囲を軽く一周し、魔王の頭の前に立ち止まると少し俯いた。
「ワンパターンですが、周りに被害が出ないよう高威力の魔術を当て続けてみましょうか。……いつもこれですね」
風雅はそう言うと魔王へと向かって右手のひらを翳す。
「では始めましょう。《我が風よ》」
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-Tips-
・女神ユイ
フォージス王国の国教である白聖教における主神。
世界を作り、今なお人々をその大いなる力でもって守っているとされる女神である。
この女神は姿こそ現さないものの、確たる存在として実在しているのだとされている。
その根拠として、女神ユイより齎された数々のものの存在がある。
過去に女神ユイが初代勇者に授けたとされる聖剣ポルス、その勇者を遣わすために王家に授けられた手段である「勇者召喚の儀」とその召喚用の魔法陣、そして聖人や聖女と呼ばれる一部の者にだけ授けられる魔術とは違った特別な力の「福音」、最後にその聖人や聖女に今なお授けられる「神託」がある。
実際はこの世界の管理者であり、創造主ではない。
その正体は低位の■■■■■■であり、無数にいる世界の管理者の一人でしかない。
∞
対魔王戦、開始です。
もう殆ど決まっているようなものですが。