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X回目のイセカイテンセイ 第007話 炎竜

対四天王戦第三回、開始です。


それではどうぞ。



「……」



 風雅はメディスンの屋敷内にて、リラを倒した時と同じようにその部屋に座ったまま微動だにせず六時間を過ごした。


 実のところ風雅にとってメディスンとの戦闘は、リラと相対した時程の余裕は無かった。

 だからこそ屋敷にメディスンの仕掛けた結界等を無視するように強引に《転移(テレポート)》し、土地や屋敷内の魔術的仕掛けをその中心部から殆ど破壊したのである。

 これは風雅自身の魔術及び繊細な魔力操作の技術、そして膨大な魔力量があったからこそ成せる技であった。

 そして風雅はそのまま時間を与える事無く、メディスンを殺害したのだ。

 技量も力も風雅の方が圧倒的に上回っているにもかかわらず、風雅はメディスンの手腕を恐れて即殺するに至ったのだ。


 メディスンの腕では現在の風雅を殺す事はおろか、傷一つ付ける事すら不可能だ。

 故に風雅が恐れていたのは、メディスンから風雅自身への被害ではない。

 風雅が最も恐れたのは、戦闘の長期化に伴う不確定要素の出現だったのだ。



「……もうすぐ六時間ですね」



 風雅は随分と暗くなった屋敷の中で、自身の左腕にある腕時計を確認する。

 最初の四天王、リラを殺してから六時間と十五分程度。外では既に日は殆ど沈んでおり、僅かな陽光が微かに地平を照らすのみである。

 主を失い、明かりも付けられていないメディスンの屋敷も辛うじて真っ暗ではないというだけである。


 風雅は腕時計を確認した後、ゆっくりと立ち上がって服の裾を小さく払った。



「では外に出ましょうか」



 軽く伸びをすると、風雅は部屋のドアノブに手を掛けた。


 この時には既にメディスンから撒かれた黒い液体は、ドアにも床にもどこにも跡形も無く既に消え去っていた。

 メディスンのそれもリラの時と同じく、空気に溶けるように消えてしまったのだ。



「さて……?」



 風雅は暗くなった屋敷の外へと出る。

 周囲の森は夜の闇を更に濃くし、消えかけのうすぼんやりとした陽光すら殆ど遮ってしまっている。

 屋敷のすぐ近くにあるヘリオの湖も森の隙間から覗く暗い空に現れ始めた星々の光を僅かに映しているものの、既に底も見えない程に真っ黒に染まっている。


 そんな暗い場所へと出てきた風雅は、しかし迷う様子も無く空の一点を見つめる。



「おや、今日は村を追加で襲ったんですかね? 仕方ありません、《超感覚(ハイセンス)》」



 風雅は何やら納得したように呟きつつ、新たに風属性の魔術を使用する。


 風雅が自身に掛けた《超感覚(ハイセンス)》は風属性の自己強化魔術(バフ)の一種であり、これは己が五感を強化させるものである。

 消費魔力は少ないものの術者の技量が求められる魔術であり、強すぎる感覚の制御やその感覚の感度の調整等をしっかりと行える者でなければこの魔術の性能を十全には活かしきれない。

 また熟練の者ならば五感全てでなく狙った感覚のみを強化する事も可能であり、良くも悪くも使い手を選ぶ魔術となっている。


 そんな魔術を用いて視覚を強化した風雅は、暗く光も乏しくなった空を見上げる。

 しっかりと制御された《超感覚(ハイセンス)》により強化された風雅の視覚は、殆ど夜と変わらない暗い空でも真昼のように周囲の様子を探る事が出来た。



「……ドラギオン、遅れていますね。恐らく追加で三十分といった程度でしょうか? しかし、こちらには然程時間がありません」



 風雅はそう言いながら右手のひらをゆっくりと前に突き出し、突き出した右腕に左手を軽く添える。

 その突き出された右手は、先程まで風雅が見ていた方を向いていた。



「必中、で構いませんかね? 《我が風よ(マイ・ウィンド)》」




                  ∞


 -Tips-


・魔王軍四天王

 魔王の血肉を取り込み、それに適合した者の中で特に強い四名の事。

 現時点ではリラにメディスン、ドラギオンにマントンがこれに該当する。

 この世界では魔王の血肉を取り込み強化を図る事は禁忌とされており、またその禁忌を侵して力を得ようとする事は非常に分の悪い賭けとなる。


 分の悪いというのも、一般的に魔王の血肉は適合しない生物にとっては毒にしかならず、また取り込んだ血肉の量や状態によっては反対に呑まれて魔物と成り果ててしまうためである。

 また血肉を取り込むためには必要な手順や道具等の知識や機材が必要であり、仮に運良く血肉を取り込み適合したとしても、魔王の血肉は本来この世の生き物とは相反した物であるため適合した者の大半は大した力を持てない。

 このため、禁忌とはされているものの禁忌足り得る力を得られる者はごくごく一部である。


 魔王の血肉の大部分は先代の勇者によって、魔術的手段にてトウスケ島に封印されている。

 地上に溢れる魔王の血肉たる魔物は、その封印に抗うため魔王が残した一部である。

 現在はトウスケ島にてマントンがこれを利用し、魔王に掛けられた封印を解こうと画策している。


                  ∞




「……ふむ。少し()()()をしてしまったが、間違いだったな」



 ドラギオンはマントンから伝えられた情報を反芻しながら、己が得意とする火属性の魔術を利用して空を飛んでいた。


 ドラギオン。

 四天王の一人にして、炎のように赤い鱗と瞳を持つ竜人である。

 魔王軍四天王の中では一番の武闘派であり、四天王の中ではマントンに次ぐ実力者でもある。

 また魔術の知識はメディスンに譲るものの、ドラギオンの尤も得意な属性である火属性の扱いに関してはメディスンにも劣らぬ腕を持っている。

 策謀や頭脳労働の類はリラやメディスンには全く及ばぬものの戦闘での技量や駆け引きはむしろ得意であり、良くも悪くも戦闘に特化している者であった。


 そんなドラギオンの関心事はたった一つ。

 より強い相手と戦い、己が力を鍛え上げて極める事である。

 ドラギオン自身が仕える魔王への忠誠心も、魔王と手合わせしたいという気持ちが芯となっているのだ。



「あの村には腰抜けしかいなかった。全くもって時間の無駄であったな」



 ドラギオンはそう言って鼻を鳴らす。

 今ドラギオンが思い返しているのは、先程までドラギオンが居た村の事である。

 ドラギオンは人口百人に満たない小さな村に()()()()()()()訪れたのだ。

 理由は一つ。強き者がいないかどうか調べるためである。


 ドラギオンにとっての強さとは、何も筋力や魔術の上手さだけではない。

 技量に知力、器用さ、臨機応変さ、運、そして何より重要視するのは挫けぬ心の強さである。


 故にこそドラギオンが村に宣戦布告をした時に一人でも戦う相手が居ればその勇気ある者とドラギオンは戦い、周囲に甚大な被害を撒き散らしたうえで満足した事だろう。

 しかし四天王は生きた災害のような存在であり、同時にこの世界でも誰であれ命は惜しいものである。

 災害に挑む事は無謀だと、村の誰もが理解していた。故にドラギオンの訪れた村の者達は、災害が通り過ぎるように家に隠れてやり過ごそうとしたのだ。


 しかし村人達のその行いは、強き者を求めるドラギオンの逆鱗に触れた。

 その結果として、また村が一つ世界から消えただけなのだ。



「マントンの話によれば、強き者はメディスンの屋敷に居るらしい。倒した相手の城に居座るとは中々剛毅な奴よ」



 そう言いながら、ドラギオンの真紅のように赤い目は渇望と情熱に燃える。


 ドラギオンは今、より一層強き者を求めていた。

 先程の村で味わった失望を、より強さを求める自分を、満たしてくれるであろうその強き者を。

 四天王であるリラ、メディスンの二人を僅か一日で倒し、そして今はメディスンの屋敷にて待つその存在を。


 マントンからの情報によれば、その者は相当の手練れだという。

 であるならば、いやならばこそドラギオンがその者を相手にしない理由はない。ドラギオンにとってその強き者と戦う理由は、その者が強いというだけで十分だった。

 単純で分かりやすい、何とも簡単な理屈であった。



「さて、そろそろ……む?」



 時刻はもうすぐ日が沈み切るという頃、ドラギオンは飛行しつつ辺りを見渡す。

 ドラギオンの四天王としての肉体は、夜闇に包まれつつある地表の様子もしっかりと捉えていた。


 今、ドラギオンが飛行している位置はメディスンの屋敷の近く。

 もう直にヘリオの湖と屋敷を囲む森に差し掛かるだろうという所だった。


 ドラギオンは不意に自身の身体に違和感を覚えた。



「……?」



 その違和感の元はどうやら左手からのようで、ドラギオンは空中で止まると左手を見やる。



「っ!?」



 ドラギオンは驚愕した。


 本来はそこにあるべき、己が左手が無かったからだ。

 左手首より先が、無かったのだ。


 まるで古い土壁が崩れるようにポロポロと、水気の無い断面を晒しながら左手首から下が今なお少しずつ崩れていっている。



「馬鹿なっ!?」



 ドラギオンは空中で止まり急いで傷口を押さえる。

 しかし、その傷は押さえた側から更に崩れていく。否、崩れるだけではない。傷口から更に腕にかけて(ひび)のような傷が広がっていくのだ。


 そしてドラギオンが驚いたのは、二つ。

 一つは、攻撃を受けた瞬間が分からないという事だった。

 どのタイミングで攻撃されたのかが、その瞬間が分からなかったのだ。

 そしてもう一つは、四天王としての再生能力が働かないという事だった。

 どれほど待っても魔力を腕に集中させても傷は全く塞がらない。



「ど、どこから……《火の温もりを(ファイア・ウォームス)》!」



 ドラギオンの身体に入った罅は、加速度的に広がりを見せていく。

 左手から左腕、そして左肩から左胸にそして腹部や背中にも広がっていく。

 本来あるはずの再生能力も利かなかったドラギオンは、火属性の回復魔術を掛ける。


 しかし、それでも傷は塞がらない。

 ドラギオンの魔術は確かに発動しているはずなのに、その効果は全く発揮されていないのだ。



「こ、れは」



 ドラギオンの身体に広がる罅は塞がらない。

 それどころか、止まる事すらなくますます広がっていく。

 その罅は全身に向けて、一切の勢いを失う事なく広がり進んでいく。


 背中に、右腕に、腹部に、臀部に、左足に、右足に。

 ドラギオンの全身に罅割れが広がり、罅割れた個所からは四天王特有の黒い血が滲み始める。


 そうして遂には。



「ぐ」



 小さな断末魔を上げると共に、ドラギオンの顔にも罅が入る。

 燃えるような赤い瞳にも亀裂が入り、頭の先まで罅が行き渡ると同時にドラギオンの命は尽きた。


 ドラギオンの全身に満遍なく行き渡った罅は更に細かく、ドラギオンの身体に食い込んでいく。

 この時点では既にドラギオンは絶命しており、当然ドラギオンが維持していた飛行する魔術も既に解かれている。

 ドラギオンの身体は凄まじい高さから落下しながらしかし罅は広がり続け、その身体は辛うじてドラギオンの形を保っているだけになる。



「……」



 そしてドラギオンは遂に地面と激突した。

 高所から落下した衝撃で罅が全身に行き渡っていたドラギオンの身体は砕け散り、その身体の肉片と黒い血が辺り一面に勢いよく散らばった。

 その結果まるで水風船を叩きつけたかのように、地面に黒い染みが広がった。


 こうしてドラギオンは、求めていた強者との戦いをする事も無くその命を散らせた。



「……」



 物言わぬ死体になったドラギオンの肉体は、肉片になってもなお罅が広がっていく。

 ドラギオンが生きている時よりもなお細かく、そして早く罅は広がっていった。


 その罅は、ドラギオンの身体がおおよそ塵とも呼べる程にまで細かくなってからようやく止まった。

 そしてその肉体と黒い血は、徐々に空気に溶けるように消えていった。



「……」



 ドラギオンに魔術が命中し、地に落ちて砕けるさまを風雅は《超感覚(ハイセンス)》によって強化された目によって見ていた。

 そして死んだドラギオンの肉体の破片が消えていく様子を最後まで、風雅はその強化された目によって確認し続けていた。


 その肉の最後の一片、その黒い血の最後の一滴が消えるまで。


村を壊さない場合もあります。

念のため、悪しからず。

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