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X回目のイセカイテンセイ 第005話 天風

対四天王戦第一回、開始です。


それではどうぞ。



「少し、お待ちくださいね。あまり時間は取らせません」



 風雅はそう言ってリラから視線を完全に外すと、自身の左手首に右手を(かざ)した。

 すると、右手より淡い光が漏れ出るようにして左手首を覆った。

 光が収まった風雅の左手首には、革製のバンドに繋がれた金属で出来た文字盤とその上を回る三本の針が特徴的なブレスレットがあった。

 これは風雅の居た世界では、腕時計と呼ばれていた物だった。


 風雅はその作り出した腕時計を見て、小さく頷いた。



「時間は、あと三分ほどですね。それまでは会話でもしていましょう」


「……ッ!?」



 だがその様子を見ていたリラは絶句し、戦慄した。

 その腕時計を作った方法と、その腕前に。


 先程風雅が行った腕時計を作り出したそれは、錬金術と呼ばれる魔術の一種である。

 錬金術とは現代で言うところの化学とも密接な関係にあるもので、主に物質を扱うものであり物体の形状や三態の自在な変化、そして化学反応を起こす等が出来る。

 しかし錬金術は基本的には物質を操る魔術のため、元となる素材が必要不可欠でありそれ無しには発動しない。


 風雅の手元には元となる物質は存在しなかった。

 それでも錬金術が行使できたのは、己が魔力を錬成の素材としたためである。

 魔力を物質化した魔力結晶を基に錬成を行う事は十分可能であり、故に理論上では形を持たない魔力より物質を錬成する事も勿論可能な事ではある。

 ただこの方法は、錬金術を生業とする一般的な錬金術師では習得が至難の技となっている。


 物質を扱う錬金術でも形の無い気体を扱う事はセンスが必要とされ、形の無い魔力はそれに加えて細やかな魔力操作を必要とする。

 実際時計に使われているパーツ総数やパーツごとの形状や大きさ、掛かった時間の少なさを考えれば間違いなく非凡のそれと言えるだろう。

 加えて、この技はある種の錬金術という術理への理解と術への落とし込みが必要であり、錬金術の秘奥である賢者の石の創造を行った者でもなければ発想すら難しい技でもある。


 魔力をそのまま錬金術の材料に用いて小さく複雑な物をここまで早く作り上げる錬金術師は、この世界では希少という言葉では温い程に少ない。

 当然、リラはその技について理解こそしていないもののそうした技があるとは知っていた。

 その技が扱え得る、片手で数えられる程度しかいないその稀少な者達も全て知っているはずだった。



「な、な……っ!?」



 ここで問題なのは、そんな目立つ存在である風雅をリラが知らなかったという事である。

 リラは腕時計を知らないが、綺麗かつ緻密な細工の入った装飾品として見ても風雅の作ったそれはこの世界では高度な代物であり、仮に材料ありきで細工に慣れた錬金術師が同じ見た目の物を作ったとしても作業にそれなり以上の時間がかかると推測していた。

 それを材料も無しに魔力から直接かつほんの数秒程度で作り上げる能力は、相当に珍しくまた間違いなく優秀である事も理解出来ていた。


 しかしリラから見ても風雅の錬金術は才能やセンスはあまり感じられないものであり、感じられたのはただひたすらな鍛錬と膨大な修正の跡だけだったのだ。

 鍛錬を重ねた末の技術ならば、普通は誰かに師事して学ぶか或いはどこかの組織に属して研究していくのがこの世界のセオリーだ。


 だがリラの手元には、かなりの長い間錬金術を磨いたであろう風雅とその周辺の情報が一切集まっていなかった。

 これだけ目立つ技能を持つ人物なのにそれに関連する情報が無い、という事実にリラは焦った。



「お前……誰なんだよ。ここがどこで、僕が誰だか知っててそんな態度なのかよっ!?」


「……先程お伝えしたかと思いますが、フーガと申します。貴方は魔王軍四天王のリラさんですよね? ここは貴方の拠点の一つだと認識していますが」


「何処でそれを知った!?」



 その上リラの知らない相手が、どうやって知ったのかリラ自身の事を知っている。

 逆の事態は今まであったが、いつもなら自分がしている事を相手にやり返されるなんて屈辱はリラにとっては初めてであった。


 その上会話の最中にリラは壊れた事に気付かずいくつかの魔道具を使用しようとしたが、外見上問題が無いはずのそれらは一切起動しなかった。

 リラには形を壊さず機能だけを壊すという高度な魔術だという事には気付けなかったが、こうした妨害は風雅の仕業である事ぐらいは理解出来ていた。

 非常に珍しい技術を駆使した高度な錬金術を使用し、相対した魔道具を止められるうえに世間一般には知られていないはずの四天王の情報を知る、リラが掴めない程に世間に情報が出回っていない人物。

 一言で言えば、有り得ない存在である。


 リラは、さながら親の仇を見るかのような殺気が込められた目で風雅を睨む。

 四天王の殺気を一身に受けているはずの風雅は、しかし表情にすら何の変化も無く腕時計から顔も上げずに返答した。



「恐らくお伝えしても理解していただけないかと。実際、今まで理解された事もありませんし」


「はぁ? 意味分かんないんだけど? そこまで調べておいて、四天王の僕に楯突く事がどういう意味か分からない、なんてことないよね?」


「……? どこが楯突く事になるんですか?」


「情報源を隠す真似だよっ! そもそも、お前と会ったのはこれが初めてだっ!! 適当な事を言って煙に巻くんじゃねぇって言ってんだよぉっ!!」



 突然の部屋への侵入者に加え魔道具の不発で混乱していたリラの頭は、口調とは裏腹にその侵入者たる風雅との会話で少しづつ冷静になっていった。


 風雅がどの程度の実力を持った存在なのか、リラには未だ測りかねていた。

 フォージス王国内外問わず大きな被害を撒き散らしている四天王の一人を前にし、四天王の存在を正しく知っている様子であるはずなのにその一人であるリラを恐れる様子が無い。


 またこの魔道具や魔術によって固められた拠点への侵入という点だけでも、並の者ではあり得ない。

 地下にあるこの場所へ設けた入り口を経由せず、それもリラに一切気付かれる事なく結界等による防護を突破してきているだけでも十分容易でない事であり、それに加えて風雅は地下部屋の中の魔道具等の類を一切起動出来ないようにしていた。


 錬金術の腕前や侵入方法等リラにとって風雅の事は不明瞭な事だらけであったが、四天王を狙う者という時点でどんな相手かは相当に絞られていた。

 リラの推測では相当の手練れ、それも四天王を狙ってきた事を考えるに騎士団か教会、或いは勇者に与する人物であると見立てていたのだ。



「……所属は何処だ? お前のバックには誰が居る? 騎士団か、それとも教会か?」


「はぁ。まあ、騎士団も教会も過去には所属していましたけど今は所属していませんし、今列挙された陣営からの命令で来たわけではないですね」


「ならどこから来たんだよ、お前!」


「ですから、今の所属は無いんですよ。こちらに伺ったのも、私の独断によるものです」


「嘘つけぇっ!!」



 とぼけたような返事をし続ける風雅に対し、短気なリラは会話では埒が明かないと思考を切り替えた。

 言葉でダメなら痛みで言葉を引き出せばよい。場所の割れたこの拠点を引き払い、安全な所でこの男を存分に甚振ればよい、と。

 リラは言葉を切って、膨大な魔力を練り上げ始める。


 戦闘経験は乏しくとも、リラは四天王の一員。

 一般人にしてみれば意志ある災害であり、成す術がない恐怖の存在である。

 その魔力量もそこから解き放たれるであろう魔術も、四天王という名に負けない凄まじいものであった。



「言いたくねぇなら、後でたっぷりと拷問してやるよぉ! 《甘き夢路(ハッピードリ)――――――」



 リラから放たれようとしていた魔術は、《甘き夢路へ(ハッピードリーム)》。

 分類は結界魔術に類する無形の結界であり、避けるのが困難なこの魔術の射程は最大でリラを中心に半径一キロほど。

 四天王であるリラの精神性を具現化させたようなこの魔術は、対策が無ければ食らった相手の意識を問答無用で奪って魔術で作られた夢の世界へと閉じ込めるという、凶悪かつ一撃必殺の初見殺しの魔術である。

 当然この《甘き夢路へ(ハッピードリーム)》を食らった者は、敵前に無防備な身体を(さら)け出す事になる。


 この魔術は明確な脱出方法が用意されているために効果は非常に強固であり、脱出法以外の方法での対抗がとても難しい。加えてこの脱出方法も瞬時に分かるようなものでもなければ、分かったとして即座に選び取れる人の少ない方法でもある。

 まさしく、当たれば勝つような魔術であった。



「……」


「――――――(ーム)》!?」



 そんな魔術をリラが放つ直前、風雅がリラの方を一瞬だけちらりと向いた。

 その瞬間リラの集まっていたはず魔力が霧散し、同時にリラは床に仰向けに倒れ込んだ。


 リラは己が魔術が掻き消されるようにして不発に終わり、更に突然自身が倒れ込んだ事に何が何やら分からないといった表情になる。



「……は?」



 敵を目の前にこのままではまずいと、即座に起き上がろうとしてもリラは全く起き上がる事は出来なかった。

 苛立ちながら、リラは徐に自身の右手を見る。



「……は?」



 床に、リラを中心として黒い液体が広がっていた。

 その液体はリラの肩口から零れていた。


 この黒い液体は人ならざる四天王の血である。

 人とは違い赤みすら帯びていない真っ黒な液体であり、生物の中でも強者に類する四天王にとってあまり見る機会の無いものである。

 では何故そんなものがリラの肩から流れているのか。


 それは、リラの右肩から先が失われていたからだ。



「……っ!? な、う、うわぁぁああああああ!?!?!?」



 リラの右肩より先が無い。

 床にも落ちた右腕等は存在せず、ただ黒い血だまりがあるのみだった。

 文字通り、リラの右腕は消し飛んでいたのだ。


 否、右腕だけではない。

 リラが自身の身体を見渡すと、失われていたのは右腕だけでない事に気が付いた。

 両足に、左腕。

 リラの四肢が全て、右腕と同じく付け根から失われていたのだ。

 そしてもがれた個所からは右肩と同じく、リラの黒い血がとめどなく垂れ流されて床を黒く染めていた。


 その事実を理解したリラは、パニックを起こしてただひたすらに叫ぶ。

 痛みが、久しく負う事の無かった怪我が、魔術を止められたという出来事が、リラの頭の中で処理出来ずに絡まって思考を滞らせ始める。


 誰の仕業かはリラも分かっている。

 風雅に他ならない。

 しかし、方法が分からないのだ。過程も、何をしたのかも、その結果がどうしてこうなるのかも、だ。


 そして、リラが倒れてから叫び続けている間も血は止まらない。

 それが何よりもリラを焦らせた。



「ど、どうし、どうして……っ!? なんで治らないんだよぉぉおおおおっ!?」


「それは、私が阻害しているからですよ。伝達やその妨害は、風の得意分野ですから」


「なっ!? えっ!? はぁっ!?!?」


「そちらの事はある程度調べ、策も練りました。見損なわないで下さい」



 遅れてきた痛みによって、更に頭を掻き乱されているリラ。

 対する風雅は先程までと何も変わらぬ調子でやはり時計から目を上げる事無く、淡々と言葉を述べた。



「ぐっ……! うぐぅ……!」



 何をされたのか分からず、また痛みに思考が占拠されながらもリラは考える事を止めなかった。


 四天王は本来ならば並の武器や魔術では殆ど傷付かず、またどんな酷い怪我を負おうとも己が魔力によって身体も再生し傷もたちどころに塞がってしまう。

 これは魔術というよりは、四天王となった身体の機能の一部と考えた方が正しい。

 故に一般的な装備かつ並の力量の兵士程度では、いくら数を揃えようともそもそもの身体が頑丈なうえに高速で再生し続ける四天王を倒す事は不可能に近い。


 対処するならば短期決戦。

 そしてそれを実現出来るのは高度な魔術や強力な魔道具、それに聖剣による一撃くらいのものである。

 四天王には及ばぬ低い程度の再生能力を持つ魔物を相手にする時でさえ、多くの国では大勢での短期決戦か早々に離脱する事を国民に呼び掛けている。

 この世界でのある種常識のようなものである。

 リラも当然それくらいは理解していた。


 故に自身に傷を負わせかつその治りを阻害しているそれは再生能力への対抗策であると、詳細こそ不明であるもののなんらかの魔術か魔道具だろうと推測していた。



「分からないのも無理ありません。種明かしをする気はありませんが」


「っ!?」


「えっとですね、心を読む魔術ってご存知ですか? こちらに伺った時からずっと使っています」


「は、えっ」


「だから、行動も考えも筒抜けなんです。リラさん?」



 風雅はゆっくりとリラに近寄ると、芋虫のように地面に転ぶリラを見下ろした。

 その目は光の無い、感情も何もない酷く冷え切ったものであった。


 リラはその目を知っていた。

 リラと相対した人や動物によく見たものだ。

 死ぬ間際の生き物がする絶望しきった目、それとよく似ていた。


 リラにとってその目がこれほど恐ろしいと思ったのはこれが初めであり、同時に最後でもあった。



「……っ」


「……そろそろ三分ですね。それでは、()()を終わらせましょうか」



 風雅はそう言うと、リラの方へと右の手のひらを向ける。

 そして小さく呟いた。



「さようなら、リラさん。《我が風よ(マイ・ウィンド)》」



 年の割に鍛えられていた、潰れたタコの跡が見える風雅の右手のひら。

 それがリラが死ぬ間際に見た、最後のものであった。

なお、この風雅がリラに負ける事はありません。

念のため、悪しからず。

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