X回目のイセカイテンセイ 第004話 接触
特に無しです。
それではどうぞ。
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-Tips-
・錬金術
おおよそ万人に使える数少ない魔術の一つ。
物質に干渉し、その組成や物質そのものを変化させる魔術。
錬金術の精度や規模は知識の度合いに比例し、現代日本の中学生程度の化学の知識であればこの世界では一般的な錬金術師以上の腕となる。
またこの術で魔力や魔力結晶を用いると、おおよその物質や或いは一定量の対価とする事が出来る。
故に錬金術の界隈では、魔力結晶の事を「万物の基」「賢者の石」等と呼ぶ事もある。
この世界では、魔術と錬金術を分類として分ける傾向にある。
イメージと魔力が必要な点はどちらも変わらないが、使用出来る程度が適性と練度に依存する魔術と、知識のみに依存して原理さえ知っていればおおよそ万人の扱える錬金術では、大きく異なる事も理由の一つだろう。
しかし、その分類には錬金術を特別視する錬金術師の主張等も多分に絡んでいる。
・魔道具
魔術的な加工を施された道具の総称。
意図的に魔力を流す事で特殊な効果を発揮するが、使用者から溢れる余剰魔力や大気中の魔力によって持っているだけでも一定の効果を発揮する物もある。
一部の特別な魔道具は「選定魔道具」とも呼ばれ、使用者の意志に呼応して現れる他、一般的な魔道具よりも強力な効果を持っている事が多い。
この選定とは魔道具が使用者を選ぶという意味で、選ばれた者でなければその魔道具の効果を十全に発揮し得ない。
また使用者の意志によってその魔道具を一時的に消す事も可能で、その場合消した魔道具は使用者の魂へ形を変え、再び呼び出されるまで保存される。
使用者が死んだ場合は、基本的には再び世界のどこかに現れて次なる使用者を待つ。
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都市アルメロス。
この都市の中心部よりやや北に外れた位置の、その地下深く。
そこには、物理的に地上との繋がりの無い入り口のみの一室があった。
そこは豪華な装飾や調度品によって整えられた、書斎のように見える。
中心の開けた大きな部屋には様々な物が置かれていた。
部屋の奥にある細かい細工の施された重い木製の机に、壁に本や模型等を収めた大きな棚。
更には精緻な模様の入った絨毯に細部まで作り込まれた鮮やかな壺、彫像等々、部屋を圧迫しない程度に色々な物が部屋を彩っていた。
そんな部屋の机の近く、黒い革製の背凭れや肘掛けにクッションまで付いた座り心地の良さそうな椅子に腰掛けていたのは、小綺麗なスーツを身に纏った男装の女性であった。
女性というにはまだ幼さを残す顔と背丈の彼女は、この都市にあるロッキオファミリーのボス、ロッキオを名乗っている四天王の一人、リラ本人である。
切れ長の気の強そうなツリ目に金色の瞳を持ち、濃い紫の髪は短くまとめられている。
そしてその肌は、何か塗られているかと思われるほどに青白かった。
「……ふぅん、物は十分か」
リラは机の上に乗っている革袋から、黄金色に輝く硬貨を一つ摘まみ出しては納得したように頷いていた。
その硬貨は大金貨と呼ばれる、このフォージス王国の発行する硬貨の中で最も高い価値を持つ硬貨であり、一般市民の生活ではあまり目にする事の無い物である。
これを日常的に扱うのは王族や貴族、それから豪商や銀行といった大金を扱う一部の立場や施設の者ぐらいだろう。
リラはその一部の立場、ファミリーのボスとして納められた上納金を数えていたのだ。
ならず者をまとめただけの組織であったが、今や都市アルメロス有数の勢力の一つとなっているこの現状はリラにとってはとても非常に満足出来るものであった。
「まあ、もうそろそろ勇者が呼ばれるらしいし、金はいくらあっても良いからね。いくらでも使いようはある」
リラは底意地の悪そうな笑顔を浮かべ、くっくと押し殺した笑い声をあげる。
リラにとってこのファミリーのボスという立場は数あるリラの隠れ蓑の一つに過ぎず、またこの組織でお金を集めて別の組織でその金を運用する事も当たり前のように行っていた。
リラは既にアルメロス内でも大小の規模の違いこそあれど複数の組織を運営しており、同都市内で最も巨大なこのロッキオファミリーを筆頭にいくつかの似たような弱小、中堅の組織を率いていた。
現在ではこの都市だけでもリラの影響度はかなり大きく、またこの都市での儲けを元手に他の都市にすらいくらか手を伸ばしている状況であった。
各冒険者ギルドに魔術協会支部、教会支部に商会の有名どころ等々とリラの息のかかった人物は着実に増えており、物の流れや人の動きといった情報もリラには手に取るように掌握出来ていた。
そしてリラはこうして得た利益や人脈を元に、四天王や魔王へ迫る勇者への対策を考えていたのだ。
リラの四天王としての役目は参謀、所謂ブレイン。戦える場の準備とそれをいかに有利にするかを求められる立場である。
勇者の召喚が極々近くに迫る中、集められるだけの金を集めて勇者への対抗策を実現出来る範囲で行わなくてはならないのだ。
「まあ、とりあえずは教会や騎士団の一派に圧力でも掛けて直近の情報をまとめるかな」
リラはそう言って革袋の口をゆっくりと閉めた。
その顔は、リラの内に渦巻く度し難い愉しみによって酷く歪められていた。
リラは元々四天王の中でもあまり表に顔を出す事は無く、また直接戦闘する事も少ない。
というのも、リラはそもそも戦闘力だけで言えば四天王の中では最も低いのだ。
魔王によって齎された力によって並の魔物よりは遥かに強いものの、勇者以外の人間側の強力な英雄達相手であっても倒され得る程度でしかない。
一般人にとってはやはり化け物だろうが、屈強な英雄達にとってリラの戦闘能力は手強い障害程度でしかないのだ。
しかしリラの本領はそこではない。
リラは策を張り巡らせ、人を追い込み、人を使う。
つまり、情報戦或いは人海戦術による搦め手こそがリラの本領であるのだ。
故にリラは自衛の手段は豊富に揃えていた。この地下にある、物理的には何処にも繋がっていない地下部屋もその一つである。
厳密にはこの部屋の扉は魔術的手法によってとある部屋の扉と繋がっているので酸素や入退室には殆ど問題は無く、またこの部屋と繋がる事の出来る扉は地上に複数ありそれらを好きなタイミングで切り替える事も出来るため、全く繋がりが無いわけではない。
この扉は実際逃走の手段としてはかなり有用で、またそれ以外にも備えとして魔道具と同じ要領で部屋そのものも結界や監視、緊急脱出等様々な機能が取り付けられている。
この場所もまたリラの保有する数ある多機能な拠点の一つであり、様々な献上品に溢れたこの部屋はリラにとってはお気に入りの場所の一つだった。
「まあ、もし勇者が多少強くても魔物を嗾けて体力削らせながら手札を確認すればいいだけだし? シメは戦いの場に一番最適な四天王を送ればいいだろうしね。暴力なんて雑な事はアホに任せりゃいいさ」
人を小馬鹿にするような事を呟きながら、リラの頭の中では勇者の攻略方法がいくらでも浮かんできていた。
人の英雄としての象徴であり頂点である勇者。
そんなものが呼ばれたとしても、その勇者も人である以上対処のしようはいくらでもあるのだ。
不和を煽って内部分裂をさせても良いし、絶え間ないゲリラで体力や精神力を削ったり、内通者を用意して背後から刺させたり、こっそり毒を盛って勇者を疑心暗鬼にしたりしても良い、と。
またそれらを実行出来るだけの手駒も方法も、既にリラは備えていた。
だからこそ勇者が相手であっても負ける気はまるでせず、むしろ場外からどう嬲ってやろうかと心の内で舌なめずりをしていたのだ。
実際リラ自身が自分の存在をひた隠しにして自身に繋がる情報や手段を大きく制限した事、今までの仕込みが上手く作用して情報も不足なく収集出来ている事等、現時点までは確かに全て上手くいっていたのだ。
自身の存在を知られる事無く、安全圏から自分の手を汚さずに敵を好きな方法で始末出来る。
それこそがリラにとってはとても胸の躍る、四天王の中での自分の役回りだと信じていた。
だからこそ。
「よいしょっと」
「……?」
突然、何も無い空間から現れた青髪の男、風雅にリラは虚を突かれて反応が遅れた。
「こんにちは、ロッキオさん? それともリラさんの方がよろしいでしょうか?」
「……っ! な、あれっ!?」
部屋を流れる優しいそよ風共に、風雅はリラの前に降り立った。
冷めた表情でリラを見据える風雅に対して、リラは一瞬遅れたものの咄嗟に部屋の機能の一つである緊急脱出、端的に言えば《転移》を再現する魔道具の一つを起動させた。
確かに魔力はきちんと流れて魔道具は無事に起動した、そのはずだった。
しかし、何も起こらなかった。何度リラが起動させようとしても、それは同じだった。
それもそのはず。
この部屋の中にある魔道具や魔術等の仕掛けは、既に風雅の手によって外見はそのままに魔術的な機能の一切を破壊されていたのだ。
風雅と共に現れた優しく、部屋全体へと行き渡ったそよ風。
それこそがこの部屋の仕掛けの一切を破壊した魔術だとは、流石のリラも分からなかったのだ。
「言っておきますけど、外部に退避或いは連絡が取れるとは思わない方が良いですよ」
「お、お前……っ! なんなんだよ! どっから来たんだよお前!」
「ああ、失敬。伺ったのはこちらですし、先ずは名乗らないといけませんね」
リラの、こうした想定外の外敵への甘さは本人の戦闘経験の乏しさとこの地下部屋の設備の充実によるものが大きい。
戦闘の経験がある他四天王ならばすぐさま反応して返しの一撃を叩き込んだであろうところ、リラは咄嗟に動けず、また選んだ手段は逃走の一択。
判断は悪くないものの、その行為自体がどうしようもなく一瞬遅い。
これにはリラの心の弱さも大きく影響している。
リラは攻めに回ると調子良く続けられるのだが、一旦ペースを乱されたり思いもよらぬ反撃を受けると勢いが衰えてしまうのだ。
加えて基本表に出ないように暗躍し、仮に戦闘が起こっても四天王由来の強さと魔力量でゴリ押ししてきたリラには戦闘で培われる機微や技術が身についておらず、また本人も好みではないそれらをあまり学ぼうとはしなかった。
だからこそリラはそうした自身の不足を補うために設備や道具等の備えをしていたのだ。
特にこの地下部屋はリラの持つ拠点の中でも設備の質はかなり良い部類であり、故に滅多な事では侵入もされずまたそうなる前にリラが気付ける場合が殆どだった。
結果として学ばずに済んできたという話ではあるのだが、幸か不幸かそれらが問題として顕在化してリラの前に立ちはだかる事は無かったのだ。
今日この日までは。
「どうも、私はフーガと申します。いきなりで恐縮ですが、しばらくそちらのお時間を頂きますね」
対四天王戦、開始です。
早いでしょうか?