X回目のイセカイテンセイ 第025話 魔術
引き続き、事案です。
それではどうぞ。
「……なので、突然襲われたのであの赤い化け物が何なのかはよく知りません」
「話して下さり、ありがとうございます」
「いえいえ、何の情報にもならなさそうですし」
「でもそれだと柏葉さんを襲ったあの人型が、まだ近くに居る可能性があるって事になりますよね」
「でしたら、柏葉さんにも自衛手段を獲得していただきましょう」
後日のある朝、風雅達は和室に集まりある事を話し合っていた。
その内容は、昨日の一件に加えて柏葉唯の暮らし方についてだ。
唯が暮らすにあたって、風雅がまず考えたのは唯の最低限の自衛能力と日常生活に必要な事を覚えてもらう事だった。
特に自衛に関しては武術は即座に身につくものでも即席で威力を発揮し得るものでもないため、この場合は魔術中心であると伝える事にしたのだ。
風雅は可能な限り唯を守るつもりでいるのだが、あらゆる事に絶対は存在しない事を風雅は経験上よく知っていた。
自分達がどれほど強くとも、どれほど気を配ろうとも、絶対だけは決してあり得ない。
それを草太と鎌作、唯の三人に話す。
三者の反応はそれぞれ異なっていたが、どれもおおむね好意的なものだった。
「俺は良いと思うぜ? 手も足も出ねぇよりはマシだと思うしな」
「僕は柏葉さんをなるべく戦いに巻き込みたくないですけど、万が一という事もありますし……生存率を上げるためなら、良いと思います」
「えっと、草壁さんが教えてくれるんですか? 使えるなら使ってみたいですし、私はやってみたいです」
唯の言う通り、風雅は元々自分が魔術を教えるつもりでいた。
草太や鎌作と比べ、魔術の腕がどの程度かは不明だがそれなりの時間を風雅は魔術に費やした。
当然、基礎的な魔力の扱い方や属性のある魔術の扱いもそれなりに慣れているという自負もあった。
費やした時間が何の指標にもならない事は風雅も知っていたが、風雅はそれでも草太と鎌作に確認を取った。
「私が言い出した事ですし、元々私が教えるつもりでしたが……もしも私よりも良く教えられる方が居らっしゃればそちらにお任せした方が良いと思います」
「えぇ……私は草壁さんで良いんですけど」
「……生憎と俺は覚えたいやつだけ学んできたし、教え方は下手だからパス。働いてたときゃ、部下の教育が下手だのなんだのと言われ続けたもんだしな」
「僕もそうですね。魔術は殆ど独学でしたし、何より権能を中心に使ってきたので人に教えられる程では……」
新しく出てきた権能というワードに首を捻る唯はさておき、草太と鎌作の二人が教師役を辞退したため結果的に風雅がやる事となった。
そしてその下準備を、唯の住む部屋にて行う事となった。
「では調べます」
「……」
部屋を移動し、唯が住む事になった部屋にて。
二人きりの部屋で椅子に座った二人は向かい合い、風雅は唯の手を握って目を閉じて唯の魔力や魂に意識を集中していた。
風雅が魔術を教えるにあたって、最初に始めたのは魔力の測定と属性の鑑定である。
魔力の測定ではどの程度の魔力を保有し、またその外に漏れる余剰魔力を見る事でどの程度の魔力が扱えるかをざっと確認するつもりであった。
そしてその後、魔術を扱う際に魔力の流れる道である魔力路や魔力の根源である魂の状態から属性の鑑定を行い、主要である四属性の魔術がどれだけ扱えるのかを調べるつもりであった。
しかし。
「これは……」
「えっと、どうですか?」
魔術によく慣れた、いや酷く卓越した者はこうして他者の魔力量や魂の状態を漏れ出る魔力、それに魔力や魔術の制御を行うために魂から発せられる精神波等から相手の扱う魔術や得意とする魔術、また相手の魔術を扱う能力がどの程度のものなのかをある程度知る事が出来る。
当然この精度は人によって大きく異なる。特に優れた者は相手の扱う魔術の適性を完全に把握出来たり、流れる魔力量の微々たる差からその者の魔術を扱う力量をも正確に知る事が出来る。
残念ながら風雅にその才は無かった。
あったのはその能力の習得に費やした膨大な時間と試行回数、そしてその工夫である。
才ある者ならば多少慣れれば十全に扱い得るそれを、同程度の精度まで習得するために努力しそして身に着けた。
しかし、風雅はその能力を今少し疑った。
「魔力が、少な過ぎる」
「はい?」
「……なのにこれはおかしい。やはり、自惚れてただけできちんと修めきれていなかったのか?」
「あ、あの~?」
「っ! 放置してすみません。念のため、あと二回程時間をおいて測定してみましょう。それでもダメなら魔道具を使います。今後の方針にも関わりますし、測り間違いが無いように重ねて行います。お時間を取らせしまい、申し訳ありませんが重要な事ですので何卒ご了承ください」
「わ、分かりました」
風雅の有無を言わせぬ物言いと気迫に、唯は少し狼狽えながらも特に反論する事も無く受け入れた。
そして時間をおいて二度測り直したものの結果は変わらず、また魔道具による測定も魔道具を作成しては測定してを三度繰り返したがやはり結果は変わらなかった。
最初は魔道具の不良を疑った風雅であったが、最後にもう一度自身が測定しても何も変化がなかったため暫定的ではあるが、結論付けた。
柏葉唯は魔力に乏しい、と。
∞
「……というわけです」
「えっと、それじゃあ私は魔術は使えないって感じですか?」
「いえ、そういうわけではないと思いますが……」
「でも習得は難しいんですよね。方針を変えるんですか?」
「いえ、あくまで通常より難しいというだけです。希望が無くなったわけではありませんよ」
風雅は少し言いにくそうに、視線を下げる。
唯へと風雅は測定の結果を言いにくそうに述べた。
魔力が少なという事は、それだけ反復練習する事も難しいという事。
またその魔力量的に、大規模な魔術行使が行えない事を示すものであった。
この事実は、魔術を習得する際に大きな障害となるだろう。
膨大な訓練と試行錯誤によって魔術を修めた風雅にとって、その事実はとても言い辛いものだった。
その結果の反応としては、しかし唯の対応は落ち着いたものだった。
「まあ今更武術とか、私の素の身体能力じゃ自衛はちょっと難しいと思いますし。それに風雅さんが色々考えてくれるんですよね?」
「……。ええ、勿論です。では、仕方がありません。柏葉さん」
名前を呼ばれて、唯は姿勢を改める。
そんな唯に対し、風雅はゆっくりと静かに尋ねた。
「何か、私に伝えていない事はありませんか? ああ、もちろん言いにくい事ならおっしゃらずとも構いませんし、これは柏葉さんを責めているわけではありません。どうか悪しからず」
「えっ? それってつまり隠している事ですか?」
「ええ。あくまで念のためにお伺いしますので、答えたくないならば答えていただかなくとも構いません。強制ではないので」
「えっと……多分魔術に関係する事、での隠し事ですよね?」
「はい。……言葉足らずで申し訳ありません。魔術に関する事で間違いないです。何かのヒントになるかもしれませんので」
風雅の真剣な表情に、唯は少し思案する。
魔術に関する、隠し事。
記憶も無いのに変な話ではあるのだが、唯はこの世界に来て風雅達と出会うまで魔術の存在というものはあまり信じていなかった。
何より魔術に対する知識というものも有るわけが無い。その魔術そのものが体系的にまとめられている事すら唯は知らないのだから。
そんな、魔術という存在に深い理解があるわけでもないのにそれに関する隠し事等が有るわけもない。
よく頭を捻ったうえで唯は風雅へと言葉を返す。
「あの、えっと多分無いと思います」
「……そうでしたか。ありがとうございます」
「いえいえ。あー、でも元居た世界でおまじないとか変な儀式でもしたかどうかって話なら、私覚えていませんけど」
「いえ、恐らくそうした事は関係していないかと思われます。だとするとやはり変ですね……」
風雅は少し首を捻り、唸る。
風雅の最後の言葉が気になった唯は尋ね返す。
「変ってなんですか? 何かおかしかったんですか?」
「……単刀直入に言います。柏葉さんは魔術の使用した跡が魔力路に見られます」
「えっ?? 魔力路??」
理解が追い付いていない唯に対して、風雅は更に言葉を続けていく。
「一度も魔術を使用した事は無い様子でしたので、どうにもおかしいなと思いまして」
「そりゃ、使用した事は無いですけど」
「ですが、過去に魔術を使った跡のようなものがあるんです。弱いですが何度も、はっきりと」
「はぁ……そう言われても……」
「いえ、何度もお伝えしますが柏葉さんを責めているわけではありません。覚えが無いのでしたら、どうかお気になさらず」
風雅はさて、と話を置いて懐から何かを取り出す。
風雅の手に収まるその小さな何かは、指輪だった。
その指輪は銀色のシンプルなリングに、僅かな装飾として赤い宝石が埋め込まれていた。
「それは……?」
「魔道具といいます。魔力を使って動く物で、こちらは周囲の魔力を糧に動いてくれる物です。こちらをお渡しします。外に出る時は肌身離さず着けておいてください」
「ありがとうございます。……でもこれはどういう魔道具なんですか?」
「効果としては装着者の身体を覆う微弱な魔力に外的要因による急激な変化があった場合、魔道具の破壊と引き換えに一度だけ防護膜を生成するというものです」
「はぁ」
「使用に際し消費する魔力は殆どなく、また構造もシンプル故に複製もしやすい物です。同時に複数所持すると効果発動時に一斉に壊れるのが難点ですが、お守りとして持っておくには良いものです」
「えっと、ありがとうございます。大事にしますね」
小難しい話だと感じたあたりで、唯は風雅の話を切り上げる。
風雅は特に気分を害した様子もなく、そのまま少し難しい顔をする。
「元々、そちらは今日中に渡す予定だったんです」
「そうなんですか」
「ええ。自衛の術も同じく考えていました。威力や扱いが武術よりも簡単な魔術や魔道具の使用が中心になると思っていましたし、その際にと」
「私の事を考えてくれていたんですね。ありがとうございます」
唯は指輪を人差し指に嵌めると、風雅へとお礼を言う。
風雅は難しい顔を崩さないまま、唯へと更に続ける。
「日常的に使用するのは、あまり良くありません。こけた際や何かに手をぶつけた程度でも発動する可能性がありますから、普段は仕舞っておいてください」
「あ、そうなんですね。それは失礼しました」
唯は着けた指輪をそっと外す。
それを見届けた風雅は小さく頷いて立ち上がった。
「では予定を考え直したいですし、早いですが今日はこれにて終わりにしましょう。予また明日以降、柏葉さんの都合が良い時間にでも続きを行いたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「あ、はい! 是非お願いします」
「では、今日はこれにて失礼します」
風雅は丁寧に礼をすると、部屋から出て行った。
∞
「ふぅ……」
私は風雅さんが出て行ってしばらくしてベッドへと倒れ込み、貰った指輪を見る。
赤い宝石の入った、シンプルなデザインの指輪。
これは魔道具との事らしい。魔力? に急激な変化があったら守ってくれるとかなんとか。
なんでも魔術を教える時に既に渡す事にしていたとか何とか。ありがたいもんだわ。
「……」
魔術の使用、という言葉を聞いて少し苦い顔になる。
私は魔術を使った事は無い上に知識も全く無いが、風雅さんが出て行った後ぐらいに心当たりが浮上してきたからだ。
あの女神の元から帰って来た時にあった、「思い出した」ような感覚。
あれは何かの経験であり、技能であり、知識であり、そして酷く不可思議なものだった。
鮮明に今でも思い返せるが、あまりに非現実的で思い出した自分でさえも疑ってしまうようなもの。
それでいて「出来る」という確信だけはある、記憶。
あの赤い化け物にいよいよ殺されるという寸前に脳裏に過った、馬鹿みたいな選択肢だった。
まあ結局助けてもらったから使う事もしなかったわけだけど、今思えばそれは魔術っぽいような気もする。
意図的に隠していたわけじゃないが、うん。これは仕方ない仕方ない。
女は秘密がある方が美しく在れるとか聞いた事あるし、わざとじゃないからいいよね。
「隠し事、かぁ」
ふと、鎌作さんの言葉を思い出す。
そう言えばおっさんも同じ事聞いてきたな。
今思えばおっさんも風雅さんと同じ事聞いてきたのかもしれん。まあどうでもいいが。
ただ、この記憶のそれが魔術だとしてあまり使いたくないんだよなぁ。
思い出した記憶はなんというか、やたらと痛いイメージが付き纏ってるし。
何しても痛い。どんな使い方しても痛い。威力は高いみたいだけどこちらも痛い。
痛い痛い痛い、痛いけど強い。そんなイメージだ。
「うーん……」
こんな「思い出す」ような経験は初めてではなかった。
思えば、女神の所から戻ってくる時にはいつもあったような気がする。
しかし、あの赤い化け物に追われていたせいかゆっくりと記憶を整理している時間も無かった。
これはしょうがない事だ。
ただ、インパクトが強いのはこの記憶しかない。
今ハッキリと思い出せるのも、魔術を教わるという機会があったから思い出せたようなものだ。
また後々、ゆっくりと思い出して整理していけばいいだろう、うん。
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-Tips-
・我が血肉の刃よ
■■■の持つ魔術。彼女の得た到達点の一つ。
魔術の発生と同時に赤い刃が形成され、振り抜くようにして身体の部位を動かす事により軌道上の物体を切断する魔術。
この魔術によって作られるその絶大な赤い刃は、竜種すらも容易く両断する程の威力を誇る。
また、その威力や規模に対して消費魔力が異常な程に少ない事も特徴である。
しかし、この魔術は反動も大きい。
使用毎にその規模や威力に比例した、使用した部位の筋肉の断裂を含む身体的損傷及びそれに伴う激しい痛みが発生する。
この痛みは魔術の代償としての痛みのため尋常ではなく、部位や魔術の威力や規模にもよるが痛みに強い者や慣れた者でさえ最悪気絶する程の激痛となる。
この魔術は習得過程もその結果も、常に痛みと共にある。
守る事も出来ず、尊厳を踏み躙られ、肉体を嬲られ、破壊され続けた。
だからこそ、彼女は食い縛る歯が砕けようともこの魔術を使い続けた。
そんな彼女の怒りと後悔の記憶の結晶である。
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来月は16日のみに投稿を予定しております。




