X回目のイセカイテンセイ 第024話 忘却
記憶喪失の女性と、男性三人。
事案です。
それではどうぞ。
「私いきなり知らない所にきて、その、頼れる人も居なくて……」
私は、一先ず当面の問題に対して考えていた。
これからの居場所についてだ。
風雅さん、草太さん、鎌作さん。
この三人は、少なくともあの赤い化け物をものともしない力を持っている。
なんとかして、この三人と共に居られるようにしておきたい。
そして、出来ればこの家に住まわせてもらいたい。
他力本願も良いところだし、三人からしてみれば私を引き入れる事は全くメリットの無い話だ。
だから、相手の良心に訴えるしかない。
「出来る事ならなんでもします。どうか、ここに住まわせていただけませんか?」
そこまで言って、私は三人の様子を見る。
三人の中でいの一番に賛同してくれたのは、草太さんだった。
「そんな事言わないで下さい! ……草壁さん、よろしかったんですよね?」
「ええ、私は柏葉さんを保護するつもりでしたよ」
草太さんと風雅さんは互いに頷き合っている。
よし、この家の持ち主であろうこの三人の過半数に賛同してもらえた。
これは勝ったも同然だな、なんとかここには居させてもらえそうだ。
「おう、だがタダってわけにもいかねぇだろ?」
賛同する二人に、鎌作さんが異を唱える。
あー、ホント空気読まねぇなこのおっさん。
なんだ、何をしてほしいんだ私に?
破廉恥な下ネタならおっさん除いた二人が黙ってないぞ、多分。
「……何を柏葉さんに要求するつもりなんですか?」
「要求ってかルールだな。この家は草壁の持ち物だろ? 俺らは事情があるからともかくよ、この嬢ちゃんは自分の身すら守り切れねぇ子供だ。負担にしかならん」
「だからって……」
「だからこそのルールだろ? 力無いなら無いなりに決まり事は守ってもらわなきゃな。それすら守れねぇならこっちにも考えがある。無論ルールの内容は今ここで話すし、異議があればその都度修正だ。簡単だろ?」
鎌作さんが提案したのは、私がここに居る間守るルールのようだ。
そのルールは、ここで話されるらしい。
成程、一理ある。
確かに私は現状彼ら三人にとってはお荷物でしかない。
ならばこそルールを決めて私の行動に制限を加え、三人に迷惑を掛けないようにするというのは理に適っている。
おまけに三人の前でその内容を話すのだ、ふざけた内容ではないのだろう。
「薬山さん、ではそのルールの内容をお話し願えませんか?」
「おう。といっても今言えるのは三つだけだ」
「三つ、ですか」
「おうとも。大雑把に言えば迷惑を掛けない、包み隠さず話す、外出時には同伴者を忘れるな、の三つだな」
鎌作さんはそう言うと、指を三つ立てた。
聞いた限りだと、そこまで難しそうな内容に聞こえないが……
「先ずは俺ら、特に草壁や草壁の持ち物に対して損害……まあ迷惑掛けんなって事だ。場合や内容とかその回数によって、度が過ぎてるようならお灸を据える」
「……っ、それは、具体的には?」
「内容によるとしか言えねぇ。この家は草壁のもんだしな、家の備品壊したぐらいだったら草壁の裁量次第だろうよ。だが家そのものを原型留めねぇくらいにぶっ壊したなら、理由にもよるが最悪俺が叩き出す。草壁が何と言おうがな」
「……」
「要は程度の差は弁えろってこった」
そう語る鎌作さんの目は据わっていた。
やべぇ、このおっさんガチだ。
やると言ったらやる、そんな目をしている。
まあ、こちらも迷惑を掛ける気は毛頭ない。
妥当な内容だろう。
「次は、包み隠さず話すだな。これは何も聞いた事全部話せってわけじゃねぇが、こっちの必要性が大きく関わる。内容にもよるが、例えば今日会ったあの赤い化け物についてとかは答えてもらわねぇとな?」
「それは、構いませんけど」
「勿論、嬢ちゃんには拒否権もある。ただ俺らに深く関わるような、聞く内容によってはその拒否権は無くなるってだけだ」
次は、情報の伝達に関してか。
まあ、これも分からなくはない。
向こうからすればこちらは信用出来ないだろうし、聞きたい事もあるだろう。
これもまあ、ある程度は納得出来る事だ。
「私が嘘を言うかもしれませんよ?」
「ハッ。まあ、嘘言えば分かるからな。なぁ、草壁?」
「……そうですね」
馬鹿にしたように鼻を鳴らし、鎌作さんは風雅さんへと目を向ける。
それを受けて、風雅さんは目を伏せた。
嘘が分かる?
何か嘘が分かる手段でもあるのだろうか。
……なるべく、嘘は吐かないようにしよう、うん。
「最後は外出する時には相談して、外に出るなら同伴者を連れて行けって事だな。一人で出て行ったら、悪いが俺は知らん。何かあっても助けにもいかない」
「……ご尤もですね、はい」
「そこの二人は分からんが、知らせが無きゃ間違いなく初動が遅れる。だから相談の上で同伴者だ。……どうだ、真っ当なルールだろ?」
眉を顰める私なんて気にもせず、鎌作さんはドヤ顔をする。
まあ内容と理由は聞いた分はある程度真っ当だし、その点に関しては反論は無い。
私は力も無いし、あくまでおっさんはおっさんなりにこちらの権利も考えてくれているようだし。
ただ、おっさんに良い顔されるのは少しムカつくが。
「二人も、どうだ? ん?」
「私は異論ありません」
「うーん、聞いた内容では反論は無いですけど」
「おっし、んじゃあやっと本題だな」
そういうと鎌作さんはこちらを向いた。
なんだなんだ?
ニヤついた表情のおっさんとか、マジキモいんですけど。
「なあ、嬢ちゃん。俺らに隠している事あるだろ?」
「……! か、隠し事ですか?」
「おうよ。これには答えてもらうぜ? 素性の分からねぇ奴を置いておけねぇからな? なぁ?」
そう言って鎌作さんは、風雅さんと草太さんへと同意を求める。
草太さんは眉を顰め、風雅さんは黙ったままだったが鎌作さんの意見に異議は唱えなかった。
ま、まさか、さっき出したルールはこういう話に持ち込むための下準備だったのか!?
汚い、流石おっさん汚い!
「うぐっ……」
「ほら、さっさと話すが吉だぞ?」
してやったり、という風に鎌作さんは意地の悪い顔つきでこちらを見る。
ああ、もうくそっ! やっぱりデリカシー無いなこのおっさん!
まあ元々話す予定だったし、過程には文句はあるけどここで話すか……。
「えっと、その、実はですね……えっとぉ……」
「なあに、ゆっくりで構わねぇぞ」
「……実は私、記憶が無いんです」
私がそう言うと、三人はまさしく三者三葉といった感じに反応が分かれた。
ゆっくりで良いと言ってくれた風雅さんは、少し眉を顰めただけで表情にほぼ変化は無し。
草太さんは、両手で口元を覆って酷く驚いたような表情をしている。
そのオーバーな反応、昭和か。
言い出しっぺの鎌作さんは、少し納得がいっていないような訝し気な顔になった。
なんだよ、隠してた事ってこれだぞ?
ほら、乙女の隠し事聞けたんだから思う存分喜べよ。
私の話した内容に、風雅さんが首を捻って尋ねてきた。
「記憶が無い、とはどういう意味でしょうか?」
「こっちに来る前の記憶が無いんです。名前は憶えているんですけど家族構成とかどこで何をしていたとか、どんな学校に通って普段何をしていてどんな行事に参加したとか、そういう事が分かりません。だけどこうして日本語は喋れてるし、多分全部が全部無くなったわけじゃないかと思います」
「って事は、エピソード記憶ってやつが無いってわけかぁ?」
「だと思います。ただ日常でどういう行動をしていたのかは思い出せませんけど、例えば歯磨きはどういう行動でどういう風に行うかは分かります。なので日常的な行動なら多分問題無いと思います」
鎌作さんはそう言って頭を軽く掻く。
記憶の種類は長期記憶と短期記憶で分かれていて、長期記憶にはエピソード記憶と意味記憶があるのだそうだ。
意味記憶は言葉の意味とかで、エピソード記憶は個人の経験だったはず。
実際、エピソード記憶とかの意味は分かっているし多分間違いないはず。
何処で知った知識かは知らないが、私はこれを覚えていた。
私の状態といえば、日本語とか単語の意味とかは分かるが私が過ごした日常に関する記憶が一切無いという状態なのだ。
「あー、まあいいや。嬢ちゃんの事情ってのが理解出来たしな」
「ご理解いただけましたか?」
「おう。今は、とりあえずいいぜ」
やや不服そうにしながら、鎌作さんの追及は終わる。
何が今は、だ。まったく、このおっさん本当に気が合わない。
対して、草太さんは何度も頷いて慈愛に満ちた表情でこちらを見てくる。
「それは、大変お辛い事ですね。でも安心して下さい、一刻も早く記憶を取り戻せるよう僕も力の限り協力しますから!」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ! 柏葉さんは自分の事だけを考えて、どうぞゆっくり過ごしてくださいね!」
固く拳を握り締めて、熱く語る草太さん。
いやホント顔と体型除けばマジで最高だな、この人。
良く言えば善人、悪く言えばお人好し。
何か言えば大抵は協力してくれそうだし、この人は味方に付けておこう、うん。
「……はぁ」
そんな草太さんを見て溜め息を吐く鎌作さん。
まるで、部下の失態を見る上司のような目線だ。
ふふふ、残念だったな。もう草太さんは私の味方なのだ。
「では改めまして。柏葉さん」
「は、はい!」
「貴女をこの家に歓迎します。何か困った事があった時も、是非相談してくださいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
風雅さんはそう言うと立ち上がって、私へと手を差し出す。
私はその手をしっかりと握った。
この風雅さんだけ見た目が大分違うよな。
本人曰く日本人との事だが恐らく転生とか生まれ変わりとかなのだろう、こちらに言ってこないんだから態々理由も聞く必要は無いな。
私の事も元々保護するつもりだったらしいし、話し口調はやや硬いけど物腰は丁寧で静かな雰囲気とよく合っている。
イケメンは心までイケメンってのは、本当だったんだなぁ。
家も風雅さんのものらしいし、この人とは特に仲良く……いや出来ればより親密になっておきたいところだ。
「……」
「……? あの、何か?」
私の顔を見つめて、風雅さんの動きが止まる。
少し考えこんでいるような物憂げな表情に、微動だにしない静かな瞳。
強いて言えば人形のようとも言えるような、しかし不快ではないそんな瞳。
いや、そんなにじっと見られると恥ずかしいんだが……。
「いえ、森さんや薬山さんもとても頼りになる人達です。私も、それに負けないように精進していくつもりです」
「は、はぁ」
「勿論、柏葉さんが安心して過ごせるよう最善を尽くします。ですので我々と柏葉さんが、互いを理解し合って互いに歩み寄って過ごせれば良いと思っています」
「は、はい? ええっと……」
風雅さんは真剣な顔でそう私に伝えてきた。
正直、言ってる意味はあんまり分からん。
風雅さん達と理解し合って歩み寄ってほしいって事だろうけど、うーん? 仲を深めたいって事かなぁ?
……あ、ひょっとしてこれって薬山さんへのフォローかな?
まあ、気は合わんだろうが邪険にするなって事かな?
うーん、だとしたらしょうがないなぁ。
「私も出来ればそう過ごしたいと思います、よ?」
「……でしたら問題ありません。ではこれからの予定を改めて決めていきましょう。今度は柏葉さんも交えて」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、今日は柏葉さんへの歓迎会もしなくてはなりませんしね。少し長くなりますが……」
風雅さんはそう言って、少しだけ顔を綻ばせる。
そうか、歓迎会もやってくれるんだ。嬉しいなぁ。
助けてもらった上に、そんなイベントもあるなんて至れり尽くせりだ。
折角だし、歓迎会は存分に楽しもう!
∞
「……」
歓迎会の話やその後の他愛ない話の後に、風雅は準備と称して唯を寝ていた部屋へと送り返した。
今、風雅は少し悩んでいた。
錬金術によって見た目を変えた後に唯と接触した事により、安易に顔を戻せなくなってしまったからだ。
加えて風雅は長年の癖で心を見通す魔術を使用しており、鎌作もまた権能ではあるが同じような事を行っていた。
人との関わり合う過程において第一印象というものは非常に重要であり、外見に掛かる補正や他者からの勝手な想像といった容姿による影響というものは、その後の人間関係に大きく関わるために良くも悪くも馬鹿に出来ない。
人格や能力だけでは決して解決出来ないそれを、風雅は己が身をもってよく知っていた。
だからこそ風雅は、母からの唯一残った形見である自分の容姿すらも手に掛ける事に躊躇いは無い。
だがそれ故に起こり得る、ある種繊細な問題に関して風雅は常に憂慮していた。
そして風雅の憂慮していた問題は、結果として当たっていたのだ。
「しかしやはり、整った容姿はそれだけで有用なツール足り得ますね。余計な警戒心や不快感を与えず、コミュニケーションもスムーズになる。偶然ではありましたが、私の元の容姿ではこうはいかなかったでしょうね……」
自分の、自分にとっては大事な元の容姿を思い浮かべて風雅は複雑な感情を抱く。
しかし、風雅にとっての問題は風雅自身の感情ではない。
柏葉唯の感情、思考だ。
「問題なく過ごせると、嬉しいんですが……」
見た目、大事。
作者はそこまで重視しませんが。
基本は予約投稿で出しています。
その日の内に出すとしても、予約投稿を使います。
何故か? 作者がこの機能を使いまくりたいからです。
念のため、悪しからず。




