X回目のイセカイテンセイ 第021話 前任
第二の異世界転生です。
それではどうぞ。
「はぁっ……! はぁっ……!」
私こと柏葉唯は煩悶していた。
主に、今の状況とその打開策のために。
「な、何でこんな事に……!」
全速力で走りつつ、軽く後ろを振り返る。
後ろからは、先程までと変わらずぴったりと一定の間隔を空けたまま追いかけてくる暗い人型の影があった。
二メートル程ありそうな巨体にペンキをぶちまけたかのような真っ赤な肉体を持ったそれは、その両腕のパーツの先端から生えたギロチンのような金属質の刃を振りかざしてこちらに迫ってきている。
頭部らしき部分にはパーツ数を無視したグロテスクな福笑いのような顔があり、その顔にある目全てがしっかりとこちらを捉えていた。
見た目の危険性も十分だが、この赤い人型の恐ろしさが見た目だけの虚仮威しではない事を私は知っていた。
そう、身をもって、私は知っていた。
「ッ、くぅ!」
ここはどこか知らない森の中。
足場は悪く、ただ走るだけでも非常に体力を使う。制服は引っ掛かり、
走り続けて削れる体力に加えて、酸素不足に上がる息がまともな思考を妨げる。
しかし、この赤い人型に捕まるわけにはいかないのだ。
こいつとの追いかけっこも既に五回目。追いつかれた結果どうなるのかはよく知っている。
端的に言えば殺される。
逃げる手段を奪うように手足を一本ずつ、その腕の刃で刎ね飛ばしたうえで最後には無慈悲に首を落とすのだ。
痛みは言うまでもなく酷い。その上死ぬのだ。最悪だ。
「はぁっ……! はぁっ……! い、いつまでぇ……!」
とりあえず一番長く逃げられたルートを思い出しながら、私はその道を必死に辿る。
しかし、その道ももう間もなく終わる。
そこから先は未知のエリア。ルートはない。
完全な手探りとなる。
「だ、だれかぁ……」
ああ、また今回も死ぬのだろうか。
そして、あのよく分からん自称神とまた会うのだろうか。
よく分からないものを見せられて、また死ぬまでの追いかけっこが始まるのだろうか。
何度でも、何度でも……。
「あっ!」
ネガティブな思考に呑まれると同時に、足が縺れて転ぶ。
私が転んで止まると同時に、赤い人型はスピードをゆっくりと落として私に近付く。
両腕の刃を構えながら、私を見下ろしてくる。
もう嫌だ、なんでこうなっているんだ。
どうしてこうなったのか、ここがどこなのか、何も分かっていないのに……!
ああ、結局前と同じだ。転んで、刃を突き立てられて、そして……
「いやッ!」
まだ、諦めたくない、諦められない。
そんな思いで地面の砂を掴み、最後の悪あがきに人型の顔に投げつける。
しかし赤い人型は飛んでくる砂粒に大して怯みもせず、私の反応を愉しむようにゆっくりと腕の刃を持ち上げる。
何とか立ち上がろうと藻掻きながら後退りするが、腰が抜けた上に足を捻ったようでろくに動けない。
命を賭けてでも、やるしかないのか?
私が歯を食いしばって赤い人型を睨み付けた、その時だった。
「やめろぉぉおおおお!!」
突然頭上から若い男の声が響くと、その声の主は私の身体を飛び越えるように大きな何かが赤い人型へと突撃していった。
赤い人型は吹き飛ばされて木々をなぎ倒しながら飛んで行く。
赤い人型を吹き飛ばした者は、赤い人型が飛んで行った方向を警戒しながら背中の私に呼び掛ける。
「大丈夫ですか!?」
「え、あ、はい」
「危険が無いと分かるまで、僕の後ろから出ないで下さい!」
呼び掛けてくれた者は、古い橄欖石のような暗い黄緑色の鎧で覆っている若い男のようだった。
丸みを帯びたデザインのそれは身体も二メートル近くあり、恐らく鎧と同じ材質で出来ているであろう黄緑色の大きな長方形の盾を構えていた。
その姿はまるでどこぞの古い遺跡とかにありそうな石の兵士像のような見た目だった。
どうやら私の事を守ってくれているようで、その姿はさながら護衛の兵士のようだ。
今までとは違う出来事に思わず目を見開いて数秒程ポカーンとしてしまったが、ゆっくりと後ろに下がって手近な木に手を付ける。
降って湧いた幸運だ。せめてもう一度逃げれるように、身体を整えておかねば。
「ッ! 来た!」
鎧の男が身構えると同時に、先程まで私を追っていた時とは比べ物にならない速さで赤い人型が鎧の男に激突する。
振り上げた両腕の刃を鎧の男は、片方は盾で逸らしてもう片方は腕を掴む事で防いだ。
そのまま組み合うと鎧の男は、赤い人型の力にも負ける事なくのしかかるように押し倒した。
盾で半身を押し潰しながら、掴んだ腕を放さぬまま鎧の男は覆い被さるように赤い人型を拘束する。
赤い人型は奇声を上げながら足や腕をばたつかせた後、あらん限りに首を伸ばして自身の片腕を押さえる鎧の男の腕に噛みつき始めた。
しかし鎧を貫通出来ないのか、男は赤い人型の行動にやや怯みつつも痛みは無いようで、余裕を持って赤い人型を抑え込めていた。
「話が通じる、ようには見えませんね……」
「わ、私、そいつに、殺されかけて」
「見てましたから、大丈夫ですよ。それにこの人……人? はもう絶対放しませんから、安心して下さい」
鎧の男は優しい声色で私を宥めてくる。
その声には、こちらを怖がらせまいとする気遣いが感じ取れた。
気を遣ってくれるのも襲われないように守ってくれるのもありがたい、非常にありがたいのだが出来ればさっさと始末してもらえるともっとありがたい。
そうだ、その化け物をさっさと私の視界から遠ざけてほしい。
そのよく分からない、人殺しに躊躇いのない化け物を今すぐにでも消してほしい。
そんな風に思っていると、私の頭上から更に別の男の声が聞こえてくる。
「おうおう、やってんねぇ。荒事が苦手だと思ってたがな、森?」
「人が殺されそうになってるんですから、まずは止めないといけませんよ」
「そりゃそうだな。まま、お嬢さんは任せとけって。おい、大丈夫か?」
声の方向を振り向くと、私の後ろの方から背の低い猫背のおっさんが表れた。
草臥れた衣服にガラの悪い印象に私が思わず顔を顰めるも、おっさんはそんな様子はどこ吹く風と言わんばかりに私のパーソナルスペースまで近付いてしゃがみ込むと私に話しかけてきた。
「そんな顔すんなって。腰でも抜けてんのか? 手ぇ貸すぞ?」
「……立てるようになったら、自分で行きますから」
「おーおー、嫌われたもんだねぇ」
おっさんはそう言うと、立ち上がって少し離れる。
といっても私のパーソナルスペースからは出てくれない。
ああ、この手の奴は知っている。女性には妙に馴れ馴れしいタイプのおっさんだ。
人が嫌がっている事に気付かないか、或いは気付いていてもやるタイプの人種だ。
正直もっと離れてほしい。
「ッ!? うわっ!? 危ないッ!!」
私がおっさんを睨み付けていると、鎧の男の股下を抜けて何かが飛び出してくる。
それは、鎧の男が押さえつけていたはずの赤い人型だった。
トカゲのしっぽ切りよろしく、押さえつけられた両腕を切り離して股下を潜る様に動いて飛び掛かって来たのだ。
私は突然の事に脳が思考を止め、噛みつこうと飛び掛かってくる赤い人型への対処が遅れてしまう。
その時。
「チッ」
舌打ちしたおっさんの目が緑に瞬いたかと思うと、赤い人型が空中で動きを止める。
そして動きが止まった瞬間に赤い人型から緑色の炎が吹き上がり、そのまま赤い人型は全身を緑の炎に包まれる。
赤い人型は空中で絶叫しながら激しく藻掻くも緑の炎から逃れる事は叶わず、また空中から下りる事すら叶わなかった。
次第に赤い人型の動きは次第にゆっくりとなっていき、最後には動かなくなって灰すら残さず消え去った。
連続した突然の出来事に、私は燃えた赤い人型が浮いていた辺りをぼんやりと見る事しか出来なかった。
「迷いなく女の方に行きやがったな、こいつ。間違いなく玉無しだな」
「……」
気付くと、おっさんの姿が変わっていた。
黒のボロそうな膝まであるコートに黒い革で出来たパンツを身に着けていた。
前を開け放っているコートのポケットに手を突っ込んでおり、そして上にはコート以外に何も着ていなかった。
これだけ聞くと、前衛的な変態のようにも見えるが残念ながらそうは見えない。
理由はそのコートの隙間から覗く身体に肉は無く、剥き出しの骨しかなかったからだ。
やや艶のある暗い灰色の骨一本一本が、先ほど赤い人型を燃やした炎のように緑に燃えていた。
コートの裾や襟元にはファーのように緑色の炎が纏わりついているものの服自体は燃えておらず、その炎すらもまるでファッションの一つかのようだった。
黒の服に緑の炎という幻想的な見た目の変化に伴う威圧感に加え、声がおっさんのままなのが私の言語化出来ない違和感を増幅させている。
「おう、大丈夫か?」
緑に燃える頭蓋が、こちらの方を向いて話しかけてくる。
灰色の頭蓋には前頭骨に大きくバツの印が刻まれており、そのバツ印からは炎と同じ緑色の光が発せられていた。
またその黒い眼窩には光る緑の玉が目玉のように浮いており、さながらダークなファンタジーに出てくるスケルトンの化け物のようだ。
これは夢か? いや、夢にも思わないだろう。
最早、何が何だか分からない。
ようやく味方らしき人を見つけたと思ったのに。
「きゅぅ……」
「おい?」
脳が許容量を超えたのか或いは疲れた精神の糸が切れたのか、不意に意識が遠ざかる。
もうダメだ。多分色々と限界だったんだろう。
もしこの二人が味方ならば、死ぬ事無く私はもう一度起きる事が出来るだろう。
ダメだった時は、また戻るのだろう。
そんな事を思いながら、潔く私は意識を手放した。
∞
-Tips-
・死に戻り
死んで再び生き返る、或いはそのさま。
一般的に用いられる使い方としては蘇生やその場で蘇るさまとしてよりも、死んだらその地点や位置まで時間的、空間的に遡って蘇るさまとして扱われる事が多い。
ゲームシステムとしても有名であり、セーブポイントやチェックポイント等を利用して戻る事を「死に戻り」と表現する事もある。
死を条件として世界の時間が巻き戻り、特定の日時のある地点に戻る事の出来る能力として様々な作品で扱われている。
扱いとしてはおおよそタイムリープそのものであり、死ぬ必要こそあるものの限定的とはいえ時間を巻き戻せる能力は極めて強力。
また、未来の知識や経験を引き継ぐ事で限定的ながらも未来予知をも可能とする。
∞
「来て突然ってのには吃驚したがよぉ……」
そう言いながら、鎌作は「変身」を解く。
黒コートに緑に燃える骸骨という目立つ見た目から、元の草臥れた服装のおっさんへと姿が変わる。
そのまま、鎌作は後方へと声を掛ける。
「嬢ちゃんが襲われてるんだしよ、俺らの力考えたらもっと前に出ても良いんじゃねぇの?」
「飛び掛かる魔物は、魔術で止めたはずですが……」
「あー、そうか。んで、これどういう状況なわけよ? チート持って女助けて俺つえーするイベントにしたって男多過ぎだしよ。何より子供相手じゃな、俺ロリコンじゃねぇし」
何やら不服そうに鎌作は頭を掻く。
周囲を見る限りは森の中、そして明らかに化け物に襲われていた少女。
状況だけ見れば少女はただの被害者だが、それ以上の情報が殆ど無い。
風雅一行が唯を助けたのも化け物に襲われている人を助けなければという善性からくるもので、森と薬山は彼女の現状を正しく理解しているわけではなかった。
しかし、風雅は違った。
「子供……? 何の話ですか?」
「あぁん? この嬢ちゃんの素性が分かんねぇって話だよ」
「それは後で伺いましょう。気絶しているみたいですし、先ずは安全な所へ運んで……偶々近くに来たから助けられたようなものですが、本当に無事で良かったです」
「……偶々、ねぇ?」
戻って来た草太も「変身」を解いたのか元の姿に戻っていた。
草太は心の底から安堵したように唯を抱き起し、鎌作は含みのある言い方で訝し気に風雅を睨む。
対する風雅は鎌作の視線を受けると少し目を伏せ、顎に手を当てる。
「……偶々ではありません。私は意図してここに皆さんを招きました。何かに追われていたとは知りませんでしたが」
「えっ!? そうなんですか?」
「……成程? つまり、草壁にはあの嬢ちゃんを追う理由があったってわけか?」
驚く草太に、更に疑念を強める鎌作。
鎌作の疑念も尤もだろう。
尤も招かれているという意味ではゲストではあるものの、草太も鎌作もただただ遊びに来ているわけではなく、また元々風雅は一人で唯と接触しようと近くにしたのだが、事態が事態である事に加え草太が独断で先行してしまった事もある。
しかし本来何かの催し物などが行われる際、ホストとしてもてなす側が己の用事にゲストを巻き込むという事はまずあり得ない。
レクリエーション等のイベントならばともかく、今回の一件は楽しむような事でもない。
それは風雅もよく理解しており、恥じたように草太と鎌作に頭を下げる。
「本来ならば柏葉さんと接触するだけのつもりでしたが、私の確認不足でお二人を巻き込んでしまいました。申し訳ありません」
「え、えっと、僕は気にしていませんよ……?」
「……それに関しちゃ別にいいけどよ、柏葉って言ったっけか、嬢ちゃんの事は知ってんだな?」
「はい。こちらに来る前に話していた事に関係します。ですが……」
風雅はそこで言葉を一旦切り、草太の腕の中で眠っている唯を見る。
「一度、拠点を作りましょう。平地でここよりも良い場所がありますから、そこで一度落ち着いてから話したいです」
「それには賛成です! 唯さんをこのままってわけには行きませんし、早く落ち着ける所に移してあげましょう」
「……しゃーねーな」
鎌作はやや不満気ではあったものの、風雅の提案は受け入れられた。
そして、風雅一行は場所を移す事とした。




