X回目のイセカイテンセイ 第002話 収集
続いて第2話です。
それではどうぞ。
「はい、んじゃ進んで。……次の人」
「はい」
時刻は昼前。場所は都市ボロスの城壁前、城門付近。
城門には、門番と思しき衛兵が何人か見受けられた。
それはどうやら検問のようで門を通ろうとする人達にいくつか質問をしたり、運び込まれたであろう机の上で手荷物の検査などを行っては手元の紙に何かを書き記していっていた。
そんな検問のために並ぶ列で、門番の男に呼ばれた一人の人物がその門番の前で立ち止まる。
呼ばれた者は殆ど灰色一色の格好をした、フードで顔を隠した怪しげな人物だった。
「入国目的と名前。後、分かるなら年もな」
「フーガと申します。旅の途中で宿でも取ろうと思っています。年は多分……今は十七かと」
「……そうだな、ついでに顔見せろ。フードでよく分からん」
「はい、分かりました」
そのフーガと名乗る男は、フードを取った。
そこから現れたのは、中性的で柔らかい印象を与える非常に美形の青年だった。
海のように青い瞳に空を思わせる青い髪をしたその青年は、フードを取った後に門番の男へと微笑みかけた。
フードの中から出てきた顔に、門番の男は少し驚いたように片眉を上げる。
「……一応聞くが、男だよな?」
「はい、一応ですが」
「なんだそりゃ。まあ、そんななりじゃ女に間違われる事もあるか」
「ええ、そうですね」
「ははっ、既に経験済みとはな。後は……そうだな。持ってる荷物の中も見せてもらおうか。鞄、見せてもらうぜ?」
「どうぞどうぞ」
フーガは快く背中のリュックサック状の鞄と腰の小物入れを取り外すと、門番の男の前に差し出す。
門番は受け取って、机の上でその中身を広げる。
小物入れの中身は何枚かの白紙の紙束とやや大きめで空っぽの巾着袋のみで、他には何も入っていなかった。
背中のリュックみたいな鞄も開いて中身を見ても中には空の木箱がいくつかに、今風雅が来ている服の替えと思しき色違いの服や下着と思しきものが乱雑に詰め込まれているだけだった。
そんな鞄の中身を見て、門番の男は首を傾げた。
「……お前さん、まだ出していない物とかあるか?」
「いえ? 調べてもらえれば分かるかと思いますが」
「んじゃあ、そうさせてもらうぜ」
フーガの言葉に応じて、門番の男は身体をくまなく探す。
衣服の隙間や衣服のポケットに、服の裾や靴の中まで。
しかし簡易的とはいえ全身を調べたにもかかわらず、門番の男の目当ての物は見つからなかったようで、更に首を傾げていた。
「なあ、お前さん。武器や金は? 鞄の方には着替えと木箱くらいしか入っていなかったが」
「無一文ですよ? それに武器は魔術が得意なので、今は特に困っていません」
「……宿に泊まるんだろ? 金の当てはあるのか?」
「すぐに雇ってくれるお仕事があればいいですね。今日中に、もちろん日雇いのお仕事が」
そう自信有り気に言うフーガに、門番の男は苦笑するしかなかった。
国の外からやって来た旅の者で、おまけに無一文で武器も金目の物も無し。
無鉄砲や無謀とも言えるその様に門番の男は思わず笑ってしまったようだが、少し不憫に思ったのかとりあえずすぐに仕事が見つかりそうな場所を口に出した。
「若いから出来る無茶なのかね? まあいいか。日払いの奴なら冒険者ギルドを勧めるぜ。何かの仕事はあるだろ」
「あ、そうなんですね。ご親切にどうもありがとうございます」
「おう、いいって事よ。んじゃ次の奴も居るから、ほら行った行った。……次の人」
門番の男はそう言うと、もう話は終わりと言わんばかりにフーガの後ろに並ぶ人へと話しかけた。
さて、このフーガという男は草壁風雅その人である。
見た目は魔術の一種である錬金術によって変えており、先程までの緑色の髪や瞳もその顔立ちさえも別物となっている。
風雅が顔を変える理由はもちろんある。
全て、風雅自身の個人的な目的によるものなのだが。
「……」
風雅はそんな門番の様子を見ながら、手早く荷物を整えていく。
最後に風雅は服装を整えると、門の奥、城壁の向こうの都市ボロスへと歩を進めた。
「今日のお相手はグラモスさんでしたか。だとすると、アレンさんはお休みになったみたいですね」
そんな事を呟きながら。
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-Tips-
・魔術の秘奥
魔術の秘奥とは、属性の「元素」「表出」「特質」を全て組み合わせた奥義に当たる術の事。
魔術の秘奥は使用者や使い方によってその術は大きく、柔軟に変容するため術として単一のものを指す言葉ではない。
この秘奥は程度を問わなければ、一属性に特化した多くの魔術師は使用する事が出来る。
しかし、これを極める事は大変に長い道のりで奥深い。
複数の属性を組み合わせるともなれば、言わずもがなだろう。
一つの属性は元素、表出、特質によって表され、これらが合わさる事によってその属性を示すとされる。
即ち、魔術の秘奥とは術者本人が自身の属性への適性、そして属性のイメージへの理解度を示す事にもなる。
風雅が使用した《我が風よ》も風属性の秘奥である。
使用した風属性の秘奥は、イメージへの理解度で言うならば申し分の無い程度。
風雅自身の風属性への適性も非常に高く、威力もまた非常に強力。
その性能は、この世界の人類史を見ても極めて高い部類にある。
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都市ボロス。フォージス王国内に有る都市の一つ。
この都市を築き、最初の都長としてまとめ上げたエベリウス・フレーサ・ボロスの一族が治めるこの都市は国全体への流通を支えている商業都市である。
故に人の出入りも多く数ある都市の中では王都に次ぐ有数の武力を持っている都市であり、また人の交流が多い都市故に様々な情報が行き交っていた。
例えば最近の売れ筋商品や各国の都市の景気等に、周辺で起こった戦いの情報もである。
「なあ聞いたか? 四天王の話……」
「ああ、ポクロの方だろ? すんげー被害だったって聞いたが」
「騎士様も冒険者の奴らも、迎え撃った奴の半分近くが死んだってよ」
「ドラギオンだっけか? 怖いなぁ……。こっち来なきゃいいんだが」
都市内を歩く風雅の耳には、そんな噂話が多数入り込んできた。
ポクロとはこのボロスに比較的近い都市の事で、ボロスよりやや北東側にある海に面した都市である。
ゲラス・イクイッド・ポクロから始まる一族が代々都長として治める都市であり、海産物に一部の植物やその加工品または塩の産地として有名である。
その他海を介した流通を担っている側面もあり、フォージス王国にとって重要な都市の一つであるため、その都市の警備もそれなりに屈強な者達が揃えられていた。
そんな都市を襲ったドラギオンとはこの世界に存在する魔王に忠誠を誓う恐ろしい存在である魔王軍四天王の一人、竜の武人である。強き者と戦って武を極める事を己が信条としており、歯向かう者には一切の容赦がない。
その力は単身で都市に大打撃を与えられるほど強大で、ドラギオンの得意とする火属性の魔術と鍛え上げた肉体から放たれる暴力の合わせ技は、今なお多くの都市や村々に広い範囲で深刻な爪痕を残していた。
その性格上、四天王の中では最もマシな部類ではあるのだが襲われた都市にしてみればたまったものではないだろう。
ポクロに集められた屈強な精鋭達も、恐らくは力の限り戦ったのだろうが相手が悪い。
奮闘空しく、ポクロもまたドラギオンによる蹂躙を受けた都市の一つとなったのだ。
「でもよ、確か今日の朝だろ? 王都で行われたっていう『勇者召喚の儀』ってのは」
「ああ、らしいな。勇者様の手で四天王共がとっととくたばってくれりゃ、最高さ」
「くくっ、だな」
そこまで聞くと風雅は話に耳を傾ける事をやめ、とある建物へ向かって迷わぬ足取りで真っ直ぐ歩いていった。
向かう先に見える、見るからに古い西洋風の屋敷であるその建物は魔術協会の支部の一つであった。
木製であるその建物の中は広く、病院の受付のように長椅子がいくつも規則正しく並べられており何人かの人が座っている事が窺えた。そして入り口から多くの椅子を挟んだ先には、やや広い複数の受付窓口があった。
建物に入った風雅は慣れた様子で、真っ直ぐにその窓口の一つへと歩いてゆく。
「すみません。今よろしかったですか?」
「……御用件をお伺いしましょう」
受付の窓口には、大人しくも冷たい印象を与える黒髪の女性が椅子に座っていた。
窓口から覗くと、他にも何人かの者が窓口の裏で机に向かって事務作業をしている事が窺えた。
その者達は皆、この魔術協会に所属している会員であり職員だ。
風雅は中の職員を一瞥した後、フードを取って女性に向かって言葉を続ける。
その顔は先程門をくぐった時と同じく、水色の髪に青い瞳のままであった。
「フーガと申します。魔力結晶を買い取ってほしいんですが、お手続きの方をお願いしたく」
「承知しました。番号札を持って、係の者がお呼びするまでお待ちください」
「ありがとうございます」
風雅は長椅子の一つに腰かけると、背中の鞄を見やる。
その鞄の中には、青紫色をした半透明で球状の結晶が全ての空の木箱の中にぎっしりと入れられて蓋をされていた。
これは魔力結晶と呼ばれる物で、木箱の中にあるそれらは門から魔術協会までの道中に風雅がこっそりと作製し、これまたこっそりと仕舞っていた物であった。
魔力結晶とは魔術的、或いは錬金術的手法で生み出される魔術や魔道具等の研究、開発に使われる消耗品の一つである。
結晶は魔力という魂を持つ者より生み出されるエネルギーを物質化した物であり、同体積であっても魔力の密度によって硬度や一つの結晶当たりの魔力量が異なるため魔術協会ではこれに「純度」と呼ばれる基準を作った。
この基準により魔力結晶を低い順から「低」「中」「高」としておおよその品質を分け、後に更に利用用途によって細かく分けている。
この「純度」という基準が作られた理由は、今風雅が行っているような魔力結晶を用いた取引に関係する。
一般的に魔力結晶とは人為的に作られる人工物であり、それ故に自然界には殆ど存在しない。なので基本的には魔術師自身又はその魔術師の助手が作る事が多いが、風雅のように個人が作成した物が魔術協会に持ち込まれる事もままある。
しかし結晶の大きさは同じでもその作り手によって品質が左右されてしまう物が魔力結晶であるため、取引を行うための何らかの基準が必要であった。
その結果生まれたものが「純度」であった。
魔力結晶の作成は一定以上の力量の有る魔術師の小遣い稼ぎにもなり、またそれそのものを生業とする職人もいる。
弟子を取っている魔術師ならば実験等に必要な魔力結晶の作成を弟子に任せる事もあるが、こうして作られたものは品質のばらつきが大きく使用に制限が掛かる事が多い。
故に、基本は常に一定の魔力結晶を作成出来る職人の作った魔力結晶を用いる事が多い。
そうした魔術師のサポートとして魔術協会では、契約した職人から定期的に魔力結晶を納品してもらったり、また契約を取っていない職人が個人で魔術協会へと持ち込む事もある。
「三十八番のお客様。四番窓口へどうぞ」
「あ、はい」
しばらくして自分の番が回ってきた風雅は、席を立って指定の窓口へと急いだ。
買い取られる際には特に持ち込みの場合は「低」「中」「高」のおおよそ三つに分けられ、そうして持ち込まれる魔力結晶の純度は低程度のものが多い。
純度が高に近くなればなるほど魔力の操作性が高い者の手によるものと判断され、当然純度の高い物程高い値が付く。
とはいえそもそも魔力結晶自体は消耗品であり、そして消耗品としてはそこまで安くはない。
買い取ってもらえる最低限度の純度であっても、数があればそれなりの額にはなる。
風雅が持ち込んだのは「中」のやや上質な純度の物で、それが複数の木箱にそれぞれたっぷりと入っていた。
それだけの物を売れば、このフォージス王国の一般的な国民であればしばらく生活に困らないほどの額になる。
その魔力結晶の量と品質に、窓口では少々驚かれた。
最初は盗品かと疑われもしたのだが風雅が目の前で複数個作ってみせると魔術協会の会員も納得し、また取引の際に風雅が少し値引きした事も相まって協議の結果、質が良いという事で全て買い取ってもらえる事になった。
加えて言うならば、風雅をどこかの職人かその弟子か何かだろうと魔術協会の会員が勘違いした事も買い取ってもらえた要因の一つであった。
そうして風雅は窓口で魔力結晶と引き換えに受け取った金額を確認し、さっさと魔術協会を後にした。