X回目のイセカイテンセイ 第018話 女神
対女神戦です。
それではどうぞ。
「……えっ」
珍しく狼狽える風雅に、ユイは殺意を剥き出しにしながら鬼の様な形相で拳を震わせる。
それは怒髪天を衝く、という表現がぴったりの様相であった。
「……人の心に土足で踏み入ってくる。そんなところまであのクソフード野郎そっくり」
「あの」
「大体、あんたが生まれてこなければこんな事にはならなかった。あいつと同じ要素を多く持った、あんたさえ居なければ」
「……」
上位者たる管理者の悪意と憎悪をこれでもかと込められた言葉に、風雅は押し黙ってしまう。
どのような者であれ、管理者の座に就く者は神の末端。
本来ならば、たかが一世界の存在程度では戦いにもならない存在である。
そんな存在に殺意を向けて口を閉ざす程度で済んでいる事は十分におかしいのだが、それでも現状風雅が命の危機に瀕している事に変わりはなかった。
「お気に入りだからって贔屓されて、私の世界を滅茶苦茶にして、挙句に馬鹿にして」
「それは……」
「前の世界でもそう。折角作り上げた設定を横から台無しにされて、しかもあんたのために作り直す羽目になったってのに……」
怨嗟を吐き続けるユイに得体の知れない力が集まっていく様子を、風雅はヒシヒシと感じ取っていた。
魔力を用いた魔術の類ではないこの感覚を、力の奔流を、風雅はよく知っていた。
それの影響を受けた事、或いはそれを風雅自身が使用した時と非常によく似ていたのだ。
それは風雅の転生した世界では福音とも呼ばれた、権能というものであった。
「もう許せない、ぶっ殺す」
ユイを中心にその力が高まり、形を成そうとする。
管理者、柏葉唯。その主たる権能を「忘却」という。
これは概念に対する攻撃としては強力な部類であり、その性質は文字通り忘れさせるというもの。
神の末端たる立場に就いているユイの権能は、立場に見合った相応の性能となっている。
人間時であれば状態や素養等の影響から弱体化しており、魂を持つ生命にかつ限定的にしか作用しない程度ものであった。
だが、今のユイは管理者である。
攻撃するその者の情報をその場より「忘れ」させ、跡形も無く消し飛ばす事も十二分に可能である。
「……」
風雅も、それは感じ取っていた。
自分に迫る、死を齎す力の奔流を。
しかし風雅はそれを避けようとはしなかった。
理由の一つは、ユイの言葉の一部を事実だと認めてしまっていたためだ。
元々風雅の存在していた世界を、フードはフードなりの良心から異世界へと作り替えるようユイに指示した。
作り直された異世界でも風雅はフードの手によって基本的な知識を教え込まれ、挙句経験や記憶を記録するためだけとはいえ権能を使用可能にしてもらった。
それらが無ければ、風雅は異世界にてもっと過酷な旅を強いられただろう。
辛い旅にならなかったのは風雅がフードにとって特別で、お気に入りであったからだ。
風雅の旅も終わり、権能への縛りも最早無い。
だからといって、その旅の道中において優遇された面が無いわけではなかったのだ。
「くたばれっ!」
ユイが解き放った「忘却」の権能、その暴威は風雅へと迫る。
文字通りその存在を「忘れ」させる絶命の一撃が、風雅へと届くその瞬間。
風雅が避けなかった理由はもう一つ。
それは。
「いい加減にしな」
単純に、避ける必要がなかったからである。
∞
-Tips-
・管理者
団体や施設、物事や土地等の管理をして運営、経営を行う地位にある者
この世界では主に、数多に存在する世界一つ一つをそれぞれ管理しているその世界の代表者を指す。
そして神の末席、一番下の位を持つ神として数えられる者達でもある。
元々はとある神の提案として生まれた構想であった。
無数ある世界に一々管理者を割り当てるのではなく、その無数ある世界一つ一つから代表として一人の管理者を選定するというその方式、その下に生まれた者である。
そのため管理者として選ばれる者は、別に人に限られるわけではない。
柏葉唯は風雅の元居た世界とは違う別の世界の人間であり、風雅の世界も管理していた前任の管理者によって風雅の居る世界とは別の設定の異世界へと転生させられた。
そしてその後に前任の管理者から後継として選ばれ、管理者としての役割を引き継いだ。
転生の際に特典として「忘却」の権能を得たほか、管理者になった後は前任の管理していた世界と様々な可能性をそのまま引き継いだ。
∞
「ッ!!」
「フードさん……お久しぶりです。それとありがとうございます」
何もない真っ白な空間から突如として現れ、「忘却」の権能による一撃をかき消した人物。
その人物は深緑のローブを全身に纏ってフードを目深に被った、背の高い人物だった。
顔のよく見えないフードに対し風雅はゆっくりと頭を下げ、ユイは少し慄いたように後退った。
「ごめんね、風雅君。君への話はまた後で。さて、では唯ちゃん」
フードがそう言うと、フードの視線は風雅から外れてユイを捉える。
フードに視線を向けられたユイは、先程までの気勢を削がれたように小さく後退った。
「忠告はしたね? 理解はしていたね? ではさっきの行動がどういう意味を持つのかも、理解出来るね? 僕がここに来た理由は分かるよね?」
「くっ……」
フードはそう言いながら、ユイの周囲をゆっくりと回りつつ話し始める。
「世界の管理や設定に関して多少手を加えるくらいなら、原則を外れない限り僕から言う事はあまり無い」
「……ちっ」
「君の世界に、僕の要素の影響度が大きい子を条件付きで害するような設定や、その要素を極力含まないようにする設定があったとしてもまあ立場的には文句はない。僕個人的には許せないけどね」
ユイの周りを回りながら、フードは淡々とそう言う。
管理者とその立場に関係するであろう話に、風雅は聞いてもあまり理解は出来なかった。
しかし反対にそれを聞いているユイは悪事が見つかった子供のようにやや俯き、目を伏せながらじっと立っていた。
「神は利害に関係する事で特定個人に入れ込むのはあまり推奨されていない。あまり良くないけど、行使に足る理由があればお咎め無し。無くても注意くらいだ。けれどね、君はその回数が多過ぎる」
フードがユイの周りを一周し、ユイの前に再び立つ。
フードは背の低いユイを見下ろす形で、ユイは見上げるように睨み付けて視線を交わした。
「その上君と関わりを持った人間が、今回ならば風雅君を集中的に攻撃している事だ。分かるかい? お気に入りはいくら持とうが別にいいけど、個人攻撃は流石に作為的過ぎる」
「……っ」
そこまで言うとフードはユイへと急接近して顔を覗き込む。
フードのその行為に、ユイは心底嫌そうな顔をしながら数歩下がった。
「管理する世界内において作為的な、君の手による操作が多いと言っているんだ。世界内においては色々あるからこそ、僕らは世界の外で特典として力を与えるんだ。分かってるかい?」
「……ふんっ。そんな証拠がどこにあるのよ。偶々でしょ」
「履歴を辿ればすぐだよ。それに一つの設定なら特定し得なくても、複数組み合わせれば個人そのものを示す場合もある。個人情報の意味を分かってるかい?」
「……」
「それに僕のお気に入りだと分かったうえでやってるし、ちょっと悪質だね? 仕事に私怨持ち込んでるって事にもなるし」
初めて小さくそう言い返したユイに、しかしフードは冷たい声で答えた。
ユイは、フードの言葉に拳を握り締めて口を堅く結ぶ。
対するフードの説教は、そんなユイの様子などお構いなしにまだまだ続く。
「加えてさっきの権能での攻撃ね。全力で使えるこの場所で使うなら、ある程度の必要性が求められるの。風雅君に使う必要性は皆無だよね?」
「そ、それは」
「理由は結構。君の私的な感情の話はどうでもいいから。でもこの件は世界の操作以上に良くない。今までの良くない積み重ねと今回の一件。……後は、ああそうそう、世界の復旧も遅れてるみたいだしそれも加味するかな。どんな沙汰が下るか楽しみにしてて頂戴ね」
話がひと段落したようで、フードは小さく息を吐きながら首を捻ると何か考えるように目線を頭上右斜めに向ける。
フードは大した事ではない様子で、ユイをなんて事のない風に責めるだけ責めてあっけらかんとしていた。
そんなフードの様子を見てユイはフードを睨み返し、心底憎らしそうに口を開く。
「……何よ、何よッ! 自分ばっかり自由にする癖に、私達にはそれを許さないとか! 自分で作ったルールすら守れないなんて、神様が何よッ! 聞いて呆れるッ! ふざけんじゃないわよ!」
「ほう」
「あんただって好きに世界に入り浸って、好き勝手に振る舞って、権能だってどこでも自由に使ってるッ! そんなあんたに、どうして顎で使われなくちゃいけないのッ!! 押さえつけられなくちゃいけないのッ!! 死んでからのこんな扱い、いい加減うんざりなのよッ!!」
ユイの激憤は、それは激しいものだった。
その気迫に、フードも興味を示したようにユイへと向き直った。
今までの鬱憤も込めたであろう恨みつらみを、ユイはフードにぶつけた。
紙を振り乱して叫ぶユイに対し、フードは少し驚いたようにユイを見つめて小さく頷いた。
「それに答えるなら簡単だね。僕はこの世界の管理者ではないし、君とルールが違う。それに何より」
だがそんなユイの恨みつらみも、フードには何ら響いた様子は無かった。
フードから返されたのは、さながら壁や伽藍洞の人形から話しかけられているような空虚な声色の応答でしかなかった。
「僕は特例なの。ここは僕の箱庭だし、君らの命の担保をしてあげてるんだから当然だね」
「あんたの、あんたのそんな態度が心底気に食わないのよッ! 今までずっと、ずっと!」
「ほう、そうかいそうかい」
ユイはそれでも怒りが収まらないのか、更なる言葉で噛みつく。
フードはそう言うと少し考えて満足そうに頷いた後、両の手を合わせるように打った。
「んじゃあ丁度良いし、もう管理者を辞めてもらおうか!」
「……えっ?」
突然の解雇通知。労働基準法もびっくりな即日解雇宣言にユイは目を丸くする。
立場を奪われるというまさかの結果に、ユイは言葉を失った。
フードは静かになったユイを見ながら、名案を思い付いたと言わんばかりに喜んだ声で更に続ける。
「不適切な行い、公私の混同、仕事に対する不満、本人の意思表示……うんざりなんだもんね?」
「えっ、ちょ」
「それに、管理者たる素質の子は探せばごまんと……おっと、この場にも丁度ぴったりな子が一人居ることだし」
フードはそう言って、今まで蚊帳の外に居た風雅に生温かい目線を送る。
風雅は突然自分に意識を向けられて、少し困惑したように愛想笑いをする。
そんな風雅の様子を見て満足したフードは、改めてユイの方に向き直る。
そして先程までとは違う、機械のような無機質で平坦な口調でユイに告げた。
「これでも、多少は君らに意識を割いてあげてたつもりだったんだけどね。認められないならしょうがない。本当に好き勝手にさせてもらおうか」
「な、こんなの許されるわけ……」
「柏葉唯。最後だから好きに言わせてもらうね」
フードはそう言うと、素早く自分の手で左右の頬を挟むようにしてユイの顔を掴む。
ユイを掴むその大きな手は、真っ白で薄く滑らかな生地の手袋がはめられていた。
突然の事に驚いたユイは自分の顔を掴むフードの腕を掴み、恐怖と驚きを入り混じった顔でフードを見上げる。
「『存在』たる僕のお気に入りに、やり過ぎたんだよ。馬ぁ鹿」
ユイは目を丸く見開き、息を呑む。
その次の瞬間には、まるでユイは最初から「存在」しなかったかのように消え去った。
何の痕跡も、何の形すらも残さないまま、ただただ綺麗さっぱり消えてしまった。
そしてそんな二人の様子を風雅は、終始ただ見ている事しか出来なかった。
「さて、では風雅君」
先程までの冷たい様子とはうってかわって、フードは人当たりの良さそうな優しい声で風雅へ呼びかける。
一連の出来事などまるで些事だとでも言わんばかりに、フードは上機嫌に風雅の元へと歩いていった。
「面倒事はもう済んだし、建設的に今後の話でもしよっか」
次回で、第一章最後です。




