X回目のイセカイテンセイ 第015話 裏側
続きです。
前日に修正を入れはじめ、結果として遅れました。
申し訳ありません。
それではどうぞ。
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五十二万千二百五回目
「お前は商人を舐め過ぎだ」
風雅は石の牢にて鎖に繋がれたまま、棒で打たれていた。
この鎖はとても頑丈なほか吸魔石が使われており、当時の風雅が魔術を使って逃げる事はおおよそ出来なかった。
「……」
「お前みたいな時折いる愚かな偽善者がルールを乱し、そして多くの利益を奪う」
「……」
「もう少し知恵を働かせ、より慎ましく、身の程を弁えて研鑽していれば気付くとは思うのだが……聞いているのか?」
この茶髪金目の男はタグラス・ガークウェ・シトラリア。
栄えあるシトラリア家の次男にして、有名な「シトラリア商会」の次期会長候補である。
利益のみには固執せず、しかしあらゆる手段を用いて組織の拡大を図る姿から「鬼のタグラス」の名で呼ばれる事もある。
そんなタグラスに対し、風雅は小さく呟いた。
「……それでも」
「む?」
「それでも、苦しんでいる人が居るから、助けに向かっただけです」
風雅はそう言って、顔を上げる。
そんな風雅を見て、タグラスは額を押さえて首を振る。
「対価を払えぬ者に、救いの手は無い。それに、あそこは私の一族及び商会の管理する地だ。勝手な真似をしたのはそちらだぞ?」
「貴方が、救いの手を差し伸べなかったから、僕がしただけです」
「それを偽善というのだ。時には何であれ、無能が死んだ方が良い時もある。たまたまそれが疫病で、たまたま範囲が広かっただけの事。第一、必要な者には既に治療薬も予防薬も配り終えている」
尤も、とタグラスは続ける。
「まさかこれほど危険かつ広範囲なものとは、思ってもみなかったがな。次からあそこに頼む内容は慎重にせねば」
「……! ま、まさか貴方が……っ!」
「まあ、これより死にゆく者には関係あるまい。時間の無駄、引いては資産の無駄だ。おいお前達、始末しておけ」
タグラスはさっさと話しを切り上げ牢の外に出る。
牢の外には、タグラスの雇っていた屈強な男二人が待っていた。
そうして、タグラスと入れ替わりに屈強な男達が入ってくる。
手足を拘束され、魔術も使えない。
挙句武器まで取り上げられた風雅に、抵抗する術は無かった。
屈強な男の振り上げる、鈍く光る斧が風雅の見た最期の光景だった。
そうして風雅は死んでしまった。
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九百六十二万四千四百二十一回目。
「上手くいかないのは、貴方の努力が足らないだけです」
ここはとある魔術師の工房。
マイラ・フレーサ・クドラクスと呼ばれる、火の魔術師としては名の知れた魔術師の工房の一室。
石の敷き詰められたこの部屋は、本来魔術の実験等や生き物や無機物の加工等の準備を行う部屋であった。
そこで両手両足をかなり質の良い吸魔石で出来た枷に繋がれ、跪いていたのは風雅であった。
「それを、まさか私の弟子達を利用して私の研究成果を盗もう等と……」
「ご、誤解です! そんな事っ」
「黙らっしゃい!」
そんな風雅の前には、赤髪に橙の瞳をした女性が立っていた。
暗い茶色のローブを羽織ってつばの広い帽子を被っているその女性は、火属性魔術研究の第一人者マイラ・フレーサ・クドラクスその人であった。
その他、風雅を取り囲むようにマイラの弟子達が数人立っていた。
弟子達は、風雅の様子を見て何がおかしいのかニヤニヤしていた。
「すみません、マイラ様。俺達、逆らうに逆らえず……」
「お前達は黙っていなさい。魔術師の研究成果を盗もうとする者がどうなるか、その目に焼き付けておくのよ」
マイラはそうして魔力を練り始める。
練り上げられるのは火属性の魔術。
何が行使されるのか、風雅には分かっていた。
だからこそ、もう風雅は諦めていた。
「万が一も兼ねて、ね……《火の秘奥よ》」
解き放たれたのはマイラの求めた火属性の秘奥。
それは火ではない、無色無形の熱。
マイラの辿り着いた秘奥が、風雅の頭に叩きつけられた。
「……」
風雅の首から上は焼失していた。
首の断面は炭化しており、血も止まっていた。
当然、このような状態の人が生きているわけもない。
そうして風雅は死んでしまった。
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一億千二百五十九万二百六十九回目
「だぁっはっはっはっは! これで僕の勝ち! ざぁんねんでした、ぶぁ~かっ! 舐めプなんかにムキになってだっさぁ!! 雑魚は雑魚らしく、惨めに這いつくばってりゃいいんだよぉっ!!」
勝ち誇るリラの前で倒れているのは、風雅とそのパーティメンバーであった。
なんて事は無い。
《甘き夢路へ》への対策が無ければ、リラに抵抗する事は難しい。
たったそれだけの事なのだ。
「なんで負けたか、死ぬまでに分かると良いねぇ? ん~?」
勝ち誇るリラに、しかし答える者は一人としていない。
皆それぞれ、酷く幸せで甘い夢に落ちているのだから。
「……っ」
「ん~? 不細工がなんか喋ってるなぁ、どんな寝言だろ? 面白そうだし聞いてみようっと」
リラは倒れている一人の口から漏れた言葉に引き寄せられた。
その言葉の発信源は、風雅である。
「ん、何々? どんな恥ずかしい事言ってるのかなぁ?」
リラが大げさに耳を傾け、風雅の寝言を聞いた。
「母さん、元気になったんだね……良かった……」
風雅はその閉じた両目からとめどなく涙を溢れさせて、心底嬉しそうに、そして噛み締める様にそう言った。
その言葉を聞いたリラは、ついにこらえられないといった様子で笑い始める。
「あっはっは! その年で母さん? ママ? ママって!? うっわぁ~マザコォン! 気色悪ぅ!」
リラは面白がるようにして身体をくねらせ、獲物を見つけて喜ぶ猛獣ような鋭い笑みで風雅を嘲笑う。
「よし。んじゃあそんな気持ち悪い生き物は、この世から真っ先に消え去るべきだよね。ブサキモマザコンとか救いようないし」
リラはそう言うと、風雅の頭を軽く踏みつける。
風雅の頭蓋が、その力に少し軋んだ。
「んじゃあ、バイバイ♡ この世の廃棄物さん♡」
リラは風雅を踏む足に力を込める。
その気になれば岩さえ砕ける一撃に、自己強化魔術すら掛かっていないような人の頭蓋が耐えられるはずもない。
風雅の頭蓋は瞬く間に砕け散り、その内にあった脳漿と血を辺りに飛び散らせた。
そうして風雅は死んでしまった。
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一京九千九百七十四万六千八百四十九回目
「ぐっ、ぶふっ、ど、どうして……?」
魔力を使い果たし血に塗れ、肩で息をしていた風雅。
そんな風雅は、自身の胸から生える刃が信じられない様子だった。
その刃は風雅の後ろからきているものだった。
風雅の背に刃を突き立てたのは赤い髪の男、ジャラだった。
「確かにな、四天王を全部倒しちまうのも、魔王も倒しちまうのはすげぇよ。でもな、俺らが受けていた依頼はもう一つあったんだ」
「い、らい……?」
「王様からでな、お前は女神サマの敵なんだとよ。恨むなら王様と強過ぎた自分を怨んでくれ」
そう言うとジャラは剣を一度引き抜くと、更に風雅の身体を滅多刺しに、滅多切りにしていく。
刺されながら、切られながら、風雅の顔は徐々に痛みと苦しみに歪んでいく。
「なかなか死なねぇな……! いい加減、くたばれよ!」
少し距離を取って剣を振り被ると、ジャラは風雅の首を刎ねた。
勇者じゃないにも関わらず、復活した魔王を倒した者への報いはこれである。
例え滅びの直前であれど、来ない勇者の代わりを一般人が果たす事は、世間が認めなかったのだ。
魔王との戦いで魔力の殆どが尽きた風雅に抵抗出来るはずもなく、風雅は首への一撃を無念と共に受け入れた。
そうして風雅は死んでしまった。
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四京七億二千六十二万八千九百四十回目
「ふぅ……」
風雅は、魔王を単独で倒した。
周囲に気付かれないように細心の注意を払い、当時の風雅にとって最速の速さで。
当然、魔王の配下たる四天王も全て倒した。
地上では四天王及び魔王を討伐した者を探しているだろうが、風雅は決して名乗りを上げないと決めていた。
殺されるのはもうごめんだからだった。
「空は綺麗だなぁ」
眼下の雲に、青い空。
そして照り付ける太陽のような恒星。
ここには、風雅以外は誰も居ない。
飛行の魔術と結界による環境への防御。
そして維持するための空気も、魔力や二酸化炭素等から錬金術で作り出している。
息をする事も何ら問題は無い。
やっと一息つける。
風雅の心が少しだけ緩んだ、そんな時。
「ん……?」
風雅の目には、見慣れない物が映っていた。
空の上から落ちてくる、何か。
何やら光っているそれが、しかも数えきれないほどに。
「え」
そのまま、あっという間も無く風雅はその一つに巻き込まれて落ちていく。
大量の隕石、即ち流星群と共に。
風雅はその膨大な質量とスピードのある岩石に結界諸共地面に叩きつけられ、そのまま巨大な隕石は結界を突き破ると、あっという間も無く風雅を磨り潰した。
そうして風雅は死んでしまった。
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二垓九千二京六千百二十五回目
「これで死になさい。我が女神に仇なす、悪魔め」
聖女レイラの言葉に、地に仰向けに倒れていた風雅は空を見上げた。
風雅は何度目か分からないが、再び勇者一行に倒されていた。
否、倒されると言っても風雅はたったこれしき程度では死なない。
例え聖剣にいくら切り刻まれようとも、炭になるほど焼かれようとも、ぐちゃぐちゃに潰されようとも、猛毒に全身を侵されようとも、臓腑まで凍らされようとも。
しかし今の風雅であっても魔術を使用しなければ、強度は普通の人と同じ。
再生もせず防御もしないまま、何かしらの攻撃を受けて放置すれば死んでしまうだろう。
「……ははは、ではどう生きればよかったんでしょうね?」
「……」
「パーティとして共に歩んで、四天王も魔王も一緒に討伐して……そして最後はいつもこれ」
風雅はゆっくりと目を閉じた。
ほぼ同時に、レイラの隣に居た騎士マルシアが風雅へと吐き捨てる。
「知れた事を。女神ユイ様を信じればよかったのだ。王国の敵とならねば良かったのだ。そして何よりショウマ殿を怒らせなければよかったのだ」
「最後以外は全部していましたし、しましたよ。まあ、どうせ信じないんでしょうけれど。次も勇者さんがネックですね、ランダムですし」
「ふん、相変わらず意味の分からぬ事を。おまけに反省の一言も無し。こんな男と旅をしていたのだと考えると反吐が出る」
そういうマルシアの隣から、勇者が聖剣を携えて現れる。
名前を戸田祥真という、二十代前半の若い男だった。
この男は特典としての聖剣の力だけでなく、祥真個人が持ちうる力として「魅了の魔眼」というものを持っていた。
それによってパーティの女性陣や向かう国々の女性を、身分を問わず都合よく食い物にしていた。
しかし、その事実を認知出来ていたのはパーティ内及び国内においては風雅だけであった。
「なぁなぁ、もういいか? 早いとこ帰ってお楽しみと行きたいし、さっさとぶっ殺してもいいか?」
「あ、ショウマ様ぁ♡」
「うむ、ショウマの好きにするといい」
媚びたようなレイラの声と、満更でもなさそうなマルシアの声。
それを聞いて少し呆れながらも、風雅は自分に確実に迫る死を感じ取っていた。
「じゃあな、フーガ。面倒事を全部やってくれた事だけは感謝してるぜ?」
「では、ありがとうございました。またの機会があれば」
「ははっ! こいつ最高の馬鹿だぜ! あばよっ!」
祥真の小馬鹿にした声と共に、金色の魔力の奔流が風雅へと振り下ろされる。
そうして風雅は死んでしまった。
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一回目
「い、いやだぁ! あぁぁああっ!」
風雅は、身体の殆どを魔物に押し潰されていた。
風雅の転生してきた『惑いの森』、そこに出待ちか着地狩りの如く待機していた魔物達によって。
「あ、あぁ。ぶ、ぐふっ」
踏みつけられ、轢き潰され、最早風雅の命の灯が消えるのは時間の問題だった。
異世界に来ておおよそ三十秒足らず。
そうして風雅は死んでしまった。
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「……」
そうして風雅は死んでしまった。
そうして風雅は死んでしまった。
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「……終わりは、きっと」
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そうして、風雅は死んでしまった。
短ければ転生してから僅か数分、長くとも精々数年。
そんな時間を、転生してからの生活を、風雅は繰り返し続けた。
風雅の目的のために、たくさん風雅は死んでしまった。
戦いに明け暮れて、理不尽に、策謀や陰謀に巻き込まれ、力及ばず、食事前に、力が及んでも、仲間に裏切られ、王命のために、不意を打たれて。
魔王に、四天王に、仲間に、信者に、同僚に、騎士に、知らない人に、スラムの貧民に、勇者に。
十色では収まらない程の色んな理由はあれど、残念ながら風雅は死んでしまった。
それでも風雅は人に仇なす事は無かった。
人の善性を信じ、まだ試していない可能性を信じ、自身を詰った者達の発言から行動を改善し、自身を殺した者がそうした理由を知って行動を変え、自身のプライドを捨て、一人で何でも出来るとは思わず協力し、一人で出来る事は一人でこなし、最後の一人に追いつめられても思考を張り巡らせ、考える事をやめず、そして柔軟に取り組んだ。
しかし人だけは殺さず、また理不尽やでっちあげ等の身に覚えのないもの以外の罪を負った事も無かった。
けれども風雅は死んでしまった。
努力を続けて膨大な魔力を蓄え、魔術の練度を高めた。
やりたくもない、向いてもいない戦いの技術を身体の髄に染み込むまで叩き込んだ。
殆ど独学に近くあったが、経験を積み重ねて異世界の事もひたすら学んだ。
最終的には両親からの最後の形見である、その姿すらも涙を呑み痛みに耐えて変え続けた。
それでも風雅は死んでしまった。
対照実験の如く、試行錯誤と分岐を繰り返す。
果ての無い試行回数を得られる地力を手にしてからずっと、風雅は繰り返す。
入る国を、立場を、位置を、姿を、性別を、形を変えて繰り返す。
死のうとも、どれほど死のうとも、決してめげず。
そして、その回数は八垓回を超えた。
∞
本当は、あと二十八桁足すつもりでした。
でも可哀想なので、減らしてあげました。
念のため、悪しからず。