X回目のイセカイテンセイ 第012話 日常
対騎士団員戦です。
可哀想ですね。
それではどうぞ。
「《呑みこめ》ッ!!」
そうソフィアが言った瞬間に、勇者一行の下に着いていた騎士団の者達が剣を抜き放って風雅へと一斉に飛び掛かる。
それと同時に康生とレイラ、マルシアにソフィアは全員が風雅から離れるように後ろへと飛びずさる。
その瞬間、風雅の背後の空間が捻じ曲がるようにして暗い穴を口のように開ける。
まるで宇宙空間のような真っ黒い空間に風雅は吸い込まれ、そのまま騎士団の者達もその穴に飛び込んでいく。
騎士団の者達と風雅が全員穴に吸い込まれて見えなくなったところで、その穴は素早くその口を閉ざした。
「……ま、まさか直前で気付かれるとは……」
「ええ。ですが、幸い全ての仕込みは終わった後です。指輪も付けてくれましたし、何ら問題はありませんよ。ソフィアさん、お疲れ様です」
「はい……。後は術の続く限り、閉じ込めておきます」
少しだけ心が落ち着かないのか、ソフィアは地面にへたり込むと自身の胸に手を当てて息を整え始める。
そんなソフィアの様子を見ながら、康生がつまらなさそうに小さな声でぼやいた。
「しっかし勇者として呼ばれたってのに魔王の配下は死んでるわ、魔王も実質止め刺すだけだわで面白くねぇな。挙句危険人物って奴もこれで終わりみたいだし、俺の華やかな活躍は無しかなぁ」
「ええ。彼は魔術を極めた方のようでしたが、あの指輪は質の良い吸魔石で出来ています。ソフィアさんのお師匠様でも全く魔術が使えなくなる程の代物です。もう彼に魔力を操る事は叶いません」
「付け加えるならば飛び込んでいった者は部下達の中でも、魔術の才には恵まれずとも剣術は並外れていた者ばかりです。彼は丸腰でしたし、勝ち目は低いかと」
溜め息交じりにぼやく康生に、微笑みながらレイラとマルシアが答える。
吸魔石とは魔術師や高い魔力の者を捕えておくために使われる魔道具の一種であり、他魔道具に比べ製作が簡単かつ一定の需要が常に存在するものである。
その名の通り接触した対象から魔力を吸い出し、吸い上げた魔力を大気中に放出し続けるという機能を持っているため、魔力の少ない者は低品質の代物を一つ身に付けただけでもまともに魔術を扱えなくなってしまう。
レイラが風雅に渡した指輪は王族が手に入れられるものの中では比較的高い品質の物であり、これ一つで体内に保有する魔力量の多い上級魔術師をおよそ二、三十人程度行動不能に出来得る威力を持っていた。
それを身に着けてしまったのならば、持ちうる魔力量が上級魔術師やそれの数倍程度の者であれば魔術に頼れなくなる事は間違いない。
魔術を頼みにする人がそれを封じられた挙句、得物を持った剣術のスペシャリスト複数人に丸腰で取り囲まれたのならば、勝ち目は限りなく薄いだろう。
付け加えるのならば空間に作用する魔術によって逃げ場すら断たれているのだ。生存すらも絶望的だろう。
「解説は死亡フラグだぜっと。……でもまあ、憐れなもんだよなぁ。魔王に対する恨みでここまで来て、目的果たした途端に俺らにぶち殺されるんだからなぁ」
「……仕方のない事です。しかし、死後の尊厳まで取り上げる事も無いでしょう。彼が四天王を倒し、魔王を弱らせた事は事実なのですから。魔王との戦いで死んだ事にして、慰霊碑ぐらいは建てましょう」
「ま、それが妥当なとこか。恨むなら境遇と運の悪さを恨んでくれってな。案外、俺みたいに異世界転生出来るかもしれねぇしな」
そう言うと、目に安っぽい憐れみを浮かべて康生はくっくと笑った。
∞
-Tips-
・多重指定空間
空間魔術にて扱われる概念であり、結界の形の一つ。
端的に言えば、特定の条件付けをした空間の指定を複数重ねたもの。
高度な魔力操作と複数の適性が必要になり、術式も長く詠唱も複雑になる傾向にある。
発動と維持が難しく、一般的に使われるものではない。
これを使用した空間魔術は下準備に掛かる時間や発動の際に消費する魔力の消費も多く、条件付けや指定及びその維持を行う労力も大きいため、個人での使用や広い範囲での使用は難しい。
故にこれを用いた魔術はごくごく狭い空間にて、術式による補助を組み込んだ形や複数人による制御の下で使用する場合が多い。
大抵は特定の空間内に対する情報の流出入への対策や、無形の牢獄による封印として使われる事が多い。
ソフィアが風雅に使用したそれは実戦に耐えるように調整された術式にて放たれたものであり、条件は少なく指定が素早く出来る代わりに消費魔力がやや大きくなっている代物である。
条件も比較簡単で「術者による解除のみ受け付け」「大気中の魔力の遮断」等を含む五つのみである。
これをそもそも使用出来たのはソフィアの適性や魔力量の賜物であり、実戦でも使えるように調整出来たのはソフィアの努力、そしてそれらの下地を学ぶ上で十分な環境が整っていた結果である。
しかし、これを再現するにあたってソフィア本人の才能が大きく比重を占めているのは間違いない。
∞
風雅は騎士団員と共に、魔術で作られた空間に取り込まれていた。
空間内は真っ暗で、しかし不思議な事に視界や音はきちんと確保されていた。
それは風雅からも、騎士団員からも同じであった。
「はぁっ!!」
「……」
――――――避ける、払う、防ぐ、止める。
騎士団員の放つ猛攻。その一撃一撃は決してブレる事無く風雅の身体の芯を捉え、狙いに正確に打ち込まれる。
それらは生半可な程度のものでなく、よく鍛えよく反復練習したが故の研ぎ澄まされたものであった。
剣才もさることながら、それは才に胡坐をかかず鍛錬を続けたものが掴み取った斬撃であった。
対する風雅は時に攻撃を防ぎ、時に身のこなしで避けて数の不利を補いながらも渡り合っていた。
もう十分程の間、風雅はこうして絶え間なく続く斬撃から身を守り続けていた。
「……はぁ」
「チッ、粘り強い……!」
丸腰かつ吸魔石で作られた指輪を嵌めている風雅は、多少の傷はあるものの四人と渡り合ってなんとかその猛攻を凌げていた。
理由は簡単。
勇者一行がこの島に来たあたりで錬金術により作製した、両刃のショートソードのおかげである。
無論、風雅が数の不利に十分も耐えられていたのは空間の広さもあるが風雅自身の剣術の腕、そして相手の士気の低さも十分影響していた。
しかし、得物の有無はやはり大きかった。得物が無ければ数分と持たなかっただろう。
「何度目かになりますが、争いは止めませんか。私に敵意はありませんし、今なら質の悪い悪戯という事に出来ます」
風雅は暗い表情のまま、自身を取り囲む騎士団員に伝える。
風雅は戦闘の合間にも同様の内容を既に二度も伝えており、それを再度伝えていたのだ。
この風雅の戦意の無さは騎士団員達の士気にも影響しており、これ故に騎士団員達が攻め切れずにいたのだ。
だが不意に、三度目でようやく風雅の呼びかけに応えるようにして騎士団員達は不意に一時的だが手を止めた。
埒が明かないと思ったのか攻め方を考えているのかは不明だが、話を聞いてくれるかもしれない可能性が生まれたために風雅は構えを解く。
しかし、そんな風雅に対する騎士団員の返事は厳しいものだった。
「魔王の討伐に関する御助力には感謝する。しかし、貴殿の死は既に決まっている事なのだ」
「それですよ。意味が分かりません。魔王を殺したら何故次は騎士団の方々に狙われなくてはいけないのか、引いては国にも目を付けられているという事ですよね? 理由は何ですか?」
「女神ユイ様のお告げだ。これ以上のものはあるまい」
「……まあ、やはりそうなんでしょうね」
騎士団員の答えに、風雅は諦めたように溜め息を吐く。
風雅にとって、それは既に何度も聞いた答えであった。
「やっぱり、女神様の神託なんですよね。どこで恨みを買ったのか、何故そうなっているのか聞く事も出来ませんし……」
「魔術のみならず、剣術もまたそれ程までに修めた道は並大抵のものではなかっただろう。聞けば四天王と魔王への復讐のためだそうな。その道は困難を極めたものだっただろう」
「……」
「しかし、これも我らの任務。恨むなら恨んでくれて構わぬ。しかし、ここでその命は貰うっ!」
騎士団員の一人がそう言うと、再び団員達に戦意が漲る。
そして団員の一人が風雅へと剣を腰に溜めたまま走り、間合いを詰めてきた。
対する風雅は、その様子を見て。
「……そんな事ありません。何回も繰り返せば誰だって出来ますよ。僕が出来たんですから」
風雅は剣で受けようともせず、逆袈裟に飛んでくる斬撃をその身で受けた。
「っ!? な、何!?」
「……はぁ、痛い、なぁ……」
深く入ったその斬撃。誰からも一目で分かる致命傷。
風雅はそれを受けると、赤い鮮血を撒き散らしながらゆっくりとうつ伏せに倒れ込んだ。
突然の死。突然の無抵抗。
風雅の突然の様子に、斬りかかった騎士団員も含めてその全員が呆気に取られていた。
「……っ、さ、作戦は終了、だな?」
「ああ、そうだな……」
「…………待て」
比較的このメンバーの中では若手である二人がそのように会話していると、騎士団員の中で一番年を取っている壮年の男が会話を手で制して止める。
「魔術師は蘇生して蘇る者もいると聞く。先程の繰り返すという言葉の意味も、ひょっとするかもしれないからな」
「吸魔石もありますし、それは有り得ないのでは……?」
「どんな仕掛けが残っているかは分からん。吸魔石は魔力は奪うが魔術は奪えんからな、念入りに止めを刺すぞ」
「えっ!? いや、でもそれは……」
「お前らがやらぬならわしがやる。退いていろ」
壮年の騎士団員は剣を片手に風雅に近寄るとその首や心臓、腿や脇等の人体の急所に剣を刺し、又は振り下ろして風雅の身体に傷を加えていく。
風雅の首が完全に胴と離れ、血だまりが広がっていく。
風雅の持っていたショートソードが取り上げられたあたりで、他の騎士団員もその作業に加わり始めた。
作業自体は数分で終わり、肉体は辛うじて人型を保っているもののおおよそ生きているとも生き返るとも思えない程に激しく損壊していた。
使われた道具は騎士団員達の持つ支給されたロングソード、それから予備の装備である片刃のナイフに各騎士団員達の手足だ。
その各々は作業が終わった後に血の付いた得物や手を拭っていたが、若い騎士団員の一人は風雅の様子と自分の手を見比べて口元を押さえていた。
「う、うぇ……」
「吐くな、体力を無駄に使うだけだ。……経験則だが、これだけ潰せば自力での蘇生は難しいだろう。重要な臓器も随分傷付けたはずだ。後は、結界が解かれるのを待つばかりだ……」
壮年の騎士団員が草臥れた風にそう言うと、周りの団員も安堵したように溜め息を吐いた。
魔術の才を持たぬこの騎士団員達は、良くも悪くも先陣を切る鉄砲玉としての役目が多かった。
今回もまた同じ役目でありつつ加えて完全な汚れ仕事。しかし、どんな仕事であろうとも覚悟をして彼らはこの場に臨んだのだ。
騎士団員も決して好きで人を殺しているわけではなく、またそれ故にこの空間にも好きで居たいと思うものはいなかった。
それはこの壮年の騎士団員もまた同じであった。
「まあ、聖女様が認めたという事はこいつは本当に魔王を倒そうとした勇敢な男なんだろう。そんな奴の後処理とは……なんともやるせない。だが仕事だからな、悪く思わんでくれよ」
壮年の騎士団員は結界が解かれるまでの間、風雅の方を悲し気にじっと見続けていた。
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-Tips-
・■■
本来は■■■■■■の有するもの。
世界で言えば法則に近い、それよりもより強い強制力のようなもの。
魔術のような超常現象を引き起こすものと言えば理解しやすいが、本来は何の消耗も無くまさしくチートである。
■■■が設定されており、最も強い権限を持つ■■は■■という。
この■■も含めて地上で使われる■■の名は本来のそれとはかけ離れており、最もそれと近いものがそれとして割り当てられ所謂当て字のようなものが名前として用いられている。
草壁風雅も、■■を有している。
それは、■■と■■の■■である。
∞
「……結界、持ちません。解きます」
ソフィアの声によって、結界が解かれた。
元より、風雅を倒すための作戦には制限時間が付けられていた。
その時間内で任務を果たさなくてはならず、かつ策が上手く嵌らなければ替えのプランも場合によっていくつか用意されていたのだが、結界を解くソフィアの表情は緊張に固まっていた。
上手くいっていなければどうしようか、と。
人死にが出たのならばどうしようか、と。
騎士団員が皆殺しにされていたらどうしよう、と。
しかし、結界を解いた直後にソフィアの想像はただの杞憂であったと判明した。
何故なら、解いた結界の中から現れたのは無傷の騎士団員達と惨殺された風雅だったからだ。
結界内部からの帰還もそこそこに、やや疲れた顔の騎士団員達は全員がマルシアとレイラの前に戻って来た。
「……作戦は、無事終了しました」
団員たちの中から、壮年の騎士団員がマルシアとレイラの前まで来た後に跪く。
その報告を受けて、レイラは安堵したように息を吐いた。
「これで終わりですね。皆さんには大変な役目を押し付けてしまいました。お疲れ様です」
「遺体はどうなされますか」
「後で……いえ、今この地に埋めましょう。彼もまた称えられるべき者ではあるはずですから」
レイラはそう言って風雅の方を向く。
「……えっ?」
その瞬間、広場付近の低木やその茂みから隠れていた騎士団員達が弓や魔術を放つ。
放たれた矢や魔術の先に居たのは、一人の立っている人影だった。
その人影は、死んでいるはずの風雅だった。
「……」
勇者一行が遠めに見てもとても生きているような状態ではなく、首と胴も完全に切り離されておりその他損傷も激しい状態であった。
そうだったはずなのだが、しかし傷は一切無く服の損傷もまた何事もなかったかのように元通りになっていた。
風雅は矢や魔術によって生成された魔弾をその身に受け、全身あちこちを貫かれながらゆっくりと勇者一行に向かって歩いていった。
「げぇっ!? な、なな、なん!?」
「魔術は、使えないようにしたはず……!!」
蘇った風雅の指には、未だ指輪は嵌められている。
その魔道具に損傷はなく、また問題なく機能もしている。
だというのに風雅は蘇り、その身体は驚く事に矢や魔術を受け続けてなお、衣服と共に再生を続けている。
康生の情けない声やレイラの驚く声を耳に受け、マルシアは壮年の騎士団員に目配せをする。
それを受けて騎士団員達は矢や魔弾によって再び血塗れになりつつある風雅に向かって、剣を抜きつつ走り始めた。
しかし。
「《心の隙間風を》」
風雅の唱えた魔術によって、勇者一行の四人以外が全員昏倒する。
走り始めた騎士団員も、茂みに隠れて矢や魔術を放っていた団員達も、全員である。
そして血塗れのまま、歩みを止めぬまま、風雅は勇者一行に聞こえる程度の声で伝えた。
「話し合いをしましょう。今ならまだ、悪い冗談で済ませられますから」
草壁風雅は戦いたくなくとも、相手には戦う理由がある。
残念ですね。