X回目のイセカイテンセイ 第011話 徒労
対魔王戦、続きです。
それではどうぞ。
「……そろそろ来ましたかね。では……ふんっ、ぐっ」
風雅は誰も居ない広場で、突然唸り始める。
それと同時に険しい顔をして両手を魔王の方へと突き出し、全身に力を入れ始めた。
「んん、んんんんっ! ん、んんんっ」
そんな事を十分近く続けていると、唐突に風雅の背後でがさがさと音が鳴る。
木々と草で作られた天然のトンネル、そこから勇者一行が出てきた音だった。
「おい、そこのお前――――――」
「どなたですかっ!? ここは危険ですっ! 今すぐ可能な限り離れて下さいっ!!」
勇者、安井康生の掛け声を遮るように、風雅は振り返りつつ大きく怒鳴り散らす。
風雅の剣幕に押されて一旦は言葉を飲み込むも、負けじと康生は風雅に言い返した。
「勇者だよ俺は! 魔王って奴が復活したってんで来たんだよ!」
「はっ!? 勇者!?」
「証拠だよ。おらっ、聖剣だ!」
そう言って康生は、頭上に聖剣を掲げる。
薄暗い早朝でもよく見える、うっすらと立ち昇る金色のオーラを纏う特徴的な装飾の剣。
フォージス王国の国民ならば、誰もが一度は聞いた事のある聖剣。
それを掲げながら現れた男、康生はフォージス王国民ならば誰もが勇者と信じるだろう。
「っ!! 本物ならば、この魔王を打ち倒してください! 動きは封じています!」
「……ソフィア、どうだ?」
康生はソフィアに耳打ちする。
すると、ソフィアは康生を一瞥して返答する。
「ええ、あの男に押さえられている方が魔王です。かなり弱ってはいますが、禍々しい魔力は隠せません」
「おっ、そうか。んじゃあ、ぶち殺してやろうか。あいつもまとめてやっちまってもいいか?」
「……いえ、可能な限り魔力を使わせましょう。魔力を聖剣に溜める際、わざと時間をかけて下さい」
「めんどくせぇなぁ……おっし、分かった。んじゃあ行ってくる」
康生はそう言ってソフィアから離れると、風雅の元へと近づいていった。
「なあ、あんた名前は?」
「フーガと言います! どうですか、頼めますか?」
「魔力のチャージに時間が掛かる。どのくらい持ちそうだ?」
「……可能な限り押さえてはみますが、具体的な時間は何とも。なるべく早くして下さると嬉しいです」
「ああ、割とキツイってか? んじゃあ待ってろよぉ~」
康生はそう言うとウキウキした様子で魔力を聖剣に込め始める。
その速度は普段のそれよりも気持ち遅めであった。
そして聖剣に魔力が溜まっていくにつれ、聖剣が纏う黄金のオーラが徐々に強く光り始める。
「ん~、中々掛かるかもしれねぇな」
「あ、あの! 早くはならないんですか!?」
「まぁ、待てって。もうちょっと」
「くっ……! んんっ!!」
「……よぉし、これぐらい溜まれば十分かなっと」
しばらくして、かなりの魔力をため込んだ聖剣を担いで康生は魔王の側に立った。
その聖剣は目も眩むような黄金の光を纏い、得も言われぬ神々しさと清浄なる気を放っていた。
それを両手で逆手に持ったまま、康生は風雅に尋ねた。
「もう十分だ。撃つぞ? 衝撃凄いから、踏ん張れよ?」
「はいっ!」
「よぉし……」
風雅の反応を見て満足そうに頷くと、康生はニヤついた顔のまま魔王に串刺すように聖剣を振り下ろした。
「いくぜぇ、ポルスゥゥゥウウウッ!!!!」
康生が叫び声とと共に振り下ろした聖剣は、魔王へと突き刺さる。
それと同時に、黄金色に輝く光の奔流が聖剣の刀身から溢れ出す。
その黄金の奔流は凄まじい衝撃と光と共に魔王を呑みこむ。
あまりの衝撃に大地は揺れ、辺りは眩い黄金の光に包まれた。
「ハァッハッハッハッハァアアアッ!! これで仕舞いだぁっ!!」
康生は興奮したように叫び声を上げ、奔流を放つ聖剣を更に魔王へと深く突き刺す。
しばらくして、黄金の奔流が収まると康生は聖剣をゆっくりと引き上げた。
魔王に突き刺さっていたであろう位置には最早何も残っておらず、ただクレーターのように抉れた地面が残るのみであった。
「ふぅ、スッキリしたぁ。やっぱ溜めてから撃つって気持ちいいもんだなぁ、ええっ?」
「は、はぁ……。何はともあれ、ご協力ありがとうございました」
「いやいや、いいって事よ。おい、みんな! 終わったぞ」
康生がそう叫ぶと、騎士団の者達に囲まれるようにしてソフィアにマルシア、そしてレイラが近付いて来た。
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-Tips-
・「天秤」
女神ユイより与えられる魔術とも異なる力、「福音」の一つ。
現在はレイラ・グリッド・フォージスの二つ名としても知られる。
それは本来■■とも呼ばれており、■■■■■■と一部の人間が既に使用出来る形として持つでもある。
■■は持つ者によって性質が異なり、その存在に早い段階で気づく者もいれば生涯気付かずに命を終える者もいる。
その力の基となるものはどんな者でも持ち得るため、女神ユイは元より使える者には■■の存在を示し、使えない者には■■を使用出来るようにするだけである。
レイラの使用する「天秤」の「福音」は、真を明らかにするものとなる。
具体的には特定の対象、事象に対してそれが客観的に正しいかどうかが瞬時に分かる。
それは人の心や本来知り得ない事に対しても有効だが、正しいか嘘かが分かるのみなのでそれ以上は分からない。
この力の持ち主の前ではあらゆる詐術は意味を成さず、文書の偽造等もその偽造個所が瞬時に見抜かれる。また細かく条件を付けてそれに応じて正しいかどうかも判断が出来る。
裁判や尋問にこの上ないほどに適した力と言える。
本来■■とは方向性こそあれどあらゆる事が可能となるものだが、使用者や使用する場によっては制限される。
レイラの扱うこの力も人にとっては十分強力なのだが、本来発揮しうる■■の性能に比べれば汎用性も程度も遥かに低くなったものなのである。
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「終わってみれば、呆気ないものですね……」
「魔王の魔力は、もう一切感じません。サンプルが回収出来なかった事は残念ですが、安心してよいかと思います」
「そうですか。ではそこの方?」
レイラはソフィアと言葉を交わした後に、風雅の方を向く。
風雅は少し緊張したような面持ちで、レイラの方へと向き直る。
そしてレイラの方を見ると膝を着いて頭を下げた。
「これはこれは……聖女様がどうしてこちらに?」
「私はこの国の王女でもありますから。勇者様と共にこのトウスケ島を調査せよ、との命を我が父よりお受けここへ来ました。どうぞ身体を楽にして、顔をお上げくださいな」
そう言われて、風雅はレイラの方へと顔を上げた後に立ち上がる。
風雅を見て、レイラは優しく微笑みかけた。
「お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「はい。フーガと申します」
「では、フーガさん。貴方はどうしてこちらに?」
レイラの言葉に、風雅は少し躊躇ったような反応を見せた後に返答する。
「四天王並びに魔王を滅ぼさねばならない。そう思い、こちらに伺いました。勇者様の御助力により、無事使命を果たせた事にとても感謝しております」
風雅の言葉に、レイラは微笑みを崩さぬまま更に続ける。
「それは、誰かに頼まれたのですか? それとも自らの意志で?」
「無論、私自身の意志によるものです。……四天王には過去に散々酷い目に遭わされまして、住んでいた場所ももうこの地上にはありません。私怨が無いと言えば嘘になりますが」
「それは……さぞお辛かった事でしょう」
「だからこそ今日この日まで準備をして参りました。ええそうですとも」
風雅の話に、悲しそうに顔を歪めるレイラ。
風雅はそこで一度言葉を区切りレイラの瞳をじっと見つめた後、魔王の居た方を見やる。
最早抉れた地面だけが残るそこを見て、風雅は少し肩を竦めた
「魔王に関しましても、元はマントンが封印に細工をしていたようでして。封印が緩んでいたので、封印が解けた際にそのまま倒そうと思いまして」
「お仲間は? 最初から一人で挑むおつもりだったのですか?」
「ええ。どの道、死ぬも殺すも一人のつもりでしたので」
そう言うと、風雅はどこか遠くを見るように目を細める。
そこまで聞いてから、レイラは一度ゆっくりと瞼を閉じてから風雅の目を見つめる。
レイラのその目には深い感謝の念が表れていた。
「……フーガさん。貴方の功績は決して小さいものではありません。四天王を一人で全て倒し、魔王を倒す際の助力は大変に助かりました」
「……よく御存知ですね。四天王を倒したとはお伝えしていなかったと思うのですが」
「ふふっ。私、聖女ですから」
そう言って、レイラは少しいたずらっぽく笑って見せる。
そんなレイラの様子を見て、風雅は少しだけ表情を緩めた。
「でしたら仕方ありませんね」
「ええ。一先ず、形式的ではありますがお礼を。いずれ正式なものはまた用意しますが、こちらは私個人から」
レイラはそう言うと、自身の右手についていた指輪を外して差し出した。
「……貰って、よろしいものなのですか?」
「ええ。あくまで私からの個人的なお礼ですから。それに、改めてお呼びする際に証明ともなるでしょう。どうぞ肌身離さず身に着けていただけると嬉しいです」
「では、お言葉に甘えて」
風雅はそう言うと、受け取った指輪をゆっくりと指に通した。
指輪を着けた風雅は、少しだけ眉を下げる。
それを見届けたレイラは、満足そうに頷いて風雅に手を差し出した。
「では改めて、この度はありがとうございました」
「……ええ、こちらこそ」
レイラはそう言って手を差し出す。
風雅はそれを握り返して、レイラに微笑みかけた。
そうして握手を交わした後にレイラは下がった。
すると、次はマルシアが風雅に手を差し出してきた。
「私からも是非お礼を。所属は王国騎士団第二席部隊、名をマルシアと申します。あまりに早く終わったために心の整理があまり付いておらず、お見苦しいところをお見せしたかと思いますが」
「王国騎士団の方ですか……。いえいえ、かく言う私もまだ落ち着いていませんので」
「ふふっ、失礼。ではありがとうございました。正式な謝礼等はまた後に行われると思われますので、またその時に」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
風雅はそう言うと、最後にソフィアが手を差し出してきた。
「……私からも。魔王を打ち倒した方にお礼を」
「これはこれは……ひょっとしてソフィアさんではありませんか?」
「っ、え?」
「お噂はかねがね。魔術ギルドに居た時期もありましてね」
「成程……それは失礼しました。いえ、同じ魔術を究める同士として鼻が高い限りです」
「ありがとうございます」
風雅はそう言ってソフィアの手を取る。
そして、ほんの少しだけ悲し気に眉を下げた。
「とはいえ、私の言葉を誰が信じてくれるでしょうか。傍から見れば、魔王の封印を解いた邪教の信徒にも見られかねません」
「心配すんなって! レイラは『天秤』の聖女だって話だぜ? 嘘は全部分かっちまうんだよ。レイラがああ言った以上は、みんな信じてくれるっての!」
康生はそう言いながら、風雅の肩を後ろから乱暴に抱く。
その勢いに驚いた様子で、風雅は康生の顔をまじまじと見る。
聖人や聖女の持つ「福音」はその力故に、その多くが国の周知のものとなりやすい。
ましてや国王の娘であるレイラの「天秤」ともなれば、康生の言う通り信用は勝ち取りやすいであろう。
「お前も、レイラを知ってるなら分かるだろ?」
「……そうですね。ありがとうございます」
風雅は小さく照れた様子で頷いた。
そんな風雅を見て、康生はニヤついた表情を浮かべる。
「んじゃあ、ちょっとここで待っててくれよ。俺達島の調査も残ってるからさ、すぐ済むし。な?」
「いえ、お気になさらないでください」
「ああ、じゃあな」
康生はレイラ達の元へと戻ると、風雅には聞こえないような小さな声でレイラに尋ねた。
「……嘘は?」
「ありませんでした。全て事実のようです」
「マジか。そうなると……悪人には見えねぇみたいだが、やるのか?」
「はい。彼で、間違いありませんから」
レイラは先程と変わらぬ慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、そう言い切った。
そう、淡々と言い切った。
その言葉を受け、ソフィアとマルシアが答えた。
「では、起動に移ります。仕込みは済みましたので」
「レイラ様。騎士団も準備は整っています」
「ええ、お願いしますね」
レイラはそう言うと、風雅の方を振り返り軽く会釈をする。
対する風雅は、あっと小さく声を上げて勇者一行に呼び掛ける。
「あ、あの一つだけよろしいですか?」
「……済みません、調査を早急に終えねばなりませんので」
「一つだけです。無礼を承知ですが何卒、どうか」
風雅は去ろうとする勇者一行に、必死な様子で頼み込む。
その様子に、レイラは少し表情を硬くしながらも応える。
「では一つだけ。いかがしましたか?」
「ああ、聖女様ではなくソフィアさんに」
「っ、私、ですか?」
突然の指名に、ソフィアは驚いた様子で風雅の方に向き直る。
ソフィアは術の発動を止めぬようにかつ風雅にバレぬように魔力操作を続けたまま、ぎこちない表情で風雅の方を向き直る。
対する風雅は、人当たりの良さそうな笑顔のままソフィアの方を見ていた。
「……なんでしょう」
「省略、上手くいったんですね」
「……?」
笑顔のままそう言う風雅の言葉に、ソフィアは首を傾げる。
風雅の言葉の意味が分からない様子で、ソフィア含める勇者一行も互いに顔を見合わせてソフィアの返事を待った。
「それは、どういう意味でしょう?」
「……多重指定空間。吸引」
「っ!?」
風雅はそれまでの暖かい笑顔が嘘だったかのような、冷めた暗い表情を浮かべてそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、ソフィアの顔が青褪めて強張る。
「……それが、貴方達の答えなんですね」
「っ!! 《呑みこめ》ッ!!」
その瞬間ソフィアは杖を掲げ、焦りながら怒鳴るようにして叫び声を上げた。
それが、戦いの始まりとなった。
草壁風雅は、嘘は吐いていません。
争いは避けたかったようですが、残念で哀れですね。