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X回目のイセカイテンセイ 第010話 勇者

対魔王戦、続きです。


それではどうぞ。



「……」



 静かなトウスケ島の早朝。時刻は午前五時と二十分。

 風雅は封印の解かれた黒い人型、魔王に魔術を浴びせ続けている。



「はぁ……」



 無表情のまま、風雅はひたすらに淡々と魔術を放ち続けている。

 ひたすら魔王に翳した右手のひらから、繊細な操作を要求する極大の威力の魔術を休憩すら挟まず放ち続けている。

 また風雅が魔王に向けて放つ《我が風よ(マイ・ウィンド)》は決して魔力消費量の低いものではなく、この世界の平均的な魔術師ならば数十人集まっても一発分にすらならない莫大な量の魔力を消費する。

 そして《我が風よ(マイ・ウィンド)》を放ちながら既に魔王相手に掛けた《風の縛糸を(エア・バインド)》《風よ止まれ(エア・ロック)》等の維持にも風雅は魔力を割き続けているのだ。


 それを実現させているのは複数の高度な魔術を制御する風雅の魔力操作の技術に加え、人外のレベルに達している風雅の膨大な魔力量があってこそである。

 しかし恐ろしい事に、四天王を一撃で倒した《我が風よ(マイ・ウィンド)》を何度も食らいながらも魔王は生きていた。

 風雅によって拘束され一切の身動きを封じられてはいるものの、しかし魔王は生きていたのだ。


 勿論そうなるであろうと理解したうえで調整していた風雅にとって、そんな事は何も驚くところは無く、また何の問題にもならなかった。



「……」



 魔王の異様な耐久力の正体を、風雅は既に知っていた。


 そもそも魔王はその()()として、通常の魔術や兵器ではあまり大したダメージが与えられない。

 並の魔術師程度の魔術では足止めにすらならず、またその程度の魔術によって与えられた傷は即座に回復してしまう。

 また剣や槌といった運動エネルギーを利用する通常の近接武器や爆薬や高温の炎等の通常の化学兵器では、威力によっては魔術と同程度以下のダメージは見込める場合があるものの魔王のその性質からダメージソースとはなり難いため、やはり決定打とはなり得ない。


 その理由として、魔王は女神ユイに由来した力による攻撃でなければその威力が著しく減衰するという性質を持っているためである。

 より正確に言うならば女神の手が加わった聖剣の力や勇者の魔術に魔力、または聖女と聖人の持つ福音等の女神ユイから授かった力ならば魔王に対する特効となり得るが、それ以外のものは大して効かないようになっているのだ。


 尤も非効率的ではあるものの、通常の魔術や兵器による攻撃も全く効かないわけではない。

 魔王の回復力や防御力は無尽蔵ではなくまた魔術や兵器による攻撃も非常に効き辛いだけである。

 故に極大の威力の魔術や核といった地形を変え得る兵器を連続で放つ等すれば、ダメージをある程度蓄積させる事は可能である。

 実行出来るかはともかくとして、女神に由来しない力であっても理論上は魔王を倒す事が可能なのだ。



「……」



 当然そうした方法は消耗も激しく、無謀に近い。

 何故ならそれを可能とするには、魔王に通用する極大の威力をもった兵器や魔術の使用にそれを実現させるだけの莫大では済まない資材や魔力量を揃える事が最低条件だからである。

 しかも一発や二発程度ではいけない。何発も、魔王が完全に命尽きるまで放ち続けなくてはいけないのだ。

 そんな事をするくらいならば、魔王への特効である聖剣等の女神を由来とする力を用いた方がずっと早く消耗も少ない。


 しかし、そうした力を持たない者には無謀であろうと持てる方法で挑む他に無い。

 風雅は如何に膨大な魔力を持とうとも極大の威力の魔術を撃てようと、女神ユイに由来する力は振るえないのだから。

 そのため、風雅にはこのゴリ押し染みた方法しか取れないのだ。



「……さて」



 以上をまとめると魔王を倒す方法は、二つとなる。

 女神に由来する力を用いる方法と、それ以外の力を用いた方法である。

 当然、前者の方法の方が圧倒的に労力も時間も少なく済む。

 風雅の行っている後者の方法は、上述の通り大変非効率である。


 しかし、今の風雅にとってはそんな事は何ら問題にはならなかった。

 風雅一人で魔王を倒すに必要な魔力量や魔術の威力は十分に用意が出来るうえ、魔王を倒すために必要な時間や消費される魔力量さえも完全に把握しきっていた。

 おまけにその間に休憩時間を入れて時間調整のために魔術の威力を調整する余裕すらあった。

 故に風雅が魔王に倒されるという選択肢は、万に一つもなかった。


 そして何より。



「いらっしゃいましたかね? 《超感覚(ハイセンス)》」



 風雅がそう言いながら、後ろを振り返る。

 後ろは風雅の通ってきた木々に囲まれた道があったが、その先は木々に阻まれ見えなくなっていた。


 しかし、魔術によって強化された風雅の目には島に上陸する者達の姿を捉えていた。

 トウスケ島の最寄りの都市である王都より来たであろうその者達の大勢は共通した比較的軽そうな鎧を着込み、そしてその全員が帯剣していた。

 その鎧に刻まれた特徴的な白い翼と刃の紋様は王国の防衛組織である王国騎士団である事を示すものであり、魔王の封印が破られたために派遣された者達であった。


 そして騎士団の者達に囲まれるようにして居る、異なる特徴を持った四人の姿。

 一人は、白と紺色を基調とした法衣のような服装を纏った金髪の若い女性。

 一人は、暗褐色のローブに黒のマントを羽織った杖を持った魔術師然とした格好の幼い黒髪の女性。

 一人は、王国騎士団の鎧を纏っており赤毛の髪を後ろでまとめた背の高い女性。


 最後の一人は、現代であれば見慣れたものである学生服を着こなす若い男性であった。



「後は、望み薄ではありますが歓待しましょう。もうそれぐらいしか出来ません」



 風雅はそう言いながら、魔王に再度《我が風よ(マイ・ウィンド)》を放つ。


 風雅には既に知っていた。

 トウスケ島に上陸してきた者達の素性も、またその目的も。

 彼らは、魔王の封印の調査並びに脅威への対処という王命によってトウスケ島に派遣されてきた者達なのだから。


 一際目立つ騎士団の鎧をまとった女性は、その騎士団より派遣された部隊のリーダーのマルシア・フレーサ・カルスその人であり、また率いてきた者達はマルシアの部隊の者であり王国内ではかなりの精鋭ばかりである。

 次に法衣を纏っている女性は、フォージス国の王女にして白聖教の聖女でもあるレイラ・グリッド・フォージス。

 そして最後の魔術師のような格好をしている女性は、国内有数の天才魔術師として国内外で注目を集めているソフィアである。

 三人の女性はいずれもフォージス王国内での有名人であり、未来を支える若者達の筆頭でもあった。


 そんな女性達と共にこの島へとやって来た、この世界ではあり得ないはずの学生服を纏った男。

 この男こそ、異世界より召喚された女神の遣いである勇者。

 安井康生、その人であった。



「とりあえず、魔王の拘束はそのままに……いえ、安井さんですし手柄は渡した方がよろしいでしょうかね? 一応()()も試しましたが、形を変えて試すのも手ですね。……念のため、一応近接武器も作っておくべきでしょうかね」



 そう、勇者一行がこのトウスケ島へとやってきたのだから。




                  ∞


 -Tips-


・勇者

 女神ユイより遣わされる者とされ、異世界より呼ばれる存在。

 同じく女神ユイより齎された聖剣ポルスを十全に扱い、魔物や魔王と呼ばれる存在を容易に打倒しうる人類の救世主とされる。


 実際は勇者として呼ばれた者は特別な力を女神ユイより与えられ、それにより魔王に対する特効となる魔力を持つようになる。

 聖剣ポルスはその魔力の効力を増幅させてその刀身に満たす事が出来る他、その魔力を黄金の斬撃として飛ばす事が出来る。

 即ち、勇者という資格は女神ユイに与えられるものなのである。


 故に勇者という存在は、女神ユイに選ばれさえすれば誰でも成る事が出来る存在である。


                  ∞




「この島に居るって? 魔王の手下だっけ、レイラ?」


「コウセイ様。その手下である四天王を殺し、魔王の封印を解いた下手人が今この島に居るのです」


「ああ、そうそう。んでその封印解いた奴……やべー奴なんだっけか? 魔王の代わりに世界の破壊を目論んでるとか何とか」



 勇者、安井康生は隣の法衣を纏った女性に尋ねる。

 金髪に金色の瞳という、王家の血筋が分かりやすく表れた容姿の女性はレイラ・グリッド・フォージスという。

 国王アモス・グリッド・フォージスの娘であり現在聖女と認定されている数少ない存在の一人であり、「天秤」の聖女という二つ名を持つ有名人である。



「神託からはそのように。私以外の聖人、聖女の方々も同じ神託を受け取っております」


「名前とか分かりやすく示してくれりゃあな……。殺した相手が人違い、とか困るし。」


「コウセイ様は女神様をお疑いに?」



 レイラの康生を見る目つきが鋭くなる。

 そんなレイラに対し、康生は鼻を鳴らして肩を竦める。



「いやね? 万が一の話よ。女神様は間違えずとも俺らは間違えるかもしれんでしょ?」


「それは……」


「俺がいくら強くたって、殺す相手間違えたくないし」



 康生はそう言いながら、自身の腰に帯びた聖剣ポルスの柄をポンポンと叩く。


 黒い持ち手と金色の鍔に白銀の刃、そしてその刃と鍔が直交する位置にある赤い宝石が特徴的な派手な両刃の剣であるその聖剣、名をポルスという。

 勇者の証にして勇者の力を示すものであり、その剣は百年以上前から存在しているというのに刃毀れは無く装飾にも錆びは一切無い。

 そしてその剣全体から薄っすらと立ち昇る金色のオーラ。

 一切朽ちぬままに伝説を背負う聖剣は、ただ存在するだけでその威厳を周囲に示していた。



「とりあえず魔王はぶっ殺すか再封印、封印解いた奴もだっけか?」


「コウセイ殿。相手の生死は問わないと国王陛下より仰せつかっており、またその前提での本作戦となっております。その者の背後に誰が居るのかは気になるところでありますが、まずは我が騎士団の者が対処に当たりましょう。勇者様はそれまで力の温存をお願いします」


「ああ、そうだっけ? 面倒だなぁ……」


「相手が抵抗の意志を見せなければ話は早くもなりましょうが、()()()の時はご助力願います」


「あー、はいはい。分かった分かった」



 レイラと康生が話している間から、まとめた赤い髪の尾を揺らしながらマルシアが補足する。


 火の精霊であるフレーサを家名に持つ家柄であるマルシアは騎士団内でも類稀な剣術の腕と強力な火属性の魔術を操り、また人並み以上の学もあったため副隊長の座に収まった才媛であった。

 そんなマルシアがこのトウスケ島の調査に派遣された理由は、トウスケ島の警備が彼女の所属する王国騎士団の第二席部隊の管轄であったためである。


 本来トウスケ島へ来るべき第二席部隊の部隊長は、過去の四天王マントンとの戦いによって多くの兵の損失と島を奪われるという失態を犯し、各方面からの責任追及に親族の死が重なって心を病んだ後に自殺してしまったのだ。

 そのため部隊長の次に権限の強いマルシアが暫定的に部隊長として、また前部隊長の失態を返上するという期待も込められてトウスケ島にて指揮を執る事となったのだ。



「女神ユイ様の神託により四天王は既に倒されたとの事ですが、ならばこそこのトウスケ島の奪還もまた我らの使命。我々もまた、コウセイ殿の力には大変期待を寄せております」


「ヨイショは気分悪かねぇな。まあ好きなだけ期待しててくれや、マルシア。ところでソフィア?」



 ニヤついた康生に呼び掛けられたソフィアは振り返って康生へその怜悧で落ち着いた視線を向ける。


 魔術師ソフィア。

 平民の出でありながらずば抜けた魔力量を持ち、また各属性への適性も全て持っているという魔術に愛された才媛であった。

 その適性は一番苦手な風属性さえ一般的な中級魔術師と同等、それ以外の適性は全て並の上級魔術師を遥かに超えるものをもった、まさしく天才というレベルであった。

 本人の頭脳も非凡であり、国立の魔術学校に特待生として入学した後首席かつたった二年間という飛び級で卒業。齢十四にして新しい魔術及び魔道具を作成、実用化させるという実績も既に持っていた。

 既に魔術ギルドの幹部候補としてや宮廷魔術師としての声掛けも頻繁にされており、ソフィアは現時点でも引く手数多だった。


 そんなソフィアがこの魔王討伐に名乗りを上げたのは、魔術師としての箔を付ける等という下らない理由ではない。

 魔王という存在への研究、そのために魔王と接触並びに可能ならばサンプルを回収するためであった。



「……どうかしましたか、コウセイ様」


「魔王の魔力ってやつだっけ? 今も感じられてる?」



 康生の質問に対し、ソフィアは少しだけ顔を(しか)めた。



「その事ですか。皆様の話が終わり次第お伝えしようかと思いまして」


「えっ?」


「ソフィア殿。いかがされましたか?」



 康生ほかレイラとマルシアもソフィアの言葉に耳を傾ける。

 全員が聞く姿勢を取った後に、ソフィアはゆっくりとこう伝えた。



「魔王のものを押しのける程の膨大な魔力を広場中央の石碑付近より感じます。レイラ様の仰る下手人は、予想以上の脅威と認識した方が良さそうです」



 ソフィアの言葉に、その場に居る全員の顔が厳しくなり少しの間静まり返る。


 しばらくしてその沈黙を破ったのは、マルシアだった。



「では囲めるように部下を散開させましょう。石碑のある広場は森に囲まれていますし、障害物もありません。遠距離の装備も携帯させておりますし魔術の心得のある者もおりますので、十分な支援は可能です」


「そうですか。お任せしてもよろしいでしょうか」


「……レイラ様、いかがしましょう」


「問題ありません。後でお願いしますね」



 レイラはそう言うと、両手を合わせるようにして打った。



「さて、ではここにお集まりの皆様。平和な世のために、我が祖国のために、どうかお力をお貸しください」



 聖女の声に応えたのは、その場に居る者達の力強い肯定ばかりだった。

草壁風雅の道は、もう決まっているようなものです。

念のため、悪しからず。

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