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X回目のイセカイテンセイ 第001話 初動

久しぶりなので初投稿です。

始めましての方は初めまして、そうでない方はお久しゅうございます。

多くは語りません。


それではどうぞ。



「よっ、と」



 時刻は朝。場所は「惑いの森」にて。


 この「惑いの森」は鬱蒼とした木々の立ち並ぶ、広大で薄暗い不気味な森である。

 十四代目国王であるアモス・グリッド・フォージスの治めるフォージス王国の領土内に有り、木材の産地の一つにして危険な森としても有名な場所だ。

 危険な理由は数あるが、一番の理由はこの「惑いの森」には多くの魔物が潜んでいる事だろう。


 昼間であっても僅かな木漏れ日しか差し込まないような、湿った土の匂い立ち込める森の奥地。

 木材を取りに来る木こり等の林業に従事する者であっても、昼間でさえ滅多に立ち入らないその奥地に男は現れた。


 ()()()()()()()()()()()、現れたのだ。



「……」



 緑色の瞳に、緑色の髪。そして整ってはいるもののあまり特徴的でないその顔立ち。

 服装は、やはり一番目立つのはその色だろうか。

 フードの付いたマント、そしてシャツと長めのパンツという上下に黒い皮鎧に背中に背負った大きなリュックサック状の革鞄。そして腰にある小物入れと動きやすそうな靴。

 皮鎧を除いたその全てが、暗い灰色で色付けされていたのだ。


 そんな衣服を身に纏って「惑いの森」の奥地に突然現れたその男は、軽く周囲を見渡した。

 そのほんの僅かな、具体的には男が現れたほんの一、二秒後。

 その男を円形に取り囲むようにして、木々の間から躍りかかる大きな影の姿があった。

 木々をへし折り大地を踏み鳴らして飛び掛かるその巨体は、平均的なヒグマの五、六倍はあろうかという大きさだった。



「ボゥ゛ゥ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」



 おおよそ生き物とは思えない絶叫を上げながら迫る影。

 その姿は、生き物らしい可愛げ等微塵も持ち合わせていなかった。


 影の肉体は、異形そのものだった。

 その全身には一切の毛が生えておらず、スライムやゼリーを思わせるそのつるりとした半透明の肉体は、下水に墨汁を垂らしたような吐き気の催す暗い濁った黒色であった。

 形状を見れば楕円形の胴体に生えている関節も無い綺麗な円柱状の四本足、そして楕円形の先から伸びる、足と同じ綺麗な円柱状の長い首という奇妙な姿形をしていた。

 足の先には爪も無く、関節も無い足を触手のようにしならせて大地を踏み走るその様は獣というよりは海中の軟体動物のそれに近い挙動だろう。

 また首の先、顔のある場所には逆向きの正三角形のように配置された黒い穴が開いているだけで、その穴全てから黒く腐臭のする液体を所構わず飛び散らせていた。


 そんな生物的な実用性のあるデザインを完全に無視した形状は、まさしく化け物。

 生物の挙動を無視したその動きと進化も生命も感じさせないその肉体は、見た全ての人に嫌悪と恐怖を抱かせる事だろう。

 そんな一体でも悍ましさと絶望を植え付けかねないその化け物が、十数体。

 その十数体が、円形に男を囲み襲い掛かっていたのだ。


 何をするか分からない、不気味で巨大な黒い化け物に飛び掛かられる。

 そんな恐ろしい状況で男はしかし避ける事も、身体を守る事すらもしなかった。

 男がした事は、慌てず騒がずただ一言唱えただけ。



「……《風よ止まれ(エア・ロック)》」



 男がそう唱えた瞬間、化け物達の動きが止まる。


 その静止は物理法則を考慮した時に、普通ではまずあり得ないようなものだった。

 飛び掛かる寸前に止まるもの、飛び掛かった姿勢のまま空中で止まるもの、大地を蹴った不自然な姿勢のまま止まるもの、その全てが重力や慣性など無視しているかのような姿勢で止まっていたのだ。

 その様子はさながら録画されたアニメーションやドラマを一時停止したかのような光景であった。


 その化け物達の様子を一瞥した男は、悲し気に小さく溜め息を吐いて俯いた。



「お変わりありませんね。《我が風よ(マイ・ウィンド)》」



 男がそう唱えると、化け物達は突如一斉に身体を破裂させた。

 内側から爆発した化け物の身体の破片は、周囲の草木や地面にところ構わず飛び散った。

 とはいえ、飛び散った化け物の肉体はあまりグロテスクとは言い難かった。

 生物ならば本来あるような臓器や骨、或いはその他器官らしきものが一切無くただただ黒いぶよぶよとしたゼリーのようなものが飛び散るのみだったためだ。


 そして、周辺の木々や大地にへばりつくようにして残ったその肉片達は、少し時間を置くと空気の中に解けるようにして徐々に消えていき始めた。

 身体に生命活動を維持する器官すら持たず、またその命の終わった跡すらも残さないような死体。

 化け物の死に様は、一般的な生物のそれとはとても言い難いものだった。


 男は先程まで自身に襲い掛かろうとしていた化け物の死に様を見ても、驚くどころか眉一つ動かさなかった。



「では、早めに森から出ましょうか。《この身に(エンチャント・)風を(ウィンド)》」



 そのまま特に化け物を気にする様子も無く、男は森をやや西寄りの南西へと歩を進める。

 男は進む方位決める事に躊躇いがなく、また歩む足取りにも一切の迷いが無かった。

 また決して平坦でない森の道を男は迷わず躓かず、なんて事のない様子で真っ直ぐ速度を落とさず進んでいった。

 見る人が見れば、その全身には魔力が滾っている事が理解出来ただろう。

 また全身を余すところなく覆っているそれが、風属性の自己強化魔術(バフ)である事も理解出来たはずだろう。

 そして、その自己強化魔術(バフ)がとても精緻に制御されている事も。


 先ほどの化け物は、この世界では魔物と呼ばれている存在である。

 人類の仇敵にして恐ろしい力を持っていたとされる魔王の、その血肉より生まれたものにして魔王の尖兵。

 魔王が封印されたこの世界において、明確な被害を所構わず齎す人類の敵である。


 そしてこの緑髪緑目の男の名は、草壁(くさかべ)風雅(ふうが)という。

 現代日本よりこの魔物の跋扈する世界にやってきた者である。


 そう。

 つまり草壁風雅は、この異世界に来た転生者である。




                  ∞


 -Tips-


・《風よ止まれ(エア・ロック)

 四大元素の一つ、風雅が最も得意とする風属性を使用した魔術。

 本来、動きを止める事は水や土の属性の方が得意であり、風はむしろ苦手である。

 しかし今回風雅は風の表出である「動作」、特質である「伝達」の双方を逆回転させるように働かせて高度な停止を実現した。

 故に同規模同程度の魔術で比較すると、動きを止める事が得意な属性よりも多くの魔力を消費している。


 属性の苦手な事はあえてする理由も少ないため、本来このような魔術はあまり周囲に広まらずまた開発される事も少ない。

 風雅の使ったこの魔術も、風雅独自に研究して開発された物である。


 魔術において一つの属性にはその分類の主たる「元素」そして「表出」、「特質」という要素があり、一つの属性内に有る元素、表出、特質はそれぞれ密接に絡み合ってその属性を表しているとされる。

 ある属性の魔術を指した時にそれがその属性のどの要素を扱った魔術なのかによって、どのような事が出来るかが大きく変わる傾向にある。

 故に属性によって得意不得意があり、しかし極めれば理論上あらゆる事を一つの属性で実行可能であるとされる。


                  ∞




「……さて」



 男、風雅が森を抜けた先には広い草原とその草原を割るように続く剥き出しの大地の道、そしてその道の遥か先には大きな城壁が(そび)えていた。

 その城壁に囲まれる場所はフォージス王国の、その中心地にほど近い都市ボロスである。


 フォージス王国はこの世界有数の大国であり、国を流れる運河と周囲の海を利用した水運に魔術と共に発達した陸運、そして製紙業や上下水道等の一部の発展したサービスや産業により大きな影響を持つ国である。

 その国土はこの世界の最も大きな大陸の実に三割を占め、周囲には属国が広がるばかりで真っ向から敵対し得る国は近辺にはおおよそ存在していない。

 というのも、フォージス王国とその属国に管理されていない大陸の土地は、どの国にも管理されていない魔物の住まう土地となっているからである。


 国の中に居る魔物はどの国であってもその規模と動向がある程度知られており、危険な事に変わりは無いが決して対処の出来ない脅威ではなくなっている。

 しかし、国の外の魔物に関してはそうではない。

 その動向や生息地域にその規模等の情報は明確ではなく、どの国も大まかな情報しか持ち得ていないために国土を広げる事もそう簡単ではないのだ。



「ボロスは……あちらですね」



 魔物を危険たらしめる理由の一つに、魔物の行動に一貫性が無い事が挙げられる。

 魔物は集団行動をする事もあれば単独で行動する事も珍しくなく、またその巨体を生かして周囲の生き物を同種であろうと見境なく襲う事もあれば、目の前を何かが堂々と横切っても何もしない事もある。

 そして殺した生き物を顔の穴から体内へ取り込む事もあれば、執拗に潰すだけ潰してそのまま去っていく事もあるのだ。

 そんなまとまりのない行動や生き物らしくない外見も相まって多くの者に恐れられており、国の研究機関や防衛組織に所属する者でもなければ魔物の情報を集める事は殆ど無い。


 また、討伐しても倒して得られる旨味があまり無い事も理由の一つに挙げられるだろう。

 風雅は一瞬で倒したが、魔物と普通に戦おうとするならば本来は厄介な巨体と再生能力に撒き散らす液体にと苦しめられるものなのだ。

 魔物が撒き散らす臭い液体は毒性があり、掛かったり飲み込んだ程度では体調を崩すくらいだが目に入れば失明、傷口から体内に入ればその部位が壊死する場合もある。

 そんなものを広範囲にかつ不規則撒き散らしながら、おおよそ予測不可能な動きをする巨大な化け物が魔物である。

 当然普通に戦うだけでもその巨体による質量と予測不能な動きは脅威であり、この世界における一般的な兵士や魔術師では苦戦は必至である。

 更にそんな魔物を倒しても肉体は空気に溶けて消えるのみであり、ゲームのようにドロップアイテムや部位の剥ぎ取りなんてものも存在しない。

 故に回収して研究する事も利用する事も出来ず、得られる物は何も無い。

 残るのは、倒した側の消耗のみである。


 故にどの国でも魔物への対処は基本は避ける事と関わらない事になっており、討伐に至る理由は止むを得ない場合が多い。

 国内であっても好んで討伐される事が無いのだから、国外なら尚更である。

 魔物はこの世界においてはたった一体であっても一般人ならば誰もが死を覚悟する、非常に危険度の高い存在なのだ。



「では、向かいましょう」



 おおよそ一般人ならば死を何度も覚悟するであろう体験をした風雅は、森を抜けた先にある都市ボロスへと向けて足を進め始めた。

 風雅の頭の中では先程まで自身に降りかかった出来事は既に過ぎた事として処理され、次に向かう都市ボロスですべき事を考えていた。


 突然異世界へと来てしまった者にはやるべき事の選択肢は少なく、しかしそのいずれもが今後を分ける重要なものばかりである。

 その選択肢とは、より具体的に言えば生活空間の確保、活動資金の確保、情報収集である。

 その選択肢の中で風雅が選んだものは一つ。



「先ずはお金が欲しいですね」



 そう、資金の確保であった。

本作品は第一章完結までは毎日投稿、以降は不定期を予定しています。

仕事との兼ね合いがあるため、どうかご容赦くださいませ。

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