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EX:聖女様と、シンデレラな彼と一般人の私




 制服姿の桜文(さあや)に、母に買ってもらったワンピースを見せびらかしていた時だ。

 床が光り、景色が歪んで、目眩がした愛子は目を瞑った。



 ──目を開けると、そこは日本ではなかった。



 夢のように整った顔の青年に『ようこそ、聖女様』と傅かれ、どちらが聖女だという呟きを拾った愛子は、自分はやはり主人公なのだと思った。

 昔から思っていたのだ、自分は特別な存在なのだと。

 母も言っていた。あなたは特別なのよ、と。


 だから綺麗な顔の青年に愛子は言った。


『その子には、嘘吐きと盗人の血が流れてます。ですから、聖女はあたしです。その子じゃありません!』


 ──父と母の仲を引っ掻き回した悪女の娘である桜文が、聖女のわけがない。

 愛子は母からそう教わった。


 金が入った袋を拾った桜文は、礼を一つ残して鎧を着た男の後ろに付いていった。

 これが、愛子と桜文の今生の別れのシーンである。



 それから愛子は、金髪碧眼の美しい青年からこの国(クヴィワルト)の王子であると自己紹介を受け、護衛となった騎士団長の息子や、王子の側近の伯爵令息を紹介され、姫の如く大事にされた。


 が、逆ハーレム最高! と愛子が鼻の下を伸ばせていたのは短い期間だった。


 国宝の(ぎょく)に入ったヒビを修復できない愛子の扱いはどんどん酷くなっていった──酷くなったと言っても、これは愛子の言い分だ。

 なんせ住む場所は王城で、それも上等な部屋を割り与えられ、食事ももちろん王族と同じものが用意された。加えて、世話をする侍女とメイドも十数人も付けていた。

 なので、これを『酷い』と言うには些か乱暴である。


 そんな愛子を見た王子は、召喚されたもう一人が聖女だったのではないかという考えを持つようになる──異世界人が召喚されて三ヶ月目の話だ。

 この時にはすでに桜文はクヴィワルトにいなかったが、王子はクヴィワルトにて桜文の捜索を愛子には秘密に進めていた。


 これは王子の言い訳になるのだが、すっかり見た目に騙されてしまったのである。

 異国の黒服を着た子供よりも、清楚で可憐なワンピースを纏っている愛子の方を聖女だと信じて疑わなかった自分を、王子は悔い、恥じた。

 そして、幼い頃から婚約を結んでいる口煩くてうざったい公爵令嬢に叱咤され、己の考えを改めることとなるのだが……これはまた別の話である。


 さて、いよいよ聖女はもう一人の異世界人だと意見が過半数を占めた頃、玉のヒビが綺麗さっぱりなくなった。うっかり付いたであろうかすり傷までもが消え、ついでに瘴気によるくすみまで消えたのである。

 折しも、愛子が(嫌々で渋々に)祈りを捧げている最中にヒビが修復されたこともあり、愛子は正真正銘『聖女様』になった。


 それにより、クヴィワルトには空前絶後の聖女ブームが到来した。


 心優しく清らかな聖女像が広まり、聖女に関連した物語や商品が売れに売れた。


 が、それはあくまで庶民の間での話であり、貴族達には愛子のありのままの姿が知られていた。

 お付きの侍女を、愛子が虐め過ぎたせいである。

 これが庶民の出のメイドだけならば、貴族の間で愛子の本性が知られることはなかったのだが、侍女は王妃とその側近が直々に面接し、厳正な審査の末に選ばれた良家の大事な大事なお嬢様である──なのに、愛子の我儘や癇癪のせいで、侍女どころかメイドの入れ代わりが激しく、彼女の性格の悪さは貴族間では有名な話となってしまったのだ。


 そんなこともあり、王家は聖女を結婚させることにした。

 さっさと王城から追い出したかったのである。


 が、その相手が見つかることはなかった。


 一時は、良い雰囲気を醸し出していた王子も、この頃には婚約者の公爵令嬢と向き合い始め、自分と聖女が恋仲であるという噂を払拭させる為に、婚約者と行動を共にする時間を増やしていた。

 愛子は様々な策を講じて王子を誘惑したが、心を入れ替えた王子が靡くことはなく、仕方がないので護衛の青年に目を付けた。

 王子よりはかなり見劣りはするが、将来有望で婚約者もいない男だ。しかも女性人気が高く、並んで歩けば承認欲求が満たされる人物である。

 愛子は猛アピールした。

 加えて、もしもの時のことを考えて王子の側近の伯爵令息にも保険をかけた。この青年には婚約者がいたが、地味で面白みのないぼんやりした女だったので愛子の敵ではなかった。


 しかし、結果は『二兎追う者は一兎も得ず』であった──護衛の男は愛子が虐めに虐めてもめげなかった男爵令嬢を選び、伯爵令息は地味で面白みのない女を選んだのだ。


「どうして、あたしを選ばないの! あたしは聖女なのに!!」


 愛子がそう叫ぶと、うっ、と目の前の侍女が顔を顰めた。それも、涙目。……まだ叩いても蹴ってもいないのに。


 最近では、愛子が話すと皆このような態度を取る。

 愛子のストレス解消という名のイビりにもめげなかった男爵令嬢の侍女も、猫を何十匹も被って接している男達も、皆。

 

 愛子がその理由を知るのは十年後の回廊。


 たまたま話をしていた騎士団長になった元護衛の男と、三児の父となった元伯爵令息の会話により自身の口臭(しんじつ)を知ることになるのだが、この時の愛子には与り知らぬことである。





『桜文を探してください!』


 召喚されて三回目の春、愛子は王子とその妻がお茶を飲んでいる場に突撃して叫んだ。


 ──落ちぶれて、もしかして奴隷落ちなんてしていたらいいなあと願うあの子の泣き顔を見たら、きっとこの憂いは晴れるはず!


 が、顔を顰めた涙目の王子は言った。


『シャーヤとは誰だ……?』

『あ、あたしと一緒に召喚された少女です!』

『……何を言っているのだ。召喚されたのはアイコ、君だけだろう?』

『え、何言って……?』


 いくら地味で不細工だからって忘れるなんて……と、愛子が溜飲を下げたのも束の間。

 愛子の他に桜文を覚えている者は、いくら探してもただ一人として存在しなかった。


 愛子はその後、己の息の臭さが分かるまで婚活に励んだ。

 メイドや侍女を苛めてストレスを発散するのも忘れない。

 しかし、愛子の虐めのおかげ(?)で彼女らの可憐さやいじらしさが際立ち、愛子の世話係になった者達は漏れなく騎士に見初められ、愛子の世話係の希望者は途切れることはなかった──中には、次代の公爵子息と下級メイドが結ばれるという、素晴らしいシンデレラ・ストーリーもあったとか。





 クヴィワルトの歴史書には、聖女アイコ・マサカの記録がある。


 王族にしか閲覧が許されていない歴史書には、彼女は瘴気によりできた国宝の玉のヒビを直した聖女として名を残したと記されている。


 それから、恋多き女性であり、同時に恋のキューピッドとしても名を馳せた人物としても有名であるとも。




 クヴィワルトを救った女神と崇められてるアイコ・マサカ。


 だがしかし、一方で褒めることのできない聖女の所業も記録されていた。

 侍女の業務記録や、『エレーナの日記』(別名『悪口大辞典』)がその一例だ──スティンソン子爵家のエレーナという娘の書いた日記には、聖女に対する恨みつらみや誹謗と中傷の言葉が記されている。

 曰く、排水溝と腐った魚とオータムオリンの実を混ぜたような口臭をしていただの、嘘吐きっぽい顔だの、精神異常者だの、癇癪持ちの暴力女だの……この世の全ての罵詈雑言が込められた書物で、一部に熱狂的信者がいると言われている一冊である。


 歴史書が正しいのか、はたまた侍女の業務記録や『エレーナの日記』などの手記が正しいのか──



 この議論は学生の自由課題で用いられることとなり、アイコ・マサカが三十八年の生涯を終えてから三百年後の現在では前者の考えを持つ者は少数とされている。







 ◆◆◆








 ギルバート伯爵家の長男として生まれたルイシャルトは、何不自由なく育った──母親がこの世を去る十歳の頃までは。



 母親の葬儀の後、父は……いや、ギルバート伯爵はとある母子(おやこ)を連れてきた。

 継母とルイシャルトと、誕生月が同じの継兄である。


 この母子は、最初は優しかった。

 だが、次第に本性を表していった。

 よくある話で、継母が欲をかいたのだ。自分の息子を当主にしよう、と。


 こうして、ルイシャルトは跡継ぎから召使いに身分を落とした。


 当然、反抗した。


 されど、そんなルイシャルトを、継母と彼女に洗脳された父が許すことはなかった。

 折檻され、食事を抜かれ、反省部屋と呼ばれる日の当たらない狭くて暗い場所に閉じ込められては、そんな態度は鳴りを潜めざるを得ない。


 そして、ルイシャルトは諦めたふりをして機会を待つことにした──継母の言う通りに、前髪を伸ばして顔を隠し、召使いとして生きるようになった。


 ルイシャルトは召使いとして一生を終えるつもりは毛頭なかった。


 金を貯めて十八になったら出ていこう、と決め、日々を生きた。


 そんな矢先に、父にも継母にも面差しが似ていない継兄に毒を盛られた。


 

 ──そして、ルイシャルトは知らない場所で目を覚ます。


 貯めた金も、なんとか手に入れた働き口の紹介状も持っていない状況で、外国の路地裏に捨てられたのだ。


 しかも、声がでない状態で。


 ああ、これこそが絶望という感情だ、と思ったその時。


 ルイシャルトは黒髪の少女と出逢った──



「……あのー。……えっと、どうかしましたか?」



 ──これが、ルイシャルトとその最愛の妻との馴れ初めである。








 ◇◇◇








『聖女アイコは恋のキューピッド!?』


「ぬぁんだって〜!?」


 私は新聞の見出しの文字を見て叫んだ。


 ()()愛子がキューピッドなんて信じられない!


 日本にいた頃──高校時代だ。愛子はサッカー部エースの学年一イケメンである石塚(いしづか)くんと付き合い始めた梨里子(りりこ)ちゃんを、それはもう執拗に虐めて仲を引き裂いていた。


 泣いている梨里子ちゃんにハンカチを渡したことを思い出し、私は切ない気持ちになる。

 もう効果がないと分かっていても、梨里子ちゃんが幸せであることを願わずにはいられない。

 ……あの子は私を無視しなかった。そういえば石塚くんもだ。

 とてもお似合いの二人だった。


「石塚くんと梨里子ちゃんが幸せでありますように。恋愛のトラウマなんて持ってませんにように……!」


 例え、もう道が別れていたとしても、その別れた道の先で幸せになっていて、高校時代にそんなことがあったなあと笑えるくらいになっていてほしい。


 それにしても、愛子がキューピッドとは……。


「……まあ、愛子も大人になったってことなのかな? ……人って成長するって言うもんね……?」


 しかし、そんな簡単にあの愛子が変わるものだろうか?


 そういえば、いつだかの新聞で王太子も婚約者さんと結婚したと読んだ記憶がある。

 つまり愛子は略奪をしなかったのである。

 いや、負けたのかも知れないが。

 ……うん、普通に考えて負けたというのが正解な気がする。


 と考えていると、ガチャリと寝室の扉が開いた。


「あ、おはよう、ルイ。今日も寝癖が絶好調だねー」


 寝癖を付けたルイシャルトは、寝起きなのにもかかわらず顔が良い。狡い男め。

 育ちと性格が良さそうな垂れ気味の目は黒目がちで甘めなのに、口元にはあるのはたっぷりな色気という矛盾。

 好きだと自覚してからは、更にイケて見える。加えて、すこぶる仕事ができるらしい──彼の雇い主から聞いた。

 ……なぜこんなハイスペックでスーパーな男が私みたいなちんちくりんを選んだのかが未だに不明である。あ、これ惚気ね!


 そんなイケメン夫は「おはよう」と、むにゃっとした声で言ってから私の頬にチュッと口付けて寝癖を直しに洗面台に向かっていく。

 今ではすっかり慣れた『おはようのキス』だが、最初にされた時は吃驚した。外国か? と。

 まあ、異世界も外国も同じようなものだと今では思えるくらいに慣れたけれど(違う)。



 新聞を畳んでから朝食をテーブルに並べ終わったタイミングで、寝癖が直ったルイシャルトが席に着く。


 紅茶に蜂蜜を入れたものを渡すと、「ありがとう」と返ってきて、私は笑顔になった。




 私とルイシャルトが一緒に暮らし始めてから三年経つ。


 そして、結婚してからは一年半になる。


 ……あんだけ押せ押せされたらね、コロッといっちゃうよねって話である。我ながらチョロいと思う。


 パン屋を辞めてから私はなかなか職が見つからず、ルイシャルトを家で待つ時間で、紐を結ったり、折り紙の要領で箱を作ったりしていたのだが、それがルイシャルトの働く商会の会長さんの目に留まり、今では私は職人さんである。


 特に、紐で作った梅結びのストラップと、折り紙もどきで作ったくす玉が人気があり、在宅でこつこつ作り溜めたものを月に一回商会に卸している。

 不思議なもので、作り方を何度教えてもこれらを作れる人がおらず、真似さ(パクら)れる心配がないので私の仕事はこれからもなくならないだろう。

 しかし、折り紙を折るだけでお金が貰えるなんて……と思わないこともないけれど、深く考えないようにしている。


 なんてったって、異世界だしね! いえい!



「ね、ルイは今日、遅くなる?」


 もふっとパンに齧り付きながら私が聞くと、ルイシャルトから「遅くないよ」という返事が返ってきた。


「どうして?」

「んーん。なんとなく! でも早く帰ってこれるなら真っすぐ帰ってきてほしいな」

「何か企んでる顔だけど?」

「そんなことないよー」

「……分かった。できるだけ早く帰ってくるね」

「うん!」


 ルイシャルトは私が何かを企んでいると分かっても、乗っかってくれるから好きだ。

 いや、他にも好きなところはたくさんあるのだけど……惚気は嫌われるからほどほどにしておこう。



 異世界とは不便なもので、日本のように医療機関は整っていない。

 なので、妊娠が分かるのも当然遅い。正確性も低い。

 そんなわけでこっそり産婆さんのところに相談に行っていたのだが、今日辺り確実だろうと言われている。

()()なのだろうな』とは思うのだが、間違っていたら恥ずかしいので確実になってから報告したくて今日まで黙っていたのだ。


「いってらっしゃい!」

「うん、いってきます」


 私は、キス魔な旦那様を送り出し、産婆さんのところにるんるんと向かうのである。





 ──その日の夜、私の作ったご馳走を食べながら、報告を聞いたルイシャルトは嬉し泣きをした(私は泣いてない)。




 ルイシャルトは『シャーヤ似の子供がいいな』と言うけれど、私は夫に似た子供が生まれると思う。

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