04:平凡でハッピーなエンドを迎える私
異世界生活およそ四ヶ月目、ジャラジャラ袋がジャラジャラ鳴らなくなってきた頃に、私の仕事はようやく見つかった。
大家さんの娘夫婦のしているパン屋のお手伝いだ。
大家さんの娘さんが臨月で働けないことから、一年間の期間限定で雇ってもらえることとなったのである。やったね!
「シャーヤちゃんの発案した焼きそばパンとメロンパンの売れ行きが好調で、店は大繁盛だよ。ありがとねえ」
勤め先のパン屋さんにて一ヶ月目の私に言うのは、大家の娘婿でパン屋の店主のダイさんだ。
某赤いリボンの魔女子さんが出てくるアニメ映画のパン屋の旦那さんのような体格をしている爽やかマッチョお兄さんである。
今日も腕と首が太い。
「え〜? 繁盛してるのは、ダイさんの作るパンが美味しいからですよ? 私はこういうのが食べたいって言っただけですし、再現できるダイさんがすごいんです!」
「あはは、可愛いこと言うなあ。よし、今日もよろしく頼むね、看板娘さん」
「はい! 看板娘代理、今日も頑張ります!」
私は開店前の店内をぐるりと見渡してから、店外に出てクローズの札をオープンにひっくり返す。
イートインなんてスペースのないパン屋さんは、大家さんの娘さんのセンスが光る可愛らしいお店だ。
手作りの雑貨がぽつぽつと飾られていて、小麦粉とバターの匂いが漂うメルヘン空間は最高の職場である。
パン屋が開店すると、お客さんがやって来て、私は接客したり、会計したりと、昼過ぎの休憩時間まで忙しく過ごす。
とはいえ、とっても楽しい!
働き始めてまだ一ヶ月だが、今のところ嫌なお客さんは来たことがないのだ。
それにお年寄り世代の方々が、私をとっても可愛がってくれて、お菓子までくれるのでおやつには困らないという点も有り難い。
「シャーヤちゃん、クヴィワルトから来たって言ってたよね?」
「……えっと、まあ。はい」
「今、クヴィワルトが大変らしいよ?」
昼のピークを過ぎて遅めの休憩を取っていた私に、ダイさんが「ほら」と言って、新聞を渡してきた。
「?」
私は売れ残りのくるみパンを口の中に入れたまま、エプロンで手を拭ってから新聞を受け取った。
「!」
受け取った新聞には『クヴィワルトの国宝の玉に、更に大きなヒビ!?』という文字がでかでかと記されていた。
読み進めると、『聖女の日々の祈り虚しく〜〜』と書かれていて、私は「あちゃ〜」という心の声が漏れた。
新聞を読み込むと、聖女召喚は数百年に一度できるかできないかという成功率で、愛子と私の召喚が奇跡のようなものということが分かった。
が、その奇跡の聖女様(笑)は、玉のヒビをまだ修復できていないらしい。
「大変みたいですねー」
私はダイさんに新聞を読んだ感想を言った。
他人事なので、そう聞こえるのが正しい。そんな感想を。
「ダイさん、この国にも聖女っているんですか?」
私は、ふと気になったことを、ダイさんに質問してみた。
「いや、うちの国にはいないよ。というか、聖女なんてお伽噺だと思っていたからクヴィワルトに聖女様が召喚されたって知った時は吃驚したよ。聖女が悪い怪物を倒す絵本を見て育ったからね、『聖女』という言葉に馴染みはあっても、信じているのは幼い年齢の子供達ぐらいだったんだ。でも、本当にいたんだねえ……今でも信じられないよ」
私は、ほうほうと頷きながらくるみパンを頬張った。
◇◇◇
「ルイ、おまたせー」
仕事が終わってパン屋の裏口から出ると、ルイシャルトが待っていてくれた。
「シャーヤ、お疲れ様」
「お疲れー、お腹空いたよー」
私とルイシャルトは毎日どちらかの部屋で料理を作って一緒に食べる。
「今日は寒いから温かいものにしようか」
「うんっ」
料理はシンデレラ育ちのルイシャルトの方が上手で、レパートリーも多い。そして洗濯掃除も彼の方がスキルが高い。
夕飯を作るルイシャルトの横で、デザート用の林檎をもたもたと剥きながら女子力について考える。
え? 私の女子力、低過ぎ……!?
いやいや、そんな考えはもう古い! 最近じゃ男子だってこれくらいできなきゃだめだ。
女子力ではなく、生活力と呼ぼう。
そんなことを考えている内に夕飯ができたので、ルイシャルトと向かい合って座る。
生活力の高いルイシャルトが作ったシチューは、食材がごろっとしていて食べごたえがあって美味しい。ダイさんから貰った白パンとの相性も抜群だ。
「今日ね、ダイさんからクヴィワルトの聖女の話聞いたんだ」
私の言葉にルイシャルトは、黒目がちな目を丸くさせてから瞬かせる──彼は仕事の面接時に散髪をして目隠れさんを卒業した。
シンデレラも顔に灰をこすり付けて美貌を隠していた説があるが、彼が髪で顔を隠していた理由もそれと同じで、継母に言われて前髪を伸ばしていたに違いない。
そう察せられる外見をしているので私にはすぐに分かった。
きっと、いや、絶対ルイシャルトは継兄より整った顔をしている、と。
ルイシャルトの継母は、眞坂夫人と同じくらいにやべえ女である。控えめに言って、ドン引きである。
「……新聞読んだの?」
「あ、ルイはやっぱり知ってたんだね」
この国の新聞は一週間に一度発行される。
それをダイさんは新聞屋と契約せずにご近所さんと回し読みしていて、ダイさんに順番が回ってきた際に私も読ませてもらっている。
ダイさんの順番は後ろから二番目で、新しい新聞の発行日の二日前だ。
つまり、仕事先で最新の新聞が読めるルイシャルトは聖女の話をとっくに知っていたということになる……のだが。
なぜに、ルイシャルトは深刻な顔をしているのだろう?
「シャーヤは、クヴィワルトに戻ること考えてたりする?」
「はいぃ?」
何言ってんだ、このすっとこどっこいは。
「……やだよ。……言ったじゃん。クヴィワルトから離れたいって」
私は、ルイシャルトに召喚のこともクヴィワルトから離れたい理由も話している。
「いや、そうだけど。シャーヤは……聖女、」
「ストーーープッ! それ以上は言っちゃだめ! 言ったら本当になるよ!」
「……それはシャーヤだけだよ。それに、クヴィワルトの王族はそろそろ気が付いてると思うよ? もう一人の召喚者のこと」
「うげっ!? そ、そうだよね……ルイ〜〜、どうしよう! ……クヴィワルトの人達、私のこと忘れてくれないかな〜〜〜! 私のこと忘れてほしいよぉ。あと、探しにこないでほしい〜〜!」
「…………今の瞬間、その心配は杞憂になったんじゃない?」
「え、そうかな?」
「……そうなんじゃない?」
「で、でも、確かめる方法なんてないし……」
少し投げやりなルイシャルトに私は不安な気持ちになる。
私の言霊的なものは全部が全部叶うわけではない。
最初の頃は全部が叶っていたと思っていたけれど……。私のステータスはまだオープンされていない。
そういえばクヴィワルトの文具屋で購入したノートやペンも、アルマンのノートとペリカンのボールペンにはなってくれなかった。
「再来月の末、クヴィワルトに買付けに行っていた人が帰ってくるからその時に確認しとくよ」
「……」
「シャーヤ、そんな心配しないで」
表情と台詞の合っていないルイシャルトに、私は口を尖らせる。
「心配するよー。……あーあ、玉のヒビが直ればいいのになー」
そしたら、私を見つけようなんて考える人はいなくなるでしょ?
そう続けると、ルイシャルトは呆れたような感情が込められた声で私の名前を呼んだ。
「──シャーヤ?」
「えっ!? いやいやいやいや! そんなまさか! いや、眞坂じゃない方の『まさか』だよ! だって、瘴気? で、入った筋金入りのヒビなんだよ? 私がピッカピカ新品になーれっ! とか、二度とヒビが入らなくなーれ! って言ったくらいで、」
「シャーヤさあ」
「やだやだ、違うもん! 私は聖女じゃないもんっ!! 聖女は愛子だもん!!!」
「僕は何も言ってないよ」
「……」
「……」
「あっ、あー! シチュー美味しいなあ! ルイってば料理上手! 天才!」──棒読みである。
「おかわりあるよ」
「わ、わーい……おかわり、おかわり!」
私は話を変える為にまだ中身の入っている器にシチューをよそって、誤魔化すことに成功した(してない)。
──そして、再来月の末を待たず、三週間後の新聞にてクヴィワルトの聖女が国宝の玉のヒビを消したということを知るのである。
◇◇◇
『聖女アイコの祈りにより、玉のヒビは消えた!』
私は新聞の文字に「あちゃ〜」という感想を口に出した。もう、「あちゃ〜」しか言えない。
むしろ、これしか感想の言葉はない。語彙力、急募である。
そして新聞の続きを読んでみると、『聖女、王子と結婚秒読みか!?』という内容が目に入る。
なんでも婚約者がいる王太子と、愛子が恋仲らしい。
私はクヴィワルトの王太子の女を見る目のなさに辟易した。
お前は馬鹿か、と説教したい気持ちだ。
これが本当なら王太子の婚約者さんが可哀想過ぎて、思わず「王太子の婚約者さんに幸あれ!」と願ってしまう。
「横恋慕聖女の口なんて、めっっっっっちゃ臭くなればいいのに!」とも。
──が、これはまったくの無意識の呟きであった。
その日の仕事終わりにも、ルイシャルトはパン屋の裏口で私を待っていて、開口一番に「読んだ?」と聞いてきた。
「読んだよ! もうっ、どうして教えてくれなかったの?」
「……なんとなく」
「はあぁ?」
ルイシャルトを睨むと、私の顔が怖かったのか彼は目を逸しぼそぼそと話し始めた。
「偽物が囃し立てられていることなんて言いたくなかったんだよ……聖女はシャーヤなのに。……もしかしたら王太子と恋仲になるのもシャーヤだったかも知れなかっただろうし……」
この言葉に、私はとても腹が立った。
確かに、顔面偏差値が天元突破したキラキラメンズである王太子(推定)と恋仲になりたいと思う女の子は多いだろう。
でも、『出て行け』と言って、金を投げる男なんて私はご免だ。
いくら顔が良かろうが、モラハラ臭ぷんぷんの男の恋人なんてなりたくない。
私はクズは大嫌いなのだ。
「私、王太子のことなんて好きじゃない。それに王太子だって私のことなんて選ばないよ」
「……じゃあ、シャーヤはどんな男が好きなの?」
「え? ……うーん、妻子を大事にする浮気しない男?」
「そっか」
「そーだよー。もう変なこと言わないでよね!」
「分かった、ごめんね」
ルイシャルトのしょんぼり顔に、私の怒りは罪悪感に変わった。
それくらい彼のしょんぼり顔には威力がある。ずるいね!
「……分かってくれたらいいよ。ほら、早く帰ってご飯にしよ。お腹すいた!」
言いながらずんずん前を歩く私の隣に、ルイシャルトは返事をせずに並んで誤魔化すように笑った。
◇◇◇
私の日常は、その後も大きくは変わらなかった。
相変わらずクヴィワルトの聖女は愛子だったし、私はクヴィワルトの王族から探されることもなく、平和で平凡に暮らしていく。
これからも、それは変わらない。ずっと。きっと。
さて、ここでその後について語りたいと思う。
大家さんの娘さんことダイさんの奥さんが三つ子の男児達を産んだ為、二年ほどはパン屋での看板娘期間が伸びた。
そして、奥さんが復帰したタイミングで住んでいる部屋を解約し、ルイシャルトと一緒に暮らし始めた。
──それから、彼と暮らしてすぐに、私は言霊を失くすことを決めた。
この頃には、パン屋の常連のおじいちゃんやおばあちゃんの痛む足や腰を治していたので、私は目立ち始めていた。
きっとバレたら平凡には暮らせないと分かっているのに、私は彼らの痛む腰や足が治ることを望むことをやめられなくて。
上手いやり方はあるだろう、言い方を考えればいくらでも。
それでも過ぎた力は持たない方がいいということを、私は選んだ。
残念だな、と思う気持ちは当然ある。
後に、力を手放したことを後悔するだろうと思うことだって絶対にある。
しかし、ぽろっと発した言葉が本当になることが、私は怖かった。
これは生涯誰にも言わないと決めていることだが、私はルイシャルトに内緒で彼の家族の不幸を願ったことがある。罪悪感で潰れそうになり急いで取り消したけれど……取り消されたことを調べる勇気はない。
……人の不幸を祈るという行為は、とても恐ろしいことだ。
それが叶ってしまう可能性が高いのならば、尚更に。
今後、どんなに辛いことがあっても、乗り越えられていけますように──
『──夜が明けたら、私の力はなくしてください』
最後に一つ呟き、私は普通の女の子に戻った。
二昔前のアイドルみたいな宣言をしてしまったが、本当なのだから仕方がない。……女の子って呼ばれる年齢でもなかったって? やかましいわ! 日本ではまだ通じるんだい!
そんなこんなで夜が明けた時に、普通の女の子に戻った私が思ったことは『ステータスオープンがしなかったなあ』ということだけだった。
とことん呑気な私である。
きっと、これからも私の日常は変わりはなく続き、ルイシャルトに押しに押されてお付き合いすることになったり、将来的には普通の女の子から、普通のお母さんにシフトチェンジしたり──もしもそうなら、私は母みたいな普通で、でも温かい、家に帰ってきた時の『おかえりなさい』がほっとする『お母さん』になりたい。
その後のその後。
ルイシャルトの浮気疑惑(冤罪)が浮上したり、私がバリキャリ風なアラサーにならなかったり、長女がジラドラン国王のご落胤である貴族と恋仲になったり、長男が魔獣を倒して勇者になったり、末っ子がクヴィワルトの騎士団長の次男に見初められたり、『珍』が頭に付く騒動の末、最終的にめでたしめでたしで私の物語はごくごく普通に締めくくられるのであったとさ。
おしまい。
【完】
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